2.8 演じろ! 正義が必ず勝つハナシ
中学校旧校舎での戦いを終えて、翌日の木曜日。
部活動は休みだったので、野々宮とともにサトーの自宅へと向かう。
サトーには連絡済み。怒られ済み。そして、サトーはある程度の準備を済ませていた。
細部を詰め、練りに練ったバケレンジャー存続をかけた脚本が完成。
問題があるとすれば。
「サトー。ここの『昌宏とネクロの戦い(アドリブ)』って書き直してくれよ」
「どう表記しようと実行することは同じだろう」
「せめて、表記だけでも柔らかくしてくれよ……」
「わかった。『昌宏とネクロの戦い(あどりぶっ!)』っと、これでいいな」
何一ついいことなどないが、サトーの言うとおり、やることは決まっている。
バケレンジャーはネヴァーと戦い、俺はネクロと戦う。
簡単に言えば、それだけだ。
俺が勝利すれば、あとはネクロが上手くやってくれるはずだ。
だから、それが一番の問題。
「勝てる気がしない」
「新藤さんがその調子では、ヒーロー補正どころじゃないですよ」
野々宮はそう言って呆れるが、野々宮だって難しい顔をしている。
こういう作戦会議は初参加であり、案を出そうとしてはいるが、何も出せていない。
俺はサトーに話を振る。
「サトーは何かあるのか?」
「うむ、ネクロとの戦いは厳しいものになるだろう。段取りを決めた戦いは試合のようなものだ。ヒーローが負けることも有り得る」
「それは困る」
「その場合、ヒーローは修行をしなければならない」
「待て、修行ルートに進むつもりはないっ。ここで決めなきゃ意味がないんだぞ」
サトーは目を細めて腕を組む。
そして、いきなり立ち上がると地図を取り出した。
「決戦の場所はこちらで設定させてもらおう。ここに使われていない採石場がある」
「……それが何か?」
「最終回に相応しい戦場だろう!」
俺は地図を眺め、顔をしかめる。
「遠いぞ。それに広い場所はネクロが有利だ」
「車を出してやろう。そして、ここ以外に勝利の可能性はない」
「本当かよ。調べたら、もっといい場所あるんじゃないのか……」
不安げな顔で野々宮に意見を求めると、野々宮も同じような顔をしていた。
「使われていない採石場なんて、本当にあるんですね……」
「日本で石掘るより、海外で掘った方が安いんじゃないのか?」
「撮影用だったらどうします?」
「……やめろよ、本物のヒーロー来たらどうするんだよ」
「本物のヒーローは昌宏やバケレンジャーではないか?」
「サトーは黙っててくれ」
そして、俺とネクロの戦いをあやふやにしたまま、明日の作戦内容が決まった。
ある意味、台本とも言えるだろう。
「さて、これをネクロにどう伝えようか?」
「その必要はないわ」
反射的に声のした方向に身体を向けると、火の玉がふよふよと浮かんでいた。
サトーは苦い顔をしている。自宅に火の気があるのは嫌だろうな。
その火の玉は緑色で、ネクロの声を伝えていた。
「私はネヴァーのところに戻る。明日、その場所で待っているわ」
火の玉が消えかかる。
俺は慌てて言った。
「俺は負けないからなっ!」
「……アツいのは嫌い」
しゅん、と火の玉が消える。
ふと気付くと、野々宮は俺のことを驚いた目で見ていた。
「さっきまで弱気だったのに、凄いですねっ」
「とっさの一言だったから、余計なこと言えなかっただけだ」
「これで大体の準備は終わったはずだ。明日の放課後、高校の裏側に車を回しておく」
青柳部長に、あと紅蓮とコヨミさんにも説明して、決戦に挑む。
学校帰りに戦隊ヒーローと一緒に最終決戦とは、ハードスケジュールにもほどがある。
溜息が出そうになるのを堪え、気合を入れる。
「よし、決戦は――」
「――金曜日、ですねっ」
