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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
1. ヒーロー候補と魔法少女
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1.2 ヒーローミーツヒーロー

 五月一日の放課後。

 明日からゴールデンウィークということもあり、生徒全体が浮足立っているように思える。

 今晩から生産性のないヒーロー活動に勤しむ身としては、僻みっぽいが羨ましい。

 俺は昨夜の疲れが取れず、昼を過ぎてからは、こっくりこっくりと舟を漕ぎっぱなしだった。

 こんな調子でヒーローとしてやっていけるのだろうか。

 また、連休明けの中間テストもやっていけるのだろうか。不安は尽きない。


「ん?」


 誰かの視線を感じて振り返ったが、そこにはクラスメイトが数人いるだけだった。

 春に引っ越したばかりで知り合いはおらず、積極的に話しかけることもしなかったので、友人らしい友人もいない。

 小中学校時代にヒーローのせいで幾度となく友達との約束を反故にしてきたので、懲りているのだ。

 今回の引っ越しも学力や親の事情というより、人間関係の悪化によるところが大きい。

 居候先の祖母に迷惑をかけないように、高校の間はなるべく知り合いを作るのは控えたい。

 溜息が出る。なんて枯れたヒーロー、これは英雄視されない。


 生徒玄関で靴を履き替えているとき、また誰かに見られているような気がした。

 今回は露骨に振り返らず、そっと視線を周囲に巡らせる。

 やはり数名の生徒がいるだけで、不審な人物はいない。

 教室での視線と同じものだとすれば、クラスメイトが俺を見ているのだろうか。

 正直、話したこともない相手の顔を覚えているほど顔覚えはよくない。

 しかし、今もしれっとした顔で靴を履き替えている一人の女子生徒には見覚えがあった。


 昨日の記憶を頼りに公園まで足を延ばしてみた。

 少なくとも高校卒業まではこの町で活動するわけだし、この休みにでも散歩でもしよう。

 それより、俺の後方には一人の女子生徒が亀のような速度で歩いている。

 帰る方向が同じなのかな、なんて勘違いはしない。何故なら、彼女の顔を見るのは三度目。

 いや、昨晩を含めて四度目か。

 いい加減に付き合っているのも馬鹿らしいので、前触れもなく振り向いてみる。

 例の女子生徒がびくっと肩を震わせ、平静を装って歩いている。

 このまま見ていたらどうなるだろうと、俺は無言で佇む。

 女子生徒はのそのそと歩いていたが、とうとう俺を追い越し、数メートルして止まった。


「き、気付いてるなら、そう言って下さい!」

「……気付いてたよ」

「でしょうね!」


 はぁ、と深く息を吐いて、彼女は話しやすいように俺の目の前まで来る。


「あの、新藤さんですよね。何か悩みがあるんじゃないかと思って」

「その前に悪いけど、名前いいか?」

「野々宮です。野々宮千恵」


 俺の中で魔法少女のクラスメイトに名前が付いた。

 制服姿の野々宮を見ると、不思議なことに魔法少女姿の方が自然に思える。

 本人が小柄であるというだけでなく、入学して一ヶ月ということもあり、制服に着られている感が抜けていないのだろう。

 いつも話しているサトーはすらっと背が高いので、こういう目線で話すのは新鮮味がある。


「お悩みあるでしょう。夜眠れなかったりしませんか?」

「……まぁ、昨日というか、今日でもあるけど、夜は眠れなかったな」

「そうだと思ったんです。ほら、その、顔が優れない感じでしたし」

「……顔色じゃなくて?」

「あっ、すみませんっ! わざとじゃないんです!」


 正直、野々宮の話より、どうやって、いつ、魔法少女やヒーロープロジェクトのことを切り出すか悩んでいた。

