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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
1. ヒーロー候補と魔法少女
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1.5 約束されたピンチの塩ビパイプ

「こういうところ、家族以外で初めて来ましたよ」


 食事を終えて店を出るとき、野々宮がぼそりと言った。

 返答を期待していない声量だったし、俺も何と答えたものかわからず、気にしないふりで流す。

 野々宮も別段気にする素振りはなく、遅れて店から出てきたサトーに声をかける。


「あっ、サトーさん。すみません」

「気にするな。お前たちが延々と支払いで揉めているから、財力で片付けただけだ」

「……悪い」


 俺は虚しいパトロールに付き合わせたお詫びに昼食代くらい払わせろと言い、野々宮は恐縮に恐縮を重ねながらも自分の分は自分で出すと引かない。

 では、俺が三分の二を払い、残りを野々宮が――などと、わけのわからない妥協案を探り合っていたら、サトーにまるごと払われた。

 格好悪いことになったと不貞腐れていると、サトーが小声で言った。


「昌宏。ここは格好つける場所ではない」


 胸が痛い。胃もたれだろうか。


「格好つけたいときに格好つけるのではなく、格好つけてほしいときに格好よくなれ」

「……何だよ、それ」

「良いヒーローの心構えだ」


 ちょっと格好いい、と思ったことは絶対に言わない。

 サトーを適当にあしらい、野々宮にこれからの進路を確認する。


「飲み物買って、別の道を歩いて帰るってことでいいな?」

「いいですよ。新藤さんはバスで帰りたいですか?」

「焦っても意味ないけど、手抜きは駄目だよな」

「さっきはバスがどうの言ってたのに、やっぱりヒーローやってると根性ありますね」

「……いや、腹ごなしに歩きたいだけかも」


 流石の野々宮も苦い顔で笑う。

 元々、情けない性格なのは承知してるが、格好つけが失敗したせいで格好悪くなってる気がする。

 このまま帰って寝ることができたら、と堕落した考えが脳裏をよぎる。駄目だ、俺。


 野々宮の買い物には付き合わず、外のベンチで缶コーヒーに口をつける。

 サトーが一緒に行ったので、二人が戻ってくるまでに気分をリセットしておきたい。

 こうして無言でいると、今日は喋り過ぎだし、楽しんでばかりだと反省する。

 俺はヒーロー活動をこなしつつ、野々宮を助けるのではなかったのか。

 久しぶりにサトー以外の話し相手ができて、浮かれているのではないか。

 ここは冷静に物事の優先順位を決めて、的確な行動を心がけよう。

 まず、非常識存在の確認が最優先だ。野々宮の事情は気がかりだけど、数ヶ月から半年は余裕がある。

 すべてをやろうとしてはいけない。人間がヒーローをやる以上、限界は存在する。

 その限界を迎えたヒーローたちを助ける。それがヒーローになった理由で、ヒーローをやる理由なんだ。


「……ん」


 自分のやる気を取り戻すべく、個人的なヒーロー論をこねくり回していると、先程の元気な子供が目に入った。

 その元気さは少々迷惑なほどだったが、一人で駐車場を歩いている子供はしゅんとしている。

 親に怒られたかな、と思ったが、遠目に見てもそういう雰囲気ではない。

 何より子供の顔は怒られて涙目というより、つまらなそうな、眠そうな、それでいてだるそうな顔をしている。

 例えるならば、五時間以上、渋滞して動きの鈍い車に乗っているような――十一歳のときの俺の思い出だが。

 しかし、本当にそんな顔である。ラーメン屋であんな悲惨な顔つきになることはない。


「あの子、元気ないですねぇ」


 いつの間にか戻ってきた野々宮が、俺の視線をなぞるようにして呟く。


「何かあったんだろうなぁ」

「ヒーローとしては気になります?」

「ヒーローじゃなくたって気になるよ。だけど、知らない子供を助けられるほど、ヒーローじゃないんだよなぁ」

「まぁ、わかりますけど……私は魔法少女で鍛えられたんですよね、お節介」


