5.9 最終決戦!? 集結、魔法のお城!
夢の中でも俺は情けなくて、敵の魔法によってボロボロになっていた。それでも俺は諦めずに立ち向かい、倒れては起き上がりを繰り返す。
そんな俺を見て俺は、いい加減に諦めるか、他の方法を考えればいいのにと呆れていた。
「って、どうして俺が俺を見てるんだ?」
――夢の中だからに決まってるだろ
「ああ、そっか」
俺はそんな適当な言葉で納得してしまい、それからもずっと、敗北と再戦を繰り返す俺を見ていた。勝利が見えない。これではヒーロー補正もかかりようがない。
どれだけヒーローらしく格好つけようと、魔法への対抗手段がなければ現実では勝てやしない。フラグもなしに勝てるほど便利な補正ではない。
俺は溜息をついた。このままでは誰も助けられない。野々宮も、ルビィ女王も、アルバート王子も、ミーラブ女王も。
「……ん、ミーラブ女王?」
そういえば、夢というものは記憶の整理をしている最中なのだと聞いたことがある。その過程で様々な要素が絡み合い、へんてこな夢ができあがるらしい。
この夢も意味ありげなだけで意味のない記憶の断片に過ぎないのだろう。しかし、ミーラブと女王という要素には何か絡み合うだけの関係性があるような気もした。
現実では無理でも、夢でならヒントが掴めるかもしれない。あと少しで何かがわかるような――
――新藤さん、新藤さん!
「えっ」
+ + +
「早くっ、早く起きて下さい!」
「――あぁ?」
両肩を掴まれてガクガクと揺さぶられている。寝ぼけた頭が前へ後ろへと振られて、空っぽの胃から何かが込み上げそうになる。
俺は唸りながら右手を突き出し、起きた、起きたから止めろと意思表示した。俺を揺さぶっていた奴はすぐに手を止めた。誰だ。野々宮だ。そりゃそうだ、ミーラブが肩を両手で掴めるわけがない。
「野々宮……おはよう」
「もう、遅いですよ!」
徐々に意識がはっきりとしてきた。俺と野々宮は寝ていたのだ。先代女王の家で休息を取るために。それはブラッドと決着をつけて、魔法界の平和を続けさせるためでもある。
行かなきゃならない。説得できそうな言葉もないし、魔法への対抗手段もないけれど、最低限の体力とやる気は確保した。そろそろ、ヒーローらしく戦うべき頃合いである。
「……って、まだ外は真っ暗じゃないか」
俺が寝ぼけ眼を擦りながら言うと、野々宮は少々呆れ気味に答えた。
「だから、おかしいんですよ。寝る前は明るかったじゃないですか」
そう言われてみれば魔法界の空は色を失って、昼夜を問わず真っ白になっていたはずだ。
それがいきなり暗くなるとはどういうことだろう。俺は全身をほぐしながら外へと歩き出す。野々宮は不安を顔に浮かべて、後をついてくる。
俺はあくびついでに空を見上げて、開いた口を塞げなくなった。
「……何だ、これ」
空を見て、野々宮の不安を理解した。
暗い、というより黒い。それでいて月も星もない、雲さえない。夜空でもなければ、宇宙でもない。今にも落ちてきそうな重圧を感じさせる、黒でしかない空がそこにあった。
寝起きにこんなものを目の当たりにしては、まだ寝ぼけているのだとしか思えない。
試しに頬をつねってみたところ、しっかりと痛みを感じた。夢ではない。
「どうしてこんなことに」
「わかりません。やっぱり変ですよね?」
「……そうだ、ミーラブに聞けば」
俺の言葉を遮って、野々宮が声を上げる。
「いないんです」
「――えっ?」
「起きたときにはいなくて、探そうと思って外に出たら……」
「……この空か」
野々宮は小さく頷く。どうやら野々宮も目が覚めたのはつい先程らしい。
「ミーラブさん、何処に行ったんでしょう?」
居場所はともかく、原因に心当たりはないこともない。昨晩のちょっとした探り合いがきっかけかもしれない。
