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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
8. ヒーロー候補とメアリースー
75/100

8.8 (改)【第八話】"メアリースー"とヒーロー候補

 屋上のフェンス際で話していたところに、突如として現れたゲイリースー。

 目的もなにもわからないが、敵意だけははっきりとわかる。

 退場しろと言われても、校内につながる扉の前にはゲイリーが陣取っている。

 お言葉に甘えて逃げ出そうにも逃走経路は塞がれていた。


「……退場してほしいなら、そこをどいてくれないか?」

「素直だなぁ、新藤くんは! ごめんごめん、はっきり言うよ、僕の物語から消えてくれ」


 凄味を含んだゲイリーの声には先程までの蜂蜜のような甘さはなかった。

 むしろ毒気のある刺激的な味わいに心まで痺れさせられそうだ。

 明らかに敵対しているのに、侮りがたい圧倒的強者への尊敬にも似たプレッシャーを感じる。

 蛇に睨まれた蛙どころの話じゃない、もはや神を前にしているような畏怖が身体中を迸る。


「……ゲイリー、スー?」


 だが、俺の背後で状況を把握できずにいるメアリーの前で格好悪いところは見せられない。


「はいそうですか、って頷くほど素直じゃないんだ」

「困ったなぁ……新藤くんにはヒーロー補正があるだろう?

 そのせいでメアリースーが通用しない……わけじゃないんだけど、どうしても君だけは特別な立場になってしまう。

 僕と戦える立場にあるというだけで光栄なんだから」


 言い得て妙だな、まるで隠しボスのように現れたこいつには。

 俺はゲイリーと睨み合いながら、じりじりと扉への距離を縮めていった。

 どうせメアリースーの能力を持つゲイリーとまともな戦いになるはずがない。

 言い負かすにしても、こいつが話をじっくりと聞くようなやつでないことは感じ取れるし、納得してくれるようにも思えなかった。


 ここは逃げの一手、といきたいが、唯一の逃走経路である扉にはゲイリーがいる。

 どうにかしてやつを扉から離れさせれば、チャンスができるかもしれない。


「話が終わるまで待ってたと言ったな。いつからいたんだ?」


 時間を稼ぐため、そして単純に疑問だったことを解消するために質問をする。

 ゲイリーは嬉しそうに微笑み、両手を広げて歓迎を示した。


「教えてあげよう! 実は最初からいたんだよ!

