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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
1. ヒーロー候補と魔法少女
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1.3 魔法少女は友達が少ない

 夕食後。明日の行動について打ち合わせをしようと、野々宮に電話をかける。

 呼び出し音が鳴る中、俺はサトーに言われたことを思い出していた。

 魔法少女にしては存在が希薄。具体的にどういう状態なのかは不明。

 サトーもデータ上の推測に過ぎず、魔法というものはそういうものかもしれないと言っていた。

 しかし、この話を聞いて、野々宮の魔法で人助けをすることへの執着に説明がついた気がする。

 あの執着心はアイデンティティをアピールしたいからだとは考えられないだろうか。

 ヒーローは人知れず世直しするもので、時として、それがつらく、自己顕示欲に囚われることもある。


「あっ、新藤さん。明日のことですよね?」

「あぁ……」


 どうにも野々宮には欲望から存在をアピールしたい、というような印象は感じられない。

 どちらかと言えば、クラスでも目立たない方だと思うし、ポジション的には書記や清掃委員がお似合いだ。

 そもそも存在感をアピールしたところで、サトーの常識エラーに引っかかるようになるのか疑問だ。

 それより常識エラーとは何だ。どういう原理で常識と非常識の度合いをチェックするんだ。


「新藤さん?」

「悪い。午前九時にあの公園で待ち合わせ、で野々宮さんがいいなら」

「はい……その、もうちょっと砕けた話し方でもいいですよ?」

「えっ、そう言われてもなぁ」

「サトーさん、でしたっけ。あの人と私で態度違うというか、違和感ありますよ」


 それは野々宮に特別優しいのではなく、サトーに特別厳しいだけなのだが。


「そう言うなら適当にやってくよ」

「はい、私は根がこうなので、これからも他人行儀になるかもしれませんけど」

「真面目だよなぁ……野々宮、さん」

「だから」

「はいはい、真面目で、意外と強情だな、野々宮」


 どうせ他人との距離の測り方なんて小学生レベルで止まったままだ。諦めて自然にやろう。

 連絡だけでさよなら、という雰囲気ではなくなったので、少し野々宮のことを聞いてみたい気がする。

 野々宮に何か事情があるというなら、今回の事件のついでに解決してやりたいと思う。


「時間があるなら、野々宮がどうして魔法少女になったのか知りたいんだけど」

「つまらない話ですよ?」

「魔法少女って時点で最低限面白いだろ」

「期待されてるなぁ……私は十歳の誕生日に魔法少女になったんです」


 小学四年生の頃だ。俺がヒーロー候補になったのは小学五年生だったので、非日常に関しては先輩と言える。


「魔法界の先代女王はそれは優秀で、誰からも尊敬されていたそうです。今は森の奥深く、彼女が生まれた家で眠りについています」


 さらっと魔法界があると言っているが、サトーの言う未来らしい世界もかなりファンタジーなので気にしても仕方ないだろう。


「彼女の時代では人間界で修業する古いならわしがあって、彼女がその修業をした最後の魔女という話です。今は魔法界と人間界は国交を絶っています。魔法が悪用されかねないから、ということで」

「俺も今の人間に魔法はやめたほうがいいと思う」

「ところが、魔法の源は豊かな感情から生まれるもので、魔法界を平和に保つためには、優しい感情が必要だったんです。魔法使いというのは無感情というか、感情表現が下手な人が多くて……だからこそ、人間界での修業がならわしだったんですよ」

「関係ないけど、怒りや悲しみでも魔法は使えるのか?」

「相手を攻撃したり、弱らせたりする魔法で、禁止されている魔法ですね」


 ますます、人間界に魔法がなくて良かったと思う。


「魔法界では年々、魔法の源が薄れていってピンチなんです。そこで人間界での修業を再開し、魔法を秘密にするというルールの下、若い魔法使いが旅立ちました。しかし……」

「駄目だったんだな」

「はい、何年も修行せずに魔法界で暮らしてましたから、秘密すら守れない有り様で修行どころではありません。そこで現在の女王様が提案しました。人間の女の子に魔法の力を与えて、優しい感情をたくさん集めてもらいましょう、と」


 子供の頃からファンタジーな連中はどうして人間を巻き込むのかと思っていたが、深い事情があるのだと感心した。

 しかし、理不尽である。妖精の国を救う光の戦士が人間から選出されるシステムくらい理不尽である。


「それで私が使者である妖精さんに選ばれて、魔法少女になったんです」

「どうして野々宮が?」

「優秀だと思われて……その日はテストで百点が取れて、誕生日ということもあって過剰に褒められて、祝われて、そんな光景を見ていた妖精さんがこの子は優秀だと勘違いして」

