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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
9. ヒーロー候補と異能に目覚めた少年少女
84/100

9.7 反転《リバース》

「ペンギンのお散歩、可愛かったですねぇ……」


 昼食後、お目当ての一つだったペンギンを見られた野々宮は思い返すように言った。

 数十メートルの決まったコースを歩く姿をただ周りで見物するだけだが、よちよちと前傾姿勢で急ぐ光景は微笑ましかった。

 ペンギンからズームアウトして俯瞰で見ると、歩くだけのペンギンを囲う人間たちという構図が面白くもあった。


「……歩いてるだけで可愛いんだから、あいつらアドバンテージ高いよな」

「どの目線での評価なんですかそれ」


 可愛さにもだえる野々宮に冷や水を浴びせてしまったらしく、ジトーっとした目で見られる。


「あんまりそうやってにらむと、またクラゲ見に行くぞ」

「聞いたことない脅し文句やめてください」


 野々宮と話している間、翔太と桂木は前を歩いていた。

 会話が弾んでいるとはいいがたいが、雰囲気が悪いということもなく、翔太が気遣いながら無難にリードしているような感じだ。

 お互いに探り合ったまま一歩も動かない膠着状態でなんとも見ていてもどかしい。


「ペンギン、可愛かったね」

「ああ、うん、そうね」

「……映画も、楽しみだね」

「ええ、ほんとに」


 険悪ではないがデートする男女の雰囲気ではない。

 まるで敵国のスパイ同士が情報を引き出さんと探り合っているかのようだ。

 そもそも二人は現時点で交際しているわけではないのだから、盛り上がれというのもこちらの勝手な期待に過ぎないのだが、それでもなんかもっとこうあるだろ。

 思わず野々宮と顔を見合わせて溜息をつく。


「まぁ、きっと数を重ねればうまくいきますよ」

「今後も続けるのか?」

「えっ、新藤さん。一回でどうにかなると思ったんですか?」


 野々宮に他意はないのだろうが、一回きりのデートでワンチャンあると勘違いしてるみたいな辛辣な言葉をぶつけられた気分だ。

 密かに受けた心のダメージに手を当てていると、映画館に到着した。

 朝から半日は過ぎているので赤坂たちもまさか居残ってはいないだろうが、警戒は怠るべきではないだろう。

 シャキッと周囲を見回し、怪しい気配がないかどうかを観察する。


「……大丈夫みたいっすね」

「そうだな」


 危険がないことで翔太も落ち着いたようで、桂木と一緒に飲み物を選んでいた。

 館内では映画の予告編が流されており、本日見る映画の予告も流れていた。




 ――ヒーローシリーズ最新作、ついに登場!



 大好きな彼はヒーロー、だった。


 高校一年生の姫守カグラはふつうの女の子。

 ただし、カグラの彼氏である龍崎タツヤの正体は悪と戦うヒーロー、ドラグレイダーだった。


「実は俺、ヒーローとして悪と戦ってるんだ……」

「そうなの!? カッコいいよ! タツヤくん大好き!」

「……俺のこの手は、敵を殺すだけの力があるんだ」

「わたしと手をつなぐときは痛くなかったよ! 強いのに優しいヒーローのタツヤくん大好き!!!」


 タツヤのことなら全肯定。

 正体がなんであろうとタツヤが大好きなことには変わりないカグラだったが……


 ある日、タツヤが敵の卑劣な罠にはめられ、大怪我を負ってしまう。

 チャンスとばかりに襲いかかる悪の怪人からタツヤを守るため、カグラはヒーローベルトを手に取った。


「変身ッ!」


 なんとカグラはタツヤの代わりに変身し、ドラグレイダーとなった。

 しかし、敵は卑怯な悪の組織。数々の罠が純粋なヒロインであるカグラを襲う!


「あっ、ユーフォー!」

「えぇっ!? どこどこ!!」

「スキあり!」

「いやぁっ!?」


 素直すぎて疑うことを知らないヒロインのカグラは、本当に戦うことができるのか!?


『チョロインですが、こんなわたしでもヒーローやっていけますか?』


 ――絶賛公開中!




