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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
9. ヒーロー候補と異能に目覚めた少年少女
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9.4 想う二人《トラストユー》

 野々宮千恵、魔法少女スタイル。

 それは通常、非常時にしかお目にかかれない代物だが、今は翔太の非常時であるから問題はない。

 難をあげるとするならば、純粋な野々宮千恵という女子高生のまま、魔法少女の衣装に身を包むことになった本人の心境くらいだ。

 そこは俺が誠心誠意、真心込めて説得したからクリアしている。決して断りきれなくなるまで頼み込んだわけではない。


「な、なんですか……その服、じゃなくてあなたたち!?」

「俺は新藤昌宏! こちらは魔法少女だ!」

「魔法少女です!」


 若干やけくそな感じは否めないが、野々宮も堂々と胸を張る。

 桂木は魔法少女姿の野々宮から目が離せず混乱している。


「見たらわか…………いや、わからないです。説明してください」


 よし、勢いとインパクトのある導入で自然とこちらの話を聞かせる形に持っていけた。

 ハートの強い野々宮おかげだ。野々宮も涙を流して喜んでいる。


「実は俺たちはネットで知り合った演劇サークルのメンバーなんだ。

 学校に演劇部がないから地元でメンバーを募って活動しているんだ」

「……じゃあ、その服は衣装ってことですか?」

「当然だ。本当に魔法少女なわけないだろ?」


 非常識を隠すには常識で塗り潰すのが手っ取り早い。

 そんなものいるわけない、という思考そのものが一番強力なカバーストーリーとなる。


「このあいだ初めて実際に集まることになったんだが、手違いがあってな。

 翔太は君のことをこちらの野々宮さんと勘違いしたわけだ」

「人違いってこと……?」

「ああ、それで物語の設定のことを話して君を混乱させてしまったということだ。

 翔太も後悔しているし、俺たちにも原因がある。迷惑をかけてすまなかった」


 桂木も徐々に冷静さを取り戻し、自分の中で処理しようと説明づけているようだ。


「まぁ、なくはない話だけど……」

「だろう?」

「……そうですね、わかりました」


 まだどこか違和感が残っているような顔をしていたが、ひとまずは納得してくれたらしい。


「……ところで、どうして衣装なんて着てきたんですか?」

「演劇サークルのアピールだよ、いい出来だろ」

「確かに本物みたい……」


 本物だからな。

 とりあえず、桂木が不審げな目つきを和らげたので、俺たちもホッと一息ついた。

 翔太も幾分か安心した様子だったが、不意に表情を曇らせて俺の耳元でささやく。


「……あざっす。こっからは俺なりに頑張ってみます」

「えっ、まだなにもしてないぞ?」


 前に話したときには元のような付き合いができるといい、と言っていたのだが、どういうつもりだろう。

 この後は桂木を演劇サークルに誘って、翔太と桂木でカップル役をさせて盛り上げる予定だった。

 役割のドキドキから恋のドキドキへ発展するという少女マンガ顔負けの計画だと思ったのに。


「おかげでマイナスだったのがゼロからのスタートにはなったっす。

 でも今は、これ以上は……」


 翔太は桂木に視線を向けて、寂しそうに言葉を区切った。

 桂木は魔法少女服に興味を示しており、よく出来てるなぁと感心していた。

 まさか、それが本物であるなどと思いもせずに。


「あ、あの新藤さん。私、着替えてきますねっ」


 興味津々で見尽くされることに限界を感じたのか、野々宮が顔を赤らめてギブアップを宣言する。


「悪いな、ありがとう」

「いえっ! ちょっと着替えられる場所探してきます!」


 野々宮が駆け足で表のほうへと消えていく。

 どこか陰に隠れて変身解除すればいいのだから、なんとかなるだろうと気軽に考えていると、桂木がふと呟いた。


「野々宮さん、でしたっけ……あの格好で更衣室探すの大変ですよね、案内しなくちゃ」


 確かに一瞬で着替えられることを知らなければ、魔法少女の姿で部屋を探すことになると思うだろう。

 桂木は言うや否や野々宮の後を追い、驚くべきトップスピードへの加速を見せながら去っていった。

 止める間もなかった。


「……早いな」

「運動神経いいんすよ。

 友達も多いし、勉強はちょっと苦手だけど、クラスで人気もあるんです」


 そこまで聞いてないし、惚気のつもりかと軽く笑い飛ばそうとしたが、翔太は真面目だった。


「異能、なんてふざけた接点がなければ関わることのない相手だったんすよ。

 なんのとりえもない俺みたいなのが、普通に仲良くなんてなれるわけない」

「どうした突然……」


 桂木に思い出してほしい、それができないならせめて一から仲良くなりたい。

 自分だけが過去に取り残されたショックの中で、真っ先に願った強い思いを、絶望しても捨てきれなかった思いを、そんな簡単に諦められるはずがない。

 しかし、翔太は意外なほどしっかりした目をしていた。


