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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
5. ヒーロー候補と魔法の国の女王
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5.5 眠れぬ城の王子とヒーロー

 アルバートを引っ張って部屋を出て、ドアを閉める。

 こんな退出をして、次に会うときに何と言えばいいのかと、アルバートに非難めいた視線を向ける。


「……ん?」


 ふと、薄暗い廊下の奥から、がっしりとした体格の男が歩み寄ってくるのが見えた。誰だろうと目を凝らしていると、男が不愉快そうに眉をひそめる。


「貴様が魔法少女についてきたという人間の小僧か」

「……誰ですか?」

「ふん、あの女王が失礼なガキと言うのも頷ける。まずは王子の腕を引っ張るのを止め、無礼な目つきを詫びることだな」

「うっ……す、すみません」


 嫌味ったらしい言い方だったが、言っていることは確かだったので素直に謝る。

 男は大柄というほどの背丈ではなかったが姿勢が良く、老いが見え始めている顔つきのわりに衰えを感じさせない。

 しかし、黒魔導師のようなフード付きの黒いローブと、顔にしわを寄せて怒るような表情がプラスイメージを相殺していた。


「ブラッド、女王との話は済んだのか?」

「はい。王子も魔法少女と楽しく過ごされたようで何より……」

「うむ、久々にチエに会えて楽しかった。終わってみれば、楽しい談笑のひと時だったと言えよう」


 アルバートはハンサムな王子にしては、泣けてくるほどハートが強かった。

 俺にはブラッドが嫌味を吐いたようにしか聞こえないのだが、アルバートが満足そうなので余計なことは言わないでおく。

 アルバートは何も言わない俺を見て、どう勘違いしたのか、納得するような面持ちでブラッドの紹介をする。


「ブラッドは魔法大臣でな。先々代の女王の時代から、魔法界のために尽力してくれている男だ」

「……魔法大臣って?」

「魔法の大臣に決まっているだろう」


 そう言われても。

 説明不足すぎるアルバートに呆然とする俺を見かねて、ブラッドが重々しく口を開く。


「ただの相談役だ。大臣などという役職は飾りで、これといった決定権を持つわけでもない」

「そうは言うが、ブラッドの意見を無下に扱う者はいないだろう」


 アルバートが自慢するように言ったが、ブラッドは苦々しげに顔を歪めた。


「どうですかな。今も馬鹿らしい作戦を初めて耳にしたところです。また魔法界の存亡を人間の少女に押しつけようとしている……」

「どういうことだ、チエが何かするのか?」


 首を傾げるアルバートに、ブラッドはルビィから聞いたという野々宮救世主化計画をかいつまんで話す。

 俺はというと、話を聞いて少し驚いていた。野々宮への負担を考えて、怒ってくれる人がいるのだと。

 アルバートもそういう方向で話を聞いたためか、徐々に怒りを募らせているようだった。


「確かに横暴だ。よし、私が抗議しよう」

「王子の後押しがあれば私も助かります。その間に私は魔法少女と話がありますので」

「わかった」


 多分、二人の行動は野々宮を案じてのことなのだろうけど、何だか違う気がする。

 自分の考えは浅はかかもしれないと思いつつ、口を挟む。


「待ってくれ。このまま野々宮を帰すつもりか?」

「……何を言う小僧。私と王子は魔法少女を心配しているのだぞ」

「そうだぞ、マサヒロ。恋のライバルであるお前ならわかるだろう」


 誰がライバルか、というツッコミを喉元で抑えつつ、ブラッドの目を見る。


「六年も関わってきた問題に今更、危ないからやめろってのは、それこそ横暴じゃないのか?」

「あの女王は六年前から横暴で無謀だった……いいか、小僧。問題は深刻化したのだ。それを少女一人に抱えさせようというのか?」


 ブラッドは憐れむような視線で訊ねる。

 確かに初めて魔法界の話を聞いたときは、野々宮がそんなことしなくても、という気持ちはあった。今も少なからず、それはある。

 それでも野々宮はルビィに言ったのだ。助ける、と。それを心配だからという綺麗な理由で引き止めるのは、違う気がした。