 野々宮はふらふらしていた子供に近づいて、明るく話しかけていた。

 俺はベンチに座ったまま、周囲を見渡して子供の親を探す。

 野々宮が子供に悪さをしていると誤解されないよう、いざとなれば飛び出す覚悟でいる。

 目の前でしょぼくれる子供に話しかけることもできないのに、余計な心配をしているとは自覚している。

 結局、野々宮があれこれと話しかけているうちに父親が現れ、母親も少し遅れて登場。

 両親は頭を下げて、野々宮も深く頭を下げる。そして、戻ってきた。


「店ではぐれてしまて、二人で探し回ってたそうですよ」

「俺が行ってたら、不審者扱いだろうな」

「どうしてそんな卑屈なんですか」


 野々宮が半分呆れたような声を出したので、俺は慌てて姿勢を正す。


「冗談だよ。それより、ありがとうって言われたのか?」

「言われましたけど、魔法使ってないので、ただのありがとうでした」

「残念だな」

「いいえ、別腹ですよ」


 子供は沈んだままでしたけど、と付け加える野々宮。

 それでも助けたことに変わりないと思ったけど、俺のフォローなんていらないだろう。

 やがて、サトーが塩化ビニール管を手に戻ってきた。野々宮と別れて、ホームセンターに寄っていたらしい。


「何それ」

「塩ビパイプだ。手に馴染むものを選んだ」


 そう言うので手を出すと、サトーは素直に塩ビパイプを渡してきた。

 手に馴染むかどうかはわからないが、至って普通の塩ビパイプである。


「用途を聞いてるんだよ」

「つっかえ棒が欲しくてな。帰りしな、敵と遭遇したら武器にしても構わん」

「それなら木材とか、鉄パイプの方が強度あるだろ」

「重いではないか」

「じゃあ、無理して武器とか言うなよ……」


 袖で塩ビパイプを擦り、野々宮の頭に近づける。

 ふわぁ、と髪が浮き上がり、俺は興味深げに唸る。


「ふむ……」

「いや、何してるんです」

「サトー。いいな、これ」

「だろう?」

「よくないです!」


   + + +


 昼食と買い物に予定外の時間を費やしたことと、明日に疲れを残してもいけないということで、帰りは道を調べて歩くことにした。

 裏山を沿うように作られた道。人家から離れており、車は街中を通るので、人通りは皆無である。

 しかし、郊外と中学校を一線で結んでおり、一部の生徒は頻繁に通る便利な道らしい。


「サトーの情報は幅広すぎだ」

「街灯がないですね。暗くなったら、危ないと思います」


 そして、野々宮の評価は真面目すぎる。

 さりげなく携帯電話で時間を確認すると、午後三時を過ぎたところだった。まだ暗くなるには早い。

 しかし、裏山の木々が生い茂り、ずっと日陰が続いている。

 夏場なら暑さをしのげる良い立地だが、今は五月。夕方なりかけに吹く風は、意外と肌寒く感じる。

 だから、微かに感じた悪寒のような身の震えを、俺は気にせずにいて――そいつとの遭遇が突然だと錯覚した。


 ザァァッ。


 腐っても五年の経験値は積まれていて、俺の身体はとっさに野々宮を庇っていた。

 正面から冷や水を浴びせられたような感覚。心が冷めて、踏ん張ろうとした力が抜けていく。


「昌宏!」


 サトーの声でかろうじて意識を保てた。

 投げて寄こされた武器としては心許ない塩ビパイプを装備し、実体の定まらない何かに対峙する。

 ふわふわ、なんて形容が適当なのか。ぞわぞわが正しい。

 黒、紫、青。この世にあるだけの寒色を詰め込み、最悪の配合で混ぜ合わせたような色。


「新藤さん!?」

「サトー、野々宮頼んだ!」

「ああ! あれが何だか、わかるか?」


 敢えて筆舌を尽くさせて頂くならば、配色センスのない霧状の何か。

 一撃で意識を奪う。否、奪われたのは意識ではないはずだ。

 俺は背後に野々宮がいることを念じ、がむしゃらにパイプを構えて突っ込んだ。


「サトーさん! 新藤さん、戦えるんですか!?」


 野々宮が俺のヒーローらしいところを見るのは初めてである。

 初見では申し訳程度に塩ビパイプで武装した男が、無策で戦っているように見えるだろう。

 まさに、その通りである。


