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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
6. ヒーロー候補とタイムリーパー
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6.7 時をかける少女にバイバイ

 タイムマシンを目指して、夜の街を駆け抜けていく。

 時間は既に十一時を過ぎており、間に合わなければこの世界は椎野エンドを迎えてしまうだろう。

 それを止めようとしているのが他ならぬ本人というのが複雑なところだが、乙女心は得てして複雑なものだ。


「でも、どうするつもりだ。ループをどうにかしても、また強制的にリセットさせられるんじゃないか?」


 椎野がどういうつもりでタイムマシンを目指しているのかは知らないが、大抵のことは覆されてしまうように思う。

 しかし、椎野は自信に満ちた顔をして大丈夫だと言うばかりだ。


「あまりに力技過ぎてオッケーなのか知らないけど、多分いけると思う」

「何をする気だ?」

「昔の私に会って、時間を操る能力を無くすの」

「確かに根本的解決だけど、そんなことできるのか?」

「任せて、難しいことは抜きにして何とかするのが私の得意技だから」


 自分と遭遇するパラドックスはどうするのか、とか。そもそも、どうやって能力を消失させるのか、とか。

 あまりに無計画な椎野に苦笑いしながら、俺は気を引き締める。


「無茶が過ぎるようなら、ヒーローを呼んでくれよな」

「ありがとねっ。それじゃあ、過去へ急ごうか、シンデレラになる前に!」


     + + +


 椎野に連れられて、随分と遠くまでやってきた。

 設定した時代も、電車を乗り継いで来たこの場所も詳しくは聞いていない。

 日は沈み、外灯が照らすマンションの外通路。その一室の前に俺たちはいた。


「あと三十分でお母さんが帰ってくるから、私は鍵を開けているはず」


 そういってドアノブを回すと、音を立ててゆっくりとドアが開いた。


「おい。勝手に入っても、びっくりさせるだけだろ」

「驚くけど、声は上げないはず。説明すれば、きっとわかってくれる」


 モノトーンな声の調子で話す椎野を見守るように、俺は後をついていく。

 椎野は慣れた足取りで子供部屋へと向かい、"かこ"と書かれたプレートがぶら下がる扉をノックする。


「お母さん?」

「ううん、私」


 椎野が扉を開けると、部屋の中では小学生半ばといった年の彼女が座っていた。

 部屋の中央で時計と向き合い、静かな空間には秒針の音だけが響く。


「誰?」

「私、椎野華子。十六歳」


 幼い椎野はしばしの間、大きくなった自分をまじまじと見つめた。

 そして、考え込むように目を伏せると、やがて言った。


「私、タイムマシンになったんだ」


 顔を上げた幼い椎野の瞳は期待感に満ちていて、先程までの憂鬱とした印象は消えている。


「うん、そうだよ。だけど、その力はなかったことにしたいんだ」


 幼い椎野が怪訝そうに眉根を寄せる。


「なんで?」

「そういう力を使ったら、これからの人生がつまんないよ」

「これまでもつまんなかったよ。やっと今から面白くなりそう」


 即座に言い返されて、反論できずに唸りながら振り向く椎野。


「ヒロ君、どうしよう。昔の私に言い負かされちゃう」

「そんな情けない相談は初めてだな」

「笑い事じゃないの! あと数十分で説得できなきゃ、お母さんが帰ってきちゃう!」


 世界の命運は、時を操る能力を要らないと小学生の女の子に言わせられるかにかかっている。それも母親が帰宅するまでに。

 俺はヒーローとして、困っている彼女を助けなければならない。

 覚悟を決めると、幼い椎野の前で膝をつき、努めて優しく語りかけた。


「やぁ、俺は昌宏。ヒーローをやってて、このお姉ちゃんが困ってるから助けに来たんだ」

「……あんまり格好良くないね」

「ちょっと、それはいくら私でも聞き捨てなんないよ?」

「椎野は黙ってような」


 優しい声のまま、笑顔で制する。

 椎野は何だか見たことのない表情をして、言葉を詰まらせていた。

 とにかく、仕切りなおしだ。


「君が力を否定することで、君を助けることになるんだ」

「別に私、助けてほしくなんかない」

「でも、君もつまんなくって困ってるんだろう?」


 幼い椎野はようやくこちらをまっすぐ見つめてくれた。


「学校なんて退屈だし、男子は馬鹿だし、女子は面倒だし、お父さんもお母さんも忙しくて家にいないし、お休みでもお出かけとかしないし……」

「うん」

「だから、変えられるんなら変えたい。もっと面白い方向に」

「うん」

「何も起きないこの世界で、何かが起きそうなの。時間さえあれば、何かが……」

「何かを起こすのは時間じゃない、自分だよ」


 いつの間にか、後ろで椎野も真剣に聞き入っていた。


「時間を歪めて何かを起こすのだって、自分が決めることだろ? 最後はすべて、自分次第だ。それなら、別に時間なんて関係ない。関係ないなら、何かを起こす行動は自分の時間でやるべきだ」