俺と一緒にいることが気まずくなったのか、追究されることを恐れたのか。だとすれば、俺のせいでミーラブはいなくなったと言える。
「……今すぐ探せば、きっと見つかるはずだ」
「誰を探すラブ?」
特徴的な語尾にハッとして、野々宮と二人して振り向く。そこには当然のようにミーラブがいて、俺は気が抜けてしまった。
「いるのかよ……」
「何だかよくわからないけど、理不尽ということだけはわかるラブ」
「ミーラブさんの姿が見えないので心配してたんですよ」
ミーラブは野々宮のフォローにきょとんとして、すぐに思い当ったように口を開く。
「ああ、そういうこと……勘違いさせて悪かったラブ。ミーは城の様子を見に行ってたんだラブ」
「まったく、一声かけてくれよ」
「起こしちゃ悪いと思ったラブ。それに空が黒くなったから、女王様の身に何かがあったんじゃないかと……」
「女王って、ルビィ女王のことか? 何かって何だよ」
俺は話しやすいようにミーラブを抱えると、話の先を促すように指でふにふにと突いた。
「魔法界が危ないことは皆知ってたけど、それを意識させないように女王様は見栄を張ってきたラブ。なのにこんな空になってるってことは、魔力を維持できない何かが起きたということラブ」
ミーラブは恐らくわざと回りくどい言い方をしたのだろうが、要はルビィの身に危険が迫っているということだ。
俺と野々宮は何も言わずに目を合わせると、森を抜けるために駆けだした。
「ちょ、ちょっと待つラブ! 何処へ!?」
「お城ですよ! こっちで方向は大丈夫ですよね!?」
野々宮が早口で確認すると、ミーラブは慌てた口調で答えた。
「あ、合ってるラブ! でも、無理して急がなくていいラブ。どんな形であれ魔法界を維持するなら女王は必要だから……」
「わかった。でも、歩いてる気分じゃないんだ」
腕の中のミーラブが戒めるような声色で何か言いかけたが、すぐに言葉を飲み込むと、少し苦笑しながら言った。
「ヒーローってのは大変ラブね」
「……ミーラブだって、城の偵察をしてきてくれたんだろ?」
「まぁ、ちょっと積極的に協力しようかなって……思ったんだラブ」
はにかむような言い方に、俺は先程の考えを改める。勘違いとはいえ、ミーラブが逃げたなどと思ってしまったことは反省しよう。
そして、ミーラブの言葉に背中を押されて、少しだけ勇気が湧いた。
結局、ブラッドの魔法にどう立ち向かえばいいのかわからない。腕の痛みはいつの間にか消えていたけど、それでも物理と魔法には圧倒的な壁がある。
でも、勝てる気がした。
「なぁ」
「ラブ?」
「ヒーローってのはお前が思うほど大変じゃない……単純だよ」
+ + +
森を抜けて、城が目の前に見える場所までやって来た。
ここに到着するまでに誰かと遭遇しないかと冷や冷やしていたのだが、ブラッドはおろかその部下らしき人物もおらず、もちろんアルバートもいなかった。
あれから一晩近く経っているというのに城の周辺は静寂に包まれており、警戒のケの字も見当たらない。
何となく城の入り口で立ち止まってしまっていると、ミーラブが口を開いた。
「女王様、ブラッド、アルバート王子。それぞれの魔力反応が城の中から感じられるラブ」
「まさか、他に誰もいないのか?」
「それ以外の魔力反応はここにいるチエだけラブ」
俺は不審に思った。一晩も時間があったのにブラッドは俺たちを探すことなく、ずっと一人で城にいたというのか。幾ら俺と野々宮が弱そうだからといって、ブラッドが慢心したり油断するタイプには思えない。
確かに俺は魔法に太刀打ちできないが、野々宮はブラッドの魔法を止めることができた。万が一を考えるなら、手数を増やしておいても不思議ではない。
「罠か? 城に誘ってるとか」
