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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
2. ヒーロー候補と幽霊戦隊バケレンジャー
18/100

2.10 Epic 天使のくれたヒーロータイム

 目の前が炎に焼き尽くされ、目が乾く。

 まぶたを閉じれば、自然と野々宮に助けを求めていた。

 今、凄いピンチなんだ。助けてくれよ。大声でありがとうって言うからさ。


 ――視界が紅に染まる。




「大丈夫ですか、新藤さん?」

「……野々宮っ!?」


 気付けば切り出された岩壁の上にいて、目に飛び込んできたのは紅に染まる夕陽だった。

 下の方で爆音が響き、クレーターのような穴と、困惑するネクロが見えた。


「どうして、ここに」

「助けに来たに決まってるでしょう! 急に火の玉がいなくなったんですよ」


 ネクロが巨大な火の玉を形成したため、余分な労力を割けなくなったのだろう。

 野々宮はステッキの両端を持ち、疲れたような声を出す。


「急いで新藤さんのところへ、と魔法を使ったら、ステッキが凄い勢いで飛んで」

「魔法少女っぽいじゃないか」

「ほとんどロケットみたいなもんでしたよ……」

「本当に助かった。ありがとな」


 意識せずに言ったありがとうだったが、俺もすぐに気付いた。

 野々宮も同じだったようで、はは、と疲労を隠さずに笑った。


「九十二個目です、ね」

「……結局、俺以外に集まってないのか」


 落胆している暇はない。

 ネクロが俺の姿を見失っている今が仕掛けるチャンスだ。

 俺は飛び降りようと崖に近づき、目測だけで高さをイメージする。


「行ける、か」

「え、えっ、大丈夫ですかっ? 私の空飛ぶステッキ貸します?」

「ロケットステッキは要らん。それに高いところから降りるだけなら、確実なヒーロー補正のかけ方がある」

「えっ、本当に?」


 ネクロの視界に入らないよう、タイミングを見計らって飛んだ。


「とうっ!」


 俺の大声にネクロが気付いた。見計らったタイミングが台無しだった。

 野々宮が焦ったように叫ぶ。


「それが確実な補正のかけ方ですかぁっ!?」


 色々と失敗したが、着地は成功した。

 飛び降りるときのかけ声が「とうっ!」であれば、学校の屋上くらいなら軽々と着地できる。

 ただ、相手に気付かれたくないときには向かない手段だ。


「まさか、これでも生き延びるなんて……貴方、実は死んでるんじゃないの?」

「俺を殺して確かめたらどうだ」

「たいした自信だけど、得意技は回避だけじゃないっ!」


 ネクロが火の玉を呼び出したそばから、俺に向かって放つ。

 レーザー攻撃ではなく、火の玉の体当たり。数もそれほど多いわけではない。

 トドメの一撃を思い切りスカしたことで、ネクロもだいぶ力を使い果たしているようだ。

 勝機を掴んだ。


「くっ、調子に乗るんじゃないわよっ!」

「熱っ」


 掴んだと思った勝機が離れていく。

 レーザーよりマシだと思っていた火の玉は、軌道が読みづらい。

 更に、かするだけで熱が襲いかかり、身体が勝手に反応して怯んでしまう。

 ここに来て、単純な火の強さを知ることになった。


「幾ら速く動こうと、幾ら強く殴れようと、生身で勝てる相手と勝てない相手がいるものよ」


 ネクロがだいぶ余裕を取り戻し、ふふん、と笑みを浮かべている。

 俺はあちこちが焦げ臭く、節々が痛い。劣勢だった。


「紅蓮は生身じゃないから私に勝てなかったけど。貴方は生身だから私に勝てない」


 ネクロに容赦なく腹を蹴られ、地面に倒れ込む。

 観客席に野々宮がいると思うと、情けない格好である。


「まぁ、そこそこ楽しめたから、焼き加減はレアにしといてあげる」


