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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
8. ヒーロー候補とメアリースー
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8.10 メアリースーは愛されていく

 メアリーとゲイリーは消えたが、生徒が集団でテスト中に抜け出した事実は消えなかった。

 しかし、一部の教師までがその時間帯の記憶が定かではないということで、集団ヒステリーの一種ではないかと噂された。

 誰もはっきりと覚えていないので責任の取りようも、取らせようもないということである。

 結果として、現代文のテストは最終日の五時限目に再テストを実施することに決まった。

 この点はゲイリースーに感謝しなければならない。


「新藤さん! テストがようやく終わりましたね!」

「あ、ああ……」


 野々宮がやや大げさに、テスト明けの喜びを共有せんと俺の席へとやってくる。

 どうやらメアリーのことをはっきりと覚えているのは俺だけらしく、野々宮も都合のいいように記憶がぼやけていた。

 今朝会ったときから、そしてそのことを確認したときから野々宮はやけにしつこく話しかけてくる。

 嬉しいことには嬉しいのだが、まだテストが残っていたので長話もできず、お互いに中途半端な対応になってしまっていた。


「なんかあるのか、野々宮?」

「えっ!?」

「いや、そわそわしてるというか……」


 放課後になったので我慢していても仕方がないと、思い切ってたずねてみる。

 すると野々宮はううっ、と言葉に詰まり、少し恥ずかしそうに目を伏せると、小さな声で話を切り出した。


「その……事件のことはよく思い出せないんですけど、新藤さんに酷いこと言ったなーって感覚は残ってて、なんだか申し訳なくて」

「そういうことか……」

「は、はい。それで普段より、もっと……仲良くしていこうかな、と!」


 真面目な顔して言い出すものだから、思わず噴き出してしまった。

 野々宮はそんな反応にふくれっ面をするも、罪悪感から文句までは言えずにいるようだ。

 俺は悪いと謝りながら、野々宮に問いかける。


「それで? 具体的にはなにをしてくれるんだ」

「えぇっ!? えーっと……」


 野々宮はあれこれと想像を巡らせているようで、顔を赤くしたり、青くしたりと忙しい。

 こういう平和な日常だけで俺にとっては贅沢極まりないのだけど、せっかく貰えそうな雰囲気に水を差すのはもったいない。

 移り変わる百面相を楽しみながら意地悪く待っていると、野々宮がポンと閃いたように手を打った。


「たまには一緒にお茶なんてどうでしょう?」

「パソコン室でか?」


 いつもどおりでは、と首を傾げる俺に、野々宮が遮るように口を出す。


「あ、いえ、この後、どこかに……二人で」


 途中まで言ってからなにかに気付き、それでも勢いのままに言い切ったように見えた。

 俺はしばらくぽかんとしていたが、返事をしていないことに気付いて慌てて。


「行く」


 余裕のない格好つかない返事をしてしまった。

 しかし、野々宮のほうはそれで気が抜けたらしく、楽しそうに微笑んでいた。




 テスト明けで部活もないので、そのまま二人で帰ろうとしていたところに、立ちふさがるような影が一つ。

 明るい長髪を揺らしながら、どこか不穏で眩しすぎる笑顔をした女子生徒が玄関で待ち伏せしていた。


「にっこり」


 椎野華子、である。

 美人の笑顔ほど怖いものはない。


「いや、にっこり、って。その不気味な笑顔なんだよ」

「いやー微笑ましいねー、二人でお帰り?」

「そうだけど、どうしてここに……」

「女の勘ってやつだね!」


 こいつも予知能力かテレパシーでも持ってるんじゃないだろうか。

 恐ろしいほど冴え渡っている女の勘に戦慄を覚えたが、椎野はあっさりと不敵な笑みを引っ込めた。


「それは冗談として、昨日ヒロくんといい感じになりかけた気がするようなしないような記憶があるのにぼんやりしてるから聞きに来たんだよ」

「私その情報、冗談にできないんですけど」


 野々宮の反応から危険な香りがしたので、俺は穏便に説明をした。


「いや、事件で椎野にアドバイスを貰っただけだよ」

「それがいい感じになりかけるんですか?」

「それは椎野の思い過ごしじゃないか? 俺はそんな風には思わなかったぞ?」


 必死に説明するものの、野々宮はジトーっとした目を向けたまま視線をそらさない。

 椎野やメアリーが現れてから、野々宮はどうも疑り深くなった気がする。


「うーん、私もその話だけじゃ判断つかないなぁ……もっと詳しく聞かせて?」

「詳しくって……それなら今から」


 ――ギロッ!


 人間の視線にそんな効果音が出るはずないが、確かにそう聞こえた。

 野々宮の目力の圧が一層増したような印象に慌てて訂正をする。


「いや、後日改めて場を設けよう」

「えっ、デートの約束?」


 ――ギロッ!


