2.4 イグニッションキーは誰の手に
俺と野々宮は暗くなりつつある街路をとぼとぼと歩いていた。
コヨミさんが見送ろうかと申し出てくれたが、逢魔が時に幽霊と下校というのは遠慮していただきたく、丁重にお断りした。
それに愚痴も思う存分、零したかった。
「お前らがヒーローと魔法少女やってることは知ってるぜぇ」
野々宮が紅蓮の口調を真似る。荒々しさが足りない。
俺は諦めるように野々宮に続けて言った。
「その気になれば、俺はお前らの秘密を幾らでも暴ける」
同時に溜息をつく。
それでも立ち直るのは野々宮が先で、口を尖らせていた。
「脅さなくたって、協力しますよねっ」
「……えっ」
俺の漏らした声に、えっ、と反応して顔をこちらに向ける。
渋い顔をしている俺を見て、野々宮は声を荒げた。
「まさか!」
「だって、戦うのは俺じゃないか……」
「私だってサポートするときは近くにいますよ」
「待っててくれる方が気楽なんだけどなぁ」
「嫌です」
「それに紅蓮以外はそれほど深刻そうじゃなかったし、協力するべきなんだろうか」
ぐだぐだと情けない本音を晒す前に、引っかかっている疑問を吐き出すことにした。
コヨミさんを助けようとしたように余計なお世話ではないか、不安なのだ。
考えてみれば、戦隊ものでボスと幹部だけが残っているところに、ヒーロー候補と魔法少女が参加って有り得ない。
百歩譲って異色の新メンバーだとしても、投入時期が遅すぎる。商戦に間に合うまい。
「ヒーローなのに考えすぎですよ、助けを求めてる人は助けましょうよ?」
「……野々宮は助けたい人が手を伸ばすまで、ずっと手を差し出して待ってるタイプなんだよ」
「はぁ、新藤さんは?」
「相手がもう駄目だってときに、思わず伸ばした手をサッと掴むタイプ」
「格好つけすぎですよ」
「そうじゃないと勝てないからな」
俺の能力、ヒーロー補正は厄介だ。
ヒーローらしくあればあるほど、ピンチと勝利に近づく。
正直、俺の性格上、ピンチの時点でへたれることが多い。
それに相当ノリノリで自己陶酔してなければ、格好つけ続けることなんてできない。
「俺が気持ちよく戦えないと、協力したって役には立てない」
「うーん、事情を知らずに聞くと、嫌な台詞ですね」
「……本当のこと言っただけだし」
「拗ねないで下さいよ。一応、紅蓮さんには考えておくとしか言ってませんし」
「その結果が脅迫だよ」
「もー……そうだ、サトーさんに相談してみては?」
サトーとは五月病の事件後、定期連絡だけで顔を合わせてはいなかった。
俺も中間テストに集中したかったので、うるさくなくていいと思っていたのだが。
「まぁ、言っとくべき事案か。知ってそうだけど」
「それならそれで、いい答えを用意してるかもしれませんよ」
確かに何だかんだでサトーにいいように使われて数年間。
俺を後押しすることにかけては、サトーの右に出る者はいないかもしれない。
嫌だなぁ。それなら野々宮の言うとおりにした方がマシだなぁ。
「ヒントでいいよ。答えもらったら天邪鬼になりそうだし」
「へぇ、参考にしておきます」
「勝手にどうぞ」
「新藤さんに言いたいことがあるときは、クイズ形式にします」
「よし、素直になるよう心がけるぞー!」
俺が野々宮の言いなりになる宣言を声高らかにすると、野々宮が足を止める。
「今は格好悪いこと言ってもいいですけど、格好つけるべきときは……」
「あぁ、格好つけられるように頑張る」
まだ自信はなかったが、そう言わないと格好がつかない。
野々宮と話しているうちに、スイッチは入ったらしい。エンジンはまだかからないけど。
「なーんか、煮え切らない返事ですねぇ……」
「野々宮は勘違いしてる」
「何ですか?」
「これでも野々宮の前では格好つけてる」