 野々宮は昨晩のことに触れないように話そうとしてるせいで、やけにたどたどしい。

 こんな状態の野々宮にヒーロー云々などと話しては、余計に混乱させるだけではないだろうか。


「新藤さんが頼りなんです。今、悩んでませんか?」


 魔法少女事情はわからないが、見ていて痛ましいほどに必死だ。

 こうなったら一度はっきりさせた方が野々宮の負担も軽くなる、と信じるしかない。


「その、なんだ……」


 俺が模範的なへたれっぷりを露呈していると、遠くから、いや、すぐそばまで声が迫る。

 サトーが無駄に爽やかな表情で、大声、大股で近づいてきていた。


「昌宏! 言っていた魔法少女の情報が揃ったぞ。野々宮千恵と言ってだな」

「サトー!? 待て、今は待てっ。野々宮さんが魔法少女だってことはわかってる!」

「え……えっ!?」


 野々宮の声に反応する間もなく、サトーが口を挟む。


「ん、そうなのか? おお、本人がいるのだな。では、魔法少女も交えて話すことがある」

「違うんだってば、まだお互いにヒーローとか魔法少女について話してないんだ!」

「ちょっと、あの、えっ?」


   + + +


 場の混乱が落ち着いた頃、野々宮が焦るような声で訊ねる。


「どうして、私が魔法少女だってわかったんですか?」

「変身前後で顔が同じなのにバレないなどという脇役向けのお約束、ヒーロー候補の昌宏には通用せんぞ」


 サトーが偉そうに答えたが、俺もそんな理由があったとは知らなかったので勉強になった。

 野々宮は納得できないと言うように俺を見る。深い意味もなく頷いてやると、幾分かすっきりしたようだ。肯定は人を育てる。


「新藤さんはヒーローなんですよね、どのような感じで?」

「いや、候補ってか……俺は魔法少女の方が興味あるんだけど」

「ええっと、魔法を使った人助けをしてるだけで、特別なことは何も……」

「俺はヒーロープロジェクトに従ってるだけで、ヒーローらしいことなんて何も……」


 野々宮の身の上話に興味はあるが、俺の話を始めると長くなりそうだ。野々宮も少なからず、同じところがあるのだろう。口が重い。

 だからと言って、このまま仲良く探り合っていても話が先に進まない。

 そんな空気を察知したのか、あるいは気付いてすらいないのか。サトーが痺れを切らしたように声を張る。


「そういう話は後にして、まずは事態解決が先だろう」

「それは野々宮さんがいるから、すぐ終わるな」

「……今度こそ、わかるように説明してくれます?」


 疎外感を主張する目で俺を見る野々宮。俺もそこまで理解してないのに、理不尽な。


「この町に非常識存在が現れたんで、ヒーロー候補の俺がどうにかすることになったんだ」

「……あっ、その非常識存在というのが私のことですか」

「そういうこと。だけど、危険性がなければサトーがそう報告して終わり、だよな?」


 今回の事件は魔法少女なんてものがいたというだけで、何事もなく終わる。

 そう思っていたが、そう思った時点でそんなことがあるのかという不安もあったわけで。

 そこにサトーの渋い顔が加わると、言うまでもなく、これで終わるわけがなかった。


「魔法少女、確認したいことがあるのだが」

「え、えぇ、何でしょうか?」

「君は今年の春にこの町へ引っ越してきて、高校に入学しているようだな」


 野々宮は俺の方を見て、この人は何なのかと表情で訴えてきた。

 俺は爽やかな笑顔で頷く。無論、俺は何も考えずに頷いているだけだ。

 それにしても、野々宮も俺と同じく引っ越したばかりだったらしい。


「はい、親の都合で。卒業後に引っ越して、普通に入学したので、転校生ってわけじゃないです」

「三月中旬に越してきた後、魔法少女に変身したことは? 昨日が初めてか?」

「色々ありましたし、忙しかったんですけど。引っ越してから変身したのは一週間くらい前、かな」

「ううむ……」


 サトーはそれを聞くと、苦々しげに目を細めた。