「……これ見るのか?」

「このシリーズ、好きなんすよ」


 飲み物を手に戻ってきた翔太が桂木のほうを見ながら言った。

 桂木はヒーローものアニメが趣味だとか、そんなことを聞いたような覚えがある。

 俺も職業柄というわけではないが、ヒーローものは嫌いではない。

 格好つけるためのヒーローらしいポーズや台詞の参考にもなる。

 この映画のヒーローは参考にできないけど、と可愛らしいポーズをとるドラグレイダーを見て思った。


「女の子ヒーローっていいわよね……先輩も魔法少女のコスプレするくらいですから、好きなんですよね?」

「えっ!? あっ、そうですねっ、ヒーローは好きです!」


 少しばかり興奮気味な体勢で野々宮に同意を求める桂木。

 野々宮が本物の魔法少女だと知ったら、桂木は喜ぶだろうか。

 ヒーロー、とはちょっと違うかもしれないが。

 楽しそうに語らう桂木を見て、翔太は穏やかな顔をしていた。


「……よかったな、楽しそうで」

「……はい」


 前の記憶があるおかげで好みがわかるというのは有利である。

 その状況に罪悪感がありそうなのが翔太の真面目なところではあるが、相手の喜ぶことはしてあげたほうがいい。

 それで自分も嬉しいのであれば、お互い有益と言えよう。


「先輩は戦う少女ヒーローについてどう思いますか?

