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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
9. ヒーロー候補と異能に目覚めた少年少女
85/100

9.8 助っ人《ピンチヒッター》

 相手が悪の大幹部だろうと、凶悪なドラゴンだろうと怖くて泣き出すようなことはないと思っていた。


(……震えないで、私の脚)


 それが男たち数人に囲まれるだけで恐怖を感じることになろうとは。

 野々宮は精一杯の虚勢を張りながら、桂木の手を強く握り締めた。


 映画館を出てすぐに、建物の裏手で目立たぬように涙を流す桂木を見つけたまではよかった。

 しかし、それを取り囲もうとする男たちは止められなかったし、自らの背後にも男がいることに気づかなかった。

 あっという間に距離をつめられて逃げ出す間もなく動けなくなった。

 何より涙を隠して気丈に振舞う桂木を残してなんか行けるわけもなかった。


「叫んだりすれば一緒にいた男たちがどうなるか……わかるよな」


 通話状態の携帯電話をもてあそびながら、狐顔で目つきの鋭い男がにやけた顔を桂木に近づけた。

 一瞬怯むように身体を強張らせる桂木を見て、男は満足そうに、感動さえ覚えているような表情をした。


「チャンスってのは平等なんだなぁ。てっきり俺ぁ、金と同じで強いやつのところにしか来ないもんかと思ってたぜ」


 携帯電話を後ろの男に渡して、神様に感謝でもするように手を組む。


「ありがたいねぇ、クソみてーな人生にこんな機会をくれるなんて、クソみてーな神様がいたもんだ。絶対、神様の中でも落ちこぼれだぜ、そいつ」

「反町さん、車が着きました」

「はいよ、それじゃあご同行願おうか、桂木。それとお嬢さん」


 丁寧な手つきで開けられた車のドアを黙って見つめる。

 乗ればますます逃げ場のない車内へと追い込まれ、どこへ連れて行かれるかもわからない。

 今、必死に大声を出せば誰かが気付いてくれるかもしれない。

 この場は強引に車に押し込まれたとしても事件になって通報さえされれば、最終的に命は助かる可能性はある。

 しかし、それまでにどんな酷いことをされるかは想像もしたくない。

 おとなしくしていたほうが、その考えたくもない事態への猶予期間は延びてくれるかもしれない。


(私だけならともかく、真帆さんは……)


 野々宮は力強い瞳で桂木を見据えると、諦めてたまるかと決心した。

 自分たちが無事でさえいればピンチになっても助けてくれる存在に心当たりは大いにある。信じている。

 だからここは無茶をするべきではない。

 桂木の身を守るためにも従っておくべきだ。


 後部座席に乗ると左右から挟まれるように男たちが乗り込む。狭い。

 反町と呼ばれた男は助手席に乗って、シートベルトもせずに後ろに身体を向ける。


「さーて、今からひと気のない海辺の廃屋に行くんだけども……何をすると思う?」


 緊張する二人の顔を見て、反町は愉快そうに笑った。


「ははっ、どんな想像したんだ? 今から行くのはかつてのアジトだ、覚えてるか?」


 桂木の反応を確かめるように言葉を区切る。

 恐る恐る、といった様子で桂木が口を開く。


「……知らない、そんなの」

「やっぱりお前も忘れてんのか、赤坂さんも……おっと、赤坂も覚えてねーし、他の誰も覚えてないもんだから、俺だけがおかしくなったと思ったけどよぉ、俺だけが特別だったんだな」


 ここまで上機嫌で話していた反町が、突然と冷めたように目を細める。


「と、思ってたのに、あの《無能》も覚えてたとはな。

 その噂のおかげでお前がすっかり忘れてるらしいことがわかったから、こうして会いに来てやったわけだけど」

「内藤くんのことを知っているの……?」


 不安と苛立ちを混ぜたような桂木の問いに、反町はぽかんと口を開けた。


「お前そんな呼び方してんの? かつての恋人に? ……えっ、めっちゃウケる!」

「え……」


 桂木は驚きのあまりに瞳を揺らし、唇を震わせるばかりで二の句を継げずにいた。

 野々宮は思わず捕まっている危機的状況も忘れて『ナニを風情もなんもない場面で最悪のネタバラシしてくれてんだ』と怒鳴りたくなったが、間一髪のところで堪えきった。


「これ俺しか面白さわかんねーの、マジもったいねぇな」

「……なにが、面白いってのよ」

「好きな女から忘れられてるのにデートするほど好きとか、しつこすぎ。

 ――そんな女に手を出したら、あいつどんな顔するだろうな」

「っ、やめて!」


 身を乗り出した反町を押し返すように突き飛ばそうとした桂木は、どうしてか座席に背中を叩きつけられる。

 とても反発性の高い壁を押してしまったように見えたが、そんなこと普通はあるはずもない。

 おそらく異能によるもので、反町がやったのだと推測できる。


反転(リバース)。攻撃をなんでもはね返す俺の無敵の能力も忘れちまったらしいな」

「そんな……」


 まるで反則のような異能に驚く。

 その力で記憶の封印もはね返してしまったとなれば、本当に何も効かないのだろうか。


(――いや、真帆さんは一度この人を倒しているはず)


