2.6 ゾクゾク! 史上最恐の肝試し
俺はネクロの力量を見誤っていた。
そりゃ、初対面なのだから、すべてを見切っていたとは言わない。
だが、これは――
「嘘だろぉ……」
攻撃開始の合図とばかりにネクロが指を鳴らすと、赤と青の火の玉が分裂した。
二つが四つ。四つが八つ。八つが十六。その先は数えていない。
無数の火の玉がネクロを背後から照らし、今にもレーザーを放とうとしている。
格好いい台詞なんて言ってる場合か。俺はなりふり構わず校舎へと走った。
この火の玉を四方八方に展開されてみろ、逃げ場を完全に失う。
火の玉がネクロの背後にいるうちに、狭い校舎の中で逃げ込まなければ勝機はない。
後方からレーザー音が迫る。
光の筋があちこちを焼き尽くし、夜の旧校舎は花火大会でも始めたかのような有り様だ。
あと、数メートルで中庭を抜けられる。幸い、数こそ多いが、狙いは滅茶苦茶だ。
しかし、戦いは数だと誰かが言った。下手なレーザー数撃ちゃ当たる。
「危ないっ!」
キィン、と耳に心地よい音がした。
振り向くと武器をソードモードに変更したコヨミさんがいた。
礼を言う暇もない。俺がそのまま校舎へと転がり込むと、コヨミさんもついてきた。
「……どーしよっか」
「他の二人を呼び出して下さい。紅蓮と青柳部長がいれば、撤退させることはできるんですよね」
「ふ、二人にバレちゃうし……」
そんな場合かと言うべきだったが、俺は黙り込んでしまった。
とりあえず、追撃をかわすために低い姿勢で廊下を走り、適当な教室へ入る。
目に飛び込んできたのはボロボロの人体模型。理科室か。
横にいるヒーロースーツ姿のコヨミさん。どんな表情をしているのだろう。
「さっきは助けれくれて、どうも」
「……あっ、うん。当たり前、って言ってもいいのかな」
「……俺が邪魔だけど、俺を殺すほどでもなくて、コヨミさんが嫌がってるのは何なんですか」
コヨミさんは言葉に詰まっている。
先程の言えないと開き直る態度よりはマシだが、まだ本音は言いたくないのだろう。
俺はここに来て、バケレンジャーの何を助けるべきかが見えてきた。
コヨミさんだ。この人を助ければいい。しかし、何をどうやって。
助けてほしそうな人に無理やり助けてと言わせて、よし来たと言えるほど、俺は強引にはなれない。
何故なら、コヨミさんは助けられることに納得できないだろう。俺も助けることを納得できない。
それでは俺が格好よく、気持ちよくヒーローとして振舞えない。
「反撃か逃走か、やり過ごすってのも手ですかね……」
「あっ、えっ?」
「俺をどうしたいのか知りませんけどね、あんまり悩みすぎないでくれますか」
「ご、ごめん……私もどうしたらいいのか……」
「助けないわけにもいかないでしょう」
やむを得ず、みたいな言い方になってしまった。
コヨミさんが首を傾げる。
「やっぱり、ヒーローってそういうものかな?」
「……目の前で困ってる女の子がいたら助けるのは、ヒーローっていうより男のさがです」
「……そう。私、女の子って言うほどじゃないけど」
何が、とは聞けなかった。
コヨミさんの考えはマスクで表情が隠れたことで、一層わかりにくくなった。
それでもヒーローに対して、思うところがあるらしいことはわかる。
だから、ヒーローらしさに振り回されている俺だからこそ、言えることがある。
「人を助ける気持ちにヒーローであるなしは関係ないです」
「……そういうんじゃないんだよね」
じゃあ、こっちの台詞だ。
「逆に言えば、人を助けたくない気持ちだってヒーローであるなしは関係ない」
コヨミさんが黙った。
「ヒーローだからって、敵を倒したくないときや、人を助けたくないときはありますよ」
「……でもさぁ、ヒーローならそれを認めちゃいけないんじゃない?」
俺の中でコヨミさんの何を助けたいかが確定した。
