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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
5. ヒーロー候補と魔法の国の女王
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5.4 交錯する想い、ライバルは王子様!?

 ミーラブが案内してくれた客室は廊下と同じくらい薄暗かった。

 城なのに、と少々がっかりする。それでも気疲れした身体を休めるべく、古びたベッドに倒れ込むと、ふんわりと身体が沈み込んだ。

 なるほど、これはなかなか、と感激する。


「おおー、腐っても城だなぁ、やっぱり」

「女王様が聞いたら怒るラブよ」


 ミーラブは椅子に腰かけ――というより飛び乗って、ベッドで寝転ぶ俺と同じ目線で警告する。


「この部屋だって、女王様が掃除したラブ」

「へぇ、あれだろ。ミーラブ、まだここに埃がこんなに残っていてよ? って指をつつーっと滑らす奴だ」

「……マサヒロは意外と失礼ラブ、というか、気が緩んだ途端に無神経になるラブ」


 やけに真面目に分析されてしまい、そういう振る舞いをしてないかと思い返す。パッと浮かばないが、これからは注意しよう。特に野々宮には。

 一人で反省していると、ミーラブが深い溜息をついた。


「まぁ、ミーが掃除の仕上げをしたのは図星だラブ。チエが来るまでに、この部屋だけでも綺麗になってよかったラブ」

「大変だったな……ん、この部屋だけ?」


 重くなりつつあるまぶたが、それはまずいんじゃないかと持ち上がる。

 繋がらない携帯電話で時間を確認すると、ちょうど深夜零時になったところだった。野々宮千恵、十六歳の誕生日である。

 そんなことより、いや、そんなことではない、誕生日は大事なことだけども、それより先に処理すべきことがある。

 魔法界の空が真っ白なので忘れていたが、こうして薄暗い部屋でベッドに横になっていると眠気が襲ってくる。

 思い出した、今は夜だ。まさか、ここに泊まるのか。


「おい、掃除したのはこの部屋だけなのか?」

「城全部をピカピカにしろって言うラブか? このスーパーミニサイズのミーに?」

「そうじゃなくて、今日泊まるのに……あれ、もしかして一旦、帰るのか?」


 ふと冷静な考えが熱くなる気持ちを冷ましていく。しかし、ミーラブは否定するように唸った。


「いやー、魔法陣を使ったとしても、ポンポンと行き来できる場所じゃないラブよ。チエも疲れているだろうし、休んでから帰った方がいいラブ」

「じゃあ、野々宮は何処に泊まるんだよ?」

「この部屋ラブ」

「俺は?」

「女王様はチエだけだと思っていたラブからねー、まぁ、マサヒロもここで――」

「いいわけあるか!」


 叫ぶように言って、ハッと部屋のドアを見る。廊下に漏れていないか、野々宮が聞いてやしないか。

 そんなことを考えているうちに怒鳴った自分が恥ずかしくなり、頭をぽりぽりとかきながら上体を起こす。


「ごめん。別に誰が悪いって話じゃないし、俺が何処かで寝ればいいだけだよな」

「気にしてないラブ。というか、マサヒロは少なからずチエが好きだから、一緒に来たんじゃないラブか? どうして一緒の部屋が嫌なんだラブ?」


 真正面から問われてしまうと、どうも上手くかわせない。せめてもの抵抗として、ちょっと言い難そうな顔を作る。


「あー、何だ。男女なんだから、片方が好きだってだけで、一緒の部屋でいいわけないだろうよ?」

「……男の子って面倒臭いラブねぇ」

「え、お前ってメスなの?」

「そう思うなら、その言い方はデリカシーがゼロ突き破ってマイナスラブ」


 結局、ミーラブの謎は深まるばかりで、何となく会話が途切れて静かになった。

 相手がサトーとかなら無言で同じ部屋に一時間いても全然気にしないが、ミーラブだと微妙に気まずく感じた。

 それに野々宮がルビィから解放されるまで待つつもりなのに、うとうとしてきた。何か話題はないかと思っていると――


「マサヒロはチエにありがとうって言ったラブか?」


 ミーラブが唐突にそんなことを聞いてきたので、ぼんやりと記憶を辿る。


「何回か言ったなぁ。でも、なかなかカウントされないって嘆いてたぞ、野々宮」

「ははっ、それは結構ラブ。マサヒロみたいに言い過ぎな人もいるけど、大抵は言うべきときに言えない人が多いラブ」

「……まぁ、俺も野々宮の事情を考えて、過剰に言ってるところはあるかもな」


 実のところ、ありがとうよりも言いたいことはたくさんある。だけど、それは簡単に言えるものではないから、ありがとうが多くなる。

 そのありがとうですら、悪いな、とかゴメンといった軽い謝罪にすり替えてしまうこともあったりして。

 俺はまだまだ野々宮に感謝が足りないのかもしれない、なんて考えたら恥ずかしくなってきた。

 俺は誤魔化すように溜息をついて、視線を宙へそらした。


「野々宮は頑張ってる感が凄いからな。誰でも感謝したくなるだろ」

「じゃあ、当たり前のようにポンと助けられたら、感謝しないラブ?」

「そういうわけじゃないけど……」

「どういうわけラブ?」


 直球な問いに言葉が詰まる。どうしてそんなことを考えなくてはならないのかと思うが、他に考えたいこともない。

 何よりミーラブがやけに真剣な眼差しで待っているので、一つ考えてやることにした。

 そういえば、黒染の事件のときにサトーが言ってたな。感謝されない人助けもしなくちゃならないとか、ヒーロー候補だからこそ助けられる人がいるとか。

 今でも意味のわからない話だけど、何となくそれを思い出しながら、結論も考えずに口を開く。


「そうだなぁ、助けられるのは当たり前、なんて思っちゃいけないよな」

「でも、それを忘れる人はたくさんいるラブ」

「……きっと、慣れちゃうんだな。慣れって生きてくのに必要だから」


 俺の言葉を聞いて、ミーラブは少し顔を背ける。


「魔法界を変えないように、女王様は頑張ってるラブ。この先、変わらない魔法界で――女王様が頑張ったから変わらなかったであろう魔法界で、『ありがとう』を言わずに『よかった』で済ませる人はいるんだラブ、絶対に」

