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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
8. ヒーロー候補とメアリースー
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8.1 メアリースーは嫌われている?

 突然だが、俺と野々宮はパソコン部に所属している。

 幽霊戦隊バケレンジャーのバケブルーである青柳先輩が部長を務める、学校唯一のヒーロー兼任可の部活動だ。いや、そんな部活ここにしかないだろうけど。

 そんな場所だからこそ、活動自体はぬるま湯に浸りきっており、規則らしい規則も存在しない。

 それなのに不真面目な生徒たちのたまり場とならないのは、たびたび持ち上がる心霊現象の噂のせいである。

 お察しの通り、原因は戦隊メンバーの本物の幽霊である紅蓮とコヨミさんが遊びに来るからなのだが、俺にとっては都合がいいので訂正などはしないでいる。


 年末特有の焦燥感にも似た活気というのは、こと学校においては期末テストの緊迫感とも言い換えられる。

 ここしばらくは俺も野々宮も放課後の時間をテスト勉強にあてており、部活動などそっちのけで学習に励んでいる。

 そもそもテスト前の部活休止期間も間もなくといったところで、その前から勉強に熱心な我々は優等生と称されるべきであろう。


「新藤さぁん……ここわかんないです……」

「部長に聞けよ。俺に聞いたって一緒に教科書見てるだけだぞ」


 優等生などとんでもない。ヒーローはヒーローである限り、学生生活が犠牲になるのだ。

 実情はヒーロー活動のせいで人より劣る成績を挽回すべく、人より勉強量を増やさざるを得ないだけなのである。


「先輩に? でも来年受験生の青柳先輩に迷惑かけらんないじゃないですか」

「俺にはいいのかよ」

「今更でしょう」


 パソコン室というのは勉強空間としては図書館並に優秀、否、それ以上のポテンシャルを秘めている。

 まず、調べ物の効率性。

 目の前の箱型の機械は世界中の知とつながっており、検索ワードを入力すればたちまち答えを返してくれる優れ物だ。

 次に適度な人口密度。

 この時期の図書館はその公共性ゆえに同じ目的の生徒に溢れ、物静かな緊張感が漂っている。

 学生としては立派な光景ではあるが、少々息苦しさは拭えない。

 その点、パソコン室であれば基本静かでありながら、お喋りを始めても睨まれることはないという都合の良さがある。

 最後に――


「まぁまぁ、僕でよければいつでも頼ってくれていいからさ。ちょっとお茶にしない?」

「わぁ! なんですかこれ!」

「親戚からお土産で貰ったマドレーヌだよ」


 とても優しく頼りがいのある青柳部長がいてくれる。パーフェクトだ。これ以上の施設はあるまい。


「あら、とっても美味しそうね!」


 そんな素晴らしい場所だからこそ、部外者が不法侵入することもある。

 探偵オタクで長身の活発女子、明智麻美は自然とお茶会に加わろうとしていた。


「明智、お前陸上部だろ。どうしてここにいるんだ?」

「フフフ……さて、あなたにこの謎が解けるかしら」

「やめろそのミステリムーブ」


 頬杖をついて微笑む明智の前には筆記用具と原稿用紙が置かれている。

 先程からチラチラと視界に入ってはいたが、どうも勉強している風には見えない。

 明智も引っ張るつもりはないらしく、すぐに真実を語りだした。


「陸上部は秋の大会が終わってシーズンオフだし、テストも近いから休ませてもらってるわ」

「そうだったのか」

「そして、空いた時間で前々から書きたかったミステリ小説を書いているのよ!」

「勉強しろよ!」


 ババーンと立ち上がって原稿用紙を突きつける明智。

 思わず数行読み進めてしまって、なんの考えもなしに浮かんだ言葉が口から出た。


「……これ面白いのか?」

「なっ!?」

「はうっ!」


 明智が衝撃を受けて座り込んでしまったのはわかるが、どうして野々宮までショックを受けているんだ。


「新藤さん酷いです! 物を書く人の気持ちがわからないんですかっ!?」

「わからないけど……」

「そんな……では若気の至りで小説を書いた経験は……?」

「ないよ」

「えっ、じゃあ中二病は患ってないと……?」

「……だってヒーロー候補やってたし」

「……し、新藤さんのヒーロー一筋野郎!!」


 それ罵倒のつもりか……?