これなら納得できる。俺もヒーローになれる。
「俺はコヨミさんを助けます。貴方が悩まずにヒーローを続けられるように」
ぼんやりとだけど、力が湧きあがってくる。
同時に火の玉が頭上をかすめて、ドアが勢いよく開かれた。
「こんなところに……逢引には向かない場所を選んだわね」
「ネクロ!」
「だけど、死に場所にはぴったりだわ。なんか薬品臭いし」
逃げ場を探そうと周囲を見渡す。火の玉だらけだ。
ご丁寧に窓の外にまで火の玉を回しているようで、窓ガラスを打ち破って逃げるようなアクションもできない。
理科室の出入口と窓を封じられ、万事休す。万策尽きるとも言うが、本当に万策あれば良かったのに。一つくらい成功しそうだ。
俺が愚痴っぽく打開策を閃こうとしていると、コヨミさんが俺の前に出た。
それは愚策だ。
しかし、コヨミさんは笑っているような声で言った。
「正解。君の言ったことが、そのまま私の悩みになるの」
コヨミさんが悩みを自白したが、その意味を深く考えられる状況ではない。
ネクロの現れるタイミングが悪い。さっきは良かったけど、これで帳消しだ。
徐々に、俺の中の力が膨れ上がっていくのがわかる。
俺はコヨミさんの前に進み出る。理科室が狭いせいで、ネクロとの距離が近い。
この距離なら火の玉の総攻撃も長くは続けられないだろう。
俺は右手を後ろに伸ばす。
「その剣、貸して下さい」
「……貸すけど、返してよね」
「返せなくても結果オーライじゃないんですか?」
「もう、そんなこと思えないよ」
コヨミさんとの話し合いは円満に収まりそうだった。
あとは無事にこの場を切り抜けるだけだ。
俺はギミックたっぷりの剣。バケソードを構える。
ネクロは俺たちが話し終えるのを微笑みを絶やすことなく見ていた。
すぐに攻撃せず、楽しそうなタイミングを見計らうのは悪の幹部のさがだろうか。
「こんな狭い場所で、剣一つで、私の攻撃を耐えきろうって言うのかしら」
「ああ、そのつもりだ」
今、ヒーロー補正は確実にかかっている。
それがどれほどのレベルか、何処まで続くか、それはわからない。
ネクロが攻撃を終えるまで耐えられるか。
耐えられると俺は信じる。これは賭けだ。恐怖した時点で死ぬ。
「ふーん、ここまでの馬鹿は紅蓮だけかと思ってたけど、案外いるものねぇ」
ネクロが微笑むことをやめた。
「じゃあ――楽しく死になさい」
一撃目、小手調べのように放たれた一筋の光を最小限の動きでかわす。
二、三、四、五。遊びは終わりのようだ。回避しようとすれば必ず身体の何処かが貫かれる巧みな同時攻撃。
一つは剣で弾ける。二つは動きだけで避けられる。あとの一つはギリギリかわせ、た。
肩の辺りがじーんと痛むが、意識はまだしっかりしている。
ネクロが正確に狙いをつけてきたのはそこまでだった。
六撃目からは数えられないほどの光線が俺を目がけて射出され、俺もどうやって避けたのかはよくわからない。
ただ、ネクロがレーザーを撃つことを止めた後、焦げるような臭いと白煙の中に、俺はまだ立っていた。
「……冗談でしょう」
「……うわぁ」
ネクロだけならまだしも、コヨミさんにまで引かれると心が折れる。
ここで格好つけることをやめたら、即死しそうなので必死に剣を格好よく構える。
「まだ、やるか?」
やめてくれぇ。
こんなことを考えている時点で、ヒーロー補正は切れかかっているのではないだろうか。
泣きたくなりそうな顔を引き締め、ネクロを睨みつける。
ネクロは探るような目つきで俺を見つめ、ふぅ、と息を吐いた。
「今晩は見逃してあげる。今度は容赦しないわ」
一斉に火の玉が消えて、夜が帰ってきた。
立ち去ろうとするネクロが振り向き、にやりと笑う。
「貴方の名前、通りすがりのヒーローだったわね?」
「……バケシルバーでもいい」
「そう? もっと早く来てほしかったわ、バケシルバー」
