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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
5. ヒーロー候補と魔法の国の女王
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5.10 ヒーローの魔法

 崩落する瓦礫から野々宮を守ろうと、無我夢中で飛び込んだ。耳が張り裂けそうなほどの轟音が周囲に降り注ぐ中、俺は野々宮覆いかぶさる形で踏ん張っていた。

 背中の痛みはすぐに途絶えた。崩落が終わったのか、それとも痛覚が麻痺したのか。確かめようにも顔を上げられない。

 まだ震動は続いている気がする。いや、俺が震えているだけかもしれない。


「……あの」


 状況もわからないままに体勢を維持していたが、野々宮のかすれた声で思考が再起動する。

 周囲からは大きな音が消えていた。俺は背中に残る痛みに耐えつつ、喰いしばるように閉じていた目をゆっくりと開く。


「無事、っ!? ……か?」

「えぇ……まぁ、はい」


 目と鼻の先に顔を赤らめた野々宮がいた。どうやら無事らしい。しかし、あと数センチでお互いの唇が無事では済まなくなるところだった――って、今はそんな無事を確かめている場合じゃない。


「け、怪我は?」

「大丈夫ですけど……もうちょっとだけ起き上がれません?」


 暗にくっつきすぎ、と言われているようで悲しい。いや、この状態のままでいいとは俺も思ってはいない。

 すぐに身体を起こそうと力を込めるが、どうも上がつっかえているようで動かない。麻痺したものと思っていた背中には何者かの感触がある。

 真上まで首を回すことはできなかったが、視界の端に紅のマントがちらりと映った。


「アルバート王子!?」

「……ふん、私の真下で――否、上下左右いかなる方向においても、甘い雰囲気を醸し出すことは許せん」

「そんなこと言ってる場合じゃ……大丈夫なのか?」

「背中に剣を回して盾代わりにした。右腕の感覚が怪しいが、問題はない」


 アルバートが身体をずらすようにして退いてくれたので、俺もどうにか立ち上がることができた。少しふらふらする。

 野々宮はミーラブを抱えたまま自力で起き上がる。特に足が痛むということもないようだ。

 それよりも見るからに痛ましいのはアルバートである。右腕をだらんとぶら下げて、左手で剣を杖にして立っている。表情だけは変わらず勇ましいが、それがむしろ不安を煽る。


「王子、その腕……」

「気にするな。それよりもようやく魔法陣から出られた。この瓦礫で陣形が崩れたんだろうな」

「いや、気にするなって……」


 しつこく食い下がる俺に、アルバートは軽く視線を尖らせた。


「いいか。私が悔やむとすれば、先にチエを守るという格好いいポジションを逃したことくらいだ。それ以外のことは気にするな」


 顔つきは厳しかったが、声は俺を慰めるかのように優しかった。そんな態度をされて俺は、自分が泣きそうなほど悔しがっていることに気付いた。

 アルバートが運良く魔法陣から脱出し、俺ごと野々宮を守ってくれなければ、俺はどうなっていただろう。そもそも、野々宮を守ることさえできたのだろうか。


「なかなかしぶといな。王子以外はこれで片がつくと思っていたが」


 ブラッドは部屋の中央に一人佇み、不愉快そうに顔をしかめている。それを見たアルバートが声を張り上げて問いただす。


「どういうつもりだ! 魔法界の象徴にこんな大穴を開けるとは!」

「破壊するつもりでございます」

「なっ!?」


 アルバートが絶句する中、ブラッドは平然と理由を話し始める。


「象徴が徹底的に破壊されたとなれば、民の絶望は限界に達し、流石の女王も手の打ちようがありません。魔法の根源問題は自ずと負の感情を利用する方に傾くでしょう」


 まだ言葉を見つけられないアルバートをよそに、ブラッドは淡々と喋り続ける。


「魔法少女が来るまで猶予はたっぷりありましたからな。丹念に破壊の仕掛けを施すことができました」


 そして、崩れ落ちた瓦礫や黒々した空が剥き出しになっている天井に目を向ける。


「作動にも問題がなさそうで何より」


 そこでようやくアルバートは声を発することができた。


「ブラッド、何故そこまで……」

「私としては魔法界に大きな傷跡を残すより、小さな犠牲で事が済むのを願っております」


 ブラッドはそう言うと突き刺すような視線を野々宮に向けた。それを遮るように俺が前に出ると、ブラッドは更に目を鋭く細めた。


「話し合うにしろ、戦うにしろ、もう貴様の出番はない。早々に消え去るがいい」

「出番が終わりだって? 俺はまだ、こうしてお前に立ち向かっているぞ」

「……ふん。たいして策も無かろうに」


 いやにゆっくりとした足取りでブラッドが前に一歩を踏み出す。

 抗う術を持たない上に、既にボロボロの俺。強気な台詞を放ったところで、身体は正直に後ずさる。

 悔しさをかみ締める俺の背後で、ミーラブが囁くような声で言った。


「チエ、ごめんね」


 野々宮は緊迫した事態を感じさせない穏やかな面持ちで、ミーラブの謝罪を受け止めた。


「……自分のことを秘密にしてたことですか? それなら」

「ううん、違うの」


 野々宮の言葉を遮り、ミーラブが懺悔のように言葉を並べ立てる。


「私は今でも善意だけで世界が救えるなんて思えない。理想の影にあるものを捨てきれない。だけど、それでもチエが望んでいる理想は素晴らしいものだと思うから、力を貸したい」


