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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
3. ヒーロー候補と黒染仮面
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3.2 黒い怪物と緑眼のヒーロー

 右腕には絆創膏が貼られており、サトーが消毒までしてくれた。

 野々宮のハンカチも洗濯してくれるという。正体不明の怪物による傷なので念のため、ということだ。

 俺と野々宮は怪物と黒染仮面について、お互いに感じた印象をそのまま話した。

 サトーは腕を組み、いつの間にか購入していた安楽椅子に腰かける。


「ふむ、怪物に黒染仮面、謎の組織……か」

「椅子のおかげで考えてるように見えるけど、何もわかってないだろ」

「ああ、聞いたばかりだからな」


 どうしてそんなに威張る必要があり、そんな自信満々に構えていられるのかと問いたい。

 俺は黒染仮面の言葉に意気消沈していた。サトーに話した黒染仮面の印象も、野々宮より大雑把だったように思う。

 嫉妬というよりも無力感が半端ない。部活で一番走るのが速いと思っていたら、全国レベルの人が来た、みたいな。

 圧倒的な力量差を突きつけられ、そんなに高くもない鼻っ柱をへし折られた気分。


「どうした、昌宏。やけに暗い顔をしているぞ?」

「……サトーの張り切りように滅入っただけだ」

「それはすまんな。確かに成すべきことを考えるのが先だ」


 サトーの言うとおりである。細く長く、息を吐いて気を落ち着ける。

 今は焦っても仕方がない。目の前の問題に取り組もう。

 俺が姿勢を正すと、サトーがよし、と気合を入れる。


「今回のことを上に報告すれば、六月分のヒーロープロジェクトとなるだろう。戦隊の件で予算を回した分、大がかりなことはできないが……」


 サトーが少し渋い表情になる。


「その組織も事態を露見させる気はないようだ。隠蔽は謎の組織にさせておこう」

「敵の財布に頼るとは、世も末だな」

「背に腹はかえられん。それに敵と認定するためにも、組織と怪物、そして黒染仮面の事情も探る必要がある」


 黒染仮面の名前に俺が黙り込んでいると、野々宮がサッと手を挙げた。


「黒染仮面は味方と見ていいと思いますけど」

「一回の行動で判断はできん。限りなく味方に近いと思う方がいいだろう……昌宏も何か思うところがあるのか?」

「えっ、そうなんですか?」


 二人の視線がこちらに向き、俺は慌てて手を振って否定する。


「いや、黒染仮面は俺たちを助けてくれたんだ。敵ではないと思う」

「怪物と対立する勢力で、怪物の方が危険性は高いとすれば……」


 黒染仮面に対する感情はちぐはぐとしていて、こういう奴だと一言で言い表せない。

 まだ一言、一方的に言葉を投げかけられただけの関係である。

 再び黒染仮面のことを考えていたことに気付き、軽く頭を振って忘れる。

 そして、俺が顔を上げると同時に、サトーが俺の目に向かって言った。


「黒染仮面と接触し、協力関係を築けるか?」

「えっ」

「相手が乗り気でないなら、敵対しないという約束だけでもいい。あまり多くを語らない性格のようでもあるしな」

「あ、あぁ、わかった」


 果たして協力するほどの資格が俺にあるのか、なんて無意味な考えが湧いてくる。

 自虐的になりすぎだ。今襲われたら一溜まりもないだろう。


「黒染仮面とどうやって会えばいいんでしょうか」

「まぁ、それが問題だな」

「おい」


 あっけらかんと言い放つサトーに思わずツッコミを入れる。

 サトーが上を見上げて考え始め、ぽつりと呟いた。


「そういえば、野々宮が狙われているという話があったな」

「あぁ、ありましたね」

「おい」


 この場には俺以外に繊細な心を持つ人間はいないのか。それとも俺が人一倍、考えすぎなだけなのか。

 野々宮はすみませんと目で謝り、軽い口調で言った。


「それを言えば新藤さんも同じことですよ?」

「俺は平時は一般人だ……野々宮は一応、いつだって魔法少女だろうが」

「その言い方だと、まるで常時、頭がお花畑みたいなんですが」


 抗議するような目を向けられ、苦笑いで誤魔化し、サトーの方を向く。


「野々宮がまた怪物に襲われるようなことがあれば、黒染仮面も現れるかもしれないけど」

「うむ、可能性は高い。問題は野々宮の安全面だが、昌宏はなるべく彼女についていてほしい。両者ともそれでいいか?」

「そうですね。本当に標的にされてるなら、ですけど」

「……まぁ、俺なんかでよければ」


 サトーは眉をひそめたが、特に言及することなく話を先に進めた。


「では、さっそく野々宮を見送ることにしよう……昌宏、役に立たんと思うが、俺も行く」

「……うん」


   + + +


 何事もなく野々宮を無事に送り届け、サトーと二人で帰路につく。

 本当に何事もなかった。あまり、会話もなかったように思う。

 サトーまでだんまりか、と横に目を向けると、サトーがいきなり話し出す。


「彼女も昌宏の様子がおかしいことに感づいていたぞ」

「……そうだったか?」

「理由までわかっていなくとも、乗り気でないことはわかる。だから、私を守ってくれと素直に言い出すこともできず」

「野々宮はそんなこと言わない」

「言わせてやりたいと思わないか」


 さぞ面白がっているのだろうとサトーを見たが、茶化す様子など一切なく、大真面目な表情をしている。

 そういう態度を取られると、はぐらかすわけにもいかない。

