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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
8. ヒーロー候補とメアリースー
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8.2 いいえ、メアリースーは愛されている!

 学校中が浮足立っているような慌ただしい空気が流れていた。

 流星のごとく現れた美少女転入生メアリースーは格好の話題となり、学年問わず誰もがその姿を一目見ようと、放課後は一年の教室に人が溢れる事態となった。

 そう、メアリーは実際の転入が新学期からにも関わらず、見学と称して放課後には学校にやってくるのである。

 生徒たちは勉強のストレスを吐き出すようにメアリーを歓迎して、教師たちもうるさく咎めるようなことはしなかった。

 メアリーに会う口実とはいえ放課後に居残る生徒たちが増え、テスト勉強にも自然と身が入るという喜ばしい結果となったからである。


「メアリー、ここわかる? ちょっと難しいよね」

「大丈夫! 前の学校でやった範囲だから」


 教室では本日もメアリーが新たな学校についていけるようにと、親切な生徒たちが勉強会を開いている。

 その中には教える側じゃないだろうとツッコミたくなるような顔もちらほらといるのだが、余計な口出しをするようなことでもないので黙って見ていた。

 今日は担任教師も教室内に残っており、生徒の質問に答えながらも溜息まじりにやれやれと首を振った。


「お前らなぁ、メアリーは転入試験でほぼ満点だったんだぞ」


 えぇっ、嘘、と口々に驚きと尊敬の声があがる。

 メアリーは少し居心地が悪そうにはにかみながら、転入試験はそれほど難しいものじゃないと、盛り上がる周囲を収めるように言った。


「謙遜することないぞ? ほら、お前とかはむしろ教えてもらったほうがいいんじゃないか」

「先生そういうこと言う!?」


 楽しげな笑いが巻き起こりながら和やかに進んでいく勉強会を、俺は離れた席からそれとなく観察していた。

 数日前から現れたメアリーは大人気でみんなが注目している。

 可愛い美少女ということで男子はもちろん、中性的な雰囲気と振る舞いがウケているのか女子の評判もいい。

 良い効果を生んでいるということで教師たちも、メアリーが転入前でありながら校内に入ることを大目に見ていた。

 俺自身、転入生が持て囃されるのは予想できる当然なことだと思うのだけど――


 ――メアリースーって名前がなぁ……


 先日知ったばかりの知識が、こいつは胡散臭いぞ、という警報を俺の脳内に鳴らしていた。

 極端にうがった物の見方をしたくはないけれど、あからさまなフラグには注意を向けざるを得ない。

 ただ、こうして見ている限りは人気になるのもわかる。

 容姿端麗。びっくりするほど印象的なグレーの髪と左右で異なる目の色は、周りからは綺麗という一言ですんなりと受け入れられていた。

 名前もよく考えれば日本でメアリースーである。本人は日本語ペラペラで、文化的にも海外らしい所作は見られない。

 伝え聞いた話では、両親ともに海外の生まれではあるがメアリーは日本暮らしが長く、英語は喋れる程度、らしい。


「お待たせしました、すぐに支度しますね」

「うん、お疲れ」


 そこへ日直だった野々宮が職員室に日誌を届けて帰ってきた。

 担任がここにいるのに何故かというと、その担任から他の教師へのおつかいをついでに頼まれたからである。

 それくらい自分でやって、日誌も自分で持っていけと言いたかったが、野々宮は快く頼まれていた。

 日誌を提出しがてらパソコン室に向かってもよかったが、鞄が荷物になるということで一人でさっさと向かってしまった。

 とっさのことで野々宮を見送り一人教室で待っていたが、野々宮の荷物を持って、一緒に行くよとでも言ったほうが格好よかったかなー、と後悔した。


「今日も大人気ですね、メアリーさん」

「そうだな」