 搾り出すようなか細い声。


「……私はたいしたことできないのに、それでチエを助けるなんて言うのはずるいよね」


 不思議とその場の空気が停滞していた。

 それで状況が良くなるわけでもなく、ブラッドは苛立たしげに俺の背後のやり取りを見ていた。


「自覚があるならば、退場していただこうか。サフィおう――」

「ミーラブさん!」


 力強い野々宮の声は、あくまでミーラブのことをミーラブと呼んだ。


「ずるいだなんて、言わないで下さい。側にいてくれるだけでいいんです。マスコットってそういうものでしょう。それだけで、力になるんです」


 そのとき、バチンと弾けるような音が鳴り響く。

 慌てて振り向くと、野々宮のすぐ目の前の床が抉られ、黒い煙を上げていた。


「大丈夫か!?」

「は、はい……何とか」


 野々宮は間一髪のところでかわしたようだが、俺は気が気ではなかった。

 盾になることもできないとは、魔法相手にどうやって野々宮を守ればいいんだ。

 焦る俺をよそに、ブラッドは不満そうに鼻を鳴らす。


「たいして役に立たない力のようだな。貴様が貰った力、というのは」

「……そんなことは」

「終わりだ」


 魔力の感知などできない。しかし、経験と勘だけで危機を悟った。

 とにかく野々宮を守ろうと、小柄な身体を抱き寄せる。そんな勇気を出した決死の行動も空しく、俺たちを中心に急激な熱源が発生する。

 アルバートは怪我が酷くて間に合わない。最早これまでかと思ったとき、ぽよんとした感触が背中を押した。


「ごめんね、ミーラブ……ありがとう、チエ」


 弾かれるようにして前に倒れる俺の後ろで、ミーラブの声が聞こえた。続いて、爆発音。

 振り向く間もなく、野々宮の顔で悲劇を察する。



 ――くそっ、駄目だ。



 この隙を逃せば、全滅する。

 俺はそのまま、前のめりで駆け出す。

 野々宮の手を引いて、崩壊した城の端まで一気に走り抜けた。


「悪い。また、逃げ出すしかない……」

「仕方ないですよ。でも、どうやって?」

「ここから飛ぶ。高さはヒーロー補正でどうにかなるはずだ」


 かけ声をかければ高いところから飛び降りても着地できる。

 唯一と言っても過言ではない、俺の確実なヒーロー補正能力だ。

 そのことは野々宮も知っており、安心した顔で、何故か微笑んだ。


「そっか。そう言えばそうですね、それは良かった」

「あぁ、今はどうにもならない……だから」


「とうっ!」


 それはあまりに予想外で、突然で、抗うこともなく、俺は宙に身を投げ出される。

 無理やり身体を捻り、壁に手を伸ばそうとするが、かすりもせずに空を切った。

 どんどん引き離されていく俺と野々宮。視界の端に映る野々宮の顔は、悲壮な覚悟に満ちていた。

 よしてくれ。そんなのお前のするべき顔じゃない。それは、ヒーローがすべき顔だ。


   + + +


 瓦礫のベッドの上で、俺は打ちひしがれていた。

 無力さに泣きたくなるが、そんな顔はできない。したくない。

 どうして彼女があれだけ戦っているのに、俺は何もできないのか。

 ヒーロー補正はどうした。今まで散々、格好つけた台詞を吐いておきながら、厳しい現実を徹底的に突きつけられれば、俺は戦えなくなるのか。

 夢を信じられない。理想を語れない。そんなヒーローがあるものか。


「行かなきゃ……」


 奮い立て。

 自分を信じて、戦い続けるんだ。

 野々宮が困っているのに、助けられないなんて嫌だ。


 しかし、行ったところで俺は何をすればいい。何ができる。

 自分を信じろと言ったって、自分の何を信じればいいというんだ。


「――ヒーローって、どうすればいいんだっけ」



 そのとき、ピピピ、と何処からか音が聞こえてきた。

 敗北のフラグに包まれて、そのまま眠りに落ちそうな俺を叩き起こすかのように、しつこく、しつこく鳴り続ける電子音。