「急にこんなこと言ってすみません、でも……桂木さんに会ったら思ったんすよ。

 元に戻りたいのは俺の勝手で、俺が吹っ切れれば万事解決するんだよな、って」

「……それ本音か?」

「また明日には後悔してるかもしれないっす」

「おいおい」

「だけど、今はこれが本音っす」


 翔太の苦笑いを浮かべつつも迷いのない口調に、俺は気の抜けた思いがした。

 確かに現実的に考えれば接点の少ない女子といきなり仲良くなるなんて、男子の妄想レベルの話だ。

 それこそ前世から結ばれていたんだ、くらいの突拍子のないきっかけが必要である。

 無理を押し通す、という選択肢もないことはないが、翔太自身がそれを望んでいないのにけしかけるような真似はできない。

 ヒーローの人助けというのは前に進む人の背中を押すことであって、突き飛ばすことではないのだから。


「……番号交換してくれないか?」

「えっ」

「先輩、って言ってくれて嬉しかったからさ。またなんでも相談してくれよ」

「……ありがとうございます」


 物分りの良さ、というのは美徳かもしれないが、過度な諦めの良さは時に卑屈にも映る。

 俺は正直、桂木が記憶を取り戻して非日常に世界が脅かされたとしても、全部まとめてかかってこいという覚悟だった。

 シオさんが泣いて止めようとも、未来組織が束になってかかってこようとも、知るものか。


 ただ、そんなことしてはいけない、という理屈も常識もわかる。

 翔太は桂木の顔を見て、無理を通すためにかかるリスクを想像してしまったのだろう。

 それは俺たちとか、シオさんへの迷惑だけではない。

 桂木真帆の日常に内藤翔太が入ることによって生じる不調和、本来交わることのなかった二人が関わるまでに払うコスト。


 それらの違和感すべてを自分が抱え込んでしまえばそれでいい。

 そう、思ってしまったのだろう。


(無能なのは誰だよ……)


 芝居がかったやり取りでヒーロー補正に巻き込んで良い展開にならないかと少しばかり期待したが、見当はずれだったようだ。

 俺は協力してくれた野々宮に申し訳ないと謝りつつ、随分と遅いなと二人が消えていった校舎の角を見つめていた。


     + + +


「ふぅ、緊張した……」


 校舎の角を曲がったところにあった大きな木の陰で、野々宮は変身を数秒で解いた。

 変身時のキラキラしたエフェクトは非常に目立つ。それを必死に抑え込むとどうしても一瞬では解除できないのである。

 そうまでして変身するほどの意味があったかと問われると自信を持って頷けないが、昌宏の作戦の要であった『相手が混乱しているうちに話を聞かせてしまおう』というのは達成できた。

 あの変身は意味があった、ということにしておかなければならない。

 そうしなければ野々宮の黒歴史に新たな一ページが加えられてしまうのだ。


「あのー」

「ひゃあっ!?」

「あ、ごめんなさいっ!」


 桂木がひょこっと顔を出してきたので、野々宮は盛大に後ろへとずっこけた。

 慌てて手を差し伸べる桂木に引っ張られながら、冷や汗をかきつつ身体を起こす。

 転んだくらいなんてことはないのだが、もしや変身解除を見られてはないだろうか。

 一応、今は一般人の桂木に正体を知られるのは魔法少女的によろしくないのである。


「ど、どうしたんです?」

「着替える場所を教えてあげようと思ったんですけど……早いですね、着替えるの」

「あははっ、慣れてますからねー! 重ね着でしたし!」

「そんな風には見えなかったんですけど……」


 無理のある言い訳であることは承知なので、野々宮はさっさと話題を切り替えた。


「それより、桂木さんは――」

「あっ、名前でいいですよ、先輩ですもん」

「そうですか? じゃあ、真帆さん」

「はいっ、先輩」

「おお……」


 野々宮はそこはかとない快感を覚えながらも、名前で呼べなかった翔太に申し訳なさを感じて苦笑いを浮かべた。

 桂木は不思議そうにしながらも、ビシッとした姿勢で野々宮のほうを向いており、誠実な性格がうかがえる。


「真帆さんは翔太さんのこと、気にしてません? ホントに大丈夫でした?」


 まさか、好意はありませんかなどとストレートには聞けないので、探るような質問をする。


「大丈夫ですよ、からかうような人たちはいましたけど全部私が黙らせましたし」

「えっ」


 翔太との会話ではさほど問題になった印象ではなかったのに、やはりいじってくる人間はいたらしい。

 野々宮も学校で男女仲のあれこれが盛り上がらないはずはないと思っていたのだが、自ら黙らすという力押しの解決をしていたとは恐れ入った。


「まー、なんかの罰ゲームかと思ったらそうでもないし……マジだとしてもわけわかんないしで困りはしたんですけど」

「そうですよねぇ」

「でも内藤くん、いい加減な人じゃないし、好かれても気にしないですけどね?」


 あら、と野々宮は恋愛相談が好きな近所のおばさんみたいな反応をしてしまう。

 どうして自分で言う好きは社交辞令であることも多いのに、他人の言う好きは隠された好意であると思いたくなるのだろう。

 気にしない、としか言ってないのに脈がありそうだなんて、これは――?