「魔法少女になっちゃって?」

「なっちゃったんです……今考えると、半強制的だったと思います」


 電話越しでよかった。野々宮の顔を見ながら話を聞いていたら、涙を堪え切れなかった。


「私の使命は魔法で人助けをすること。それも先代女王がやり遂げたという、百個のありがとうを集めることです」

「……それが今でも続いているわけか」

「……五年以上になりますね」


 自棄にならず、よくぞここまで根気強く魔法少女であり続けたものだ。

 ヒーロープロジェクトは基本的にサトーのサポートがあるし、向かってくる困難を処理する感じで、積極性はいらない。

 野々宮のありがとう集めは待ちの姿勢では達成不可能だろう。それだけで、俺は野々宮を尊敬する。


「凄いなぁ、どれくらい集まったんだ?」

「ちょうど九十個です、けど」

「けど?」

「とうとう、魔法の森が枯れ始めて、あと半年かそこらで先代女王の家まで届くそうです」

「……そうなると、どうなるんだ」

「わかりません。ただ、先代女王の身に何かあれば、魔法界は終わったも同然だと……」

「誕生日はいつだ?」

「えっ、えっと、八月七日です」


 五年と九ヶ月で九十個。簡単に計算すると、一年で十五、六個のありがとう。あと、半年で十個集めなければならないが、このペースだと九十八個で終わる。


「いや、あと十個だろ? 今までのペースだと間に合わないが、何とかならない数じゃない」

「……私、もともと魔法少女に向いてないと思うんです」

「何だ、突然」

「だって、引っ込み思案というか、真面目だけが取り柄で、誰かの悩みなんて触れるのも怖くて」

「それでも九十個も解決したじゃないか。俺よりは確実に多いと思うぞ」

「……友達や親戚とか、話しやすいところから始めました。少しずつ、隣のクラスとか、先生にも声をかけて、私なりに頑張りました」

「凄いことだ。俺なんてヒーロー始めてから友達が減って減って……」

「何年もかけて、やっと築いた人間関係で、何とか魔法少女をやってきたんです」


 俺はそこでようやく気付いた。

 ヒーローだからって悩みがないわけではない。特に人間関係の悩みは尽きない。

 野々宮の次の一言は、電話越しに聞くべきではなかった。


「春の引っ越しで、私の人間関係はリセットされました」


 引っ越しで、俺は悪化した人間関係をリセットできた。野々宮は築き上げた人間関係をリセットされた。

 とっさには、野々宮にかける言葉を見つけられない。


「今までのペースを平均すれば、一年で十六個ってところですよね。だけど、最初の一年は三つしか集まらなかったんですよ」


 想像できなかった。したくなかったのかもしれない。


「私を選んでくれた妖精さんは一年前に姿を消しました」


 野々宮は声を震わせていたが、たびたびそれを直そうとして声が裏返る。


「魔法界が弱まるにつれて、私の魔法も弱くなってきてます。この間の魔法、役立たずでごめんなさい」

「そんなことない。俺は助かったんだからな」

「いえ、当然のことをしたまでですよ」


 謙遜する野々宮は俺が知る野々宮の声だった。

 俺は野々宮のことを魔法少女らしい女性だと思っており、今もそのイメージは揺らいでいない。

 しかし、それはこの数年で培われたもので、本来はもっと弱々しく、内気なのかもしれない。


「……気休めにもならんと思うが、俺だってヒーローだから。そんな話を聞いたら、助けるぞ?」

「えぇ、全力でお願いします。弱音吐いちゃいましたけど、まだ、私も諦めてませんから」

「そうなのか?」

「そうですよ! だって、夜にあの衣装でうろつく覚悟で頑張ってるんですから!」

「確かに覚悟してなきゃ、あれはできないな」


 状況に絶望してるかと思いきや、思ったよりも野々宮は強かった。

 それが意地だったとしても構わない。助かれば、それでいいのだから。

 改めて、野々宮という魔法少女を凄いと思う。


「そうだ。こうなったら、聞いておきたいんですけど」

「どうした?」

「サトーさんが私の反応が小さいって言ってましたよね。妖精さんが消えたとき、私はどうなるんだろうと思ってたんです」


 サトーの見立てでは長くないかもしれないとのことだが、できれば大丈夫だと思いたい。

 俺は野々宮を助けるつもりなので、不安になるような余計なことは言わないでおこう。


「野々宮は人間なんだから、変身できなくなるだけで済む……と思うけどなぁ」

「……そうなったら、私は無事だったと喜んでいいんですかね?」

「魔法界には悪いけど、俺は野々宮が助かれば十分だな」

「最初は嫌々でしたけど、今では魔法界に助かってほしいと思います。それに魔法少女は何だかんだで、私の青春そのものでしたから、それが消えるとなると、私は五年間も何をやってたんだろうって話になります」


 野々宮にとって魔法少女は人生の軸であり、その軸が土台ごと消えようとしている。

 俺だって、今更サトーがプロジェクト終了を告げて帰ったら、今後の人生に影響するほど腑抜けることだろう。


「野々宮は凄いな」

「……はは、実は少し、頑張ってる自分に酔ってるところもありますね」

「シラフじゃ乗り切れない修羅場だと思うぞ」

「あんまり褒めないで下さい……」

「野々宮のやる気や諦めない心はヒーローとして学ぶべきものだからな」

「そういえば、新藤さんはどうしてヒーローに……あ、もう日が変わりますね」

「長話だったしなぁ……また今度、絶対に話す」

「はい、では明日」


 携帯電話を充電機にセットし、ベッドへと倒れ込んだ。

 野々宮の底力を見せつけられて、自分の情けないヒーローっぷりに溜息が出る。

 野々宮は魔法少女というレッテルに負けず、やり遂げようとしている。

 俺はヒーローに負けていないだろうか。自分の目指したヒーロー像は、まだ手の届くところにあるのだろうか。

 ヒーローになった経緯は野々宮と同じく半強制的だったけど、なりたい理由はあったはずだ。


「……なんだっけ」


 思い出そうとしているうちに、いつの間にか眠気が込み上げてきて。


「まぁ、いいか」


 そんな呟きで、俺はまぶたを閉じた。

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