「それで野々宮の身を守れたって、心が守れないなら意味がない。いや、むしろ駄目だ」

「何?」

「野々宮はちゃんと自分で話を聞いて、自分でやると決めたんだ。それを勝手になかったことになんて、俺にはできない」


 アルバートはルビィに抗議しようと踏み出していた足をこちらに向けて、俺の言葉を聞いていた。

 俺の言葉が野々宮の代弁になっているなんて、思い上がってはいない。これこそ身勝手な思い込みかもしれない。

 だけど、六年間も野々宮を見てきた魔法界の連中ならわかるはずだ。


「野々宮はそんなにやわじゃない。危なっかしいところはあるけど、それこそ心配して助けてあげるべきところじゃないのか?」


 ブラッドはもはや睨むような目で俺を見ていたが、アルバートは目を閉じて唸っていた。


「む、むむ。マサヒロの言うこともわかる。それに私はチエの身の安全を守ることは約束できるが、心の安定となると……向いてないと思わないか」

「自覚はあるのか」

「ぐっ……ええい、チエも本心ではやりたくないかもしれないではないか!」


 アルバートが方針を決めかねて戸惑っていると、ブラッドが淡々と言った。


「よかろう。明日、魔法少女も交えて話す。本人でもない我らが声を荒げたところで解決するものでもあるまい、それに……」


 ブラッドはちらりとドアに視線をやって。


「起こしてしまっては、悪いだろう」


 無表情のまま、ブラッドは立ち去ろうと歩き出した。

 アルバートも考え込みながらついていったが、動かない俺に気付いて止まった。


「どうした?」

「埃っぽい部屋より廊下で寝る。別に寒くもないし」

「……もしや、私とブラッドが去った後、チエと話すつもりだな。そうはいくか、私もここに残るぞ」


 俺はとっさに言い返すことができず、アルバートは勝ち誇ったように笑った。

 図星だったわけではなく、ミーラブと少し話せればという気持ちだったのだが、微妙に顔が固まってしまったのがいけなかった。

 心の何処かで、あわよくば野々宮と話したいと思っていたのかもしれない。

 俺とアルバートのやり取りを見て、ブラッドが語気を強くする。


「いけませんな。王子がこのようなところで一晩過ごされるなど」

「ふっ、私もそんなにやわではないぞ。何より、マサヒロからチエを守らなければならない」

「お、俺はそんなつもりは」

「勝手なことを言っていられるのも今のうちだけだ。明日になれば、チエが決着をつけてくれるだろう!」

「別に俺たちの決着をつけるって話じゃないだろうが!」


 ブラッドは硬い表情のまま、小さく唸る。


「……仕方あるまい。くれぐれも騒がぬようにな」


 アルバートはブラッドを見送ると、無言で人差し指を口元に持っていって、静かにしろと目で言った。

 俺はすぐにでも誰が一番騒いでいるのか、わからせてやりたかった。

 しかし、言葉を用いずにそれを行うのは難しく、悔しさを噛みしめながら、静かな溜息をついた。


   + + +


 廊下の壁を背にして座り込み、数時間。それほど寒さは感じず、眠ろうと思えば眠れる環境だった。

 俺が眠らずにいたのは、向かい側でこちらをじっと見張るアルバートがいたからだ。

 向こうは限界が近いらしく、目を閉じて俯いたかと思うと、ハッと目をこする動作を繰り返していた。


「……無理するなよ」

「や、優しく眠りを誘おうとしても無駄だっ」

「俺も眠いんだよ。もう寝るから、それを確認してから寝ればいいだろ?」


 アルバートは眠たげな目を見開き、驚いたように口を開けている。


「い、いいのか?」

「いいけど、俺が寝たふりしてたらどうするんだ」

「えっ……あっ、騙したな!」


 騙す前にネタばらししたのだから、騙してはいないだろう。

 ただ、それを睡魔とバトル中のアルバートに言っても理解してくれそうにないので黙っていた。

 アルバートは少しだけ眠気が覚めた声で、俺をしつこく責める。


「卑怯な奴め。マサヒロが眠るまで、私は絶対に眠らないぞ」

「じゃあ、俺は寝るから、王子は見張ってればいい」


 アルバートが眉をひそめる。


「……不公平ではないか、それは」

「そうだな、それなら王子が寝るときは俺が起きてるよ。それなら平等だろ?」

「片方が眠り、片方が見張るということだな、よし」

「まぁ、俺は見張りなんかせずに野々宮と話に行くかもしれないけど」

「お前っ!?」

