4.8 そして誰もいなくならない
ビュン、と教室内を一筋の光線が飛ぶ。
即座に振り向くと、消えゆく犯人の影と銃を構えるサトーの姿があった。
「屋内で使用したくはなかったが……昌宏、廊下だ!」
言われた方向に目を向けると、廊下に二体の犯人がいた。前後のドアから中に入ろうとしている。
「前行く! サトー後ろ!」
前方のドアに駆け寄り、侵入を試みる犯人に殴りかかる。もう一体の犯人は、サトーの光線銃に貫かれていた。
俺も犯人が怯んだ隙を逃さずに、もう一度素早く拳を引いて、息を吸い込む。
「ヒーローナックル!」
必殺技が決まった瞬間、言い知れぬ違和感を覚えた。
ガン、と硬いものを殴った感触。非常に嫌な予感がして、犯人から目をそらさずに警戒を続ける。
架空の犯人は確実にダメージを受けていて、腹部がへこんでいた。しかし、倒れていない。
ちらりと視線を向こうにやると、サトーの攻撃を受けた犯人は、三ヶ所も身体に穴が開いているのに平然としていた。
「何でだよ……」
「推理が間違ったからだろう……抑えるぞ!」
どうやら犯人がしぶとくなったのは、解決編に手を出してしまったからのようだ。そして、解決は遠のいてしまった。
サトーは銃を捨てて素手で犯人とやり合っている。そんなに戦えるなら、普段から手伝ってほしい。
明智はすっかり狼狽し、頭を抱えていた。
「ちょ、嘘、何が違うの!?」
「僕もアドレス変更という推理には頷けないな、それだと送信エラーになるはずだ」
黙っていた久我が焦りつつも、落ち着いた声で口を挟む。
「弁を弄する前に確認するといい。新藤の送信履歴、いや、野々宮の履歴を見る方が早い」
「ごめん、野々宮さん、早く!」
「は、はいっ!」
野々宮は携帯電話を取り出し、明智が覗きこんでいる中でメールボックスを確認していく。
時折、明智が小さな悲鳴を上げる。うっ、えっ、あれっ。徐々に目が潤ってきているように見える。
「明智、しっかりしろ!」
「し、新藤君……昨日、メールはちゃんと送信できたの?」
「できてたっ!」
犯人は防戦一方で戦いやすくはあるのだが、異様に丈夫で一向に倒れる気配がない。
明智が事件を解決しない限り戦闘が続くというのなら、先に倒れるのは俺の方だろう。
「野々宮さんがメールを見れなかったのは……」
「本当に疲れていただけですよっ」
「だ、だけど、犯人なのは本当よね!?」
「あ、あの、だから理由を……」
「そんなのどうだって――」
「おい、名探偵!」
薄皮一枚のところで保たれていた名探偵らしさは吹き飛び、ただの焦った明智がそこにいた。
このままではまずい。犯人が力で倒せないというのなら、明智の頭だけが頼りである。
しかし、その明智は涙目で震えており、考えることに集中できていない。
「どうして肝心なところで中途半端に終わっちゃうのよ!」
「明智!」
「名探偵になりたいなんて私の夢に……無駄な夢に付き合ってくれて、最後くらいは締めようと思ったのに、何で……」
「無駄なことなんてないっ!」
思わず叫ぶ。終わりの見えない戦いの中で、俺の頭は冴え始めていた。
野々宮を犯人とは認めたくないが、明智を名探偵とするための苦肉の策だったのかもしれない。そんなハッピーな動機なら、俺は幾らでも許してやる。
それならば、この事件で明智は幾つものヒントを手に入れてきたはずだ。
そう、野々宮が犯人だと考えれば、明智は驚くほど的確な推理を何度もしていた。
「明智ならわかるはずだ。最初から考えれば、絶対に!」
「えっ、そんなこと言われても……部活に行って、田中君を探して」
「そこまで思い出せば十分だ、野々宮がメールを送ったとすれば――くそっ」