「でも、遅かれ早かれ私たちが来ることは予想できると思いますよ?」
「じゃあ、やっぱり余裕があるってことか? それとも挑発のつもりで……」
「違う。きっと、一人でやりたいんだラブ」
俺の言葉を遮るように、ミーラブがはっきりと意見を口にした。
「一人で?」
「他の人を勘定に入れると、その人をある程度は信じなければならないラブ。一人なら面倒は少ないし、ミスも自己責任だと諦めがつくラブ」
捲し立てるような言い方に戸惑って何も言えずにいると、ミーラブは少し声量を落として付け加えるように言った。
「……チエのことや、ありがとうの力を信じられないブラッドなら、そう考えたかもって思っただけラブ」
何だか妙な空気になってしまったが、いつまでもここに留まっているわけにはいかない。
「……まぁ、別に何でもいいさ。行くことに変わりはないんだから」
「ところで、ブラッドに勝つ算段はついたラブ?」
「いや、まだだけど」
「えぇー。よくもまぁ、そんな呑気なことが言えるラブね」
「仕方ないだろ」
まだ魔法への対策は思いつかないが、それがどうした。無策で突っ込んでこそのヒーローというものだ。
それに下手な対策を立てると、それ自体が余計なピンチを招く要因となりかねない。大抵、戦う前に準備した作戦は無駄に終わるものだ。
常識で考えては駄目だ。ヒーローらしさで考えろ。無謀こそ、最高の作戦である――と思い込むしかない、怖いけど。
「戦いながらどうにかするさ。補正でヒーローやってる俺はそれが一番の作戦だ」
「相変わらず、便利なのか不便なのか判断しづらい能力ですね……」
「能力を根拠に無策で突っ込む勇気なんて、ミーにはないラブ」
「うるさい。俺を怖がらせるな、足がすくむだろうが!」
見張りもなければ罠もないので、城への潜入は堂々と入り口から行われた。これでは潜入とすら呼べず、ただの訪問である。
警戒しながら先頭を歩く俺を嘲笑うかのように、城は不気味な静寂に包まれていた。
ミーラブによると魔力反応は上から感じるというので、上を目指すことになった。この城の上の階にいるとなると、ボス部屋も何処なのか予想がつく。
「まぁ、王の間だろうな」
「そうでしょうね……」
一瞬、野々宮の返答が遅れたような気がして振り返る。野々宮は通り過ぎたばかりの部屋に視線を向けていた。
しかし、俺に見られていることに気付くと、申し訳なさそうに軽く頭を下げる。
「すみません、急ぎましょう」
「……ミーラブ、あの部屋って何だ?」
「衣装部屋だったと思うラブ」
こんなときに何を、と思ったが、すぐに理由に気付いた。それもそのはず、一目瞭然である。
「野々宮、もしかして」
「うっ……」
野々宮は今、白いドレスを身につけている。確かに動きやすい格好とは言えず、戦うには不向きかもしれない。
魔法少女の服だって戦闘向きとは言えないけど、着慣れている分だけ身体に馴染むはずだ。
俺は野々宮が断りづらいように命令っぽく、それでいて高圧的になりすぎないように声を出した。
「着替えてこいよ」
「えっ、でも……」
「その格好も物珍しくていいけど、いつもの方が落ち着くし……あの服こそ野々宮の最強装備みたいなものだろ?」
「……わかりましたっ、すぐに着替えるので待ってて下さい!」
野々宮は少し複雑そうな顔をしつつも、声を弾ませて衣装部屋へと駆けこんだ。
俺は軽く息を吐いて、ミーラブに愚痴を零すように言った。
「……物珍しいって言い方はなかったかな」
「……わかってるなら、次からは気をつけるラブ」
+ + +
普段通りの――と、言っていいのか疑問は残るが、魔法少女の衣装となった野々宮とともに王の間へと急ぐ。ミーラブは俺の腕から野々宮の肩に移動しており、シチュエーションはばっちりである。