 本来、魔法少女は戦いとは無縁の純粋な魔法使いなんですけど……」

「は、はいぃ……」


「……まぁ、とりあえず早く入って、野々宮を助けないと」

「なんか、すみません……」


     + + +


「……良い、映画だったな」


 映画を見終わった後、映画館内にあるソファに座りながら、帰りのバスまで時間をつぶしていた。

 なかなかに興味深い映画だった。

 てっきり予告からしてコメディだろうと、安易にたかをくくっていた己の浅学を恥じるばかりだ。

 チョロさを捨てて一度は戦いに生きる決意をしたカグラが、再びチョロインとしての自覚と覚悟を取り戻すシーンなんて感動で涙が出るほどだった。

 思わず自分用のパンフレットを買ってしまったくらいだ。


「新藤先輩、気に入ってくれたみたいですね?」


 桂木がここぞとばかりに語り合おうと身を乗り出してくる。


「どのシーンが良かったですか?」

「俺はタツヤの『俺だって初代ドラグレイダーだからな』って台詞が好きだな」

「それわかります! 私はカグラが変身ベルトに手を伸ばすシーンが好きです。

 好きな人のためなら迷いなんてない、その単純さ、チョロさこそ強さって感じで」

「結局はそこだよなぁ」


 俺も熱く語ろうと意気込んでいると、上着のすそをくいくいと引っ張られた。

 横を見ると野々宮が少し呆れた顔で口を尖らせていた。


「新藤さんが盛り上がってどうするんですか」

「いや、だって面白かったろ?」

「じゃなくて!」


 むん、と鼻息荒く指差した方向には、話に入れずに困り顔の翔太がいた。

 俺はそこで本日の目的を思い出し、慌てて軌道修正を図った。


「あ、ああ、翔太はどうだった、映画!?」

「新藤さぁん……」


 あからさまに急カーブを描く暴投に野々宮も溜息を漏らしたが、翔太は苦笑いをしつつもキャッチしてくれた。


「面白かったっすよ。それに桂木さんが喜んでくれてよかった」

「え、私?」

「うん、この間のお詫び的なことも考えてたから……」


 真面目というか律儀というか、頭の下がるほど桂木のことを思っている翔太に感服する。

 桂木はお詫びなんて、と戸惑いながらも気持ちは嬉しかったらしく、ほんのり口元を緩めていた。


「内藤くんも映画面白かったのね」

「桂木さんもこういうの好きでしょ」

「……ええ」


 桂木が視線を揺らし、やがて迷いのない瞳で翔太を見つめた。


「戦う女の子っていいわよね」

「好きだよね、ほんと」

「……そうね」


 何気ない一枚の日常シーンを突き刺すように、桂木の声が鋭くなった。


「内藤くんも戦う女の子のほうが、好き?」


 その瞬間、力強い眼差しに釘付けにされたかのように翔太が固まった。

 あと数秒もすれば何事もなく「うん」と頷けたのかもしれない。

 しかし、桂木はその時間を与えることなく続けて口を開いた。


「今日、私はすっごく楽しかったのね?」


 突然の話題転換なのだが、妙に凄味のある桂木に誰も何も言えなかった。


「内藤くんは今日、私といて楽しかった?」

「そんな当たり前……! というか、そうじゃなければここにいないし」

「そう、ありがと。でもね……


 ――内藤くんはなんか違うもの見てる気がする」


 違和感を具体的に口にした桂木は、自分で言ってて確信を得たように目を見開いた。


「そう、無理してるように思う。

 桂木さんって呼ばれるたび、男子が先生の前でだけ良い子ぶってるような、そんなむずがゆい思いがした。

 それなのに好みのチョイスは身内かってくらい的確で、そんなのっておかしいじゃない」

「……ごめん! 桂木さんの気に障ったなら謝るから」

「それよ! それが違和感だって言うのよ!」


 声が次第に大きくなり、館内を少しざわつかせた。

 それでも遠目から見ればカップルの痴話ゲンカとしか映らないのだろう。

 好奇の目で見られこそすれど、諌めようと止める人などいない。


「……本当にごめん」

「謝らなくていいから! 本当のことを言って?」

「……ごめん」

「――っ!! もしも、異能なんてものが本当にあって、それがなんやかんやあって綺麗さっぱり消え去ったとして、それをなかったことにしたいなら、それでいいのよ!

 だって、今の私には関係しようがないじゃない?

 もはや前世みたいなことよ、前世で何があろうと私に関係ある?」


 口早にまくし立てられて翔太もかすかに息巻いた様子を見せる。


「……そんなの関係ないよ。一言もそんなこと言ってないじゃんか」

「言わなくたって顔見ればわかるのよ!」

「わかるわけない。わかってたら苦労しないっての」

「勝手に苦労しないでくれる? それこそ一言も何も言わないくせに」

「……そうしないと守れないんだ。この日常も、桂木さんも!」


 スピリチュアルな話題の気配に、遠巻きにしていた人たちが引き気味にどよめく。

 これ以上はいけないと、俺は翔太の肩を叩き、野々宮は桂木に駆け寄った。

 ハッとした様子の二人は周囲の状況に気付いて、しゅんと勢いを落とした。


「ごめん……としか言えなくて、ごめん」

「……私も、余計なことは言わないことにする。それが私のためだって言うのなら」


 桂木は気まずい顔で飲み物に口をつけようとするが、ストローからはズゾゾッと空っぽの音がした。


「あぁ……捨ててくる。ついでに頭冷やしてきます、すみません」


 ゴミ箱なら館内にもあるのだが、桂木はいそいそとソファから立ち上がる。

 桂木は野々宮を避けるように歩き出し、振り向かずに声を漏らす。


「言い訳かもしれないけど、好きでいてくれて嬉しい。

 誰かから好意をもたれるのって嬉しいことよ?