「そんなの……」

「いるラブ。それは慣れラブか?」


 ミーラブが悲しげに問う。

 ふと、困っている人を見かけたような、手を差し伸べたくなるような、そんな感覚がした。

 俺は手を伸ばして、そっぽを向いたままのミーラブを持ち上げると、こちらを向かせた。


「いつの間にか助けられる側じゃなくて、助ける側の視点になってるから、ヒーロー候補として言わせてもらう」

「な、何ラブ?」

「感謝されようとされまいと、助けるのは当たり前だってことを忘れちゃいけない」


 ミーラブのつぶらな瞳が精一杯、睨むように細くなる。ちょっと意外な反応だった。


「助けるのが当然って考えは正義感が強すぎて鼻につくラブ」

「まぁ、ただの前提だよ。助けるのが当たり前だけど、そこに面倒臭さや恥ずかしさが入ると、助けられなくなるだけのことだ」


 例えば、転んだ人を助けなかった人。その人は無視したのではなく、助けたいけど助けられなかったんだと思う。そう思ったっていいはずだ。

 ミーラブは細めた目を戻したものの、まだ何処か疑うような声で言った。


「マサヒロは面倒臭さも恥ずかしさも感じないラブ?」

「それを上回る義務感や責任感や……その時々で発生する勢いとノリがあるからさ」


 ミーラブは納得していないが、諦めたような溜息をついた。


「……助けられるのは当たり前じゃないことを、相手が忘れていても助けるラブか?」

「そうは言うけどな。実際、目の前で困られたら助けちゃうだろ」


 今のお前みたいに、なんて言うと膨れるだろうか。

 膨れたミーラブがどのような形状に変化するのか興味はあるけど、ここはグッと堪える。


「助ける側ってのは、忘れたくても忘れられるもんじゃないんだよ」

「助けるのは慣れないラブか」

「慣れないね。誇らしくって恥ずかしくって、五年も六年も経とうが慣れない。だから、俺も野々宮も続いてるんだ」


 手の中のミーラブが身体を捻るようにしてすり抜けて、椅子に戻る。

 そして、ゆっくりと独り言でも話すような雰囲気で話し始めた。


「マサヒロは、ヒーローらしいラブね。きっとヒーローになるため生まれてきたんだラブ」


 夢見がちな褒め言葉に面喰ったが、馬鹿言え、と反発するのも幼いような気がして、つい捻くれる。


「……つーか、らしくしてないと、俺はヒーローじゃないんだが」

「女王様は女王みたいだし……」

「それはわかる」

「チエは少し心配だったのに、すっかり魔法少女らしくなった……」


 ならざるを得なかったのかもしれないけど、それで不幸になったようには見えないから、結果的には良かったのだろう。

 ミーラブは自然な口調で続ける。


「ねぇ、マサヒロ」


 音はミーラブだが、声がミーラブじゃない、と感じたのは特徴的な語尾が抜けていたからだろうか。


「普通の女の子は魔法少女や女王様になんてなれないと思う……ラブ」

「何言ってんだ。野々宮は立派にやってるだろ」

「きっと素質があったんだラブ。本物の才能があったんだラブ」


 僻むような口調にカチンと来る。野々宮の前だと受け身な性格だったのに、俺と二人になると妙に主張するようになった。

 俺が知らないだけで昔からそういう奴だったのかもしれないが、今の言葉は気に入らない。


「何だそれ。お前は野々宮の何を見て――」


 そのとき、部屋のドアが勢いよく開かれて、野々宮が――純白のドレスに身を包んだ野々宮が飛び込んできた。俺は思わず息を呑む。


「はぁ、はぁ……もう何が何だかですよ……王子が来て……」

「えっ、アルバート王子が来たラブか?」


 ミーラブは、俺と話し込む前の雰囲気に戻っていた。腹黒系マスコットというのも存在するらしいし、それなのだろうか。