「昌宏。俺が常識エラーを感知したのは昨日だ。彼女は非常識存在ではない」

「いや、非常識だろ、魔法少女だぞ」

「昨日の反応は彼女ではないということだ。彼女の反応は……むむ、誤差と間違うほどに小さい。よって、見逃していたようだ」


 魔法少女が正体不明の非常識存在以下とは、この世の常識非常識の基準がわからない。

 野々宮はしゅんとしている。小さいと言われたのが悲しかったのか、話自体が理解できなくなってきたのか。


「大丈夫、野々宮さん?」

「ああ、はい。色んな事を聞きすぎて、混乱してるだけです」

「だろうな。別に何かがいるみたいだし、後のことは俺たちに任せてくれ」


 連休のうちに事態を収拾できれば、学校生活にも影響はない。

 野々宮に俺の事情がバレたが、相手も魔法少女だし、その辺のことはわかっているだろうが、一応。


「わかってると思うけど、俺の正体やサトーのことは秘密に……」

「待って下さいっ!」

「お、おぉ、何?」


 お決まりの台詞に割り込んで、野々宮が必死な態度で叫ぶ。


「私にも協力させて下さい。それも人助けですよね?」

「……管轄が違うんじゃないか、魔法少女とは」

「お願いします!」


 妙に低姿勢というか、人を助ける側がお願いしているのは間違っている気がする。

 さて、一応ヒーローだとはいえ、頼まれたことすべてを快諾できるとは限らない。

 今回の非常識存在に危険性があったとき、野々宮に被害が及ぶことはないだろうか。

 サトーは自衛できる、というか底が知れないので、俺よりも強い気がする。

 野々宮の魔法は一度見ただけなのでよくわからないし、基本的に俺自体がそんない強くない。


「……でもなぁ」


 この呟きは野々宮への否定ではなく、俺の個人的感情への未練。

 野々宮のような事情をわかっている人と知り合うというのは初めてで、話しているだけで結構楽しい。

 小学時代に捨てるはめになり、中学時代に諦めてしまった人間関係というものを、少しだけ取り戻せるかもしれない。

 そんな自分勝手な理由で、野々宮をヒーロー活動に巻き込めない。それでは野々宮が魔法少女だから友達になると言ってるようなものだ。


「あの、新藤さん」


 悩んでいる俺に野々宮が優しく声をかける。


「このお願いは魔法少女の義務とかじゃなくて、自分勝手なところが大きいんです。だからこそ、譲れません」


 魔法少女に思考を読む能力なんてないよな、と内心ひやひやしつつ、俺は深く考えないことに決めた。


「俺に決定権があるわけじゃないし、いいよな、サトー」

「ああ、むしろ歓迎しよう。昌宏はヒーロー故に孤独でな。友人になってくれると嬉しい」

「保護者かよ」


 事件解決は遠のいてしまったが、魔法少女と協力関係になった。

 実は少し、わくわくしている。俺が未熟だからこそ、本物の魔法少女に感動しているのかもしれない。


「これからどうします?」

「あー、そっか。非常識存在を見つけるところからやり直さないと」


 今晩も外出だろうかと考えていると、サトーが提案する。


「調査だけなら日中でもよかろう。夜に動くより時間的余裕もある」

「明日から連休だし、野々宮さんがいいなら、俺はそれでいいけど」

「はい、大丈夫ですよ」


 話がまとまり、本日はここで解散となった。

 別れ際に野々宮と連絡先を交換し、野々宮は魔法少女のときと同じく、徒歩で去っていった。

 サトーと二人。つい先日まで当然だったというのに、やけに寂しい。


「……うん、野々宮さんと話せてよかった」

「彼女について、言っておくことがある」

「今更、協力は規則違反だとか言うんじゃないだろうな?」


「魔法少女にしては常識に呑まれすぎている。反応の小ささから見ても――彼女の存在は長くないかもしれない」

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