 ……あ、時間稼ぎの質問だってことはわかってるけど、お約束だから答えてあげるね。

 僕はお約束が好きなんだ」

「最初からだと……?」


 屋上での会話を一から聞いてたのか、と思っていると、ゲイリーはとんでもないことを言い出した。


「だって、そこのメアリーを作ったのは僕だからね」


 メアリーを指差して笑うゲイリー。

 いきなり衝撃の告白をされたメアリーは動転した様子で否定した。


「う、嘘っ! そんなの知らない!」

「君が知らないことは君自身がよく知ってるだろう? 記憶喪失だったんだから」

「でもっ、なんで、昌宏くんのことだけ……」

「ヒーロー補正があるから、メアリーの引き立て役にでもしとかないと厄介だろう?」


 とっさに反論ができず、まさかという思いがメアリーの顔に広がる。

 俺も怒涛の展開に引きずられそうになるが、なんとか踏ん張ってゲイリーにたずねる。


「なんのためにメアリーを?」

「僕も意識がはっきりしたのは最近なんだけど、すぐに自分のことを理解した。

 だからなんでも思い通りなこともわかってたけど……なんか面倒臭いだろ?」

「面倒臭い……?」

「実は最強、実はすごいってのもいいけど、そんなの待ってられないよ。

 最初から最強、最初からチート。それが誰だって望みのはずさ、違うかい?」


 こいつはなにを言っているんだ。

 確かに最初から強いほうがなにかと助かるだろうが、なにが言いたいんだ。


「だから、メアリーを作ったのさ。

 僕の代わりに周囲の好感度を上げてもらって、完全に主役になったところで僕が参加する」

「……は?」

「過程に興味はないんだ。結果だけが欲しい。

 現代人は忙しいからね、丁寧なフラグとか、伏線とか、知ったこっちゃない。

 爽快で愉快なラストシーンだけ美味しくいただきたいのは当然だろ?」


 価値観は人それぞれだから否定はしない。

 そういう物語だってあるだろう――――が、一つだけ許せないことがある。


「だからメアリーにやらせたって言うのか……? 自分が面倒だって思うことを……?」

「面倒に思うから代役を立てたんじゃないか」

「……どうしてそんなことが簡単にできるんだ!?」

「ん? ……ああ! トレース能力はもっと応用がきく。メアリーにはできなくても、僕にはできる」


 罪悪感の欠片もない。

 いけない、ブチ切れそうだ。


「そんだけすごいなら、自分一人でやってろよ……!」


 震える声を抑えながら毒づくと、ゲイリーが哀れなものでも見るように、目を細めて、鼻で笑った。


「……いったい、なにをそんなに怒っているんだい?」


 あ。


「お前っ!! メアリー自身の気持ちはどうなる!? 突然、人生を横取りされたメアリーは!」


 殴りかかろうと拳を固めて飛び出したその瞬間、背中から手が伸びて胴体ごとグッと押さえられた。


「待って!」


 メアリーが必死に止めているのがわかった。

 俺もすぐに無謀だったことに気付き、荒げていた息を吐き出す。

 ゲイリーはその様子を面白そうに、かつ、なんだ来ないのかと挑発するような瞳で見ていた。


「僕が作ったものを僕が利用してなにが悪いのさ」


 正論かもしれないがそういうことじゃない。

 人は正しいものだけで生きているわけではない、純度百パーセントの正論はむしろ毒だ。


「メアリーは元々、僕なんだってば。他人の人生に転生するような物語より、よほど良心的だよ」

「そうじゃない! メアリーの気持ちを考えろってんだ!」

「創作物の気持ちなんか知らないよ、現代文は嫌いなんだ」


 一度落ち着いたものの、まだ興奮している俺を見て、ゲイリーは少し考える素振りをした。


「そんなに怒るとは思わなかったよ。

 うーん、ちゃんとストーリーを経験していれば、君の考えもわかったのかなぁ?」


 殊勝な態度を見せたゲイリーだったが、すぐに目線を俺からメアリーに移した。


「失敗したらしいや、ごめんね。今、失敗作を消すからさ……」


 ゆっくりと歩み寄り、俺の後ろにいるメアリーへと手を伸ばそうとする。

 背後でメアリーが固まるのがわかったので、俺は強引にメアリーの手を引っ張り、屋上の扉へと走った。

 メアリーへと伸びた手を寸前でかわし、ゲイリーの横をすり抜ける。

 とっさの行動に動けずにいるゲイリーを置き去りに、屋上の扉へ飛び込もうとしたそのとき――


「ここは通せません」


 見覚えのある顔、メアリーファンクラブの門番をやっていた一年生だ。

 他にもぞろぞろと踊り場から階段まで埋め尽くすように生徒が溢れており、全員が俺たちに敵意を向けている。

 これでは逃げ出しようがない。

 息を呑んで振り向くと、勝ち誇ったようなゲイリーの笑う姿がそこにあった。


「現代文は嫌いだって言っただろう?

 そんなの無視して僕に協力するように言ってあるんだ」


 なんてことだ。

 いくらメアリースーに心酔していたファンクラブの面々とはいえ、自分の生活を投げ打ってまで俺たちを追い詰めるようなことはしないと思っていた。


「メアリー様に逆らう者に裁きを!」


 これではもはや服従か崇拝だ。ファンクラブというよりマフィア、あるいは宗教である。

 俺とメアリーは生徒たちから逃れるように駆け出し、すぐに反対側のフェンスへと追いつめられる。

 屋上は生徒で一杯になり、足の踏み場もない状態になる。

 囲うばかりで手を出してこないのは命令のようで、ザッと一瞬にして通り道が作られて、そこをゲイリーが悠々と歩いてきた。


「これで僕の物語はハッピーエンドだ!」


 ゲイリーが高らかに宣言すると、周りの生徒たちが歓喜の声をあげた。

 異様なテンションの盛り上がりに嫌な汗が額を流れ落ちる。

 緊迫しながら、横目でフェンス越しのグラウンドを覗き見る。

 四階相当の高さがあるここからでは――――いや、なんで忘れてたんだ、ここは高いところだ!


「悪いな、もうちょっとだけ続くんだ」


 俺はためらいもなくフェンスをよじ登り、驚いているメアリーを引き寄せる。

 そしてフェンスの外側、数十センチしかない縁に降り立つ。

 足が半分しか乗らないような足場とも呼べない足場に逃げ込んだ二人を、我こそはと追いかける者は一人としておらず、みんな戦々恐々とした面持ちでこちらをうかがっていた。

 ゲイリーだけは不機嫌そうに眉をひそめて、本当にやるのかといった怪訝な表情でいる。


 だが、すぐに感づくはずだ。

 こういうときに高いところから飛び降りるヒーローには補正がかかるって――!


