2.12 Episode Final ネバーエンディング・ヒーロー
「昌宏。俺は凄く大変だった」
「今回は作戦立てて、ついてきただけだろ」
週末に用事があったのでサトーのところに向かうと、サトーが愚痴を零してきた。
正直悪いけど、今回サトーの活躍はあまりなかったと思う。
しかし、サトーの表情からは疲労が見てとれたので、仕方がなく訊ねる。
「……何があったんだよ」
「観察中のヒーロー候補に関わる事件の処理は俺がしているんだが、採石場の補修が予想外に色々かかった」
「えっ、そんなことしてくれてたの?」
「実際は専門のチームがあるのだが、事件の報告は俺がする。よって、文句を言われるのは俺だ」
はぁ、と盛大な溜息をついて、肩を落とす。
俺は申し訳なく思いつつ、そんな姿のサトーを見てすっきりした。
なので、フォローも笑い混じりになる。
「まぁ、何とかなったんだろ?」
「六月分の予算を回した。六月は積極的な活動は控えることになるぞ」
「休暇じゃん。よかったな」
「事件に巻き込まれた場合、大がかりな補助は期待できないと思え」
「……まぁ、覚えておくよ」
そもそも、採石場にダメージを与えたのは紅蓮とネクロが原因だと思われる。
二人の尻拭いをサトーが、そのしわ寄せが俺にくるのは世の中間違ってる。
一気にテンションが下がり、だらけながら訊ねる。
「あのさ、真面目な話。ヒーロープロジェクトの終わりってあるのか?」
「具体的な目標値は設定されているらしいが、詳しくは知らん。まぁ、昌宏個人で言えば、あと数年もすれば見切られるだろう」
「……見切られるかぁ」
「そう言うな。俺は評価している」
「サトーの評価は嬉しくないんだよなー」
「失敬だな」
ふと、サトーの表情に影を感じた。
別に慰めようと思ったわけでもないが、つい口にしていた。
「俺は無理に続ける気はないけど、それまではよろしく」
「……ああ、昌宏を立派なヒーローにするのが俺の仕事だ」
「でさ、別れ際にピカッとかいう奴で記憶消されたりするの? 嫌なんだけど」
「ヒーローの遺伝が目的なのだから、そんなことにはならん。何だ、そのピカッとは?」
俺は笑いながら言った。
「何でもないよ、忘れてくれ」
+ + +
その帰り道に俺は嫌なものを目にした。
緑色の火の玉がゆらゆらと空を浮遊し、俺が見つけた途端、静止した。
うわぁ、と思いつつ、あの火の玉があるということは面と向かって話す必要はないということでもあり。
「ごきげんよう」
「うわぁ!?」
いつの間にか真後ろに立っていた人物から声をかけられ、俺は大声を出して飛び退いた。
まだ明るい時間帯の住宅街だからか、ネクロの服装は大人しめの黒のワンピースだった。
「……げ、元気みたいでよかったよ」
「私は調子を取り戻すのに一週間かかったのに、貴方は土日で復活したようね?」
「酷い怪我はなかったし、ヒーロー補正が働いたのかも……お前も怪我はさせてないはずだけど」
「背中は結構アレよ」
「それは自業自得だ」
ネクロは鋭い目つきを和らげて、少し上目遣いで自分の服に手をかけた。
「見る?」
「見るかっ!」
俺が即座に返すと、ネクロはふむ、と口元に手をあてる。
「……やっぱり、観察の結果、こういう攻め方なら勝てるわ」
「覗きかよ。何を見たら、そう思うんだよ」
「魔法少女との情事」
「ないっ! なかったっ!」
「あったらよかった?」
「よか……ないっ!」
紅蓮が毛嫌いするのもわかる、ネクロの性質の悪さ。
にやにやと面白そうな顔のネクロは、ひらひらと手を振った。
「おアツいのは嫌いって言ったでしょう?」
「そんなニュアンスで言ってなかっただろ」
「まぁ、負けた仕返しはこのくらいにしましょう。復活の準備を整えたことを伝えに来ただけだから」
そのことは既に余計なお世話になってしまっているが、止めるつもりはなかった。
紅蓮に暇を与えると怖いし、コヨミさんは喜びそうだし、青柳部長には迷惑かけるけど。
「俺はもうバケレンジャーではないから、関係ないぞ」
「ええ、弁えてるわ。だけど、バケレンジャーを倒したら、次は貴方よ」
バケレンジャーを心の底から応援しよう。
これからの彼らの活躍を大いに期待している。
そして、俺の祈りはバケレンジャーと同時に、ネクロにも言わなければならない。
「ネクロも頑張れよ」
「向こうがヒーローを続ける限り、私も楽しませてもらうわよ」
俺は真剣勝負に勝ったのに、何故だろう。
今回は茶番とか、予定調和という言葉がよく似合う。
しかし、俺自身は意外と茶番は嫌いじゃない。
余裕を持ってにやにやと楽しむことができるから。
「さて、俺は観客でいさせてもらうかな」
「あら、ヒーローは引退?」
「いいや、ヒーローは俺だけじゃないから」
「……はぁ、この世はヒーローが多すぎるわ」
根っこのところで、ヒーローも悪も同じような悩みを抱えているのかもしれない。
あの夜、ネクロが旧校舎にいたのは、ネヴァーへの反抗心だけだったとは思えない。
「あのさ」
「何かしら」
「……やっぱ、いいや」
あの夜なら聞けたのだろうけど、今は聞けなかった。
少し、察することができたような気がするから。