 できれば野々宮も交えて探りを入れたいところだが、今は無理そうだ、何故なら。


「あぁー……」


 息も絶え絶えな野々宮はわき目も振らずにベッドに倒れ込む。隣に目をやると、せっかくのドレスがぺしゃっとなっている。あーあ。


「女王様が取っ替え引っ替えドレスを着せて……着替えてるってのに王子が来て、女王様が怒り出して、その隙に、もー!」


 野々宮はお怒りである。それも具体的な怒りではなく、しっちゃかめっちゃかな展開への怒りのようだ。

 今の野々宮には、部屋割りがまずいことになったとか、ミーラブの態度がおかしいとか、面倒なことは話すべきではない。

 俺は考えた結果、とりあえず――


「野々宮、誕生日おめでとう」

「このタイミングで言います!? あぁ、もーっ! ……ありがとうございます」


 最後の噴火で怒りのマグマは出し切ったらしい。野々宮はふぅ、と一息ついて身体を起こした。


「よっ、と――まぁ、端折って説明すると、着替えているところに王子が来まして、堂々と入ろうとしてきたので女王が追い返し、その隙に逃げたわけです」

「……王子が覗きか?」

「あー、いえ……堂々としているだけで悪い人ではないのですが」


 ルビィを紹介するときも同じようなことを聞いた気がする。

 俺が難しそうな顔をしていたからか、野々宮は苦笑した。


「真っ直ぐな人ですよ、なんたって王子ですし」

「便利な言葉だな、真っ直ぐって」

「捻くれてるよりいいじゃないですか」

「どうせ、俺は捻くれてますよ……」


 野々宮が褒めるように口にした王子という単語がやけに引っかかり、変な言い方になってしまった。

 それに気付いた野々宮は、おかしさを堪えるように口元を押さえながらも、からかうような口調で訊ねた。


「捻くれてるんですかぁ? ヒーローなのに?」

「真っ直ぐって性格じゃないことくらい、わかってるだろ」


 不貞腐れ気味に言うと、野々宮は堪えきれずに小さく吹き出した。


「ふふっ、多少捻くれてたとしても新藤さんは真っ直ぐですよ。ぐにゃぐにゃしてる分、曲げても折れそうにありません」

「……金属疲労起こして、いつか折れそうだな」

「いいですね、いい捻くれ具合ですよ、その台詞」


 完全に面白がっている顔だったので、これ以上は何も言えなかった。

 言い負かされた俺を見て、野々宮は再びベッドに身体を倒した。


「はー、落ち着いた。このまま眠りそうなんで、早めに他の部屋に行かないと……って、大丈夫です、仮眠です。朝には帰りますから」

「泊まるって話は聞いた。それでさ……」


 その先は俺の口からでは言いづらく、つい頼るような視線をミーラブに向ける。

 先程、俺が突っかかろうとした場面もあったというのに、ミーラブは察したようにウィンクした。


「チエ、悪いけど部屋は一つしか用意できなかったラブ」

「えっ……あー、そうですね。新藤さんのことは急でしたし」


 物わかりのよい野々宮は一言の説明で頷いた。ただ、困ったように目をきょろきょろさせている。

 椅子が使えないか、床で寝られないかと考えているのだろう。そんなことは考えなくていい、俺は何処でもいいから。

 と、言いたいが、ストレートに言っては野々宮が頑なになるだけだ。ここは丁寧に事を運ばなければ――


「ベッドも一つラブ」


 ミーラブが余計な説明を付け足した。


「……寝ます?」


 野々宮も色々と諦めたようだ。おい。


「そんなわけに――」

「そんなわけにはいかないな、チエ!」


 俺の声をかき消すように、バンと開かれたドアの向こうから男の声がした。