 だからこそ……戦えない私でも、いいの?」


 返事も聞かずに逃げるように立ち去る桂木。


「……待って真帆さん! 新藤さん、私ちょっと一緒にいますね」

「ああ、頼んだ」


 野々宮がとっさに後を追い、その場には俺と翔太が残された。

 翔太はショックで動けなかったようで、そのことにまたショックを受けているようだった。

 目では桂木を追っているのに、固く握り締めた拳をぶるぶると震わせて、力任せに膝を叩いている。


「翔太、今は野々宮が一緒にいてくれてるから大丈夫だ」

「……でも」

「まずは自分の気持ちを整理しよう。

 そうしないと、同じ事の繰り返しになっちゃうだろ?」


 翔太は溜めるように大きく息を何度も吐いて、やがて懺悔するように涙をこぼした。


「やり直すって言いながら、俺は桂木さんに真帆を重ねてた……

 そんなの桂木さんからしたら不快に思うのも当然だ」

「同一人物なんだから仕方ないさ」

「向こうからしたら関係ないっすよ! 言ってたじゃないすか、前世みたいなもんだって!」


 どう言ったものか、時間を空けるべきだろうかと考えていると、こちらに向けられた視線に気付いた。

 さきほどから目立っているので気にしないようにしていたが、離れたところで電話を片手にこちらを見ている男がなんだかおかしい。

 電話の相手と話しているわりには、俺たちの方向に意識が向きすぎである。

 野次馬にしてもタチが悪いと、苛立ちを感じながら立ち去ろうとした――そのとき。


「おっと、まだ座ってな」


 突如、背後から声をかけられて振り向くと見知らぬ男が二人、にやついた顔で見下ろしていた。

 よくわからないが不穏な気配を察した俺の横で、まだショックから抜けきれてない翔太が不機嫌に声を上げる。


「なんだ、お前ら――」

「リーダーから《無能》って呼ばれてる内藤翔太ってのはお前のほうか?」


 名前を知られていたことで翔太も危機を察知し、慎重に状況を探ろうとする。


「赤坂が、リーダーか?」

「赤坂ぁ? あの図体がデカいだけの野郎が?」


 思わず噴き出したように男たちは笑い出すが、俺たちはまったく笑えなかった。

 赤坂ではないとすれば一体誰が――と、普通はなるところだろうが、俺には一つだけ気になっていたことがあった。


「翔太、反町ってやつの異能はなんだ?」

「えっ? 《反転》って攻撃をはね返す異能っすけど……」


 答えた翔太はどうして今それを、と困惑するような表情をしていた。

 きっと記憶では反町という男は情報通なだけで、組織の中では下働きのような立場だったのだろう。

 しかし、おそらく今は違うのだ。


「もし記憶の封印が《無能》によって免れたのなら、他にも同じ現象があってもおかしくはない」

「でも《反転》の反町は投げたり絞めたりされたら手も足も出ないんすよ」

「殴る蹴るははね返すんだろ? 異能なんて知らない普通の人間なら、それだけで脅威に思える。

 投げるだとか、絞めるだなんて発想に至る前に従うやつも出るだろうさ」


 もしも桂木と敵対した相手で唯一、反町だけが記憶を持ったままだとしたら。

 その力と知識で周囲をまとめ上げて操ることを考えて、実行したのだとしたら。


「反町が赤坂たちを従えて考えそうなことと言えば、何だと思う?」


 翔太は瞬く間に感づき、顔面蒼白になった。


「真帆への復讐――ぁぐっ!」


 勢いよく立ち上がる翔太だったが、反町の仲間であろう男たちに胸を小突かれてソファに倒れこむ。

 男たちはまだにやにやと笑っていたが、その笑い声にはどこか冷たいものが感じられた。


「座れっつってんだろ、日本語わかる?」

「そうそう、マナーも勉強したほうがいいぞ。

 反町さんを呼び捨てにするとかマジありえねーし」


 男の一人が手を上げると、電話をしていた男がグッと親指を立てた。

 やはりこの二人と電話していた男は仲間だったようだ。


「良い知らせだぜ。お前の女が反町さんに捕まったってよ」


 翔太が飛び出したい気持ちを必死で抑えているのがわかった。

 それを見て、男たちは何がおかしいのか笑いが止まらないようだった。


「おっ、こいつ。お利口になってきたじゃん」

「はははっ、変なことすりゃ女の命はないと思え……かーっ、映画みてぇな台詞っ」

「映画館だけに? ないわ、こいつマジでセンスなくね?」


 俺は考えていた。

 この二人をなんとか叩きのめしたとしても、電話している男によって桂木が危険に晒される。

 離れたところで電話している男のところへ急いでたどり着いたとしても、この二人が翔太に何をするかわからない。

 何より電話係が喋らなくなっては、それこそ向こうへ異変が伝わる。


 ――それに、翔太には悪いが一緒にいるはずの野々宮はどうなった?


 いくら魔法少女だとはいえ戦闘向きでもないし、街中で男たちに囲まれたときに対処できるような力ではない。

 一緒に捕まったとなれば下手な真似はできないし、慎重にならざるを得ない。

 慎重どころか、強引にすら解決できそうもないのだが――


(くそっ、どうすればいいんだ……!)

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