 ちょっと格好つけたい思いもあって、メアリースーへの疑念を振り払って野々宮に同意した。

 そもそも疑念というほどでもないのだ。だって彼女はべつになんにもしてないのだから。

 ささっと支度を済ませた野々宮が行きましょうと声をかけ、俺も立ち上がる。

 そのとき一瞬だけメアリーの視線がこちらに向いたような気がしたが、滞りなく勉強会は続いていたため、さほど気に留めずに席を離れた。




 パソコン室に向かおうと教室を出ると、廊下にはなんの用事があるのかわからない不自然な生徒たちで一杯だった。

 全員が露骨に教室を覗いているわけではないのだが、あからさまな態度でうろうろしているのでメアリーが目的なのは明らかである。

 妙な緊張を感じつつ通り抜けると、野々宮も同じことを思っていたようで大きく息を吐いた。


「はーっ、なんだかすごいことになってましたねぇ」

「べつに気にならないわけじゃないけど、そこまで盛り上がることか?」

「私たちはちょっと私生活にイベントがありすぎますから」


 自慢のつもりはないが、ヒーローと魔法少女の日常は転入生で騒ぎ立てるほど暇じゃない。

 ただ自分が周囲と異なる反応になると、自らの基準や常識がぶれ始めているようで落ち着かなかった。

 そういう意味合いで言った言葉に野々宮も同意のようだったが、ふと何か思い当たったような顔になり口を尖らせる。


「新藤さん、気になってるんですか」

「そりゃあ少しは」

「……綺麗な人だから?」

「なっ、ちがっ! 野々宮はメアリースーって聞いて気にならないのかよ」

「べつに予知もテレパシーもなさそうですし、名前が珍しいだけじゃないですか。

 日本でいう本名が花子さんみたいなものでしょう? あんまり気にするのもどうかと思いますよ」


 諭すような言い方に面食らってしまって反論もできなかった。いや、反論なんてないけど。

 野々宮にしては淡白な物言いに口をつぐんでいると、背後から猛烈に迫る気配を感じた。


「やぁやぁ、ハナコと書いてカコと読む。華子ちゃんのお帰りだよ?」


 振り向くよりも早く俺たちの前に飛び出したのは、椎野華子だった。

 相変わらずニコニコと快活で太陽のように明るい彼女は、冬になっても適度な距離感で周りを照らしていた。


「椎野さん……珍しい、一人ですか?」

「そうそう、最近は話題の転入生美少女枠も取られちゃったからね。暇なの」


 軽く溜息をつくさまも絵になるあたり、美少女を自称するだけのことはある。

 椎野はおしゃべりする友人には事欠かないため積極的に絡んでくることは減ったが、隙を見つけてはこうして自分から話しかけてくる。

 そういえば椎野も二学期からの転入組だった。夏のタイムリープ事件はまだ記憶に焼きついている。


「そうか、椎野は転入生の先輩か」

「ねー? もっと尊敬してほしいよねー?」


 けらけらと笑いながら思ってもないようなことを言う椎野。


「椎野はメアリーのこと、どう思う?」

「可愛いよねぇ……それでいてスポーツ万能で頭も良いとか、ずるいよ」

「椎野だってそう変わりはないだろ」

「あの子はナチュラルボーン美少女って感じ。私と違って根っからの愛されキャラ」


 十分、椎野もクラスメイトからの評判は良いのだが、本人からすればそういう評価になるらしい。


「小手先の話術とか会話の組み立て方とか知らなくても平気で好印象ゲットしちゃうタイプだね、あれは」

「……嫌いなのか?」

「まさか! 単純に感心してるの。世界クラスのトップ選手見てるみたい」


 なんの競技だよ。


「聞いてくださいよ椎野さん。新藤さんったら、また転入生に興味あるみたいなんですよ!」

「またぁ? ヒロくんって転入生フェチなの?」

「きっとそうですよ! 私だってほぼ転校したみたいなものですからね!」

「あー、引越しと入学が重なったんだっけー? うわ、ガチじゃん」


 引くなよ。いや、そもそも転入生フェチってどんな性癖だ。

 野々宮の放ったキラーパスは俺が口を挟む間もなくあれよあれよと転がされていく。

 どう考えても俺が悪いわけではないのに慌ててしまうのは、いったいどうしてなのか。

 しかし、言い訳せずにはいられない。