「自分の時間?」

「そう、自分の本当の時間でね」


 そのとき、チャイムが鳴った。

 俺と椎野が顔を見合わせると、玄関の方からドアを開ける音がする。


「華子ー、帰ったよー」

「お母さんだ……」


 焦り出す椎野。

 ここはマンションの三階、窓から逃げ出すには少々高すぎる。

 いざとなれば、椎野を抱えてヒーロー的ジャンプで着地すればいいのだが、ご近所の目もある。

 穏便な策を講じようにも考える時間がない。何とも時間とはままならないものだ。


「……帰してあげよっか?」

「えっ」


 幼い椎野が時計を抱えながら、可笑しそうに言った。


「私の最初で最後の力で、二人を元の時間に戻してあげる。それで、何もかもおしまい」


 迷っている時間はない。

 俺がその提案に頷くと、幼い椎野は時計を抱き締めながら、年齢に似合わないほど妖艶な笑みを浮かべた。


「私が大きくなって、この選択を後悔したとき――お兄さんは助けに来てくれるの?」

「どんな時間が流れたとしても、必ず助けに行くよ」


 根拠も何もない約束を俺も椎野も疑わなかった。

 必ずと言ったら必ずなのだ。そこに時間も運命も介在する余地はない。

 幼い椎野が満足そうに手を振ると、俺たちは一瞬にして飛ばされた。


     + + +


 真夜中の街角にぽつんと佇んでいた俺と椎野は、しばらく呆然として、やがて時刻が十二時を過ぎていることに気付き、歓喜した。

 傍から見れば怪しいことこの上ないが、幸いなことにループ終了の宴は人知れず幕を閉じた。


「やー、終わった終わった。長かったね」

「人事みたいに言うんだな」

「だって、ループを始めた私とは意識がもはや別個だもん。第二の人生ってやつ?」

「……本人が気にしてないならいいけど」


 フッと、椎野が虚空を見つめる。


「最初の私が、消えていくのがわかるよ」

「大丈夫なのか、それ」

「うん、平気。だって今の私は何の力もない女の子だからね」


 秋の訪れを感じさせる風とともに、微かな音が聞こえた。


『停滞する時間の中で幸せに浸っていてもよかったのに』


 椎野は咎めることなく、さも当然のことのように答えた。


「退屈な時間が嫌いだから、私は私になったんだよ、忘れたの?」

『……ごめん、忘れてた』


 風が弱まった。


『――きっと、かなわないよ――』

「絶対がきっとになっただけで、私はよかったと思ってる」

『――そう――』


 風が止んだ。生温い空気が戻っていくのを肌で感じた。

 椎野は少し寂しそうに下を向きながら、自嘲気味に言葉を漏らす。


「私、時間って嫌いだったの」

「どうして」

「楽しいときはすぐに終わるのに、お母さんが帰ってくるときは長かったから」

「そんなもん誰だってそうだよ」

「それを私は本気で時間のせいにして、時間を捻じ曲げたんだよね」


 椎野にそんな力をくれてやった悪戯な神様は絶対、邪神に違いない。

 本人の気質が合っていたからこそ、ここまで大きくなれたものの、本来は時間を操るなんて持ち腐れて仕方がない能力だ。

 それを上手いこと使い尽くしてきたというのに、椎野は時間が嫌いだという。


「わがままだこと……」

「うん。でもね、感謝してることもあるんだよ。私の本当の時間がヒロ君と一緒だったこと」

「それは、嬉しいことなのか?」

「だって、好きな相手が同じ時間に生きてるなんて、全世界のタイムリーパーが羨む恋愛ステータスだよ」

「……そうなのか?」

「うんっ、時をかける少女より幸せだもん、私」


 弾けるようなその笑顔にあてられて、思わず目を背ける。

 これからの可能性はゼロじゃない。そう思った途端、脳裏に野々宮との約束の場面がよぎる。

 魔法の指切りがここで発動するとは――俺はループする脳内イメージに頭を押さえる。

 約束を破る気なんてない、野々宮が好きだと心の中で唱え続けて、ようやく魔法は収まった。嫉妬か、嫉妬なのか、野々宮。


「どうしたの?」

「……恋愛の引き起こすループは空恐ろしいな、って」


 いつの世でもあまねく乙女はビューティフルドリーマーなのである。


     + + +


 二学期が始まり、椎野が転校生として紹介されるや否や、彼女は注目の的となっていた。特に男子。

