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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
8. ヒーロー候補とメアリースー
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8.7 メアリーはメアリースーを知らなかった

 数日、メアリーと二人で話せる機会をうかがったが、一向にチャンスは巡ってこなかった。

 どんなときも取り巻きが複数ついているし、メアリー本人も積極的に俺と話そうとはしない。

 問題も、それを解決することについてもどうでもいいような雰囲気である。

 助けを求めて伸ばした手をつかめなかった俺には、それを憂う資格などないが。


「どうしたものか……」


 とうとう期末テスト期間に入り、メアリーと話すどころではなくなってしまった。

 午前が終わり、あとは昼休みを挟んで午後の現代文を済ましたら放課後になる。

 作者の気持ちなんて考えている場合ではない。メアリーの気持ちを考えなくてはいけないのに――


「新藤さん、大丈夫ですか?」

「えっ……あぁ、平気だ」

「テストに臨むような感じじゃありませんでしたよ、オーラが」


 野々宮が心配そうな顔で声をかけてきた。

 あれからお互いになんとなく避けてしまっていたので、久しぶりの会話に胸が熱くなる。


「いいのか?」


 俺に話しかけても、なんて明確な言葉はかけられなかった。

 それでも野々宮は付き合いの深さから読み取れてしまったらしく苦笑いを返した。


「困ってる人は見過ごせませんから」

「……そうか」


 言葉にはしなかったが、氷が溶け出していくような思いだった。

 今の段階では推測でしかないので明言はできないが、俺を取り巻く状況の変化はメアリースーが影響している可能性がある。

 野々宮の心情にまでそれが及んでいるのだとすると考えれば、俺も少し冷静になれる。

 一歩引いた視点で物事を見る。

 ヒーローとしては前線から離れることに戸惑いがないわけではないが、今回ばかりは別だ。

 俺はちょうどいいとばかりに野々宮に協力を求めた。


「野々宮。メアリーと二人で話したいんだ、連絡取れないか?」

「えっ? うーん、相手が受けてくれるかはわかりませんよ?」

「それでもいい。メアリーファンクラブに警戒されすぎてどうしようもないんだ」

「なにしたんですか……ま、いいですよ」


 野々宮は呆れながらも携帯電話を取り出し、動きを止めた。


「それでいつにしますか? テストの後か明日か、それともまさか放課後すぐ?」


 俺はヒーローならば当然、学生としては少々勇気のいる決断をした。


「午後イチで頼む」


     + + +


 ――今頃、現代文のテストが始まっているんだろうなぁ。


 大きな溜息をつきながら、俺は屋上のフェンスにもたれながらメアリーを待っていた。

 この時間なら生徒は全員テスト中、よほどのサボり魔でもない限りは取り巻きとして現れることはないだろう。

 メアリーファンクラブの構成員は品行方正、成績優秀を是としているので、メアリーは一人で来るはずだ。

 テストをサボる昭和のヤンキーみたいな荒れた用心棒を連れてこられても困るが、それはそれでぶっ飛ばすことへの罪悪感が薄れる。


「そんなことにはならないだろうけど……っと」


 ガラガラと音を立てて、屋上へとつながる扉が開いた。


「ごめん、待たせた?」


 気軽な挨拶とともに登場したメアリーは予想したとおり一人だった。

 いつ見てもやたら目立つ配色のくせに、不思議とバランスの取れた魅力の美少女である。


「悪いな、俺のほうから呼び出して」

「気にしないよ。それよりいいの? テストの真っ最中だけど……」

「ああ、赤点補習は覚悟の上だ!」

「悲壮な覚悟だね……」


 メアリーは少々面食らいつつも微笑みを絶やすことなく俺の隣まで歩み寄る。


「それで、私になにか用?」


 横で小さく首を傾げるメアリーは、期待と諦めが混ざり合ったような瞳を向けた。

 いよいよだ。

 俺は自らに叩きこんだ知識、練り上げた思考を総動員して、メアリーに対峙しなくてはならない。


「メアリーを助けに来たんだ」


 フッと笑うような表情でメアリーが俺を見つめる。


「もういいや、ごめんね?」


 あっさりと断られてしまった。

 伸ばした手を拒否される辛さに挫けそうになるが、俺がここで痛がるわけにはいかない。


「もういいのか?」

「あのときは知らなかったんだよ。

 私のことは誰も助けられない、ううん、私はどうやっても助からない」


 諦めたように呟くメアリーに、俺はテストの文言を突きつける。


「――初対面の人とすぐ友達となるか、あるいは猛烈に拒否されるかのどちらかだ。

 しかし最後には、嫌っていた人も含めて全員があなたのキャラを好きになる――」


 メアリーがハッと目を見開いた。


「それ――!?」

「やっぱり知ってたか」


 メアリースーテストの一文を口にすると、メアリーが露骨な反応を見せた。


「メアリースーテスト。サトーのところで知ったのか?」


 確認のために問うと、メアリーは感情を露わにしたことを恥じるように、口調を落ち着かせながら答える。


「そう、だね。だけど、あんなのただの創作だよ。全部あてはまるわけじゃない」

「もちろんだ。それでも思わなかったか?