笑われた。
ぷっ、と吹き出した後、くくくと肩を震わせ、あははっと大声で笑い、ひーひーと息をする。
野々宮にここまで笑われたのは初めてで、俺は何とも不愉快だった。
「……変なこと言ったつもりはないんだけど」
「ちょ、も、もうやめ」
+ + +
野々宮を幾度となく笑わせ尽くした後、サトーの家に寄った。
相変わらず倉庫にしか見えない外観だが、中身は掃除したばかりのようにすっきりしていた。
俺はサトーにかいつまんで事情を話した。
サトーは開口一番に無関係なことを口にする。
「昌宏、機嫌が悪いな?」
「……ヒーローよりピエロになろうかな」
サトーは俺の呟きを意図的に無視し、腕を組んで唸る。
「バケレンジャーか。ヒーロー因子の増加は未来のスーパーヒーロー誕生につながる。結構なことだ」
「……サトー以外にもヒーロー監察官はいるんだよな?」
「ああ、俺のようにパートナー的役割をする者もいれば、司令官のように振舞う者もいるだろう。監視、協力が任務だからな」
紅蓮の力を見出したり、変身ブレスを与えたのは、そういうことだったりするのか。
しかし、推測の域を出ない疑問だ。答えが出たところで、何が変わるわけでもない。
「サトーもバケレンジャーに協力するのは賛成なのか?」
「当然、と言いたいところだが……本格戦闘が続くことになる。昌宏にはきついだろうな」
珍しく弱気な論調のサトーに俺は面食らう。
てっきり、野々宮のようにヒーローなら人助けしなくては、と言われると思っていた。
藪蛇かもしれないが、俺も言わずにはいられない。
「サトーがそんなこと言うとは思わなかったよ」
「詳しく調べないと断言はできんが、戦力的にはバケレンジャーの方が格段に上だろう。わざわざ、昌宏が行く必要はない」
「おお、本当に珍しい」
「だが! それは組織的判断だ。なるべく、昌宏の負担にならない作戦を考えてやろう」
「ああ、いつものサトーか」
何処か安心している自分がいた。
ただ、それとこれとは話が別。俺は安心してごねる。
「プロジェクトに関係なく、強いバケレンジャーを俺なんかに助けろってか」
「そこまでわかっておきながら、判断を仰ぐか?」
確かに自分で言っておきながら、自分で反論できそうなことを言ってしまったと反省する。
「……そーゆーの無視して助ける俺、格好いいな」
「わかってるじゃないか、それが昌宏のやり方だ」
乗せられてる。絶対に乗せられてる。
満足気にふんぞり返るサトーに苛立ちつつも、何だかんだと頑張る。そんなポジションが好きなのだ。
しかし、それだけで勝てたら苦労はしない。
「あとは勝利までのプロセスを想定しておかねばな」
「それが基本だよな。この間みたいのは困る」
サトーが電子端末を持ってきて、何かを調べ始める。
俺のヒーロー補正はヒーローらしい展開でこそ、力を存分に発揮する。
野々宮のときのように不意打ちされたり、無策で突っ込むのは、それはそれでヒーローらしいけど、かなり危険である。
ある程度はヒーローを考察し、展開を予測し、プラン通りにヒーローを演じる。
大抵、俺がピンチに対応できなくて、アドリブ仕事になってしまうのだけど。
難儀なものだ。俺は重たげな息を吐く。
そして、サトーは一つの結論が出たように人差し指を立て、提案する。
「劇場型戦法だ。これなら昌宏の負担も少ない」
「……なんだそれ」
言葉だけを聞くと、だいぶ負担が大きいように感じる。
劇場型というと、政治や犯罪が思い浮かぶ。マスメディアを利用して大衆の注目を集め、主役と悪役、そして観客を見立てた手法の一つだ。
まさか、ヒーローの戦いがあると触れ回り、応援でもさせるつもりか。
俺がこれまでマスクもなしに正体を隠せているのは、関係者以外にバレにくいというヒーロー補正のおかげだろう。