別にそういう答えを期待したわけではないけど、ドヤ顔の野々宮が面白いからいいか。
+ + +
金曜日の放課後。
パソコン室に入るなり、中にいた青柳部長に話を切り出す。
「これからネヴァーとの決戦に向かいましょう!」
苦笑いで状況を把握しようとする青柳部長を無視するように、横から声がする。
「よし来たっ! 何処に行くんだ?」
「ちょっと、紅蓮。まずは話を聞いてから……」
俺も紅蓮の食いつきが凄まじくて身を引いた。
コヨミさんも姿を現してはいるが、少し離れたところでぽつんと立っている。
心配そうな顔は、何を話すつもりで、何をするつもりなのかということだろう。
「裏に車を回してるので、話はその中でもいいですよ」
「新藤君。そういう閉鎖状況で大事な話をするのはずるいよ?」
「うるせぇ、ネヴァーも運転手も待たせちゃ悪いだろーがっ!」
「……せめて、簡単に話してくれない?」
俺はネクロと遭遇し、バケレンジャーを呼び出せと言われた。
ここで俺と野々宮がバケレンジャーに同行し、ネクロと戦うことで、紅蓮たちは邪魔されずにネヴァーと戦える。
という様々な方面に配慮した作戦を告げる。
紅蓮はそわそわとしていたが、乗り気でない青柳部長とコヨミさんを見て、何故かコヨミさんに突っかかる。
「なぁ、俺たちは勝てると思うか?」
その質問がどういう経緯で出されたのかはわからないが、コヨミさんは少し迷い、淀みなく答えた。
「うん、だって、ヒーローだからね」
「そうか……じゃあ、決まりだな!」
青柳部長はやれやれとばかりに立ち上がる。
本日のパソコン部はこれにて終了。
部屋を片付け、出ようとするときに紅蓮が俺に話しかける。
「お前も勝てるか、ネクロに」
「勝ちますよ。それが今回の肝なので」
「馬鹿。俺たちがメインに決まってるだろ。ネヴァーを倒したら、助けに行ってやる」
「……わかりました。それなら俺が先に勝ったら、そっちを助けに」
「はっ、絶対いらねぇ」
口は悪いが、終始笑顔である。
何だかわかってるようなわかってないような紅蓮の顔は、ヒーローだった。
+ + +
決戦のバトルフィールドへ向かう車中。
緊張からか、誰も口を開くことはなかった。
紅蓮に至っては車外を飛んでついてきている。
飛べないコヨミさんは大人しく後部座席に座っている。幽霊の位置固定ってどういう法則なのだろう。
コヨミさんは先程からちらちらと視線を俺に送り、何がどうなったのか気になる様子だ。
サトーや野々宮、青柳部長がいるので大っぴらに話すことができないのだろう。
俺には自信満々の表情を作ることしかできない。内心はネクロに勝てるかどうかで震えている。
コヨミさんは俺がネクロと戦うと思っているのだろうが、その点に関してはその通りとしか言いようがない。
よくよく考えてみると、茶番というわりには真剣勝負の占める割合がほとんどだった。
「そろそろ着くぞ」
サトーの声に一同が頷く。
少々、荒々しい停車にぶつぶつと文句を言いながら降りると、コヨミさんがこっそりと声をかけてきた。
「ねぇ、昌宏君」
「大丈夫ですから、コヨミさんはしっかりヒーローして下さい」
「……ネクロに勝てるの?」
「旧校舎での決着をつけます。勝てば何とかなると思ってて下さい」
そう説明すればコヨミさんは安心すると思ったが、一向に顔が晴れない。
「緊張してない? 本当に勝てる?」
真面目な顔で訊ねるコヨミさんに、俺は思わず吹き出す。
この人は自分の進退ではなく、俺の勝敗の心配が優先なのか。
「ネヴァーもネクロの置き土産とやらがあるそうですから、気をつけて」
「……ごめん、自分の心配するよ。頑張ってね!」
コヨミさんが前を歩いていた青柳部長のところまで駆け寄り、紅蓮も同じタイミングで空から合流する。
