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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
4. ヒーロー候補と名探偵
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4.5 ヒーロー存在証明

 相変わらず広いくせに物が少ないサトーの家で、俺は安楽椅子に腰かける。

 簡単に傷の手当てをしながら、サトーに事件の概要を話した。

 殺害予告メールから明智麻美という名探偵候補まで。思い出せる限り、今日の朝から夕方までのことを伝える。

 青柳部長や久我との会話はうろ覚えだったが、大体は包み隠さず明かせたと思う。

 サトーは、メールが来た時点で言えばいいものをと小言を挟み、手元の光線銃に目をやる。


「最近、物騒続きだからな。役に立てばと武器の許可を申請してきたのだが」

「役に立って良かったな」

「こんなに早いとは予想外だ。撃つたびに報告書がかさむことになるのだぞ?」

「まぁまぁ……それで何か気付いたことはないのかよ」


 ふむ、と腕を組んで考え込むサトー。


「話だけで判断することは難しい。とりあえず、俺も目にした犯人の影は魔法で生み出されたものだろうが……」

「そうだ、野々宮は何も悪くないよな? 本人だって気付いてないだろうし……」


 どんどん声が小さくなっていく俺を、サトーは厳しい目で見つめる。そして、溜息をついた。


「何も言わない方が円満に終わるだろうな。どうせ、被害者の昌宏はどうこうする気はないのだろう?」

「……当たり前だ」


 きっぱりと言い放つ俺に、サトーは呆れつつも理解を示してくれる。

 俺はホッと胸をなでおろす。野々宮の魔法が原因と気付いた時点で真っ先に思ったのは、野々宮の責任にしたくないということだった。

 甘い考えかもしれないが、事件が無事に解決すれば誰も傷つかないし、困ることはないはずだ。

 しかし、サトーの口調は変わらずに厳しい。


「だが、昌宏が殺されないうちに事件を解決しなければなるまい……その明智という探偵がな」

「やっぱり、そうなるか。もし、事件解決しないままだと、犯人の影ってどうなると思う?」

「全教科分に襲われるのではないか? それに採点が終われば赤点ではないことが確定する。今より良くなることはあるまい」


 俺が頑張って戦い続ければどうにかなるという話ではないということだ。

 感覚的な話でしかないが、あの架空の犯人を殴り飛ばしたとき、消えたのに倒せた感じがしなかった。

 恐らくは事件を解決することでしか、完全に消滅させる方法はないのだろう。


「だけど、真相は野々宮の魔法だろ? こんなファンタジーなオチに明智が気付くのか?」

「彼女は魔法少女のことを知っているのだろう。それなら辿り着けなくもない」


 サトーの意見は事件の解答を知ったから言えるとしか思えなかった。

 明智の探偵としての実力を疑いたくはないが、こんな突拍子もない話を解決できるのだろうか。

 俺が不安で唸り声を上げていると、サトーはまた別の意見を示す。


「原因が魔法だけとも限らん。入部届けにアドレスを書いた記憶はあるのだろう?」


 それは数時間前に青柳部長に聞いたばかりで、サトーにも話したはずだ。


「あぁ、青柳部長に聞いたけど、すぐに提出しちゃったから覚えてないとさ」

「つまり、その紙は顧問の教師に渡ったということだ。消えてなくなったわけではない」


 サトーは自信ありげに笑みを浮かべるが、そこまで考える必要があるのか。

 頭の中では信じられない、もしかしたら、などと否定や疑いがぐるぐると回る。


「……うーん、教師が赤点取れなんてメールを送るかぁ?」

「犯人像を狭める前に確認を取ったらどうだ」


 促すような視線を向けられ、俺は渋々と携帯電話を取り出す。青柳部長への初電話がこんなに早いとは思わなかった。

 登録ほやほやの青柳部長へ電話をかけると、何やら騒がしい音とともに優しい声が聞こえる。


「やぁ、新藤君……あっ、その肉は明日の分……」


 うるせー食わせろ、いれちゃえー、と無責任な声が後ろから聞こえる。


「い、忙しかったですか?」

「大丈夫だよ。家で夕飯の支度を……あー……」


 悲痛な声が携帯電話を通じて流れる。紅蓮やコヨミさんが何かをしているのだろう。用件は短く済ませよう。


「すぐに終わります。放課後に話した件で確認したいことがあるんです」

「そういうことなら協力するよ、食費より大事なものってあるしね」

「……えっと、入部届けって顧問に出したんですよね。顧問は誰ですか?」