こちらから宣伝すれば、補正なんてあやふやなもの、吹っ飛ぶに違いない。
「サトー、俺はなるべくこっそりと……」
「ああ、無論だ。バケレンジャーとは別行動になるだろう」
「えっ?」
俺は勘違いをしている。
それは気付いたが、何を理解できていないのか、それがわからない。
こういうときは素直になろう。クイズにされても困るし。
「劇場型戦法って何だ?」
ふっふっふ、と無駄に勢いよく立ちあがり、不敵な笑みを浮かべる。
「バケレンジャーがボスに決戦を挑めば、幹部は背後から襲うなどの卑怯な手段を取るだろう!」
あと、無駄に尊大。完全に鬱陶しい方のサトーである。
「そのとき、バケレンジャーを密かに救うのが昌宏だ! 倒しきれない可能性もあるが、敗北はまずないと見ていい」
「……それが劇場型戦法?」
「ああ、新ヒーローの顔見せ戦法とも言う」
俺は頭を抱える。
どうしてサトーに相談してしまったのだろう。
本当にそんな方法でバケレンジャーが苦戦したというネクロに勝利できるのか。
高笑いをするサトーに疑わしげな目を向ける。
「大丈夫なんだろうな?」
「それは昌宏の立ち回り次第だが、かなり勝率の高い作戦だ。俺も万全の態勢で臨む」
自信満々といった様子で大口を叩くサトーは、不意に通常のトーンに戻る。
「野々宮とは話がついているのだな?」
「ああ、置いてったりはしないさ」
「ならばいいのだが、不用意な行動をするな。特に敵幹部との遭遇は避けろ」
「顔も知らないし、大丈夫だろ。何でだ?」
「誰だ貴様! 俺は通りすがりのヒーロー……という流れが台無しだ。知り合えば、ただの戦い、ガチバトルだぞ」
それは危険だ。注意しておこう。
フラグになどなるものか。今の俺はヒーローではなく、ただの新藤昌宏なのだから。
しかし、サトーの表情は優れない。
「昌宏は野々宮に格好つけたがる節がある」
「……俺も男だし、女の子に見栄張っちゃうのは仕方ないだろ」
「男の見栄は面倒事のきっかけだ。まさか、新藤昌宏補正なんて能力ではなかろうな」
「あってたまるか、そんなもん!」
+ + +
すっかり暗くなった帰り道。
俺は野々宮とサトーに背中を押され、バケレンジャーに協力するつもりでいる。
野々宮にスイッチを、サトーにエンジンを。俺って面倒くさいな。
特に言われたばかりのサトーの言葉が耳に残っている。
野々宮に格好つけすぎて、面倒事を引き寄せている。そんなわけない、とも言い切れない。
「……はぁ」
全部まとめて解決すればいい、なんて言えないのが情けない。
ただでさえ、野々宮は面倒事を抱えている。
俺を助けてくれると言われているし、俺も無駄にピンチになるのは自重すべきだ。
特にネクロと道端で遭遇するようなことだけは避けたい。
「……」
一人、頷く。
怖がってなどいない。
夜に一人で暗い道を歩くとき、むやみにきょろきょろしたり、駆け足になってみたり、そういうのではない。
「……今出てくるとか、逆に空気読めないし」
独り言。特に意味はない。
「らー、らー、らー……」
何処かで聞いたようなメロディを口ずさむ。特に意味はない。
あれだろ。決戦間近の敵幹部がそこら辺をうろついてるはずないだろ。
「ねぇ、ちょっと」
「うひゃあ!」
「うわぁ!」
背後から声をかけられて驚き振り返ると、同じように驚くコヨミさんがいた。
なんだ。と思いつつ、背後に幽霊が立たないでほしいとも思う。
必死にポマードポマードと繰り返し、冷静さを取り戻す。
「……口裂けてないよ」
「コヨミさん、出てくるときは目の前で、二十秒ぐらいかけて出てきてくれませんか」
「それも怖いけど」
「で、何ですか」
コヨミさんは笑う。口の端を釣り上げて。
「紅蓮の話、断ってくれないかな」