 お世辞にも綺麗としか言えない美少女なのだ。話題にならない方が不自然と言える。

 ただ、立ち回り自体は見事なもので、クラスの発言力のある女子生徒に自然と案内を頼み、そのつながりで皆と馴染んでいった。

 流石、人生何週目とも知れない経験豊富な女子高生である。


「新藤さん、あの椎野さんって子のこと、随分と気にしてますよね?」


 そう野々宮に指摘されたのは、その日の放課後のことであった。


「そ、そう見えるか?」

「はい。数分に一度は視線がいってました」


 ナニ気付かれてんだ。自重しろ、俺。


「久しぶりに顔を合わせたのに……」

「いや、その、転校生って気になるだろ」

「それが女子なら、もっとですよね」

「そういうことじゃ、いや、全否定すると嘘っぽいけど」


 膨れっ面の野々宮をなだめながらも、俺は椎野のことを気にしていないとは言い切れなかった。

 それこそ野々宮に嘘をつくことになる。そんなことはしたくはなかった。

 ただ、あの夏の出来事を包み隠さず話すのは俺の一存ではできない。椎野にも確認を取るべきだろう。

 その当人というと、クラスの女子たちに連れられ、さっさと何処かへ行ってしまった。

 何というコミュ力。俺たちとは存在するステージが違う。それも手伝って、俺は椎野に話しかけられなかったし、彼女からもコンタクトはなかった。


「まぁ、俺とは住む世界が違うよ」

「そうなの? 住んでる時間は同じだけどね」

「わっ!?」


 いきなり背後から声をかけられ驚く。野々宮に至っては飛びつかれて目を白黒させていた。

 そこには野々宮を後ろから抱き締める椎野が、眩しい笑顔で居座っていた。


「ご挨拶が遅れてごめんね、野々宮さん。皆を撒くのに時間かかっちゃって」

「え、え?」

「どうして普通に話しかけてこないんだよ」

「だって、私の面倒事に二人を巻き込みたくないもん。転校美少女フィーバーの煽りを喰らうのイヤでしょ?」


 どうやら放課後の人が少なくなる時間帯、場所を待っていたらしい。

 平気な顔で細やかな心遣いを見せるから侮れない。


「でも、数分に一度は見てたよね。気になった?」


 ナニ気付かれてんだ。マジで自重しろ、俺。


 野々宮はというと、椎野の露骨なものの言い方に言葉を失っていた。

 噂の転校生がこんな感じだとは思っていなかったのだろう。

 俺も付き合いが長くなければ、こんな感じだとは思っていなかった。


「じゃあ、学校では普通に接するつもりなんだな」

「最初はねー。でも、徐々にそれっぽい雰囲気を醸し出してくつもりだから」

「何だと!?」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 思考を取り戻した野々宮が俺と椎野の間に割ってはいる。


「な、夏休みの間に何があったんですか!?」

「話せば長くなるんだが……」

「あ、あっ、心の準備をするのでお待ち下さいっ! どうぞっ!」


 恐らく誤解している野々宮に事のあらましを話していく。

 色恋沙汰を覚悟していたらしい野々宮の顔は徐々に落ち着きを取り戻し、最終的には無表情になっていた。


「浮気ですか?」

「どうしてそうなるんだよっ!」

「そうだよ。浮気だと思われるなら、もっとしたいことあるもん。これじゃ浮気損だよ」

「浮気損って何だよ!」


 思わず息が荒くなる。

 こんな二人の女の子に好意を寄せられる立場になるとは、夢にも思わなかった。

 世の創作に溢れるハーレム男子の精神構造ってどうなってるんだ。理解できない。


「まっ、虎視眈々とヒロ君を狙ってるけど、よろしくね」

「いや、とてもよろしくできませんよ。なんて自己紹介ですか」

「野々宮さんは半年もヒロ君と付き合ってたんだし、少しくらいいいでしょ?」

「椎野さんこそ、数十年も付き合ったんですから諦めて下さい、それに……」


 そして、野々宮は今回の事件において、単純明快にして、これ以上にないほどの解答を示した。


「愛に時間は関係ありませんからっ!」

「……あははっ、私もそう思う!」

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