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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
8. ヒーロー候補とメアリースー
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8.3 ヒーローはメアリースーを知らない

 いつの間に先回りをされていたのか、部屋の中にいたメアリースーは俺の目を見てはっきりと、待っていたと言った。

 ひとまず話してみないことには状況がわからない、と同じく部屋にいた青柳部長にも言われ、俺と野々宮は適当な席へと腰を下ろす。

 部屋には俺と野々宮、青柳部長とメアリースー、あと何故か明智もいた。

 俺の視線に気付き、明智は察したように理由を説明した。


「私が連れてきたのよ。彼女、陸上部でだいぶしつこい勧誘にあってね。

 助けてあげてからそれなりに話すんだけど、新藤くんのことを聞いてきたから……」

「俺のことを?」


 怪訝な顔をした俺を見てメアリーが差し込むように言った。


「待って! ヒーローのことは明智さんに聞いたんじゃないよ。

 彼女の名誉のためにも、そこは明確にしておきたいんだけど、いいかな」


 まだ何も言ってはいなかったが、その考えが頭を過ぎったのは否定できない。

 探偵気質の明智のことだ。人の秘密をべらべらと話すようなやつではないし、個人的にも友人として信用している。


「ああ、それはわかった。それでどういうわけか説明してくれるのか?」

「そうだね……まずは私のことを話すよ。それから昌宏くんについて知ってることを話す」


 いきなりの名前呼び。

 否が応でも椎野とのことがフラッシュバックし、一気に警戒感が高まる。

 口調は柔らかで表情も落ち着いている。

 噂どおりの美少女でケチのつけどころなど存在しない。

 それなのに俺はどうしたことか、まったくメアリーに好印象を抱けなかった。


「私の名前はメアリースー。

 来年からこの学校に転入する予定で、何故か昌宏くんのことも、ヒーローをしていることも知っていた」

「そこからして変だろ、なんで知ってるんだ」

「昌宏くんのことはあとで詳しく話すけど、簡単に言うと……」


 メアリーは溜息のように息を吐いて、困ったように眉をひそめた。


「……むしろ、それしか知らないと言ってもいいんだよ」


 えっ、と困惑する声が誰となく漏れる。全員だったかもしれない。


「記憶喪失ってことか?」

「そうかも? 自分でもよくわからないけど、一般常識は忘れてないし、生活には困らない。

 ただ、転入する予定と昌宏くんのことだけが不自然に記憶に残っているんだ」

「エピソード記憶にまつわる障害というやつかもしれないね。

 過去に経験した出来事がまったく、あるいは断片的にしか思い出せないという物語ではよくある話だ」


 青柳部長があくまで推測だけど、と注釈を入れつつも補足してくれる。

 記憶喪失なんかよくあっては困るのだが、メアリーの言うことを信じるなら今回はそういう話なのだろう。


「他には何も覚えてないのか?」

「うん……自分がどういう性格で、どう生きてきたかもわからない。

 だけど、家はあるし、お金もある。一人暮らしのようだけど、親戚から振り込まれてるみたい。

 学校に来て確かめてみれば転入する予定は事実のようだし、手続きの書類には私の名前が書いてあった。

 ……わけがわからないよね」


 なんてことのないように話してはいるが、壮絶な状況のはずだ。

 どうしてこんなに平静を保って話していられるんだ。

 不気味なほど淡々と話す姿に違和感を覚えてしまい、それが表情に出ていたのか、メアリーの目がきつくなった。


「信じてくれないかもしれないけど、私は事実だけを話しているよ。

 現実感がなさすぎて他人のことを話しているみたいだけど――私にとっては、他人のことを話している気分だからね」


 怒るような、悲しむような目つきに罪悪感が胸を刺す。

 メアリーも呆気なく巻き込まれた大事件をどう話せばいいのか図りかねているだけなのだ。


「悪い、疑うわけじゃないんだ。荒唐無稽な話は慣れてる」

「あはは、それは頼もしいね」


 よくない。メアリースーへの疑念が拭えずに、偏見を含んだ見方をしてしまっている。

 どことなく感じている胡散臭さも、一つ一つ分解してみれば根拠はないようなものだ。

 自分の態度を素直に反省しつつ、話の続きを促すと、メアリーは頷いた。


「あとは、そう……うん、荒唐無稽に慣れてるって言うから話すけど、私には特殊能力があるみたいでね?」

「まさか、予知やテレパシーがあるなんて言い出さないだろうな……?」


 話してたことが現実になっていくようで恐怖さえ感じ始めていたが、メアリーは違うよと首を横に振った。