 野々宮は心の中で恋愛印の旗を上げ下げしていた。


「えっ、えっ? 実は真帆さん……あ、なんでもないです」


 桂木はにこやかな顔のままだったが、拳を握りしめているのを見て野々宮が口を閉じた。

 からかうような人は黙らせた、というさきほどの言葉を思い出したのである。

 気まずそうに笑う野々宮に、桂木は少し目を伏せて言った。


「なんか思ったより……」

「なんです?」

「……ごめんなさい、普通の人だなって。第一印象のわりに」

「……こちらこそ、なんかすみません」


 軽いトラウマになりかけていると、桂木が真剣な目で一歩迫る。


「あの、聞いてもいいですか」

「は、はい」


 思わず頷いてしまった後で、あの魔法少女服は本物だったのかと聞かれやしないかと不安になる。

 しかし、桂木の真剣な態度の前でやっぱ無し、とは先輩として言えなかった。


「――内藤くんの知り合いって、本当ですか?

 いつ頃知り合って、活動はこれまでどんなことをやったんですか?」

「えっ、と……」


 その辺りの細かい設定は昌宏に任せていたので下手なことは言えないしわからない。

 困ったことになったと考えを巡らせていると、桂木は不安そうに視線を地面に落とした。


「言えませんか?」

「そんなことはないですよ? ただ、その、たいして活動してなくて」


 焦りを隠しながらなんとか答えるが、桂木は疑いの眼差しで野々宮を見つめていた。

 ただし、怒っているような雰囲気はない。ひたすら不安と困惑があるだけだ。


「……私、嘘とか卑怯なこととか嫌いなんです。

 だから逆に、先輩たちが良い人そうだなってことはなんとなくわかります」

「ど、どうもです」

「内藤くんの話も嘘をついてるなんて思えなかった。

 異能のことは? 自分と一緒に戦ったことは? なんて話も必死で訴えてた。

 学校にも来なくなるし、信じられないことだけど、もしかしたら……なんて」


 ぽつぽつと翔太への心証を語る桂木には、どうすればいいのかわからないという迷いが見てとれた。

 野々宮は黙り込み、ただ静かに桂木の話を聞いていた。


「そんなところにあなたたちが来て、説明してくれた。

 でも、まぁ……よく考えるとそれもヘンっていうか……説明はつくんだけど、そんなことある? って感じで」


 異能が事実で、演劇の設定がでっち上げというのは常識的には考えられないだろう。

 しかし、野々宮がそれを明かしてしまえば、強制的に二度目の記憶処理がされてしまうかもしれない。

 野々宮は無念な気持ちを抱えながら、どうにかならないかと思った。


「私たちは……翔太くんの味方です。

 だから、翔太くんが真帆さんに謝りたいという気持ちを知って協力してあげたいと思ったんです」

「……協力?」

「その、だから……例の話も真剣さで言えば本気だったんでしょうし、今回の謝罪も本気だったんです」


 うまく言えないもどかしさを感じながらも、翔太の気持ちを伝えたい野々宮。

 桂木も悪いことではないと頭ではわかりつつ、何故、の部分で引っかかっているのだろう。


「……やっぱりただの出まかせだなんて信じられません」


 その通りなのだが、それは言えない。まして、野々宮の口からは。


「真剣な相手の言うことは信じてあげたいものですよね。

 だから、一つ目の本気を信じるなら、二つ目の本気も信じてあげてください」

「……えっと?」

「到底ありえない話をしたことも本当なら、それを謝ったことも本当ということです」

「……その、つまり、どっちが本当なんですか?」

「私にはわかりません。

 でも事実とか真実ということではなく、翔太くんの気持ちはどっちも本当なんだと思います」


 ずるい言い方だったかな、と思いつつ、野々宮が今言える最大限のネタバラシでもある。

 桂木がどう受け止めたかは本人にしかわからないが、ひとまずは小さく頷いてくれた。

 野々宮が安堵して息をつくと、桂木がスマホを取り出して言った。


「内藤くんの連絡先教えてくれません? 校外で話したいこともあるし」

「あー、私も知らないんですよ、ごめんなさい」

「……同じサークルなのに?」

「あ、あっ、私がスマホ変えたばっかりで! ほら、本人に了解も取らずに教えるのも悪いですし、あとで教えますね!?」


 不穏な展開になりそうだったので、野々宮はひとまず自分の連絡先を伝えた。

 桂木が納得いっていない様子なのが気になり、野々宮は誤魔化すように言った。


「自分で聞いてみたらどうですか?」

「えっ……いや、女子から男子の番号聞くとか、恥ずかしいかなって」


 凛々しい表情を崩し、頬を染める桂木を見て、野々宮はまた心の中でにやついてしまうのだった。

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