バケレンジャーと俺たちが自然と二手に分かれ、しばらく歩くと二つの影が見えた。
一人はネクロ。既に赤と青の火の玉を揺らめかせている。
もう一人は人型ではあるが、明らかに人間ではない。
悪魔のような風貌の大男が、真紅の大剣と漆黒の鎧を身につけて仁王立ちしている。
あれが、ネヴァーか。
「来たか、バケレンジャー……そのギャラリーは何だ。我に捧げる魂の入れ物か?」
その声は死の淵から響いているようで、目の前の男から発せられたような感覚はない。
本当にネヴァーは目の前に立っているのかすら、正常に判断できない。
しかし、底知れない恐怖を前にしても紅蓮が怯むことはなかった。
「ネヴァー! てめぇの野望もここまでだ!」
「霊を奴隷化し、永遠の帝国を作る。ゾンビ兵のように潰れることもない、真の常世を現世に作ることの何がおかしい」
だいぶ、頭がおかしい。
ネクロは奴隷化のあたりに惹かれたのだと思うが、他の部分には興味はないのだろう。
申し訳なく思いつつ、ネヴァーの隣にいるネクロを見る。くだらなそうな顔だ。
ネヴァーの演説は続く。
「死後の世界に何がある。死者たちの人生は、すべてこの世に残されておる。何一つ持ってはいけない。家族も、友人も、思い出も、すべてだ」
ふと、コヨミさんを見る。
ネヴァーの言葉を複雑な表情で聞いていた。
「だらだらと死に続けることを誰もが望んでおろう?」
張り詰めていた何かが弾ける音がした。
コヨミさんはネヴァーから顔を隠すように下を向き、小声を地に漏らす。
「私……ずっと、皆と一緒にいたい。この戦いが終わったら、私は、紅蓮は……」
俺でもギリギリ届くか届かないかといった声を、離れていたネヴァーが嘲るように言った。
「死してなお、俗世の欲望にまみれておる。やはり、常世など要らぬ。すべて、現世に。そして、我は現世を殺して我のものとする」
無茶苦茶だ。
無茶苦茶だけど、怖い。
少しだけ魅力的で、わけのわからない迫力があって、憧れそうで、だけど、確実に悪だとわかる。
俺はネクロとの戦いを恐れていたが、ネヴァーの恐怖がそれを上回った。
どうして、そんな論法で、そんな奔放なことができるのか。理解できない。
「――ごちゃごちゃ、うるせぇ」
そして、こちらにも無茶な論法で、自由奔放に生き抜き、死に抜いてきた男がいた。
「コヨミはてめぇみたいに生前に未練なんて残しちゃいねぇよ。死後に執着してるだけだ」
「そうだよ。この戦いが終わっても、僕たちは何一つ終わらない」
紅蓮と青柳部長がコヨミさんに笑顔を向ける。
それを見ようと、コヨミさんは顔を上げた。
「……うん、そうだよねっ!」
笑顔のコヨミさんには悪いけど、俺には意味がわからなかった。
ネヴァーの言うことも、紅蓮や青柳部長の言うことも。
だけど、何故かヒーローの言い分は気持ちよくて、すんなりと受け入れられた。
きっとそこにあるものが、コヨミさんの悩んでいたヒーローの正体のような気がする。
「ふん、来るか……ネクロ!」
「……はい。あちらのザコは、私にお任せを」
ネクロがその場を離れ、俺に向かってくる。
俺はバケレンジャーの邪魔にならないように走る。
「そっちは任せたぜ、ヒーロー!」
紅蓮が俺に檄を飛ばす。
「そちらも、バケレンジャー!」
状況開始。
実際は作戦開始の意味ではなく、訓練状況の開始を意味する言葉らしい。
しかし、今回ばかりは着地点を考えた決戦であり、誤用ではあるまい。
俺とネクロの実戦を含んだ、アドリブ過多な茶番劇である。
バケレンジャーと首領ネヴァーの戦いも実戦だが、あれはある意味、俺の考えた茶番よりも茶番だろう。
正義が勝つに決まっているからだ。