 仕立てのよい青と白の服。黄金の刺繍が入った紅のマント。腰に下げている銀の剣。

 整った精悍な顔立ちに、たくましくも細身の身体。年齢は俺と同じくらいに見えるが、実年齢はわかるはずもない。

 ただ、その男が誰なのか、会ったことがない俺でもわかる。王子だ、そうでなければただの馬鹿だ。

 野々宮がうわぁ、と息を漏らしながらも、どうにか笑顔を作って紹介する。


「新藤さん、彼がアルバート王子です……」


 アルバートが俺に視線を向ける。


「おお、君が護衛のマサヒロか。ルビィ女王から話は聞いているぞ」


 爽やかな笑顔で握手を求めてきたので、こちらも立ち上がって手を伸ばす。

 今気付いたことだが、俺は長身ではっきりした態度の人物が苦手、というかムカつくらしい。サトーみたいで。

 俺とアルバートはがっちりと握手を交わす。お互いに少々、力強く握ったのは気のせいだろうか。


「私がアルバートだ。よろしく、マサヒロ」

「どうも」


 自分でも無愛想な態度が出すぎだろうとは思ったが、アルバートは気にしていないようだ。この辺り、魔法界の住人は接しやすくて助かる。

 と、ここまでは思っていたのだが――


「一体、君はチエの何なのだ? ベッドに二人並んで腰かける関係なのか?」


 指摘されてハッと振り返り、先程まで自分が座っていた場所と、野々宮との距離を確かめる。うわぁ、近い。近かったのか。

 見る者がそういう目で見れば、ただならぬ関係に見えることは間違いない。そして、アルバートはそういう目で見たらしい。


「困るな。私のチエに勝手なことをされては」

「……私の?」


 込み上げていた恥ずかしさが引っ込み、不穏な感情が浮かび上がる。

 自分でも眉がひくついてることがわかったが、アルバートは微塵も気にせずに言い放った。


「ふっ、当然だ。私はずっと前からチエのことが好きだからな!」


 一瞬、びっくりした勢いで俺もだと挙手しそうになった。馬鹿か、俺は。

 しかし、そこまでいかなくとも黙っていられないことは確かだし、黙っていなくてもいい関係ではあるはずだ。告白はちゃんとしたんだから。

 それにここで何も言わなきゃ男が廃る。


「……本当か、野々宮?」


 でも、指示を仰ぐ。野々宮は呆れていた。


「新藤さん、情けないです……」

「いや、だって相手は王子だろ。噛みついて問題になったら、野々宮が魔法界に居づらくなったりとか……」


 これから祭り上げられるわけだし、トラブルは避けたいはずだ。

 男のプライドより野々宮の立場を優先するべきだと考えたのだが、心配しすぎたらしい。

 野々宮はそういうことですか、と笑みを零した。


「王子はそういうややこしいことは嫌いな人ですよ。とってもわかりやすくて……とーっても面倒臭い人です」

「矛盾してないか?」

「すぐにわかります」


 野々宮は溜息をついて、よっこらせ、と気合を入れて立ち上がった。


「王子、私は何度もお断りしたはずですよ」

「だから、こうして何度も告白しているではないか。私の告白した回数は、常に君が断った回数プラスワンだ」

「ねっ」


 ねっ、と言われても。

 俺が呆然と突っ立っているのを見て、アルバートは会話の相手を野々宮に切り替えた。


「チエが来ると聞いて馳せ参じたのだ。何しろ数年振りだ! 寂しかっただろう? 私は寂しかった!」

「はいはい……」


 野々宮は迷惑がっているようだったが、俺と話しているときよりもリラックスしているような印象も感じる。

 俺よりも魔法界の連中の方が野々宮との付き合いは長いわけで、当然なのだろうけど。

 釈然としない気持ちを、しれっと黙っているミーラブをむにむにすることで発散する。柔らかいなぁ、こいつ。