 そうでなければ復讐されるようなことにはならない。

 野々宮はわずかに希望を取り戻したが、桂木にこの場で伝えられないのがもどかしかった。


「きっと、助けは来ます。信じてください」

「……野々宮先輩」


 励ましていると早くも目的地に到着したらしく、車が停まった。

 開けられたドアの外からは海の匂いがして、波の音以外は聞こえなかった。

 反町はやれやれと疲れたように車を降りようとして、振り向きざまに言った。


「そういえば、いつか『覚えてやがれ』って言った台詞、あれ取り消すわー」


 反町から薄ら寒いにやけ笑いが消え、冷酷で、残忍で、鋭利な音色が喉を裂いて飛び出た。


「忘れてくれてありがとよ、クソ女」


     + + +


 野々宮たちの無事が確保できない以上、動きようがない。

 おとなしく映画館のソファに軟禁状態になっていた俺と翔太は、必死に打開策を模索していた。

 二人組の男たちはだるそうな顔で、こちらの必死さなど意にも介さずに喋っている。


「見張りとかハズレ引いたな、あっちのが女の子とお楽しみだろーにさぁ」

「気ぃ抜くなよ。下手こいたらやべーんだから」


 意外と二人組の片方がしっかり者らしく、この二人というのがなかなかに厄介だった。

 一人きりならサボりや気の緩みも出てくるかもしれないが、二人となると隙が出にくい。

 電話役を離れた位置につけており、常に通話状態でいるというのも冴えたやり方である。


「……先輩、どうにかならないんすか」

「無茶できる状況じゃない……でも、きっと大丈夫だ……!」

「……根拠は?」


 翔太の不安がわからないわけではない。むしろ、よくわかる。

 無責任にどうにもならないことがどうにかなるなんて思えない。

 だけど、俺はそうでも思わなくちゃヒーローでいられないから。


「ヒーローがこんなところで終わるはずがないからさ」


 諦めてはいけない。絶望に染まってはいけない。

 きっと野々宮は助けを待っているのだから、助けられないなんて思ってはいけない。

 たとえ何一つとして根拠がなくても、前を向くことをやめるわけにはいかない。


 ――ピンチの中にこそチャンスは巡ってくるものなのだから、それを見逃してはいけない!




