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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
2. ヒーロー候補と幽霊戦隊バケレンジャー
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2.9 紅蓮ヘンシン

 バケレンジャーと距離を取るための移動が、いつの間にか逃走になっていた。

 何処へ行こうと空の下である採石場。

 まだ夕陽も沈みきっておらず、相手の位置が把握しやすい。

 夜の旧校舎とは比べ物にならないほど、不利な地形。


「貴方、逃げてばかりだけど、本気で戦う気あるの?」

「本気だから逃げてるんだ!」


 俺が口答えをするたびに、足元を狙ったレーザーが地面を削る。

 ネクロ自身が本気で勝ちに来いといったくせに、奴は余裕の面持ちで遊びに耽っている。

 ただ、楽しそうな表情とは裏腹に、ネクロは大量の火の玉を操り、俺とサトーたちを分断している。

 戦力としてあてにしているわけではないが、抜かりのないネクロの行動に舌を巻く。


「……そろそろ、終わりね」


 ネクロの位置を見失わないように逃げていた俺の背後に、切り立った石壁が迫る。

 単に逃げるだけでは追いつめられるだけだ。

 時間稼ぎに何か言わなければ。


「これでお前の火の玉に囲まれることはないな」

「負け惜しみの常套句だわ」


 ネクロが退屈そうに目を細める。

 考えてみれば時間を稼いだところで何があるというのか。

 俺のヒーロー補正は多少なりともかかっているようだが、爆発的な力は感じない。

 サトーも野々宮も姿は見えず、バケレンジャーの助けは期待してはいけない。

 逆転劇の演出は未だ思いつかない。上演中だぞ、どうする気だ。


「仕方ない……」


 石ころを拾い、上空の火の玉めがけて投げる。

 一瞬、乱れて消えかかるが、ネクロが面倒くさそうに指を鳴らすと、再び着火されたように炎の形状を取り戻す。

 ネクロは溜息混じりに火の玉を見上げて呟く。


「負け惜しみに悪あがき。期待したほどじゃ――っ!?」


 宙に気を取られていたネクロに、低い姿勢で駆け寄る。

 服を引っ掴んで倒そうとしたが、乱暴に繰り出された足が肩に当たった。

 痛みを抑えつつ、ネクロの後方へと回る。

 倒れないまでも足をふらつかせているネクロの隙をついて、再度、背中から押し倒す。


「このっ!」


 ネクロが倒れながら腕を振り下ろす。

 痛いことは痛いが、細腕で殴られる程度、我慢できない痛みではない。

 しかし、熱気を感じて空を見ると、火の玉が一斉に俺を目がけて落ちてきていた。


「なっ!?」


 ネクロを押さえつけておけば、俺ごとネクロを焼き尽くせただろう。

 だが、そんなの勝利でも敗北でもなく、相打ちである。

 悔やみながらも後ろへ飛び退き、ネクロもその場を離れる。

 先程まで俺たちが転がっていたところへ、火の玉がこれでもかと降り注いだ。

 酷い攻防を終えて、息が整った俺は抗議した。


「ネクロっ! 卑怯だろ、捨て身なんて!」

「黙りなさいっ! 女の子に乱暴だとは思わないの?」

「あれでも気遣ったんだ! 次は殴るぞ!」

「手加減は終わりよ。貴方は私に触れることすら許されない!」


 下手に手を出せばこうなることは予想できた。

 だから、攻撃力に乏しい俺は必死に逃げていたというのに。

 そして、防御力にも乏しい。

 ネクロは怒りで見境なく火の玉を集合させ、巨大な炎弾を形成した。

 俺一人を丸ごと焼き尽くすには十分な大きさであり、避けられるような代物ではない。


「……火葬は怖いな」

「灰が残ってたら埋めてあげるわ」


 轟々と火の粉を散らしながら、巨大な火の玉が迫る。

 俺の中のヒーローはまだ目覚めない。

 ネクロとの約束は果たされないだろう。バケレンジャーは勝つだろう。

 コヨミさんの期待を裏切ることになるが、最低限、世界平和は守られるわけだ。

 あと心残りと言えば、この世界には関係ないところで困っている魔法少女。


 目の前が炎に焼き尽くされ、目が乾く。

 まぶたを閉じれば、自然と野々宮に助けを求めていた。

 今、凄いピンチなんだ。助けてくれよ。大声でありがとうって言うからさ。


 ――視界が紅に染まる。


   + + +


 一方、バケレンジャーとネヴァーの戦いは拮抗していた。

 バケレンジャーのコンビネーションは素晴らしく、ネヴァーを圧倒している。

 特に紅蓮の攻撃は鬼気迫るものがあり、一人でネヴァーを討つ勢いだ。

 しかし、ネヴァーの身につける装備が禍々しい気を放ち、彼らの勢いを殺す。


「この剣は四の魂で鍛えられておる」


 ネヴァーが真紅の大剣を振るうと、悲鳴のような風切り音が耳をつんざく。


「この鎧は十三の魂で造られておる」


 紅蓮がネヴァーに拳を叩きつけるたび、鎧の纏う邪気が力を鈍らせる。


「この体は百八の魂を喰らっておる」


 ネヴァーは過去の戦いを大きく上回る動きを見せていた。

 数多の欲望を噛み砕かずに呑み込んだ果てが、あの悪魔のような風貌だった。

 そして、これらの装備こそがネクロの主義に反した、ネクロの置き土産であった。