 なんでもできること、好かれること、そして嫌われることすら能力の範囲なんじゃないか、って」

「……わざわざ嫌われる必要なんてある?」

「そういうやつが一人いることで、より好印象が強調される。

 俺はお前に選ばれたのかもしれない、特別な引き立て役に」


 メアリーから余裕の笑みは消えており、平静を保つように冷めた目つきで正面を見据えている。

 しかし、否定も肯定もされなかったので、俺は言葉を続けた。


「すべてはメアリースーが引き起こした事象。

 記憶喪失で現れたのも、ファンクラブがいきなりできたのも、俺がメアリーを警戒しているのもすべて、メアリースーが原因」


 メアリーは黙り込んだまま返答しようとしない。


「全部メアリースーのせい、全部メアリースーが悪い……」

「挑発のつもりかな、それは!?」


 堪えきれない様子でメアリーが声を荒げる。

 俺を見つめる瞳には苛立ちが混じり、その顔からは完全に冷静さは失われていた。


「なんのつもり!? 呼び出しといて、助けるって言っといて、私にどうしてほしいの!?」

「お前はどうしたいんだよ」

「はぁ?」

「お前はどう助けてほしかったんだ」


 沸騰しかけていたメアリーの顔色が急激に冷えていくように落ち着きを取り戻していった。

 そして、怒られている子供のようにうつむき、泣きだしそうに声を震わせる。


「わからないよ……」


 下を向くメアリーの表情はよく見えない。

 俺はメアリーのように唐突になんでもできるわけではないから、話を遠回りさせることにした。


「じゃあ、メアリーは自分について知って、どう思った?

 どうして俺から離れようと思ったんだ?」


 メアリーは言いたいけど言いたくないと半々の感情を訴えかけるように、左右で色の違う瞳でジッと俺を見つめた。

 俺は自分から促すようなことはせず、メアリーが口を開くのを待った。

 やがて、メアリーがか細い声で話し始めた。


「……怖かったんだよ。

 昌宏くんとどうしても話したいってこの感情が作りものみたいに思えて。

 もしもこのまま一緒にいて、昌宏くんが私を好きになったら、それは、その……メアリースーの結果でしかないのかと思うと……怖かった」

「俺が好きになったら、なんて随分と自惚れた発言だな?」

「だって! 実際に周りは私のことを気に入って、君だけが私を疑っていて!

 名前も能力もメアリースーを示唆してるなんて、おかしいじゃない! 怪しすぎる!」

「自分で言うか?」


 俺は一旦、考えてきた問答を忘れて、少しだけ本音を吐き出した。


「俺もさ、お前の名前と能力を聞いて怪しいと思ってた。

 そしたらお前は俺のことをやけに気にしてるじゃないか……まぁ、唯一の記憶を辿る頼りなんだから当然なんだけど。

 警戒してるうちにお前を傷つけて、ヒーロー失格だよ」


 これはただの反省である。

 サトーや野々宮、ヒーローやアイデンティティをメアリーに奪われかけて、自分を見失いそうになった俺の謝罪に近い。

 メアリーは俺の言葉を聞いて、途端に目を丸くして首を横に振った。


「昌宏くんは悪くないよ! それも私のせいなんだから……」

「そんなこと言い出したら、なんでもかんでもメアリースーのせいじゃないか」

「そうだよ、全部、私のせいなんだ!」


 俺は溜息をついて、先程の台詞を繰り返した。


「全部メアリースーのせい、全部メアリースーが悪い。

 お前、俺がさっき言ったことを自分で言ってるぞ」

「あっ」


 なんてことはない、人は図星をつかれたときこそ一番反応するものだ。

 メアリー自身が自らを原因で、悪いことをしたと思い込んでいたのである。

 俺は事実がどうあれ、そんなことはないと言ってやらなければならない。

 それがメアリーを助けることだと思うからだ。


 ――それにメアリーは悪くない。


「メアリーのせいなわけあるか。なんでもかんでも自分を中心に回ってるなんて、おこがましいにもほどがあるぞ」

「……でも私はメアリースーだよ? それがメアリースーでしょ?