「静かに」


 俺が注意すると、アルバートは素直に口を閉じた。

 つくづく、恋のライバルにしては純粋すぎるし、王子様にしてはスマートさが足りない。

 仮にアルバートが野々宮と付き合ったとしても、ハラハラして見れたもんじゃないだろう。いや、これはこれで上手く回るのだろうか。


「……何を考えてるんだ、俺は」

「マサヒロ、静かに」


 アルバートはしてやったり、と小学生のような笑みを浮かべている。

 こんな調子だから逆に不安になるというか、自分を差し置いて応援してみたくなるというか。


「白馬の王子様というより、バカ殿様なんだよなぁ」

「……失礼な」


 アルバートがムッとして、俺はまたやってしまったと反省する。魔法界に来てからというもの、俺は失礼と言われてばかりだ。

 わりと余計なツッコミが多い方ではあったが、様々な不安が重なって度を越しているのかもしれない。


「……ごめん。俺は相当、失礼らしい」

「そこまで気に病まれると私が困るのだが……そうだな」


 アルバートは一呼吸おいて、珍しく威厳に満ちた表情で言った。


「言葉の足りぬ失礼よりは、言葉の多い失礼の方が良いのではないか?」

「……どっちも悪そうだけどなぁ」

「そうかもしれないが、私は欲しい言葉を貰えずにモヤモヤするより、欲しくない言葉を貰って悔しがる方がいい」


 こうして気遣われるように説教めいたことを言われると、サトーを思い出してげんなりする。

 無音の携帯電話をポケットの中でもてあそび、つい口から余計な一言が飛び出す。


「それで野々宮からはっきりと嫌いって言われたらどうするんだよ」

「い、今は関係ないだろうっ! それにチエに嫌いと言われたことなど一度もない、恋愛対象にはなりそうもないとは言われたが!」

「……何をどうすれば、野々宮がそんな冷徹な言葉を吐くんだ?」

「れ、冷徹……」


 意図せずアルバートを深く傷つけてしまったらしい。がっくりとうなだれる様子が痛々しく、見ていて辛い。


「こんなに好きなのに、何故あんなに冷たくあしらわれるのだろう」

「……十歳の野々宮の王子様イメージをぶち壊したからじゃないか?」

「そんなこと言われても、私は私なのだが……」

「まぁ、野々宮は王子のことそんなに嫌ってないし、十歳に告白とかやらかしてなければ――」


 好きになってたかもしれない、なんて無責任なこと野々宮に悪くて言えなかった。俺も言いたくないし。

 それでもアルバートは察したらしく、満足そうに微笑んでいた。


「私は眠る」

「いいのか?」

「ああ、もう安心して眠れる」


 俺は当初の思惑通り、これで部屋に入って話ができると思った。だけど。


「……俺も寝るかな」

「……そうか」


 お互いにまぶたを閉じる。城の廊下は、相手の息遣いが聞こえるほど静かだった。

 ミーラブと話をするのは起きてからでも構わないか、と本格的に眠りに落ちようとしたとき、アルバートの寝息が止まった。


「できれば、眠ったまま聞いてくれ」


 アルバートはわりと無茶なことを真剣に頼んだ。


「わかった」


 しかし、俺は即答した。言わんとすることは理解したので、特に小難しく考える必要はなかった。

 眠っている俺を起こさぬように、アルバートは静かに、ゆっくりとした口調で言った。


「私はチエの気持ちを尊重したいが、ブラッドの言い分もわかる……迷うのは得意ではないのだ、どうすればいいと思う?」

「そんなの……俺に聞いたら、野々宮を優先してくれって言うに決まってるだろ」


 もっと気のきいたことは言えないのか、と人知れず落ち込んでいると、アルバートは溜息を零した。


「……そう言ってほしいのかもしれないな」


 まるで白状するような言い方のアルバートに、俺は思わず乱暴に言い放つ。


「いっそ、俺より野々宮に聞けよ。男なら好きな女の言うことを聞いてればいいんだ」


 言った直後、だいぶ失礼な発言をしたことに気付いた。


「ごめん」

「構わない、ただの寝言だ」


 アルバートの言葉に救われ、俺はホッとした気持ちで眠りにつけそうだった。

 しかし、ここでアレを言わないのは失礼だろう。言葉の足りない失礼だけは、したくない。


「……ありがとう」

「こちらこそ」

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