 負の霊魂を言うことなど聞けるはずもない無機物に封じ込めた作品。支配欲は満たされないだろう。


「あのアマぁ……最後まで面倒くせぇことしやがる」


 最前線で積極的に戦い続けた紅蓮は一番ぼろぼろになっていたが、それでも一番前にいた。

 青柳とコヨミは何とか立っているといった様子で、変身も解除されてしまっている。

 ここまでは拮抗していたお互いの戦力だが、長引けば長引くほど、紅蓮の力は削られていくだろう。

 紅蓮は攻めあぐねている戦況に苛立ちながらも、後方の二人に叫ぶ。


「おい、生きてるか!?」

「何とかね」

「私は死んでる」


 戦隊と言いつつ、まともに戦えるのは紅蓮しかいない。

 その紅蓮が通用しない相手となれば、ネクロとの初戦と同じ結末を辿るだろう。

 敗北。そして、もはや見逃してくれるような段階の戦いではない。


「ネヴァーの攻撃は大振りで、紅蓮も致命傷はない。問題はこちらのダメージが届いてないってところだ」


 青柳が苦し紛れの分析を口にする。

 紅蓮も感覚的には理解しており、その助言は何の役にも立たない。

 コヨミも黙ってはいられず、否定されることを承知で呟く。


「オオバケブラスターなら……」


 三人の変身ブレスを同調させると取り出すことができる最終兵器のことである。

 一秒間に八発のエネルギー光弾を叩きこむ強力な武器だが、射程が短く、チャージに数秒かかる。


「確実に当たる状況でなければ、隙を作るだけだ」


 青柳は目を伏せながら、コヨミの意見を却下する。

 申し訳なさそうな顔で俯いたのは、代案もなければ妙案もないからだった。

 紅蓮は頭をかきむしり、変身を解除した。


「ちっ、こっちの方がマシに戦えるんじゃねぇか?」

「スーツなしだと、致命傷じゃ済まなくなるよ」


 紅蓮は腹立たしげに舌打ちし、ギシギシと軋むほど変身ブレスを握り締めた。


「敵を思う存分殴れないのに、何がバケレッドだっ!」


 紅蓮が怒りを爆発させる。

 それと同時に少し離れたところで大きな爆発音がした。

 全員が顔を向け、尋常ではない黒煙が巻き上がっているのを目にする。


「ふん、ネクロは終わったようだな。そろそろ、こちらも終焉を迎えようではないか」


 ネヴァーが嫌味ったらしく紅蓮たちを挑発し、剣を構えなおした。

 爆発音を目と耳で確かめたことで、青柳は昌宏の安否を気にかけていた。

 しかし、コヨミは何かを考える前に、思わず駆け出していた。


「おい、コヨミ!」


 紅蓮が怒鳴るが、コヨミは真剣な顔で振り向いた。


「ごめんっ、色々あるんだけど……私、ヒーローになってくる。ここ、頼んだ!」

「はぁ!?」

「すぐに戻るから、それまで持ちこたえて! 絶対に勝てるから!」


 あまりに勝手な言い分で戦線を離れるコヨミを、紅蓮は引きとめようとした。

 だが、驚いて身体が動かなかった。

 コヨミが一歩、二歩と足を踏み出すたび、コヨミの羽根が羽ばたき、加速しながら空を駆けていく。

 紅蓮はぽかんと口を開けたまま、青柳に言った。


「あいつ、飛んだぞ」

「……う、うん」


 ネヴァーもバケレンジャーの一人が戦線離脱することは予想外だったらしく、困惑を隠せない様子だ。


「愚かだ……あまりにも愚かで、馬鹿にする言葉もない……」


 うろたえるネヴァーを見て、紅蓮はおかしさが堪えられなかった。

 そして、妙にすっきりした気持ちだった。


「上等じゃねぇか。コヨミはヒーローになって戻ってくるってよ」

「貴様の仲間はネクロに新たな雑務を与えたに過ぎん」

「あのヒーローのガキを助けに行っただけに決まってんだろォ? すぐに戻るって言ってたじゃねーか」

「ならば、貴様らの躯を揃えて待つとしよう」

「はっ、コヨミが戻ったとき、転がってんのはてめぇの方だ」


 紅蓮は変身ブレスのある右腕を天に突き出す。

 先程、握り締めたときの影響だろうか。変身ブレスがバチバチと音を立てている。


「紅蓮、ブレスが!」

「ああ、いい具合にイカれてやがる。どうせ最後だ、使い潰してやらァ!」


 バチバチと紅蓮の魂が燃え上がる。


「――変身ッ!」


 紅蓮の身体が紅い光に包まれる。

 それは通常の淡い輝きではなく、地獄から湧き上がるような灼熱の光。


「……こりゃあ、いい」


 まだ輝きが収まらないうちに紅蓮がネヴァーに殴りかかる。

 ネヴァーはこれまでのように鎧で拳を受け止め、仕留めようと大剣を振り上げる。

 だが、漆黒の鎧がぼこんと間抜けな音を立ててへこむ。


「ぐっ! な、何だと……!?」


 苦しむネヴァーを確認すると、一旦、青柳のもとへと戻る。

 青柳は驚き、呆れ、笑っていた。


「凄いね、それ」

「カッチョイイだろ――バケインフェルノ、でどうだ」


 角が生えたように刺々しい頭部のマスク。スーツも赤とオレンジが入り混じり、派手なデザインに変化している。

 姿だけではない。動きも軽くなり、パンチの威力も増している。

 否、増したのではない。取り戻したのだ。地獄の狂犬、本来の力を。

 それはヒーローと呼ぶには禍々しく、鬼としか言いようがない外見である。


「……赤鬼だね」

「おう、泣かねーぞ」


 不敵に笑う赤鬼だ。

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