 昌宏くんが私を悪くないと思い始めてるのだって、私のせいなんじゃ……」


 これは堂々巡りにしかならない話だ。

 俺が俺自身の気持ちはメアリーのせいではないと言い張っても、証明はできない。

 メアリーが俺の気持ちはメアリーのせいだと言い張っても、それも証明はできない。

 結局のところ、メアリー本人がどう気持ちに折り合いをつけるかでしかないのだ。

 それは後付けでも納得できるだけの理由をくっつけてやる以外に方法はない。


「このままじゃ、らちがあかないな、たとえ話をしよう」

「どんな?」

「たとえば、魔女が惚れ薬で森に迷い込んだ騎士を惚れさせたとしよう。これは真実の愛か?」

「偽物だよ、薬の力に頼ってるんだから」

「でも、騎士は幸せで、一生添い遂げるんだ。それでも?」

「……うーん」


 メアリーは考え込んでしまった。

 俺は結論を待たずに話を続ける。


「じゃあ、催眠で相手を好きにさせるのはどうだ」

「犯罪だよ!?」

「その催眠が解けないで、全世界が効果範囲でも?」

「そんな頭の悪いゲームの設定みたいな……」


 あはは、と乾いた笑い声をあげながら、メアリーはキリッと表情を引き締めた。


「……それでも魔女や催眠術師に罪悪感があれば、それは本当の好きではないよ」

「それは自分のことか?」


 メアリーは小さく頷いた。

 俺は盛大に長々と溜息をこれ見よがしについてやって、困惑するメアリーに言ってやった。


「お前はメアリースーのくせに卑屈なんだよ」

「――!?」

「そんだけ綺麗で可愛くて、なんでも器用にこなすやつが好かれないわけないだろ。

 それなのに、これはメアリースーのせいだ、自分の力じゃないって思い込んでる。

 嫌味か!」


 衝撃に言葉を失っているメアリーにトドメを刺すかのごとく、俺は洗いざらいぶちまけた。


「俺はお前のそういうところが苦手だ。

 ヒーローのように主人公面できる存在のくせに、世界より自分のことで思い悩んで、しかも結構なレベルで思い悩んでる。

 俺はそういうやつらを助けるためにヒーローをやってる。

 世界がヒーローを救ってやらないなら、俺がヒーローを救ってやる。

 だから、メアリー、お前も救ってやる。

 卑屈になんかならなくたっていい。


 俺がお前のことを好きになっても、苦手な気持ちはきっと変わらないから安心しろ」


 言いたいことを全部言って、メアリーの反応をうかがう。

 これで伝わらなければ、これで納得しなければ俺の負けだ。


「……ふふ、なにそれ、変なの」


 勝った。

 心底から安堵が押し寄せて、思わず膝から崩れ落ちて、メアリーを心配させてしまう。

 俺が大丈夫だとわかり、メアリーは微笑みながら語りかける。


「……まるで他人の人生を生きているような、そんな気がした。

 チートコードを入力したように思い通りになる生活、そんなのが楽しいのは三日くらいだよ。

 だから、私に染まらない昌宏くんが気になった。

 私はメアリースーを知りたかったし、この人にメアリースーを知ってほしかった。

 だけど、私の正体を知って、その気持ちは裏返った。

 私はメアリースーを知りたくなかった、この人にメアリースーを知られたくなかった。

 でも、今、また思ってるよ。


 メアリースーを知ってよかった。

 メアリースーを知ってくれて、よかった」


 知らないままに不本意な悪意を投げかけられるのは、誰だって好きじゃない。

 メアリーだって同じだろう。俺だって嫌だ、そんなの。

 メアリースーの助けてほしい、という言葉はそういうことなのかもしれない。

 ただ、ちゃんと知ってほしかったのかもしれない。


「俺がメアリーに惹かれなかったのは、ヒーロー補正によるところもあると思う」

「野々宮さんが理由じゃないの?」

「……そう言いたいところだが、格好つけるべき相手が今はいないからな」

「私には格好つけてくれないんだ」

「怒るぞ」

「冗談だってば!」


 そう言って楽しげに笑うメアリーだったが、少し遠い目をする。


「でも冗談抜きに、昌宏くんのこと本当に好きになりそう」

「えっ」

「執着じゃなくて惚れちゃいそう。これはメアリースーじゃなくて、私の気持ちだよね」


 反応に困っているとメアリーが面白くなさそうに顔をしかめる。


「なんなのその顔」

「えっ、どんな顔してる?」

「すごく嫌そうな顔してる。まだ私のことが気に入らない?」

「違うんだ……自分のことを知ってるとか言い出す女の子に告白されることにトラウマがあるだけなんだ」

「嘘つけ」

「本当なんだ……」


 ヒーローがメアリースーを助ける物語はこれで幕が下ろせる。






 ―― ―― ――






「やぁ、"お話"は終わったかな?」


 突然、屋上に侵入者が現れた。

 その姿を見て俺はもちろん、メアリーも愕然とする。

 灰色混じりの煌めく髪、左右で色が異なる瞳、不敵に微笑む表情は中性的で魅力的な顔立ちをしていて、声は蜂蜜のようにとろけるほど甘い。


「メア、リー……?」

「そうとも、僕はメアリースー……でも君たちが混乱するといけないから、ゲイリースーと名乗らせてもらおうかな」


 ゲイリースーと名乗ったその人物はメアリーに瓜二つ、というよりそのもので、双子というよりクローンといったほうが近い気がした。

 俺は嫌な予感をひしひしと肌で感じながら、それでも仕方なく問いかけた。


「……なんの用だ?」

「"お話"が終わるまで待ってたんだ、僕は優しいからね」


 メアリーに感じていた警戒感とは比べ物にならないほどの危機感だった。

 戸惑うメアリーをかばうように前に出て、焦りを隠してたずねる。


「わかるように言ってくれないか」

「そうだなぁ、一言で言えば」


 メアリースーは物語を食ってしまうほどの存在。

 そう揶揄されていた意味がわかるような気がした。


「旧主人公と用無しのメアリースーにはご退場いただきたい、そんなところかな」

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