もう少し緊張感があってもいい場面だと思うが、俺は奇妙なほどに落ち着いていた。野々宮からも気負ってなんかなくて、いける、という気持ちが伝わってくる。
まだ勝てる方法はわからないのに、勝てる気はする。いわゆる、気持ちでは負けていないという奴だろう。
あとは、ヒーロー補正を信じて何とかするしかない。頼りない根拠を信じて格好つけるのが俺のやり方なのだから。
「ここが王の間だな」
ようやく到着した王の間は静まりきっており、ブラッドの姿は見えない。しかし――
「アルバート王子!」
野々宮が駆け出したその先には、魔法陣の上で座り込むアルバート王子がいた。どうやら閉じ込められているらしい。
アルバートはこちらに気付くと顔をほころばせたが、すぐに真剣な瞳で叫んだ。
「いや、私のことはいい!」
「えっ、何を言って……」
「手を尽くしたが出られそうにない。先に女王様を!」
駆け寄ろうとしていた野々宮は、アルバートの気迫にビクッとしながらも視線を玉座へと向ける。俺も自然とそちらに目を向けた。
そこにはルビィがいた。女王が椅子でふんぞり返っているのは当然である。ただし、赤みがかった水晶のような物体の中で、カッと目を見開き、腕を組んでいる、動かないルビィが。
「これは、先代女王と同じ……?」
「ほう、何処へ逃げ込んだかと思えば、あんな古小屋であったか」
王の間の奥、小さな扉を開けてブラッドが姿を見せる。俺は一気に全身が硬くなるのを感じて、身を震わせてどうにか平静を保つ。
ブラッドが現れた扉の奥には階段が見える。どうやら更に上へと続いているらしい。
俺は素早く部屋を見渡した。ルビィに近づくか、アルバートと野々宮に近づくかを考えた。どちらを守るべきか、ブラッドはどう動くのか。
考えた末、一歩前へと踏み出して、ブラッドと真正面で睨み合う。これなら両方守れる。一番馬鹿だけど、一番ヒーローらしい選択に違いない。
「殺されたいのか小僧。不愉快だ、そこを退け」
「女王様に何をした」
「ふん、何もできなかったに決まっておろう。あの結晶は外側からはどうすることもできない」
ひとまずは無事らしいが、まだ安心はできない。俺が何も言わないでいると、ブラッドは少しだけ口元を歪めた。
「拒絶の結晶を自らの意思で発動させるとは愚かなことだ。空を見たか? ……世界の崩壊が進んでいる」
「それで空が……」
「女王一人の意地で保たれていた平和もこれまでだ。早々に決着をつけなければ、本末転倒になってしまう」
決着という言葉に俺は身構えたが、ブラッドは俺を無視して後方に視線を向けているようだった。
「魔法少女よ。私はまだ対話による解決を諦めてはいない。貴様が夢物語のような理想を捨て、現実的な対処をする気があるのなら……この場で争いが起きることはないだろう」
「……今更、何を言ってるんですか」
「そうだ、手遅れだ。奇跡を待つより、絶望に立ち向かうべきではないのか? お前は本当に理想だけで世界が築けるとでも思っているのか?」
野々宮は戸惑うように目をあちこちと、俺や、アルバートや、ルビィに向けていた。しかし、肩のミーラブが何か呟いたかと思うと、迷いながらも瞳を真っ直ぐブラッドに向けた。
「女王様は貴方の言葉に頷きましたか?」
「何を……」
「どうなんです?」
「……うるさく喚き立て、このままでは怒りで心が染まってしまうからと馬鹿なことを言って結晶に閉じこもった」
ブラッドが苦々しげに言うと、ミーラブが堪えきれない様子で笑った。
「ははっ、つまり、私の身の安全は確保されたから後は好きにやりなさいってわけラブ――いえ、もうラブはいらないか」
「あ……」
「……貴様」
野々宮とブラッドは驚きの声を上げるが、真実を知った驚きというより、事実を突きつけられた驚きのようだった。