 どうやら野々宮もかつて創作に触れた過去があるらしく、作品を評価される気持ちがわかるようだ。

 明智を励ましながら、口にマドレーヌを突っ込んでいる。おい、やめてあげろ。


「新藤くん、一部だけで判断するのは失礼だよ」

「そ、そうですね……悪かった、明智」

「いいのよ……私も書き始めて難しさを実感してるところだから」


 青柳部長にたしなめられて、反省した俺は素直に明智へ頭を下げた。

 明智も作品のレベルに関して思うところがあるようで、どうにも歯切れが悪い。

 俺としても、数行だけで面白くなさそうと評したのには訳がある。


「予知能力とかテレパシーとか見えたんだが……ミステリだよな?」

「当然じゃない。事件を予知して未然に防ぐ、完全犯罪ならぬ完全推理の名探偵モノよ」


 ううむ、頭を抱えたくなるほど、俺と明智の間にはミステリへの見解の相違があるようだ。


「ちょっと読ませてもらってもいいかな」

「えっ、あ、はい……どうぞ」


 やり取りの中で飛び出したワードに興味を引かれたらしく、青柳部長が明智にたずねる。

 青柳部長の申し出に戸惑いながらも、一人でも多くの意見が欲しいと、おずおずと原稿を差し出す明智。

 そこそこの厚みのある原稿を受け取った青柳部長は読ませてもらうよ、とにこやかに言って離れた席へと歩いていった。

 残された俺たちは顔を見合わせて、ひとまずお茶にすることにしたのであった。


 三十分くらい経った頃。

 お茶会から雑談に発展していた俺たちに、青柳部長が声をかけた。


「読んだよ」

「ど、どうでしたかっ!?」

「そうだなぁ……」


 前のめりながら感想を迫る明智に気圧されることなく、青柳部長は穏やかに苦笑いを浮かべた。


「メアリースーって知ってる?」


 突如湧き出た新しい用語にその場にいた青柳部長以外の全員がぽかんと口を開いた。

 青柳部長はこうなるだろうと見当がついていたらしく、簡単に説明をしてくれた。


「メアリースーっていうのは、極度に理想化されたオリジナルキャラクターを揶揄する言葉さ。

 元は過去の二次創作小説に登場したキャラクターの名前でね。

 とても優秀で、誰からも好かれ、他を差し置いて誰よりも活躍し、退場するときは皆が悲しみに暮れる……そんなキャラクターのことを言うんだ」

「えーっと、つまりはご都合主義のキャラってことですか?」

「簡単に言えばそうなるね。

 今では二次創作に限らず、過剰で不自然な優遇をされるキャラクターの総称になっている」


 俺はメアリースーという言葉は初めて聞いた。

 確かに空気も読まずにところ構わず出しゃばって活躍されたら、気に入らないのはわかる気がする。


「でも、大抵のヒーローとか主人公ってそういうものじゃないです? ねぇ、新藤さん」

「俺に振るなよ」


 居た堪れなくなるだろ。ただでさえヒーローに自信ないのに。

 俺の態度を勘違いしたのか、野々宮は慌てて訂正した。


「べ、べつに新藤さんのことをメアリースーだなんて、まったく思ってませんからね!?」

「……俺もメアリースーくらい強くなりたいよ」


 青柳部長は笑って軽く受け流し、話を続ける。


「そう、メアリースーは忌避されがちだけど、つまりは過剰な優遇……この過剰な、ってところがポイントだと思う。

 物語の主人公である時点で優遇されるのはある程度仕方のないことだからね」


 そして、と話を一区切りつけて、青柳部長は明智に向き直る。


「明智さんの小説は、探偵が予知能力とテレパシーを駆使して事件を未然に防ぐというものだけど、このコンセプトは悪くないと思う」

「ホントですか!?」

「うん。でも、その能力が探偵一人に偏り過ぎてる。

 事件の発見、調査、解決に至るまで、すべて探偵に任せておけばいいような雰囲気になってる。

 その辺りの独りよがりなところが物語のご都合感を増してる原因じゃないかな?」

「なるほど、助手や仲間がいればいいんですね!」

「一概に言えたことじゃないけど、探偵が自己解決してる印象は薄くなるだろうね」


 明智は見事な角度の礼を決めながら「先輩! ご指導ありがとうございます!」と青柳部長に頭を下げた。

 やはり探偵志望にしては体育会系に向きすぎているんだよなぁ。


「それにしても部長凄いですね、的確なアドバイス」

「読書好きの素人の意見が役立ったなら幸いだね。

 それに何事も一歩引いた視点で見ていると、色んなことに気付くものだよ」


 戦隊での立場から来る考え方なのだろう。

 現場最前線で一人になりがちなヒーローの立場からすると、なかなか実践しづらいマインドである。

 それでも尊敬せずにはいられず、俺も冷静に物事を判断しようと密かに誓う。


「さっそく続きを書くわよ!」

「勉強しろよ!」


 俺の冷静は長くは持たなかった。




 結局、下校時間まで居座った明智は、野々宮とガールズトークに花を咲かせながら玄関まで一緒だった。

 どうやら盛り上がっている雰囲気で話の区切りは見えず、このまま帰路につくのだろう。

 帰宅の間は野々宮と二人きりで話せる貴重な時間なのだが、ここで遠慮してくれとは言えない。

 友達相手に嫉妬してるなど格好悪いことこの上ない。

 この二人なら正直に気持ちを話しても馬鹿にはしないだろうが、帰り道でニヤニヤとつつかれる羽目になるのはわかりきっている。あれ、それ馬鹿にしてんじゃね?