「違う! いきなり来たら誰だって気になるのは当然だし、メアリースーって名前からして何かあるじゃないか!」

「ほら、気になってる! 違わないじゃないですか!」

「ちがっ、あっ、いや――」


 やはり言い訳にしかならず、どう言ったものか困っていると、椎野は野々宮のほうを向いて薄っすら笑みを浮かべた。


「やきもち?」

「――っ!?」


 野々宮が声にならない叫びをあげて、一瞬で沸騰したように顔が真っ赤になる。


「あれぇ、ノノちゃん。私にもしなかったやきもちを焼いているの? 人生初? 初やきもち?」

「ちょ、ちょちょちょ……待って、椎野さん」

「初めてのやきもちは年明けてから焼きなよ、もうすぐだし縁起いいかもよ」


 とんでもなくテキトーな煽りを入れながら、椎野は俺のほうを向いた。


「ヒロくんも。気になるなら気になるって言えばいいんだよ」

「いや、でも……」

「正直はヒーローの美徳だよ? どうせ気にしてるのもヒーロー的な意味でしょ?」


 何も言えずに素直に頷く。なんだか俺まで恥ずかしい。

 椎野のせいで俺と野々宮は二人して顔まで温かくなってしまい、口論になりかけたことなどすっかり流れていた。


「……わかってましたけど、そういうことだろうってのは」


 野々宮が伏し目がちで申し訳なさそうに言ったのを見て、慌てて俺も謝る。


「俺もはっきりしなくて悪かった。いつでも野々宮が一番だから安心してほしい」

「新藤さん……」


 穏やかに話がまとまって、これで気持ちよくテスト勉強に臨める。

 一件落着はヒーロー的にも清々しい――が、椎野だけはおかしなものを口に入れてしまったかのように顔をしかめていた。


「どうした椎野?」

「……やきもちに砂糖まぶして食べさせられた気分」

「食うな、そんなもたれそうなもの」

「ああ、うん……いいよもう」


 なんだか一気におとなしくなった椎野は、パソコン室の前までついてきておきながら――


「これ以上は一日の摂取量超えそうだから帰るね」


 ――と、謎の言葉を残して帰っていった。


「ヒロくんとノノちゃんのことは応援してるけど、ヒロくんと私の恋も応援してねっ」


 堂々とした二股宣言まで残していった。どうしろと言うんだ。

 強烈な日差しが急に去ったように落ち着いて、野々宮が小さく溜息をついた。


「ごめんなさい。いちいち不安になってしまって」

「いいよ、無条件に信用されすぎても困るしな」


 野々宮のことを大事に思う気持ちが揺らぐことはないと信じている。

 しかし、椎野の事件のように心を乱され、我を忘れてしまうことがないとも限らない。

 自分で対処のしようがないことにまで責任を感じることはないのかもしれないが、これは気持ちの問題である。

 最初から浮気するかもしれない、なんて思いながら野々宮と付き合うような真似はしたくない。


「何度だって疑っていいし、確かめてくれ」

「そんな言い方されるとむしろ疑わしいですよ」

「悪いことじゃないさ、お互いに確かめ合っていこう、それがずっと一緒にいる意味になるだろ?」


 野々宮はきょとんとした顔で止まって、やがて弾けたような笑顔で言った。


「覚悟してくださいね。意外と嫉妬深いみたいですよ、私」

「望むところだ。いつまでも潔白を証明し続けてドヤってやる」


 こうして確かめ合った俺たちはようやくパソコン室の扉を開く。

 部屋の前で長々と話してたおかげで、中にいた人物は苦笑しながらこちらを向いた。


「待ちかねたよ、ヒーローやってる新藤昌宏くん?」


 灰色の髪、赤と青の瞳。

 部屋の中心で椅子に座っていたのは、まぎれもなく今話題のメアリースーその人だった。

 なんでここに。どうして俺の名前を。ヒーローのことを何故知っている。

 様々な疑問が山のように押し寄せてくるが、それをたずねるのは――


「さっそくですか?」

「……違うんだ」


 野々宮にメアリースーのことは知らないとわかってもらってからのようだ。

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