 そのとき、視界の端で電話役の男がぐらついた。

 そして、間を置かずに見張りの男たちに異変が起こる。


「――っ」

「ん、どうした……あ」


 全身の力が抜けたように男たちがソファへと座り込み、動かなくなる。

 身体の自由がきかないらしく、表情は困惑を隠すこともできず、戸惑いを口にすることもできないようだった。


「半日は放心状態のままでしょうが、後遺症は残りませんからご安心を。

 動ける頃には、そこのヒーローがすべてを解決してくれているはず……ですよね?」

「シオさん!」


 電話役が不自然に揺らいだのが見えたと思えば、すぐに男二人を無力化させてしまった。

 一体、何をしたのかはわからないが、非常に心強い。

 しかし、電話役の男が放心していては相手にこちらの異変がばれてしまう。


「シオさん、電話が!」

「ひとまず大丈夫です。合成音声を用いたAIで通話を続けています」


 シオさんが相手の男から奪った携帯電話には、謎の機械が取りつけられていた。

 サトーといいパラレル未来技術はとんでもないものばかりだと思った。


「しかし、いつまでも誤魔化せるものではありません」

「それなら急がないと……! シオさん?」


 居ても立ってもいられない俺たちをよそに、シオさんは申し訳なさそうに頭を下げる。


「まず、信用せずに監視していたことを謝らせてください……すみませんでした」


 どうやら駆けつけて助けてくれたのは、俺たちを監視していたからのようだ。

 そのことに不満など今は感じている余裕もない。

 俺も翔太も急かすようにシオさんに感謝を告げた。


「そんなこと……結果的に助かったんですから」

「……そう、結果的には良かった。

 これすらあなたの補正だとしたら、空恐ろしいものがありますね」


 歯切れの悪いまま顔を伏せるシオさん。

 思うところがあるようだが、今は野々宮たちを助けるのが先だ。


「それよりも、野々宮と桂木の場所はわかるんですか!?」

「残念ながらわかりません。翔太くん、何か心当たりはありませんか?」


 意識を切り替えるように頭を振ったシオさんが、翔太にたずねる。


「奴らのたまり場に行くなら町に戻るだろうけど、女の子二人を連れたままの移動はリスクがあるはず……

 車なら……いや、車があるなら海辺にある廃屋にも行ける……」

「町に戻ったか、海辺の廃屋ですね。

 距離的に町の探索が僕、二人は港へ向かうべきでしょう」


 翔太の言葉を聞いて、シオさんが担当を振り分ける。


「そうだ、サトーがいる。シオさん、サトーに町を探してもらえば……」

「……今、先輩は町に不在なんです」


 こういうピンチのときにこそ頼りになる存在だというのに、なんてこった。

 俺のがっかりした顔を見て、シオさんは慰めるように微笑んだ。


「しっかりしてください。ヒーローのあなたが向かう場所のほうが本命なんですよ」

「それなら全員で……」

「いえ、可能性は無視できません。ですから、これを渡しておきます」


 シオさんは防犯ブザーのような小さなボタンがついた機械を俺に手渡した。


「それが鳴ったら探索をすぐに中断して救援に向かいます。

 そちらが当たりだったら押してください」

「……わかりました」

「よし、では行動開始です」


 そう言うとシオさんは一切のためらいも見せずに走り出していった。

 あまりにテキパキとした行動に呆気に取られつつも、翔太の急かすような目でハッとする。


「悪い、行こう。案内してくれ」

「はい!」






 映画館を飛び出して数十分ほど走っただろうか、徐々に海の匂いが漂ってきた。

 前を行く翔太からは焦りと疲れが見え始め、息苦しそうな呼吸がはっきりと聞こえてくる。

 それでも俺は休もうなんて提案はしないし、翔太も弱音を吐くことはなかった。


「……あそこだ!」


 翔太が絞り出すような声で叫んだ方向には、数台の自動車やバイクが無造作に停められていた。

 その奥には白い外壁に枯れたツタが這う、明らかに現在は使われていない廃屋があった。


「こんなところに車があるってことは、ここで当たりか?」

「……答え合わせしに出てきたみたいっすよ」


 翔太の叫び声に反応したのか、ぞろぞろと数人の男たちが廃屋の中から現れる。

 その中には赤坂もおり、異能がないとはいえ、その大きな体躯だけで圧倒されるものがあった。


「まさか来るとは……見張りはどうした?」

「反町さんに知らせるか?」

「こいつらやった後でいいだろ、邪魔しちゃまずい」

「だな」


 どうやら最初から穏便に済ませようなんて気はないらしい。

 全員でそろりそろりとわざとらしく近づいてくるのを見ながら、俺は翔太にだけ聞こえるように小声で言った。


「……一人で先に行け、これ渡しとく」


 シオさんから貰ったブザーを翔太に手渡す。


「先輩……!? 俺だけ行っても……!」

「異能のないこいつら相手だと、翔太じゃ多勢に無勢だ。

 ここは俺に任せて、二人を助けるためにも場をつないでおいてくれ」

「えっ」

「必ず行く。手遅れになる前に、早く!」


 翔太は覚悟したように頷くと、集団をかわすように駆け出した。

 それを追うように前に出た俺は、色めき立った男たちに向かって言い放つ。


「おっと、行かせないぞ……一人だからってなめるなよ。

 タイマン勝負より負ける気しないんだからな!」


 ヒーローが前座で負けるわけにはいかない。俺は勝利を確信してグッと拳を作った。

 正直、ここでの戦いよりも先に行かせた翔太のほうが心配である。

 しかし、一刻を争う事態だ。二人の身に何かあってからでは遅すぎる。

 脳裏に不埒な行いにさらされる野々宮がよぎり、瞬間、目の前の男たちに怒りが湧いた。


「どこからでもかかってこい!」


     + + +


(真帆……無事でいてくれ!)


 昌宏に後を任せていくことに若干の後悔がなくはなかったが、大事な役割分担だと翔太は割り切った。

 今、一番するべきことは捕らわれた二人の安全の確保。

 《無能》で異能の盾役しかできなかった自分に任された大切な役目だと、翔太は必死に廃屋内を駆け回った。


(どこだ! どこにいる!?)


 決して広くはないはずの廃屋の中からは人の気配がせず、見つけられない時間が経つほどに焦りが増していく。


「……まさか」


 周到な見張りまで立てた反町が、翔太の存在を認識しながら、ばれるようなアジトに身を置くだろうか。

 嫌な予感に襲われながらも一つ一つの部屋を確認していく翔太。

 とうとう最後の部屋を見て誰もいないとわかると、廊下の奥へと一直線へ突き進む。

 奥には扉が外されて風が吹き込み放題の裏口があり、翔太が外へ出るとそこには大海原が広がっていた。

 辺りを見回しても雑木林や岩場が続く海岸線ばかりで、翔太は愕然とした。


(――――ここじゃ、ない?)

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