ネクロはそう言って理科室を後にした。
静かな廊下にこつこつと足音が響き、すぐに聞こえなくなる。
どう考えたって玄関まで歩いた音にしては短く、得体の知れない相手だった。
俺は気が抜けて、その場に座り込んだ。
「あぁー、もう駄目かと思ったー」
「いや、凄かったよ! どうやって避けたの!?」
「知るか! ヒーロー補正だ!」
「凄い、ヒーロー補正!」
俺は剣をコヨミさんに返す。
「すっかり肝が冷えた。こんなの、二度と御免です」
「そうね、私も怖いから、この肝試しは禁止」
コヨミさんが変身を解除すると、剣も何処かへ消えた。
しかし、剣の行方など探している場合じゃない。
ようやく屈託のない笑顔のコヨミさんが見れるのだから。
「へへっ、助けてくれてありがとね」
+ + +
コヨミさんは悩みを打ち明けてくれようとしている。
ただ、どう切り出していいものか、難しい表情で唸り始めて三分。
カップラーメンは出来上がるし、巨大ヒーローは帰る時間だ。
俺が平凡なヒーローでよかった。少々、平凡すぎる気はするが。
「あのさ、ヒーローを続けたいのよ」
「続けりゃいいじゃないですか」
「だからぁ、そのぉ……」
ネクロとの戦いで肝も冷えたが、頭も冷えた。
俺が仮にバケシルバーとして参加したら、ボスだけ倒して終わりで寂しいな、と思う。
つまり、そういうことだ。
「ネヴァーを倒せば、バケレンジャーは解散ってことですね」
「……そう。私も成仏させてもらえるし」
コヨミさんは今の生活が楽しくて、終わらせたくないのだ。
そして、バケレンジャーとしてネヴァーを倒すべきだという使命感は捨てられない。
その二つの狭間で悩み、ヒーローの自分とヒーローじゃない自分で葛藤していた。
「ネクロは敵だけど、彼女のおかげで戦いは長引いている……嬉しいって、思ったことがあるの」
「それでも倒そうとはしているんですね」
「ヒーローやってる自分も好きだからね。だから、少しでも長くやりたかった」
フッとコヨミさんの目が曇る。
「それで納得したはずなの。手は抜かない。これで勝ったなら、それがゴールだから」
「そこに俺たちがゴールテープ持って来ちゃった、と」
「……紅蓮は未練なんてなさそうだし、優人はまだ人生が残ってる。私だけが未練たらたら、死んでないフリをしてるのね」
敵が全滅すれば、ヒーローは必要ない。
しかし、ヒーローでいるために敵を倒さないなんてこと、ヒーローにできるだろうか。
知らない。そんなのヒーローであるなしに関係なく、できる人もいれば、できない人もいる。
コヨミさんはできなかった。ヒーローであり続けるために、敵を残すなんてできなかった。
別に俺はヒーロー続けるために敵にトドメを刺さないヒーローがいたって構わない。ある意味、それも優しさかもしれない。
「コヨミさんは考えすぎですよ」
「だって、何も考えずにヒーローなんてやってられないもの」
ヒーローらしさについて悩みに悩んで、俺に銃を突きつけるほど悩んで、結局は撃たなくて、とっさに俺を助けちゃって悩んで。
俺は、そんなコヨミさんのことを、とてもヒーローらしいと思う。
ヒーローは葛藤するもので、葛藤の末に正解を選ぶものだ。
「それで、考えはまとまりましたか」
「ううん。ヒーロー続けたいし、ネヴァーは倒したいし、皆と一緒にいたいし、楽しく笑いたい」
「……欲張りですね」
「私もそう思う。私が我慢すれば、皆幸せなのにね?」
「まぁ、皆幸せにするのがヒーローですから」
「そうね……」
「皆幸せって言ってるのに、どうしてヒーロー自身が自己犠牲しなくちゃならないんですかね」
「……えっ」
コヨミさんの願いは正解には程遠く、我が侭なことかもしれない。
だけど、間違ったことは何一つ言ってはいない。それなら、正解にできるかもしれない。
俺がしてみせよう。
「皆で幸せになりましょうよ」