「とうっ!」


 盛大なかけ声とともにメアリーを抱えたまま、屋上からグラウンドへと飛び立つ。

 重さは? なんて女の子に失礼な理屈を言ってはいけない。ヒーローのこういう行動にそんなもの必要ないのだ。


 シュタッ、と格好よくポーズを決めてグラウンドへと無事に降り立つと、屋上から一連の流れを眺めていた生徒たちがハッとして動きだした。

 のんきに構えてるわけにはいかないので、俺たちは慌ててその場から逃げ出した。


     + + +


 全身で息をしながら辺りを見回し、ようやく壁に背をつけて腰を下ろした。

 校舎からだいぶ離れたところにある旧校舎、その裏手にある放置された飼育小屋に俺たちは身を潜めていた。

 獣臭さはないが泥臭い。

 身体を休める環境には向いていないが贅沢を言える身の上ではなかった。


「大丈夫か、メアリー?」

「な、なんとか……」


 横に座り込んだメアリーは俺よりも疲れきっており、体力が風前の灯火だった。

 瞬発力はあっても持久力がないのかと思っていると、メアリーが忌々しげに言った。


「力が出ない……」


 悔しげにメアリーは自分の手のひらを見つめている。


「どういうことだ?」

「メアリースーは複数存在できないんだと思う。

 ゲイリーが現れたことによって、私の能力が失われ始めたんだ」


 弱々しく、囁くような声で話すメアリーは、もう負けたも同然といった顔をしている。


「じゃあ早くしないとな」

「えっ?」

「完全に力がなくなる前にリベンジの作戦を考えないとってこと」


 メアリーは信じられないものを見たように目を見開いて、驚きの声をあげた。


「無理だよ! ゲイリーは私の創造主だよ!? 勝てっこない!」

「さっきの作りものって話か?」

「そう、作りものが本物に勝てるわけが……もしかして、贋作が劣るとは限らないとか言い出すつもり? そんな二番煎じ、いまどき通用しないからね!」

「騒ぐなよ、なんも言ってないだろ」


 俺はゲイリーの言っていたことと、メアリーに言ったことを思い出していた。

 大事なのは嘘か本当かじゃない。

 メアリースーにとって、それが事実かどうかなんてたいした意味合いを持たないからだ。


 俺とメアリーの関係性をメアリー自身が"嘘ではない"と信じてくれたように。

 ゲイリーの言葉をメアリー自身が"本当ではない"と信じてしまえばいいだけのことだ。


「なぁ、俺の言ったことを納得してくれた……信じてくれたんじゃなかったのか?」

「信じてるよ! どうして今そんなこと」

「メアリースーの力の源、その根拠は、当人が信じない限り無限の水掛け論にしかならない。

 それはゲイリーだって同じのはずだ」


 メアリーはまだよくわからないといった顔をしている。


「ゲイリーはどうしてメアリーを消そうとしたんだと思う?」

「それは……メアリースーは二人もいらないから」

「いや、放っておけば勝手に弱ってくなら自分で手を下す必要はないはずだ。

 きっと、メアリーに逆転されることを恐れてるんだ」

「そうかな、待てなかっただけなんじゃないの?」

「最強になる道のりをメアリーに任せて待ちぼうけしてるようなやつだぞ」

「……そっか、そうかもね」


 キリッとした表情でメアリーが立ち上がる。


「逆転、できるかな?」

「できるとも。メアリーが自分が勝つって信じれば」


 メアリースーの能力であるトレースは、ゲイリーが言ったように単純なコピーに限らないはずだ。

 見たことや聞いたことが再現できるというのは、経験していないことはイメージができないから再現できないだけの話である。

 明確な勝利のイメージさえつかめれば、メアリーが負ける道理はない――と思う。


「……私が勝てると信じる限り、メアリースーは最強なんだ」


 メアリーは拳を握り締めて気合いを入れたが、首を傾げて俺のほうを向いた。


「でも、それって向こうも同じじゃない?」

「まぁ、そうだな。さっきも言ったが無限の水掛け論だ――そこで!」


 俺も立ち上がってメアリーの正面へと動いて向き合った。


「俺のヒーロー補正をトレースするんだ」

「えっ、いいの? できるの、そんなこと?」

「メアリーにできないことはないんだろ?」


 それでも自信なさげなメアリーに俺は大丈夫だとエールを送る。


「序盤から最強のメアリースーと、終盤だけ最強のヒーロー補正が組み合わされば、向かうところ敵なしだ!」

「……うん!」


 俺の物語は終わっている。

 これから幕引きに向かうのは、メアリースーの物語だ。


「この話を終わらせるのはお前だ」


 頑張れメアリースー、主役を食ってこい。

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