「チエ。ルビィは私たちを信じて、自らを閉じ込めたの。だから、迷う必要はないよ」
「ミーラブさん……貴方は」
ミーラブの姿は変わらず丸っこいマスコットのままだったが、甲高かった声は若い女性のものに変化していた。
ミーラブは野々宮の問いかけに答えなかったが、代わりにブラッドが口を開いた。
「先代女王か……ふっ、今更戻ってくるとはな」
「ブラッド……貴方の好きにはさせない」
「好きにはさせないだと? くくっ、笑わせてくれる」
ブラッドが見せた歪んだ笑みに、強気だったミーラブの表情が強張った。
「わ、笑ってる場合? 幾ら貴方でも私が目覚めれば……」
「それなら早く目覚めたらよかろう。小僧と魔法少女だけで私を止められるわけがあるまい」
「そんなことない! この二人なら……」
「試してみるか?」
ブラッドの言葉にミーラブは悔しげに口を閉じる。常識で考えれば、敵わないのは当然だからだろう。
俺はどうしていいかわからなかった。戦うつもりで覚悟して来たというのに、タイミングを逃してしまったような気がしてならない。そりゃ、戦わずに済むならその方がいいはずだが、それでは言い負かされてしまいそうだ。
「結局、貴様も信じ切れないのだろう。不安なのだろう――例えば、貴様が全力でこの世界を救おうとして、それに皆が感謝するだろうか? 遅い、何をしていたと怒り出すのではないか?」
何故だろう。あれだけ理想の勝利を掴みかけていたのに、ブラッドの言葉一つ一つがそれを打ち消していく。
ただの暴論だと言えればいいのに、ブラッドの言葉は否定できない正しさを含んでいる。それはつまり、俺たちの方が間違っているということか。
平和を掲げる理想が、悲惨な現実に負けるってことなのか。
「サフィ女王」
ブラッドの敬うような呼びかけに、ミーラブが震えながら顔を上げた。
「私は魔法少女にも、ルビィ女王にも、貴方にも同じ問題をぶつけた。そして、魔法少女は迷い、ルビィ女王は否定し――貴方は考えることを拒否して、眠りについた」
「私は考えなかったわけじゃない!」
「その結果が妖精の身体を借りて助言することか。流石は先代女王、立派なことだな?」
「立派ですよ!」
その声は力強く、それでいて優しかった。
反論の言葉を必死で考えていた俺が恥ずかしくなるほどに、野々宮はきっぱりとブラッドの言葉を肯定した。
ミーラブを両手で抱きかかえて、守るように身体に寄せている。
「世界を守るためのアドバイスなんて、私だったら怖くてできませんよ。勉強でわからないところを教え合うことすら、間違ってたらどうしようって思うのに、ミ……サフィさんは凄いです!」
「チエ……」
「ありがとうございます」
野々宮は微笑みながら礼を述べた。それを見たミーラブは焦り、しどろもどろになりながら言葉を吐き出す。
「で、でも、回りくどかったし、チエの思い出を傷つけるようなやり方で、どう考えたってもっといい方法はあったはずで……」
「私は方法や行為に感謝したんじゃありません。気持ちに感謝したんです」
ミーラブはそれ以上、何も言えなくなった。
二人のやり取りが途切れると、ブラッドが呪詛のような溜息をついた。
「わからんな。何も考えていないわけではないのに、馬鹿げた理想を信じられる心が」
そして、右腕を真っ直ぐと伸ばす。その動作に見覚えがあった俺はブラッドに飛びかかろうと床を蹴った。しかし、ブラッドは視線を上げた。
「まだ争うつもりはないと言ったはずだ」
――バァァアアンッ!
これまで聞いたことのないような爆発音が頭上で巻き起こり、城の天井がガラガラと崩れ去る。黒に覆われた空が姿を現し、絶望感が一気に湧き出す。
俺はブラッドから目を離して、一直線に野々宮へと駆け寄り手を伸ばす。その後ろではブラッドが初めて、大声で笑っていた。