「誰がそんなこと言った!」

「だってそう聞こえたもん」

「……パソコン室で、放課後の空いた時間に、衆人環境下で、だ!」

「犯人との取引場所みたいな指定の仕方だね?」


 おかしそうに笑いながら手早く靴を履き替えると、椎野はビシッと手を振った。


「まぁ今ので、期待したような展開がなかったことはわかったよ。じゃーねっ!」


 荒らすだけ荒らしまわっておいて、片付けもせずに去っていった。

 俺が大きな溜息をついて徒労感に苛まれていると、野々宮が気遣うように言った。


「……何度も疑っていい、って新藤さんが言ったんですが」

「椎野相手には手加減してくれ……」




 あれから邪魔は入ることなく、二人で何事もなく美味しいケーキと紅茶を楽しんだ。

 あまりに何事もなかったので拍子抜けするほどだったが、次の約束を取り付けたのでよしとする。

 適度な満腹感と幸せ一杯の充足感に満たされながら帰ると、また家の前でサトーと遭遇した。

 サトーは見覚えのある悩ましげな顔で、野菜のたくさん詰まったダンボールを抱えている。


「まーた来たのか。そして、まーた貰ったのか」

「ううむ……この間のお礼にお茶菓子を持参しただけなのだが……」


 このお土産合戦もメアリースーと同じく、無限の水掛け論になりそうだ。

 俺はふと気になって、サトーにたずねる。


「サトーは、メアリースーを覚えているか?」

「……いや、記憶にないが、それがどうかしたのか」


 サトーは嘘をついている様子はない。

 そもそも、嘘をつくような人間でもない。

 クソ真面目な性格で、ヒーロー格言の師匠みたいなものなのだから。


「もしかして、昌宏のヒーロー度が上がったことに関係あるのか?」

「なんだヒーロー度って」

「いわゆるヒーロープロジェクトにおける昌宏の貢献度のパラメータのようなものだ。

 昌宏は今まさに、ぐんぐんと成長中だぞ!」


 嬉しそうに微笑むサトーは、よく育ったブロッコリーを手にしながら続ける。


「俺が見ていない間も、昌宏は活躍しているんだな……このブロッコリーのように」

「そんな農家のお父さんみたいな目はやめろよ」

「失敬な、お兄さんと言え」

「農家に異論を唱えろよ未来人!」


 未来にも農業はあるんだがなぁ、とぶつくさ呟きながらダンボールを抱えなおすサトー。

 そして、妙にすっきりした顔でいつもの調子いい言葉をかける。


「これからも頑張れ、昌宏」

「言われなくても」


 サトーがおとなしく帰ったので家に入ろうとすると、郵便受けに分厚い封筒が刺さっていた。

 なんだろうと思い手に取ると宛名も書かれておらず、一言だけ――


 ――メアリースーより


 それを見て俺は自分の部屋へと駆け上がり、封筒を開いた。

 中には一枚の手紙と大量の写真が入っていた。

 写真はメアリーと知らない誰かが並んで写っているものばかりで、場所はジャングルや砂漠、はたまた謎の遺跡っぽい建物など様々だ。


 ただ、どれもみんな楽しそうに笑っていて安心した。

 まぁ、泣いてる写真を送りつけるようなことするわけないか、と俺は手紙を読み始めた。




 ――――――――――――――――――


 新藤昌宏さまへ


 この手紙をあなたが読んでいる頃、私はすでに生きていることでしょう。

 消えたと思われたかもしれませんが、メアリースーがそう簡単に消えることはなかったようです。

 ただ、すぐに昌宏くんのもとへ戻るのは気まずかったので、目標を達成してから会いにいくことにしました。


 メアリースーとして、多くの人に愛されること。


 それを私が納得できる形で達成するまで、あなたには会いません。

 でも寂しくなったら、また手紙と写真を一方的に送りつけるので楽しみにしててくれると嬉しいです。


 同封した写真は今までの実績みたいなものです。

 ちょっと時空を超越してしまったようで、事件の日から数えるとズレがありますが気にしないでください。

 愛されキャラになるという目標ですが……まだよくわかりません。

 大抵のところで歓迎されてしまうので、私が納得するまでには時間がかかりそうです。


 とりあえず悩みがあれば解決しつつ、名乗らず立ち去って、一つのところに長居はしないようにしています。

 格好いい謎のヒーローみたいで、自分でもちょっといいかな、と思っています。




 今回のことではご迷惑をおかけしました。

 二度とこんなことがないよう努力していく所存です、が、ないとも言い切れません。

 そのときは、またよろしく。

 これからも末永くお願いします。


 メアリースー


 ――――――――――――――――――




「末永く、か」


 メアリースー。

 誰かの立場を奪うという強すぎるアイデンティティゆえに忌避されがちな存在。

 だがしかし、この世にメアリースーというキャラがいるわけではない。

 メアリースーと呼ばれるキャラがいるだけなのだ。

 その実体は未熟さから生まれた愛すべき黒歴史。

 一生捨てられない恥ずかしい思いの結晶なのである。


 簡単に愛せるようなものでもないが、嫌いだと切り捨てられるようなものでもない。

 どうしようもないものだけど、いつかは許せるかもしれない。

 それならば、末永くよろしくしていくほかない、そういうことだ。



 メアリースーを愛すること。


 メアリースーが愛されること。



 それはこちらとメアリースー、お互いにとっての経験であり、成長と呼ぶべきものなのかもしれない。

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