 無事とはいかないまでも、命は助かるかもしれない。

 しかし、俺に次があっても意味がない。バケレンジャーは最終回だ。

 ここで決めなければ、俺が勝たなければ、この茶番劇は成立しない。

 茶番じゃ駄目だった。俺も本番に臨まなければ駄目なんだ。

 バケレンジャーの脇役のつもりで気楽に構えていたけど、それでは勝てない。

 俺も彼らと同じように、これが最後の戦いだという覚悟で。


「俺も、同じように、っ……」


 背中を踏みつけられる。散々だ。


「楽しかったわ、バケシルバー。いいえ、ただの名無しのヒーローさん」

「待ちなさいっ!」


 上から声が聞こえた。

 顔を上げたいが、今上げたらネクロに顔を蹴りつけられるに違いない。

 それでも、それがコヨミさんの声であることはわかった。


「バケイエロー……飛べたの?」

「当たり前よ、幽霊なんだからっ! 昌宏君、これをっ!」


 何かが上空から落ちてくる。

 コヨミさんの登場で油断していたネクロから何とか逃れ、それを掴む。


「――変身ブレス」


 そうか、バケレンジャーの一員になれば、俺も最終回だ。勝たねばならない。

 本来ならば参加なんてできないだろうけど、冗談めいた布石は打ってある。

 この演出がヒーロー補正の賜物ならば、俺はありがたく演じよう。

 ヒーローを五年もやってきたんだ。たまには俺にも変身させろ。


「まさか、使えるわけが……」


 ネクロは手を出すべきか戸惑っていたが、決心したように右手を上げる。

 赤い火の玉が出現し、ネクロは困惑した様子で呟く。


「ったく、ヒーローってのは土壇場になると、どいつもこいつも……っ!?」


 ネクロはサッと身を引いて、右手を狙って飛来した棒状の何かを避ける。

 さっきまで立っていた場所に目を向けると、ステッキが地面に突き刺さっていた。

 野々宮の援護だろう。

 ここまでされたら、ネクロも手出しはできまい。

 環境が整いすぎている。ヒーロー補正は全開だ。


「ヒーローの変身が邪魔されるわけがないんだ――変身ッ!」


 ギュインギュインと音が鳴り、銀色の光が全身を包む。

 フルフェイスのヒーローマスクが装着されるが、視界はクリアだ。

 着心地抜群。機能性に問題なし。何より。


「バケシルバーだ、格好いいだろ」


 ネクロに問いかけたが、信じられないといった目で俺を見ている。


「……本当にこうなるなんて、なんてことなの、こんなのって」

「さぁ、どうする。初登場の追加戦士は最強だぞ?」

「ここで初めてを経験させてあげるわ!」


 ネクロの火の玉が俺を襲う。

 投げるようなモーションで、両手からしか出せなくなっている。

 たった二つの火の玉で、今の俺が止められるものか。

 真正面から火の玉を手で払う。そんなに熱くない。

 ネクロの顔が驚愕に染まり、俺はネクロの両腕を掴むと、背中に持っていって固める。


「くっ、離しなさいっ!」

「俺の勝ちだ、ネクロ」

「何処がっ!」


 後ろ手に縛られているネクロの手から熱を感じる。

 今度は生身ではなくスーツだ。離してやるものかと、強く押さえつける。

 しかし、ネクロはにやりと笑った。


 ボン。


 と、小規模な爆発が俺の腕とネクロの背中を吹き飛ばす。

 流石にこれはノーダメージというわけもなく、腕に衝撃が伝わる。

 痛みに歯を食いしばり、手を握って、開いて、何とか動くことを確かめる。

 ネクロの方は自分の起こした爆発でふらふらだった。


「お前、台本無視か!?」

「なら……負けを、認めさせて、みなさいっ」

「諦め悪いぞ、お前。ヒーローの方が向いてるな」

「馬鹿も、休み、休み……言わせなさいよぉ……」


 駄目だ。もうこの劇は閉幕だ。カーテンコールも無理だ。