「久我先生だよ。そういや、滅多に来ないからなぁ、あの人」


 久我。その名を耳にして、俺は思わず携帯電話を持つ手をだらりと下ろしてしまった。

 サトーに肩を叩かれて気付き、すぐに青柳部長に謝る。


「あっ、すみません。ありがとうございました」

「うん、頑張ってね」


 ピッと通話を切った音が鳴り、俺は長く息を吐いた。

 久我先生という名前がどのように事件に関わっているかは定かではない。ただし、精査するに値する情報だろう。

 何よりその名は図書室で出会った久我と同じ名前である。何かつながるかもしれない。


「明日、久我先生に会ってみる」

「それはいいが、何を聞くつもりだ。メールや事件などと言っても取り合わないだろう」


 サトーの言うことはもっともだが、俺は既に質問を決めていた。


「質問は一つだ。弟や息子はいませんか、って聞くんだよ」


   + + +


 期末テスト、二日目。

 結果は上々ということで今日も襲われる可能性が高い。三教科分であることが救いか。

 架空の犯人の襲撃はサトー以外に話してはおらず、夕方までにサトーと合流する手はずになっている。

 できれば、それまでに事件が解決してくれると助かるのだけど。俺は溜息とともに二人に目を向ける。


「……公式使わずに四則演算で無理やり解いたら減点ですかね」

「……暗記は得意なのよね、暗記は」


 忘れがちだが、メール事件と同じように期末テストも進行中なのである。

 どうも結果が思わしくないようで、野々宮も明智も表情が暗い。

 昨晩、野々宮には久我のことと一緒にテスト頑張れとメールに書いて送信したのだが、効果は薄かったようだ。


「不安になりすぎだ。意外と点って取れてるもんだぞ」

「新藤さんは余裕そうでいいですねー」

「俺は終わったことを考えたくないだけだ」

「……ポジティブのようで、ネガティブ振り切ってません、それ?」


 野々宮が恨めしそうな目で見てくるので、対抗してジッと凝視する。駄目だ、二秒で恥ずかしい。


「そういや、昨日って何か用事でもあったのか?」


 言いづらいこともあるだろうに、誤魔化そうとして思わず聞いてしまった。

 野々宮は逡巡するように目を左右に動かし、小さく口を開く。


「ちょっと、気疲れしてしまって……」

「もしかして、メール見てない?」

「す、すみませんっ!」

「別に謝ることじゃないって、テスト中に面倒なことに付き合わせて悪いな」

「い、いいえっ、こちらこそ」


 野々宮に負担をかけないためにも、さっさと事件を解決したい。

 明智に教務室へ行くことを提案しよう。昨日得た情報について、意見も欲しい。


「明智、昨日知ったばかりの話なんだけどさ」


 俺は久我先生の名前を出す。

 明智の反応はピンと来ていないというより、疑わしいといった様子だ。昨日、サトーに顧問を確認しろと言われた俺と似ている。


「久我、ねぇ。新藤君って久我君のこと嫌い?」

「……好きではないな」

「言っておくけど、久我君は悪い人ではないのよ? 愛想と性格が悪いだけで」

「そこまで言ってない」

「まぁ、せっかく掴んだ切れ端をみすみす逃す手はないわね。行きましょう」


 この行動力が俺と明智の違いなのだろう。

 さっそく俺たちは教務室へ向かった。テスト期間に教師へ質問するという建前なら、何も不自然なことはない。

 それなのに三人とも教務室のドアの前で立ち尽くしている。明智が首を傾げる。


「どうして開けないの?」

「いや、教務室って何となく怖くないか?」

「わかります。保健室も入りづらいですよね」

「ふーん」


 明智は感心するように頷き、躊躇することなくドアに手をかけた。


「私にはわからないわね」

「わぁっ、潔いっ!」


 野々宮が素早く明智の背後に隠れる。何てことだ、俺の隠れる場所がない。

 明智がずんずんと教務室に入っていくので、俺も諦めて後に続く。

 しかし、明智も誰が久我先生なのか見分けはついてないようで、きょろきょろと辺りを見回してばかりいる。

 威勢のいいことを言ったわりに突入後のプランはなかったらしい。やはり、明智に期待しすぎては駄目だ。


「お前ら、どうした?」

「あ、先生」


 担任に声をかけられ、少しだけ緊張が解れる。

 俺は口から出まかせに久我先生の席を訊ねる。


「久我先生って何処ですか、あの、部活の用事があって……」

「あそこだ。何か知らんが、遊んでないでテスト頑張れよ?」


 嘘でも部活の用事と言ったのに担任には遊んでいるように見えたのだろうか。まぁ、勉強しているようには見えないか。

 担任に教えてもらった方向を見ると、久我先生と思わしき人物をすぐに発見することができた。