 俺は小っ恥ずかしい思いで本音をぶちまけた。


「俺に甲斐性っつーか、強ければさ、言わせてあげたいよ。だけど……」

「……あぁ、黒染仮面と己を比較してしまったのだな」


 サトーが俺の言葉を聞いて、得心が行ったように呟いた。俺ははめられたと思った。


「サトー! もしかして野々宮をダシにして鎌掛けたなっ!?」

「はっはっは。もういいだろう、話せ」


 ここまで晒せば隠している方が気疲れしそうなので、すべて白状する。

 黒染仮面に言われたこと、とっさの怒り、無力感、悔しさ。

 サトーはまるで耳から耳へ聞き流しているような顔で聞いていたが、それが話しやすかった。

 そして、感情の吐露が終わる。サトーが口を開いた。


「俺は堂々と守れる昌宏を立派だと思うがな」

「……実力が伴わなければ意味がない」

「堂々と守ることで実力を発揮するのが、昌宏のヒーロー補正だ」


 サトーはそう言い切るが、俺はまだ納得できなかった。


「あのときは何も起こらなかったんだ」

「まぁ、能力にムラがあるのは認めざるを得ないが……」


 不思議なもので、サトーが自信たっぷりに励ますと卑屈になるのに、言葉に詰まると余裕が出てくる。

 俺も捻くれてるな、と苦笑しつつ、明るめに話そうと話題を少し変える。


「前にちらっと言ってた修行的なことってできないのか?」


 ヒーローは敗北後や無力さを痛感したとき、修行するものらしい。

 サトーは修行か、と嬉しそうに言ったが、すぐに表情を歪ませた。


「そうだった、予算が……それに修行には半年以上かかる」

「半年!? そんな時間はない、もっと短くならないのか?」

「一ヶ月コースもあるが、ただし修行の成果は尻から――」

「みっちり半年やる暇はねーよ」


 怪物事件どころか、野々宮の魔法界諸問題にも間に合わないじゃないか。

 俺は馬鹿馬鹿しい気持ちで一杯になり、早足でサトーを追い越す。

 それでも、うじうじと悩んでいるよりは、良い気分だった。

 いつの間にか曇天の隙間から夕陽が差している。眩しい。


「昌宏、強くなりたいか?」


 まだ俺の後方をゆっくりと歩いていたサトーがぽつりと漏らす。

 いつも通りの口調で、表情も見えない。強くなれる確証もない。

 それなのに、その言葉を逃してはいけないと思った。


「なりたい」

「……そうか」


 それから数十秒、沈黙が続いた。

 俺はサトーが何か言うのを待っていたし、家まで無言だったとしても何か訊ねる気はしなかった。

 しかし、サトーは家までもう少しというところで口を開いた。


「昌宏は高いところから飛び降りる手段を編み出したことがあるだろう」

「ああ……使いどころ難しいけどな」


 「とうっ!」という台詞とともに飛び降りれば、着地が完璧に決まるというだけの技。

 俺がぼやくと、後ろを歩いていたサトーが俺の肩を掴んだ。

 もつれそうになった足で慌てて立ち止まり、振り返る。


「何だよ」

「昌宏は既にヒーロー補正を確実にかける方法を一つ、身につけているんだぞ?」

「それが……どうした、ってわけじゃないよな」


 サトーは考え込む俺に向かって、丁寧に言葉を選ぶようにゆっくりと言った。


「これまでも数年に一度くらい危機はあったが、最近は二度も大きな危機に見舞われている」

「まぁ、何とか切り抜けたし……」

「ヒーロー補正に振り回されていては身が持たんと言っているんだ。ピンチも勝利も補正がもたらすものではない、と考えろ」


 俺は困惑を顔に浮かべていたと思う。

 それがサトーにも伝わったのだろう。軽く溜息をつき、噛み砕いた説明を始めた。


「ヒーロー補正を外圧と考えるな。それは昌宏の力だと自覚しろ。状況が無関係だとは言わないが、その力の真価はイメージが力となるところだ」

「……何となくはわかるけど、強くなりたいと思って強くなれるわけじゃないだろ?」

「それは補正のかけ方を間違っているだけだ。昌宏が思うヒーローらしい力の発現を考えてみればいい」


 ちょうど家の前に着いたところで、サトーの話も一区切りついた。

 はっきりとした口調のヒントだったのに、俺はぼんやりとしたまま受け取ってしまった。

 すぐに形にはならないかもしれないが、次に怪物が現れる前にはどうにかしたい。


「ありがと、サトー」

「……俺は後悔している」


 その言葉通り、サトーは頭を抱えて天を仰いでいた。


「何でだよ?」

「勝つべきときに勝てる力以上のものは持つべきではないと思うが、あまりにも昌宏が不甲斐ないものでな」

「悪かったな! ……それに野々宮が後ろにいるときが、勝つべきときじゃなくて何なんだよ」


 自分で言っておきながら、恥ずかしい台詞だ。

 俺はサトーが何か言う前に、逃げ込むように扉に手をかける。


「じゃあ、また」

「ああ、最後に一つ」


 俺を呼び止めたサトーは普段の無駄に偉そうな態度に戻っていたので、ヒントのお礼に素直に聞くことにした。


「何か?」

「詳しくは野々宮に聞くべきかもしれないが、昌宏にぴったりの魔法があると聞いたことがある」

「へぇ……」


 それは野々宮が使えるような種類の魔法なのか、それとも俺が習得できてしまうような魔法なのか。

 少しだけ期待が湧き上がり、興味を隠せない声が出てしまう。


「な、なんていう魔法なんだ?」

「カッコいいポーズと言ってだな」

「ありがと、サトー。また今度な!」

「おい、無表情で爽やかな挨拶をするな。帰るな」


 俺は爽やかなポーズを会得し、サトーに別れを告げた。

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