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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
7. ヒーロー候補と勇者と魔王
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7.5 聖剣伝説5 ~魔法少女の秘策~

「こんな夜更けに何事かと思えば……」


 目をこすりながら、むにゃむにゃと文句をこぼす野々宮。

 ちなみに深夜の突然の訪問にも即反応し、これまでの経緯をしっかりと聞いてくれている。

 なんて素晴らしい対応力。流石、魔法少女。


「ありがとな。パジャマ姿も似合ってるぞ」

「寝巻きを褒められるのは何だか恥ずかしいです……」


 座布団の上でぎゅっと身体を縮めこませる姿がまた可愛いが、話が進まないので胸にしまっておく。

 野々宮は寝ているリュミエールを部屋に残し、居間へと降りてきている。

 テーブルには温められたホットミルクが二つ並べられており、その気配りが嬉しい。

 しかし、夜中に女の子の家に上がりこんでホットミルクまでご馳走になるとは、我ながら許しがたい所業だ。


「とにかく、今回は急を要するってことで良いアイデアはないか?」

「そのフリで良いアイデアが出てきたことってこの世にありますかね?」


 困り顔でノーアイデアを訴える野々宮は、俺の無茶振りを見事に打ち返す。

 頼るにしても全任せはよろしくない。

 何かとっかかりはないかと思考を巡らせるが、それが出れば苦労はしない。


「リュミエールとドラゲーアの話からヒントがあればいいんだが……」

「うーん……二人の話だけでは難しいですよね、抜けてるところもありますし」


 抜けている部分というのは、リュミエールの兄の行方のことだろう。

 最終決戦では一人であったとドラゲーアが明言している以上、何処かで別れたに違いない。

 それがわかれば聖剣を破壊したいとまで思い至った経緯がわかる。


「それだ!」

「えっ?」

「抜けてる部分だよ。リュミエールの兄について何かわかれば、聖剣を憎む理由もはっきりするかもしれない」

「それが聖剣を破壊する手がかりになると……?」


 なるかどうかはわからないが、少なくとも現状は進展する――はずだ。

 それとも悪戯にリュミエールの辛い過去を暴くだけだろうか。

 そもそも、勇者が隠しているっぽい過去を問いただすってのはどうなんだ。


「……正直、わからない。でも、何をすればいいのかもわからないよりマシだと思うんだ」


 今の気持ちを素直に吐き出す。

 これで話が進むなら、誤魔化しやポーズは後からでもいい。

 わらにもすがる思いでいたが、野々宮は「えっと」と何か逡巡するように目を瞬かせ、少し悩んだ末に姿勢を正した。


「……どうして何をすればいいかわからないんだと思います?」

「えっ、それは……情けないことに俺の力不足ではないかと……」


 本当に情けないと思いながら零した本音に、野々宮は鋭い答えを突き刺した。


「なのに理由がわかれば解決できるかも、ってのはヒーローのエゴですよ」


 言ったのが野々宮でなければ、その野々宮が言う前に悩む素振りを見せなければ、かなりの衝撃だったかもしれない。

 それでも十分にショックで言葉が継げずにいると、それを察した野々宮が申し訳なさそうに言った。


「魔法少女の経験談、ってわけじゃないですけどね。誰かのプライバシーに関わる問題を解決するというのは、とても難しいことです。

 それも心を開ききっていない人を助けるというのは、助けようのない人を助けるくらい難しいです」


 それでも助けるんだ、と意地を張ったところで、それを通す力がなければどうにもならない。

 ヒーローには圧倒的な突破力、あるいは繊細な共感力がいるということなのだろう。

 そのどちらも、今の俺にはない。


「……はぁ」

「お、落ち込まないでくださいよっ!」


 慌てて野々宮が励まそうとするが、それすらも受け取れないほど情けない。


「優しく言ってくれたけど、つまり無理に助けようとしたって助からないってことだろ?」

「解決するのと助けるのは違いますからね。新藤さんはどうしたいんです?」

「それは……助けたいさ」


 これも本音。

 何の力もないけど助けたくて、何も知らないのに助けたい。

 異世界の、自分に関わりのない出来事をどうしてそこまでと人は思うだろう。

 俺だって立ち止まって考えれば、勇者と魔王が聖剣を壊すのを手伝って何が良いのかわからない。


「でも、真剣に話を聞いて、頼られたら……助けたいって思うのは普通のことだ」


 野々宮は厳しげに細めていた目をきょとんと丸くして、同じように口も丸くしていた。

 俺は恥ずかしい台詞を大真面目に言ってしまった後悔で火を噴きそうだった。

 幸いなことに魔力の欠片もない俺から火が出ることはなく、野々宮はそんな光景に微笑んだ。


「ふふっ、その行為をそのレベルで自然に行える、それこそ新藤さんがヒーローである証なんだって私は思いますよ」

「やめてくれぇ……」

「それとごめんなさい。色々言ったのは、私も背中を押してほしかったからなんです。

 ――ありますよ。リュミエールさんの秘密を探る方法」


 えっ、と驚きの声をあげる俺に、野々宮は指を立ててニッと笑った。