「トレース、一度でも見たものや聞いたものは、なんとなくできるようになる能力だよ」

「それってなんでもか?」

「試したことはないけど……」


 十分とんでもないじゃないか。

 俺のヒーロー補正と比べると、なんとまぁ、よくわかんないけど雑に強そうな能力である。

 どんなものか確かめてみたいけど、何かいい方法はあるだろうか。


「野々宮、今って魔法使えるか?」

「か、簡単なものなら……!」


 メアリーの能力を検証しようと提案してみると、野々宮は意外なことにはりきった様子で了承した。

 野々宮は黙りこんで集中し、手近な空間から杖を取り出すと、念じるように力を込めた。

 やがて杖はふわふわと宙に浮いて、野々宮は少々強張りながら笑みをこぼした。


「ひ、飛行魔法の初歩みたいなものです」

「集中してるなら無理して喋んなくてもいいんだぞ?」

「い、いえ! なんのこれしき!」


 何を意地になっているのかは知らないが、野々宮が手を下ろすと、杖もぽてんと床に落ちる。


「どうぞ!」

「あ、うん……」


 野々宮が落ちた杖を差し出し、メアリーも空中浮遊マジック、じゃなかった魔法に挑戦する。

 不安そうな顔で野々宮と同じ動作をすると、杖はあっさりと宙に浮かび上がりそのまま――ドン!――と、勢いよく天井にぶつかった。

 一瞬、みんなビクッと身体を縮こまらせたが、何事もないようなので安堵して胸をなで下ろす。


「びっくりしたぁ……あ、ごめんね野々宮さん。杖ぶつけちゃって」

「あ……いえ……いいんです……すごいですね」


 敗北感を味わった様子の野々宮は可哀想な感じになっていたが、上手いフォローも思い浮かばないので、さっさと話を進めることにした。


「お前がスポーツや勉強ができるのって、もしかして」

「見たり聞いたりしたからできたんだよ……ずるい?」

「いや、そうなっちゃうなら仕方ないんだろうけど……」

「……うん! そう言ってくれると嬉しいよ」


 安心したように笑顔を見せるメアリーは、自分でも戸惑いを隠せないようだ。

 記憶喪失だけど一部のことは覚えていて、なんだかよくわからない能力を持っている。

 そんな状態に突然陥ったら、俺なら発狂しかねないほど混乱するだろう。

 いや、メアリーが混乱してないなんて誰も言ってない。そういうすったもんだの末に、俺に相談を持ちかけることを決めたのかもしれない。


「私のことはこれで本当におしまい。

 自分のことが誰なのか、どうしてこんな力があるのか、何もわからないんだよ」


 メアリーの話が一区切りつくとともに、その場を張り詰めていた空気も一度ゆるくなった。

 ふぅ、と息を吐いたメアリーの前に、青柳部長が紅茶を置く。


「お疲れさま。パックの紅茶しかないけど、よかったらどうぞ」

「ありがとう」

「みんなも紅茶だけどいい?」


 青柳部長が手際よく人数分の紅茶を振る舞い、大皿にチョコレート菓子を載せて出してくれる。

 お菓子の登場に女子たちがにわかに盛り上がるが、こう毎日のように差し入れをされると申し訳なさが先に立つ。


「いつもありがとうございます、その、こんなに貰って大丈夫ですか?」

「新藤くんが気にすることないよ。茶道部に知り合いがいて、部費を融通する代わりにお菓子の購入や電気ポットを借りてるんだ」

「へぇー……」


 思わず納得してしまったが、それってなんかの校則に違反しないのか。

 穏やかな表情の青柳部長だが、その眼鏡の奥で揺れる瞳は怪しく光っていた。

 俺がパソコン部の闇に足を踏み入れかけていた頃、女性陣はお菓子をつまみながら会話を弾ませていた。


「さっきの杖ビュンはすごかったわねぇ」

「そんなことないよ」

「……私は自分が恥ずかしいです」

「どうしたのよ急に」


 メアリーは事態が呑み込めないような顔できょとんとしており、明智は観察するような目をして紅茶を口に運んでいる。

 野々宮は少しうつむきながら、メアリーに向かって真剣な口調で言った。


「困っている人を助けるのが魔法少女なのに、嫉妬に駆られ、魔法でも負けてしまうなんて!」

「いや、仕方ないよ。そういう能力だもん」

「その謙遜……それを最近の私は忘れていたかもしれません!」


 おそらく真面目な顔だから真面目に言っているのだろうが、受け止める側のメアリーは困ったように笑っている。


「私もメアリーさんに協力させてください!」

「あ、ありがとう……」


 野々宮の圧に押され気味のメアリーが少し身を引きながら感謝する。

 こういう魔法少女の面が強く出ているがんばりモードの野々宮は見ていて微笑ましくて、ついからかいたくなる。


「野々宮も嫉妬なんてするんだな?」

「えっ、あっ……」

「なんでもコピーされちまうんだから、能力で負けても気にすることないぞ」

「そ、そそそ、そうですよねっ!」