 何故なら、久我先生は生徒と話し中で、その生徒に見覚えがあったからだ。


「久我……」


 俺の視線に気付いたのか、久我は不審そうにこちらに目を向ける。

 久我先生と数回言葉を交わし、早足で俺たちに近づいてきた。


「ここで探偵ごっこをするのは流石にどうかと思うね」

「……いや、その、久我先生に聞きたいことがあって」

「兄に?」


 遠目に見ても久我先生は二十代か三十代、教師の中では若い方だった。

 久我本人の証言で久我先生と久我につながりがあることが判明したが、今ここでどちらかが犯人じゃないのかと問いただすわけにもいかない。


「少し話がしたいんだけど、場所を変えないか?」


 俺がそう言うと、久我は意外なほど素直に頷いた。


「君たちに付き合う気はないが、僕も兄の前で揉めたくはない」


 これまで第一印象の悪さを引きずって、俺は久我を嫌味な奴だと思っていた。

 しかし、このときの久我は十代の男子らしい、幼さとプライドの入り混じった表情をしていた。


   + + +


 人目につかないところの定番、校舎裏。

 俺と明智は久我と対面するように位置取り、野々宮は見守るように横で縮こまっている。

 久我はこの状況でも不遜な態度を崩さず、下らなそうに目を細める。


「一人を大勢で呼び出すなんて、状況だけ見れば問題だぞ?」

「そんなつもりはないわ、新藤君が少し訊ねたいことがあるだけよ」

「えっ……」


 俺が驚きに声を上げると、明智のみならず久我までもが目を丸くした。


「え、だって、久我君を疑ってるから、先生がどうのって言ったんじゃないの?」

「いや、俺は話がつながったから気になっただけで……久我への思いは事件には関係ないし」

「そんな……怪しいだけで犯人扱いはよくないわ! むしろ、怪しい人は犯人じゃないわ!」

「何でだよ、怪しかったら普通は犯人だろ!?」


 あくまでサトーの思わせぶりな考えに乗っかっただけで、具体的に久我が犯人だという証拠はない。

 もしかしたら、久我先生から久我にメールアドレスの情報が流れてるかも、と思っただけだ。

 そうだ、それを確認すればいい。


「久我、俺のメールアドレス知ってるか!?」

「知るわけないだろ……」


 即座に否定されてしまい、うなだれる。久我は呆気に取られており、嘘をついたようにも思えない。

 明智がやれやれと首を振り、俺を責めるように目を鋭くする。


「新藤君はどうしてそんな浅はかなのよ」

「だって、教師の弟なら色んな情報が下りてくるものだろ?」

「それは偏見よ」


 ぐだぐだになってきた俺と明智の論争を見て、久我は心底呆れた様子で溜息を吐いた。


「馬鹿らしい……僕はもう帰らせてもらう」

「待って、それは久我君が殺されるパターンよ!」

「誰にだ!」


 怒り出す久我を引きとめようと、明智はミステリにおける被害者の行動パターンを説明している。もう駄目かもしれない。

 強引に推理を進めようとするとこうなるのだと、俺は反省した。

 どう収集つけようかと、馬鹿騒ぎの外にいた野々宮に意見を問おうと振り返る。


「野々宮――ッ!?」


 まさか、昨日より出現する時間が早いなんて、聞いてない。俺は焦った、サトーはいない。

 昨日襲ってきた、全身が影のように黒く、目がギラギラしている架空の犯人がいた。

 刃物を手に俺に突進してくる。その直線状には野々宮がいる。

 頭の片隅で明智や久我がいると警告があったが、すぐにそんな場合かと野々宮の方向へ飛ぶ。


「新藤さ、わっ」

「悪い、退けっ!」


 少し乱暴に肩を掴んで横に退かし、犯人の影に殴りかかる。

 必殺技を叫ぶ余裕はなく、それなりに手応えは感じたが、犯人は怯んだだけですぐに刃物を振り上げる。

 ここを切り抜けたとして、残り二体の犯人がいるはずだ。それを考えると必殺技で隙を作っていいのか。

 迷う暇はない、やらなければ殺される。


「ヒーロー――」

「うらァッ!」


 拳を握り締めて引いた瞬間、後方から長い脚が伸びてきて犯人を蹴り倒した。

 明智だ。言葉を交わす時間はなかったので、目で感謝を伝える。

 犯人の影、残りの二体が現れたが、あとは何とかできる。俺は馬鹿正直に向かってきた犯人たちに駆け寄る。


「ダブル、ヒーローナックル!」


 爽快な衝撃が両腕に響いた。

 まさか、こんな状況でヒーローの存在がバレるとは思わず、荒っぽい存在証明になってしまった。

 しかし、驚いている久我の顔が面白いので、俺は意外と満足していた。

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