「ずばり、眠っているリュミエールさんの夢に入って秘密を探るんです!」

「…………プライバシーの侵害では?」

「あっ、ちょっと、急に現実にハンドル切らないでくださいっ。魔法少女の話です、魔法少女のっ!」


 失礼、とばかりにスイッチを切り替え、茶々を入れずに話を聞く姿勢を見せる。

 こほんと軽く咳払いをして、野々宮は話を再開した。


「魔法少女業界において、夢を覗くというのは正攻法なんですよ。

 夢見る女の子は悩みを口においそれと出せませんから、こちらからアプローチを仕掛けるんです」


 相手は歴戦の勇者だが、とは言わない。余計な口は慎むと決めたばかりだ。


「夢の中の出来事はあくまで夢ですから、真実ではありません。

 ですが、魔法で入る夢の中です。相手が悩んでいることはきっとわかるはずです」

「便利だな」

「でも、余計な手出しは禁物です。リュミエールさんの精神に影響が出ますし、新藤さんも目が覚めない可能性があります」

「……危険じゃないか?」


 それを聞いた野々宮は、まるで答えはわかっているとでも言うように諦め気味に訊ねた。


「やめます?」

「やります」


 まるで答えは決まっているとでも言うように、俺は答えるのだった。


     + + +


「……これって、本当に添い寝しなきゃいけないものか?」

「本来は一人用の魔法なんですから、こうでもしないと新藤さんに魔法がかかりません」


 当たり前だと言わんばかりの野々宮は、居間のソファに寝転がって魔法の準備をしている。

 そして俺は居間のソファに寝転がって野々宮の魔法を待っている。

 野々宮の家にソファは一つしかない。


「……なぁ」

「集中してるので少し黙っててください」


 少々強張った声で野々宮が咎めるので、俺は何も言わずにソファの背もたれ部分の布地を見つめるほかなかった。

 俺の背中には自分のよりも小さく、それでいて確かな温もりが感じられる。

 言うまでもなくその温もりは野々宮のものであり、今俺たちは二人で居間のソファに横になっている。密着状態で。

 一般家庭のソファに高校生二人で寝ようとすれば、そんなことは当然で、野々宮が小柄だから何とかなっているとも言える。


 かつて魔法界で敵から身を隠したとき、壁にもたれて並んで眠ったこともあった。

 しかし、彼女の家のソファで二人、密着しながら一枚の毛布で同衾とは――


「……いやいやいや」

「これから寝るんですよ、わかってます?」


 怒気を含んだ声とともに野々宮が振り向こうとしたので、俺は慌てた。


「待て待て、こっちを向かれたらもう……もう、あれだ!」

「何ですか、あれって。私だって我慢してるんだから、新藤さんも我慢してください」

「……我慢してるのか?」

「……恥ずかしいのをですっ」


 その台詞を合図に魔法が発動し、キラキラのエフェクトとともに急激な睡魔が訪れ、意識がスーッと飛んだ。

 飛んだと思いきや――空中を飛んでた。何だこれ。


「成功です。早く、魔法が消えないうちに行きましょう」


 野々宮はいつの間にか俺の隣に浮かんでおり、よく見ると背後の景色が透けて見える。

 そこで気付いた。俺は今、野々宮の魔法で意識だけの状態になり、わかりやすく身体から抜け出ているのだと。

 つまり、実体はすぐ真下のソファで寝ているということになり、視線がつい下へと向いて――


「下見ちゃダメです。起きちゃいます」


 何で、とは言わなくてもわかった。

 その場面を眼に焼き付けて認識してしまえば、夜も眠れなくなるほど昂ぶるに違いない。

 俺たちはなるべく下を見ないようにして部屋を抜け出し、リュミエールの寝ている部屋へと向かった。

 この意識だけの状態では扉に触れられなかったが、通り抜けるので開ける必要もなかった。


「何で律儀に廊下を通ってきたんだろうな」

「人ってそんなもんですよ……はい、それではリュミエールさんの頭に入るイメージで行っちゃって下さい」


 野々宮がどうぞ、と手を指しているその先ではリュミエールが静かに寝息を立てている。

 勇者にしては穏やかな寝顔であり、実際は年端もいかない少女であることを思い出させた。


「……ところで戻るときはどうするんだ?」

「私が引っ張り出して、居間にある身体の近くに戻り、目を覚ませばオッケーです」

「ってことは俺一人で行くのか!?」

「しょうがないんです……魔法少女じゃない新藤さんは誘導なしで戻れないかもしれませんから」


 ゴクリと唾を飲み込み、緊張を払って気合を入れる。

 応援なしに夢へ飛び込むのは勇気がいるが、ここまでの道筋を示してもらっただけでも十分だ。

 俺は意を決して夢の中へと潜るイメージをしながら、リュミエールの頭に突っ込む。

 その瞬間、まるで濃密な霧の中を進んでいるかのように視界が真っ白に染まり、不安になりつつも止まらずに進み続ける。

 何も見えないのにぐんぐんと深度を増している感覚だけが肌にまとわりつき、それが限界に達したそのとき、霧が晴れてきた。


「……隠してたのか、言わなか……のかはわか……ないけど」


 野々宮の独り言がぷつぷつと途切れる。


「……お兄……どうなっ……大体、予……つく……よね……」


 何を言っているんだろう。


「……きっと……聖……で……した……」


 ――俺の意識は夢の中へどっぷりと浸かった。

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