 それは魔法界には似つかわしくない、携帯電話の着信音だった。


「どうして……?」


 魔法界のルールに携帯電話という概念はない。よって、この世界で携帯電話は使えないはず。

 意味のわからないまま、俺は脱力した身体を起こし、未だに鳴り止まない電話に出た。


『昌宏』


 まさか。

 数日も経たないというのに懐かしい、聞き慣れた勇ましい声。

 俺は自然と、目を潤ませていた。しかし、奴に情けないところは見せたくない。震えそうになる声を必死で抑え、ぶっきらぼうに名を呼ぶ。


「サトー」

『今までになく苦戦しているようだな。しかし、もう安心だ!』

「……サトー」

『ルビィ女王の安全は確保した。あとは魔法少女を助けるだけだぞ』

「えっ!?」


 予想外の言葉に驚きを隠せずにいると、サトーはこちらの感情など無視したように続けた。


『この世界で通信手段を確立するのに彼女の協力が必要だったものでな。少々、行き過ぎたが、これからは存分に昌宏の活躍タイムだ』

「あ……いや」

『ん、どうした?』


 サトーの声を聞いたときは救世主のように感じてしまったが、あまりにも呑気なその態度に、卑屈な気持ちになる。


「今回ばかりは……駄目っぽい。サトーがそんなに凄いんだったら、サトーがどうにかできないか? 緊急事態なんだ」

『昌宏。俺は昌宏を信じている。何より、彼女は君が救うべきだ』

「そんなの理想だろ! 今はとにかく、助けることが優先で……」


 現実的な判断だ。そう言おうとして、言葉が出なくなった。

 あれだけ否定しようと抗ったブラッドの論に、俺は屈している。


「……ヒーローって、どうなのかな?」


 つい、零れた。


「王道的で、予定調和で、ご都合主義で――だけど、格好いい」


 サトーは口を挟むことなく、俺の言うことを黙って聞いていた。


「そんな理想的な展開を望んでいいのか? それを望むことがヒーローでいいのか?」


 現実的な手段があるというのに、理想にかけてしまうようなヒーローはありなのだろうか。

 そんなものは、夢見がちな馬鹿者でしかないのではないか。


「……理想が過ぎるかな、俺」

『馬鹿者ッ!!』


 サトーの叱責にグッと息が詰まるが、その真意は俺の意図したものではなかった。


『ヒーローを舐めるな! 理想が過ぎて何が悪い!』

「……だけど」

『ファンタジーな世界で、ファンタジーな結末を求めることは、決して間違いではない』


 俺はいつの間にか立ち上がっていた。

 サトーの言葉が耳に響く。血のように巡る。不思議と、力が湧いてくる。


『ここは魔法の国……理想を現実に反映する。それが魔法だ、違うか?』


 駆け出す。城の広場まで急がなければならない。

 もう、迷う必要はなかった。


「ありがとう、サトー! まだ、理想を追ってみる!」

『ああ、君の過ぎた理想だって現実に出来るさ、ヒーローならば!』


   + + +


 意気込んで王の間へと急ぐが、城の崩壊が激しく、あちこちと回り道をさせられる。

 野々宮の案内もなく、広い城の中を右往左往と駆け巡るうちに、不安が込み上げてきた。


「そういや、俺って方向音痴気味だったな……」


 上っているのだから近づいてはいるはずだと自分に言い聞かせる。

 そして、何度目かわからない角を曲がったところで、座り込んでいる人影が見えた。


「王子!」

「マサヒロ……戻ってきたのか」

「……はい」

「行くのか」

「当然です」

「……ならば持っていくといい、丸腰では不安だろう」


 満身創痍のアルバートは、振り絞った力で剣を差し出す。

 慣れない武器は格好がつかないので、あまり得意ではないのだが。


「……ありがとう」


 断るという選択はなかった。

 アルバートから受け取った剣を握り締め、俺は王の間へと飛び込んだ。

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