「新藤くん」

「……えっ、呼んだか?」


 完全に意識の外から声をかけられ、反応が遅れた。

 見ると明智は遠くで練習を続けている陸上部の面々に視線を向けながら、決まりの悪そうな顔をしていた。


「なんか、まだ練習しているようだから挨拶してから帰るわ。先に行ってて?」

「あ、あぁ……いや、待ってるぞ?」


 少し嫉妬してしまった件もあり、つい待つと答えると、明智は顔を寄せながら目を見開き、小声で囁いた。


「せっかく二人で帰してあげるって言ってるのに?」

「余計なお世話だ」


 そうなるといいな、と思っていたことではあるが、恩着せがましく言われると恥ずかしいやら反発したいやらで素直になれない。

 明智は納得したような、しないような、どちらともつかない笑みを浮かべて駆け出した。


「じゃーねっ、仲良くするのよー!」


 そう言い残してビュンと去っていく明智は、見事なフォームでぐんぐんと距離が離れていくのであった。やっぱり探偵より助手とか警察向きだ。

 いきなり二人になった俺と野々宮だが、なんとも言いがたい空気でお互いに苦笑した。


「あはは、どうします?」

「帰ろう。待ったって気まずいだけだ」

「ですね」


 意見が一致した俺たちは明智を見送ると、いつもどおり二人で帰宅の途につくのであった。

 そういえば陸上部は期末試験前の時期だというのに、どうして遅くまで残っていたのだろう。

 暗くなり始めたグラウンドの奥では、誰かを囲うようにして盛り上がっているような陸上部の影がちらついていた。


     + + +


 昌宏たちとわかれて陸上部の面々と合流した明智は戸惑っていた。

 短距離選手で駅伝などの大会にも参加せず、試験前でもあることから休みの許可は貰っていたが、それは建前の話である。

 勉強の合間に冬季練習をかかさず続けている部員からすれば、一言もなく帰る明智を見ていい思いはしないだろう。

 それに頑張っている仲間を応援したい、との純粋な気持ちもあり、明智は様子を見に来た。

 しかし、明智が挨拶しても反応は薄く、もしや怒っているのかと緊張するも、どうやらそうではない。


「麻美! あんたライバル出たかもよー?」

「そうそう、探偵ごっこしてる場合じゃないって!」


 無神経な発言に明智は少しイラッとしたが、そこは慣れっこである。

 軽く受け流しつつ、事情が一番わかりそうな先輩に声をかけた。


「なんの騒ぎですか、これ」

「あぁ……年明けからの転入生らしいんだけど、見学がてら走らせたらすごいタイム出しちゃって」


 部長が大騒ぎよ、と苦笑いしながらも期待を隠せない声色で明智に教える。

 事件好きの野次馬根性が湧き上がり、どんな人物かと興味津々で話題の新鋭を探す。


「もう……陸上部を見に来たんじゃないんだってば……」

「そんなこと言わずに! あなたの才能を眠らせておくのはもったいない!」


 私も言われたな、と自分に重なるシーンを見て明智は妙な胸騒ぎを覚えた。

 部長は多少強引なところがあり、探偵志望でスポーツに興味のない明智に対して勧誘攻勢を仕掛けて合意させた実績がある。

 入学手続きも済ませていない、校舎の下見に来ただけらしい転入生を捕まえて、陸上部に誘うというのもありえない話ではなかった。


 ――ちょっとやりすぎに思えるけど。


「部長、また無理に誘ってるんじゃないでしょうね?」


 明智は見ていられず、強い意見になりすぎないように、あえて茶化しながら助け船を出した。


「ま、まさかー。無理に勧誘したことなんて一度もないんだぞ、私は……とりあえず、入部届けと案内だけ渡しとくねっ」


 転んでもタダでは起きない部長のやり口にもはや感心していた明智は、そこで初めて件の新入部員候補にされかけた転入生が目に入った。

 そう、ここで初めて目に入ったのである。


「ありがと、助かったよ」


 魅惑的で中性的な甘くとろけるような声。

 印象的な灰色の髪は曇り空のように複雑な色合いをしていて、染めているとは到底思えない。

 瞳は左右で色が異なり、赤と青の双眸はどちらも宝石のごとく神秘的な輝きに満ちていた。

 顔立ちは幼さを残しているが童顔すぎるわけでもなく、知性にあふれて均整がとれた顔つきをしている。

 背丈は明智より頭一つ低く、よくこれで自分に匹敵するタイムが出せたものだと驚嘆する。


「……すごいわね、あなた」


 類まれなる美少女ぶりにただただ褒めてしまった明智の言葉を、タイムがすごいと解釈した転入生は満面のスマイルで返した。


 ――その笑顔で背後にいた部員が何人か倒れ込んだ。同性なのに。


 明智も足のすくむ思いだったが、過去の事件の経験と探偵の矜持がなんとか持ちこたえさせた。

 衝撃的な出会いではあるが、新学期からの同級生ということであれば歓迎しないわけがない。

 明智は心を落ち着かせて、最初にするべきだったことをした。


「明智麻美よ、あなたは?」






「メアリースー、よろしくね」

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