悪だから、絶対に仲良くはしない。悪じゃなくてもしないけど。
+ + +
紅蓮が自慢話を繰り広げた月曜日から一週間経って、再び月曜日。
これくらいの期間が空くと、部室には青柳部長と野々宮の姿しかない。
彼らはいるのかいないのか。青柳部長に聞けばいいけど、別に知る必要はないだろう。
「あの、パーツが上手くハマらないんですけど、ここで合ってます?」
「青柳部長に聞けよ」
「だって、知らないって言うんですよ」
「……あの人は。ったく、えっ、何でこんなでかいものが入らないんだよ」
「こうカチッという感触がないんです」
俺と野々宮は放任主義の部長のもと、パソコン部の活動に励んでいる。
正直、詳しくもない作業の手伝いを任されても困るのだが。
「あー、えーっと……」
「わかります?」
「ちょっと待て。FDドライブ……えっ、DVDじゃなくて、CDですらなくて!?」
「フロッピーって名前の可愛いカエルのキャラクターいそうですよね」
「今はその話はいい! 部長、これ何なんですかっ」
青柳部長は読書の手を止めて、顔を上げる。
「隣の部屋の一応動いた古いパソコンを分解しただけだよ。練習用に」
「……安上がりですね」
「そうだね、だから頑張って」
それだけ言うと、すぐに視線を本に落とした。
つまり、不要な部品も合わない部品もないということになる。
「もう無理やり入れてやる」
「そんな無理やりなんて」
少し会話に間が空いた。察してない。何も察してないぞ。
「……あっ、これ中の配線が邪魔してるだけだ」
「えっ、おぉ、凄いじゃないですか、新藤さん!」
「……凄いか?」
「……あはは」
そんな気まずい空気を打ち破るように、バリーンと音を立てて窓ガラスが破られる。
とっさに野々宮を守るように立ち上がったが、ふと気付くと窓なんて破られていない。
何が起こったというのか。俺は少しだけ予想がついている。
青柳部長もゆっくりとこちらに移動し、部屋を見回している。
そのとき。
「あら、何かあったのかしら?」
パソコン室の後方。壁にもたれるようにして立つのは、見覚えのあるゴシックドレス。
毎回、タイミングが絶妙な奴である。
細い腕を組み、不敵な笑みを浮かべて佇むネクロがそこにいた。
「ネクロ!? まさか、戻ってくるなんて」
「手ぶらで戻ってきたわけじゃないわ。まだ全員……来たわね」
俺より一歩前に出ていた青柳部長の隣にコヨミさんが現れ、二人の前に紅蓮が現れた。
俺と野々宮は完全にモブ。気楽なものである。
「てめぇ、のこのこと何しに来やがった!」
「紅蓮。貴方との決着はつけてなかったわね」
「だから、何でここに……」
「バカインフェルノだったかしら、楽しみだわ」
「バケインフェルノだ、馬鹿っ!」
うふふふふ、と鼻につく笑い方をわざとらしくしている。
そして、少しだけ真面目な表情を作り、自慢げに言った。
「ネヴァーの思想は肌に合わなかったから、新しい組織を立ち上げたのよ」
「何だと!?」
「その名もエンドレス。不殺を信条とし、催眠、洗脳、脅迫。まぁ、支配と操ることを趣味とした組織よ」
不殺なのに、ネヴァーよりも悪質に思えるのは気のせいではあるまい。
「でも、生き物の支配は不得意だから、霊魂の支配から始めるわ」
「そんなこと許すわけねぇだろ!」
「邪魔するつもりなら容赦はしない。それを言いに来たのよ、それじゃあ……」
ネクロは俺を一瞥して、すぐに紅蓮たちに視線を戻す。
これでもかというほど憎たらしくも愛らしい、極上の笑みとともに小さく口を開く。
「また、会いましょう?」
部屋の電灯が一斉に消えたが、数秒で復旧した。
ネクロは姿はなく、停電騒ぎになっていないところを見ると、この部屋だけの出来事だったらしい。
紅蓮は苛々しながら奇声を発し、やがて窓に足をかける。
「俺の変身ブレス、どうにかしてもらわねーと困るぞ!」
そう叫ぶと一直線に飛んでいった。
青柳部長は溜息をついて、力なく笑う。
「新藤君」
「すみませんでした」
余計な言葉は不要らしいので、素直に謝る。
コヨミさんが意外に自力で何とかしたので、余計なお世話がこうなってしまったのだ。
俺はネクロと共謀し、バケレンジャーの敵を作ることにした。
ヒーローのやることじゃないが、別に正義だけのヒーローというわけでもないし、いいだろう。
要はその行動がどれだけ多くの人を笑顔にするのか、だ。屁理屈だけど。
「昌宏君のお節介って、これ?」
「余計なお世話でしたか」
「……楽しそうだから、いいけどさぁ」
コヨミさんが嬉しそうで何よりです。
そういうわけで、幽霊戦隊バケレンジャーの戦いはまだまだ続きそうである。
紅蓮の変身ブレスがすぐに修理、交換されるかだけが心配だが、何とかなるだろう。
完全なる傍観者、あるいは視聴者と化した俺。
野々宮がとんとんと俺の肩を叩く。
「新藤さんも嬉しそうですね」
「まぁ、人助けになったかは微妙だけどな」
「悪の組織を復活させちゃいましたからね……」
野々宮は深刻そうに言うが、顔は少し笑っている。
「俺個人としては満足だから、結構すっきりしてる」
「無責任な視聴者ですね」
そうだよ、野々宮。
「結局、バケレンジャーの二期が見たかっただけなんだよな」