少し話し過ぎて、犯人に覆いかぶさられる。必死に押しのけようと踏ん張るが、明智の様子は見えない。
そこまでわかれば真実の扉は目の前で、力押しで開くはずだ。決してスマートなやり方ではない。
無茶な捜査で伏線もそれ以外もばら撒き、余計なものを掃き捨てて、必死に残ったものを拾い集めて、なりふり構わずまとめてみせる。
そんな方法で解決する名探偵なんて聞いたことないけど、それでも解き明かせば名探偵のはずだし、そんなことができるのは。
「――わかった」
明智がそう言った瞬間、犯人が動きを止めた。
「野々宮さんはメールアドレスを二つ、使い分けていた。携帯電話を二つ持ってる人は珍しいけど、パソコンと携帯電話を持っている人なら……」
野々宮がパソコンを所持していることは入部の際に聞いていた。明智がそれを知っていたかはわからないが、パソコン部から発想はできるだろう。
明智は迷いを見せつつも、ゆっくりと右腕を上げて野々宮を指差した。それでいい。名探偵なら堂々と言えばいい。
重い息を吐いて、涙で滲んだ目を拭い、不敵な笑みを浮かべる。明智が口を開く。
「犯人は貴方よ」
野々宮が頷くと、黒塗りの架空の犯人が消え去り、教室に平穏が戻った。
異世界にでも飛ばされていたのかと思うほどの時間だったが、サトーの撃った光線の跡がはっきりと残っている。
俺たちは事件が終わったというのに誰も動けず、本当に終わったのかと互いに顔を見合わせるばかりだった。
しかし、廊下側にいた俺とサトーだけは、すぐに静寂が破られることに気付く。
「な、何だ……その椅子、お前ら……」
担任の教師が現れ、安楽椅子がドンと置かれた教室を見て絶句していた。
俺たちはその場から動けず、これから何を言われるのかと互いに顔を見合わせるばかりであった。
ただ、明智だけは盛大に溜息をついて、力が抜けたように安楽椅子にもたれかかる。
「……良かったぁ」
「明智、何が良かったんだ? 説明してくれ」
「もう説明は嫌です」
「おい!」
その後、教室の片付けと担任への説明に二時間を費やしたが、明智はずっと安楽椅子で真っ白に燃え尽きていた。
+ + +
期末テストの最終日。
俺と野々宮が帰ろうとしているところに明智が声をかけてきた。
「邪魔して悪いわね、話す時間ある?」
余計な気を回されたのが癪だったが、何の問題もないので一緒に下校することにした。
俺も野々宮に詳しい話を聞けていないので、明智がいてくれた方がちょうどいい。
「動機を語りそびれたのが心残りだったのよ」
「あの……自分で話しますので……」
「探偵の後始末と思って聞いてちょうだい」
昨日はうやむやのままに終わってしまい、野々宮は朝からずーんと重い背景を背負っていた。
俺に何度か話しかけようとしているのはわかっていたのだが、俺は俺で聞くのが怖くて上手く対応できずにいた。
すっきりと事件を終わらせ、一刻も早く野々宮といつも通りに接したいので、明智探偵の手腕に期待しよう。
「私見の入った動機だけど、すべては魔法のせい、だと思うのよ」
明智の言葉は解決編のときと同じもので、野々宮は納得できないと口を挟む。
「いえ、実際に私がメールを……」
「野々宮さんは魔が差したのよ。それは私のために使った魔法のせいだと思うわ……よね?」
強引にまとめたくせに、不安から同意を求めるような目を向けるのが明智らしい。
俺は溜息混じりに、助手でもないのに名探偵のフォローをする。
「もやっとした動機だけど、明智らしくて嫌いじゃないよ」
「悪かったわね、中途半端な名探偵で」
「中途半端探偵か、新しいな」
からかうつもりで言ったのだが、明智は目を輝かせ、俺を指差した。