 俺はネクロに歩いて近づき、あまり力が入らない拳を固める。


「殴るぞ」


 ネクロは笑みを絶やさない。


「殴れば?」

「……やっぱり、お前は悪の幹部には向いてないよ」


 ふらつくネクロの肩を押すと、操り人形の糸が切れたかのようにネクロは地に伏した。

 俺は盛大に溜息をついて、変身を解除した。

 コヨミさんが恐る恐る地上へと降りてきて、俺に駆け寄る。


「大丈夫っ!?」

「もうすぐ倒れますんで、最終決戦が終わって無事だったら、起こして下さい」


 俺はコヨミさんに変身ブレスを返し、その場に仰向けになった。

 夕焼け空をバックに、コヨミさんの微笑む顔が見れた。


「トドメも刺さないで、優しいヒーローなのね」

「いや、ネクロは一発殴っても良心痛まないですね。だから、これはそういうことじゃないんです」

「どういうこと?」

「俺はいいから、早く行って下さい。最終回ですよ」


 コヨミさんは慌てて浮き上がる。

 そして、地面に刺さったままのステッキに目をつけた。


「これ貸して。早く行かなきゃ」

「野々宮に聞いて……ああ、見えない、崖の上にいます?」

「いないなぁ……ごめん、ちゃんと返すから!」


 コヨミさんがステッキを引き抜くと、ステッキは空を裂くように飛び、コヨミさんを連れていった。

 あれはバケレンジャーの方向に飛べているのだろうか、と疑問が湧く。

 意外と意識失わないな、と空を見ていると、野々宮の声を駆けてくる足音がする。


「新藤さーん!」

「おー」


 腕を上げて答えたつもりだったが、ぴくりともしなかった。

 野々宮は膝に手を乗せてかがみ、俺の顔を覗き込む。


「い、生きてます?」

「死んでるように見えるか?」

「見えます」

「じゃあ、大丈夫だ。死んだ奴は見えない」


 野々宮が柔らかい笑みを零し、仰向けの俺は顔もそらせずに直に浴びる。

 採石場のフレームに夕焼けのオレンジ。地表から見上げた大パノラマに、野々宮の笑顔が重なる。


 可愛かった。カメラ持ってくればよかった。

 野々宮を好ましく思っているのは認めざるを得ない。

 それがヒーロー仲間だから、とか。唯一の友人だから、などと誤魔化すつもりもない。

 きっと、恋愛感情に近い。小学生並でストップしたままの、青い恋愛観だけど。

 でも、それを口にして野々宮に引かれるのは嫌なので、今は黙っておこう。

 借り物の変身ブレスではなく、本物のヒーローになれたなら、言ってもいいだろうか。


「バケレンジャーの皆さん、大丈夫でしょうか……?」


 野々宮がふと、遠い空を見つめる。

 あちらで戦いの音がするのかもしれないが、よく聞こえなかった。

 まぶたが重い。


「俺はバケレンジャーの最終回をこれ以上、邪魔したくない」

「で、でも……」

「俺たちのサイドストーリーはここまでだ。あっちはあっちでやってるだろ」

「勝てますか?」


 勝てると断言するつもりだが、野々宮のヒーローの見方は正しいかもしれない。

 俺のようにメタ的な勝利の予測ではない。

 信じているから勝てるはず。だけど、心配。という、純粋な視聴スタイル。

 俺が子供だった頃、俺は最終回の勝敗をわかって見ていただろうか。覚えてはいない。

 今は少しだけ世の中がわかり、最終回で負けるヒーローはそうそういないことを知っている。


 同じことだ。

 それが信じる、という根拠のない理由でも。最終回だから、という根拠ばかりの理由でも。

 今も昔も未来でも、俺がヒーローの勝利を疑うことはないだろう。


「コヨミさんが合流すればバケレンジャーが揃う。揃ったら勝つんだよ、ヒーローは」


 そういうものだし、そう信じてる。

 俺はバケレンジャーの勝利を信じ、目を閉じた。

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