「それだというのに、来てみれば何だ。私は紳士的にノックをした後、入るぞと宣言しただけなのに」

「入っていいか、と訊ねて下さい。まぁ、おかげで逃げ出せたんですけど」

「そして、君の後を追った私が見たものは、一つのベッドで寝ようとする君たちだ。私を襲った悲しみの深さがどれほどのものか……」

「ご、誤解ですよ!」


 あれが冗談だったとわかって安心するべきか、残念に思うべきか。

 俺はミーラブの腹をくすぐる。腹、ここは腹なのかな。


「では、彼とは何でもないのだな。それなら、私は告白の返事を待っている身だ。私の方がチエとの関係は深いと言えるな」

「いえ、新藤さんも……」


 野々宮がちらっと俺を見る。俺はミーラブをいじる手を止めた。


「あー、俺も野々宮に告白はした。だから、王子と一応は同じラインに立ってるつもりだ」


 言っといてなんだが、俺が王子と同じラインにいるはずがない。台詞の端々に付けた、一応、つもりがそれを表している。

 ヒーロー候補というだけが特別な高校生と、生まれながらにして魔法界の王子様が同じなわけがない。

 それでも一人の女性に恋している男性という点では同じなわけだし、一応とつもりで飾り立てた同等ならば許されるのではないだろうか。

 そんな微妙な男心を粉砕するかの如く、野々宮はきっぱりとした口調で言った。


「同じではありませんよ、王子の告白はお断りしたので――」

「待て、待て待て! 何年か前に渡した手紙の返事を貰っていないから、まだ保留中のはずだぞ!」


 アルバートが慌てて否定するので、俺は何だか可哀想になってきて確認を取る。


「そうなのか、野々宮?」

「えー、引越しのときに捨てちゃったのかなぁ……」


 思い出すように呟いた野々宮の一言は、当事者でない俺の心も深く抉った。酷いよ、それは。

 アルバートに抱きつつあった恋敵としての対抗心は、同情に変わりつつあった。

 俺は慰めるように名前を呼ぶ。


「アルバート王子……」

「ふっ、マサヒロ。これで条件がイーブンになったとでも思っているのか?」

「え、いや?」

「そうだろう! 同じ保留中でも、私は何年も前に求婚しているのだからな! 六年前、チエが現れてから、ずっとだ!」


 外見は完全に爽やかなイケメン王子なのに、見かけによらずタフだった。


「……六年前って、野々宮幾つだったよ?」

「十歳ですよ」


 わかりきった質問と回答をした後、俺はアルバートを見つめた。


「十歳の女の子に求婚を迫るというのは、こちらの世界の価値観では特殊なんだよ」

「か、勘違いをしているぞ! 魔法界だって褒められたことではない!」

「なお悪いじゃねぇか」

「違うんだ! 私は十歳のチエも十六歳のチエも等しく好きだ。そこにある愛は外見から生じるものではない。それに六年前から背格好はそんなに変わって――」


「ごほん」


 野々宮がわざとらしく咳をすると、アルバートが言葉を詰まらせた。

 俺も何故か口が開けず、野々宮もつんと澄ますばかりで怒る気配がない。

 緊張に耐えかねて俺がミーラブに手を伸ばすと、ミーラブは阻止するように言った。


「チエは疲れているラブ、寝るラブ。だから、出ていくラブ」


 俺は溜息をついた。

 野々宮と話したいこともあったし、ミーラブに聞きたいこともあったのに。


「くそっ、離せ! 一度でいいから私もチエの隣に座らせてくれ!」


 どうして、ごねる王子様を引っ張って部屋を出なければならないんだ。

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