「それよ! 新藤君、ヒーローや探偵は人助けの隙間産業って言ってたじゃない?」
「……言ったかもな」
「私、普通の名探偵に憧れるのは諦めて、名探偵の隙間産業を目指すことにしたの。中途半端探偵、いいわね!」
理解できない盛り上がり方をしている明智。
俺が言った言葉だけど、中途半端探偵ってどういう意味だ。
「それ、どういう探偵なんだよ」
「……ふわっとした事件をふわふわっと解決するような探偵よ」
「今の明智とそう変わりないんだが」
「そうね、今の私って憧れていた名探偵にだいぶ近いのよね」
何処か遠い目をして呟く明智は、今も夢のような名探偵像を追っているように見える。
しかし、明智の目には常識や諦めなどではない落ち着きがあった。それもそのはず、彼女は既に名探偵の称号を一度手にしている。
「私、名探偵になれたのかしらね」
「さぁな。けど、俺が知ってる名探偵は明智一人だけだ」
明智はフッと微笑み、野々宮に視線を移す。
「それなら願いは叶えられたわね。ありがとう、野々宮さん」
「あ……はい、ありがとうございます」
「次に会うまでに新藤君との関係をはっきりさせておいてね」
「え? あ、はい、ちゃんと話しておきます」
明智は手を振りながら走り去っていった。無駄に速い。
最後の一言。野々宮にとっては、動機を話して仲直りしておけと聞こえたのだろう。
俺には別の意味に聞こえた。明智には気持ちを打ち明けてしまったし。
「新藤さん! 明智さんのおかげで九十三個目です」
「……野々宮のありがとう集めも進まないなぁ」
「はい……その、この度は申し訳ありません」
野々宮は歩くのを止めて、深々と俺に頭を下げた。
「うん、許した」
「そ、そんな簡単に許されても困りますよ!」
「どうせ、明智の魔法が上手くいかなくて思いつめたんだろ?」
「ま、まぁ……犯人が出てくるとは思ってなかったので、新藤さんには良きタイミングで協力してもらおうと」
俺は携帯電話を取り出して、殺人予告のメールを開く。
「さもなくばコロス、のカタカナな辺りが野々宮の葛藤を感じるよな」
「ちょ、ちょっと、分析しないで下さい!」
高々と携帯電話を掲げるだけで、野々宮が必死に飛び跳ねても届かなくなる。
こんななりで魔法界を背負って、一人で思いつめて。その末に協力者として頼ったのが俺で、俺なら謝れば許してくれると思ったのか。
恐らく、今の俺は野々宮のやることを大抵許してしまえると思う。馬鹿だと思う。
それでも今回のことは反省させなければならない。
俺が腕を下ろすと、右手にある携帯電話を野々宮が掴んだ。そして、不思議そうに俺を見上げる。
「どうしたんですか、新藤さん?」
「一つ言うことを聞いてくれたら、許すことにしよう」
「えっ、はい……えっ!? へ、変なことは困りますよ」
「俺が言うことを、聞くだけでいい。答える必要はないというか、答えなくていい」
きょとんとして、携帯電話から手を離す野々宮。
俺は周囲に人の気配がないことを確認すると、一息で言った。
「野々宮のこと好きだから、今回のことはチャラだ、いいな」
好きだ、の時点で言葉を区切ろうと思ったのだが、言ってる途中で恥ずかしくなって余計なものが色々とくっついた。
野々宮は唖然としていたが、取り乱すこともなければ、すぐに否定することもなかった。それどころか、首を捻って難しい顔で唸り始めた。
「答えなくていいんですか……?」
「あー、うん、何と言うか」
今、返事をもらっても処理できそうにない。頭は言っちまったぞ、おい、でパンク寸前である。
かと言って、野々宮の反応を俺の観察眼では解き明かせそうにないので。
「解決編はまた今度にしてくれ」