 慌てふためく野々宮が可愛いと思っていると、明智が溜息まじりに言った。


「あのね新藤くん? 野々宮さんが嫉妬したのは能力のことじゃ――」

「そうだ! 駅前に美味しいと評判のドーナツ屋さんができたんですよ!」

「え、いや、今からドーナツはちょっと重くないかしら」


 確かに現在進行形でお菓子を食べているのだから、明智の言葉は正論である。


「何を言ってるんですか明智さん! メアリーさんは美味しいドーナツの記憶もないんですよ!」

「それいる?」

「いるんです!」


 行きましょう! となかば無理やりに二人を連れて飛び出す野々宮。

 メアリーは言い残したことがあるような目で俺を見ていたが、勢いに逆らえずに引っ張られていった。

 メアリースーでも負けることがあるんだなぁ、と眺めながら、冷めだした紅茶を一気に飲み干す。


「……あんな慌てなくても、野々宮のいいところは魔法だけじゃないのに」

「新藤くんのそれってヒーロー補正なの?」

「……関係ないと思いますけど、どういう意味ですか?」

「いや、それならいいんだ」


 なんでもないような言い方に意図が掴めず、俺は青柳部長の顔をうかがう。

 青柳部長はいつものように見守るような笑顔だったが、眼鏡のレンズが反射で光っていた。


     + + +


 いけないいけない、と心の中で反省しつつ、話題のドーナツを口へと運んだ。

 どうせたいしたことないだろうと、たかをくくっていたドーナツの味は甘みの中にほどよい酸味があり、食感も軽く食べやすい。

 女子高生の流行など話題性ばかりだと、やや偏っている印象を持っていた野々宮も納得の一品であった。なお自身も女子高生である。


「あら、いけるわね、これ」

「うん、美味しい」


 二人も満足のようで、強引に誘った手前ホッと胸をなでおろした。

 思わず明智に余計なことを言われそうになり、慌てて誤魔化してしまったが、なんとかなったようである。

 そのせいで昌宏と帰ることができなくなってしまったことは残念な気持ちであったが、一日くらいでどうこう文句を言うこともない。

 たまには女子会っぽく放課後にスイーツを食べながら語らうという時間も素敵なものだ。


「甘くてくどいだけの狙った新作じゃないのが良いわ、コーヒーに合う」

「明智さんって大人っぽくていいよね」

「えっ、探偵らしさ出てる?」

「誰もそんなこと言ってないけど……」


 背が高く、すらりとした明智も憧れるが、メアリーの不思議な魅力も印象的だった。

 灰色の髪と赤青の瞳というカラーリングが目を惹く一方、本人の性格は基本穏やかで親しみやすい。

 話してみればさっぱりとした受け答えが心地よく、明智と仲良くなっているのも頷ける。

 体育会系の部活のみならず、生徒会や教師たちにまで好印象ということも、能力の万能性だけが理由じゃないのだろう。

 とにかく魅力的、それがメアリーに対する野々宮の第一印象だった。


 だからこそ昌宏に関係がありそうなことに嫉妬じみた行動をとってしまったのである。

 当然そこには理由があった。それもシリアスにしかならない激重な理由が。

 魔法少女でありながらそれを失念してしまうとは、野々宮、一生の不覚。

 こうなったからには事情を知っている自分がメアリーを助けなくてはならない、と一転して奮起してしまうのだった。


「ねぇ、野々宮さん」

「あ、はい、なんでしょう?」


 ドーナツを食べ終えたメアリーが指を拭きながら、申し訳なさそうな表情でたずねる。


「昌宏くんのお家ってどこかな? 今日はほら、話がまだ途中で……」


 普段の野々宮なら、そういうことは本人の了解を得てから、と断ったはずだ。

 ましてや昌宏の家にメアリーとはいえ自分以外の女性を案内するなど不本意であろう。

 しかし、話を切り上げさせてしまったのは自分の責任であるし、メアリーに他意がなさそうなことは聞いたばかりだ。


 ――なにより野々宮はもうメアリーの言うことにさほど疑問を抱かなくなっていた。


「えーっと、ここに公園があるんですけど……」


 スマートフォンのマップで説明しながら、昌宏の自宅をメアリーに案内した。


「ありがとう、野々宮さん」

「いえ、私にできることがあればなんでも言ってくださいね!」

「うん。さて、野々宮さんのおすすめだし、もう一つ食べちゃおうかなぁ?」

「夕飯が入らなくなりますよ?」

「お母さんみたいなこと言わないでよ」


 メアリーは笑いながら、メニューを見て悩んでいる。

 野々宮はその姿に無邪気さを感じながら、同時によくわからない気持ちも感じていた。


「……私の顔にドーナツでもついてる?」

「つきませんよ!」


 あはは、と楽しそうに笑うメアリーを見て、野々宮のそんな気持ちはどこかへ吹き飛んでしまうのであった。

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