「昌宏は本格的な戦闘技術を持っていない。ただ、必死に得物を振るっているに過ぎん」

「どうして!」


 サトーは野々宮の左手を掴んでいた。その手は振りほどけず、野々宮が主戦場まで来ることはない。


「信じろ。昌宏の能力は"ヒーロー補正"だ。ヒーローらしさこそが、昌宏の持つ唯一無二の力だ」

「ヒーロー、補正?」

「奴の口上は邪魔されない。奴に攻撃は当たらない。奴は絶対に負けず、奴は絶対に勝つ」


 焦燥していた野々宮が呆気に取られたように口を開ける。


「……チートじゃないですか」

「勝てばな」

「えっ?」

「最後にはヒーローが必ず勝つ。しかし、圧勝するわけではあるまい。ピンチを切り抜け、ギリギリのところで勝利するものだ」

「だから、新藤さんは勝てるんですか! 負けるんですか!」

「ヒーロー補正は昌宏のヒーローらしさに比例する。昌宏がヒーローらしくあれば、最大のピンチとともに、最大の勝利が訪れる」


 情報に翻弄されていた野々宮が徐々に落ち着きを取り戻す。

 まだ何とか戦い続けている俺を目にして、少しだけ安心したようだ。


「ピンチになっても、勝てるんですね?」

「……ピンチがないということは、勝利もないということだ。つまり、敗北を意味する」

「だから!」

「昌宏の能力は勝利を約束してくれるが、それはヒーローを演じ切ったときだけだ。普通の人間にヒーロー役は重責で、昌宏が気を抜けばピンチにはならず、呆気なく、終わる」


 野々宮はサトーの小難しい説明で理解したのか、目を閉じて、硬い表情をしている。

 そして、諦めたような溜息とともに、目を開けた。


「つまり?」

「格好良ければ勝つ。格好悪ければ即死だ」

「わかりました」


 野々宮が空いている右手を掲げると、その手にはステッキが握られていた。

 瞬く間に野々宮の衣装が緑を基調としたフリフリだらけに変化する。


「待て、何をする気だ」

「助けるんです。だって、新藤さんの戦い、無難にやれてるじゃないですか!」


 確かに野々宮の様子を探れるほど余裕があり、ピンチも勝利も予兆が見えない。

 このままではジリ貧。何とか戦いの体裁を保てているのは、野々宮を守っているという意地だけだ。

 それ以外の部分は格好悪い俺が支配しており、本音を言えばタイミングが悪すぎた。

 こんな心境でヒーローらしい勝利が来るはずもなく、正体不明のもやもやを叩き続けるしかなかった。

 だから、来ないでくれ、野々宮。守りきれる気がしない。


「新藤さん!」


 魔法少女となった野々宮がサトーを振り払い、俺のそばまで駆け寄る。

 実体のない敵を牽制するように叩き、野々宮が逃げる隙を作る。


「来るな、精一杯なんだ!」

「こっちもです! 新藤さんに、ヒーローに勝利を!」


 ステッキから溢れる光が敵を弱らせていくように見える。

 これが勝機と言えるかわからないが、ここで叩けば野々宮に被害が及ばずに済む。

 そう判断したときには、既に塩ビパイプを振り下ろした後で、もやもやは散り散りに消え去った。

 肩で息をする。本当に終わったのか、辺りを見回す。

 魔法を使った反動で座り込む野々宮。複雑な表情をしながらも、手を差し伸べるサトー。

 俺はサトーの手を取りつつ、塩ビパイプを杖にして、身体を支える。

 のどが痛いのは、激しい運動の後だからだろう。

 この疲労感は何だ。清々しさの欠片もない、何もしなかった日曜の午後みたいな疲労感。


「サトー……これで……」

「わからん。結局、敵の正体も掴めないままだ。何があるか、気をつけて――っ」


 サトーの反応は有り得ないほどのスピードだった。

 それでも俺の身体に衝撃が走ったのは、俺の勝利にヒーロー補正がかかったからだろう。

 味気ない勝利で敵が素直に消えるはずもなく、ゆらゆらと漂いながら、嘲笑するように飛び去った。


「昌宏!? 怪我、はないか……」


 去り際に放たれた一撃で、敵の尻尾を掴んだ気がした。

 急速に失われる意識の中で、俺は座り込んだままの野々宮が気になっていた。

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