10.13 大丈夫。俺はヒーローの味方だ
ヒーロー、というわりには俺の活動範囲は狭すぎる。
世界を救ったりだとか、大勢の人々を助けたりするようなことは――あ、魔法界は例外として――基本的にない。
そういうことはヒーローらしいヒーローに任せるのが一番いい。
俺のように物事を斜めから見がちなやつには荷が重過ぎる。
ただ、そんなヒーローが困っているとき。
誰かが助けになってやれればと思った。
ヒーローたちを助けるヒーローとして、俺はヒーロー候補になったんだ。
「本当に帰ることになったんだな」
「ああ、だが二度と会えないわけではないさ」
「その台詞を言って再開した例を俺は知らない」
現代に引き寄せてしまった悪意を消滅させた翌日。
サトーから事件の話をする前に、ともったいつけて切り出されたのは、未来に帰ることになったという報告だった。
俺のヒーロープロジェクトも本当に終了することとなり、頑張ったわりには残念な結末である。
となりで話を聞いていたシオさんが簡単に補足の説明を加えた。
「先輩は新プロジェクトのメンバーに選ばれたんですよ」
「新プロジェクト?」
「新藤くんが悪意を消し去ったことで、計画に大きな変更があったんです。
ヒーローの希望で悪意を消すことができるという可能性は、それだけの意味を持つのです」
サトーのことなのに自慢げに話すシオさんを見て、俺は一つの未来を想像した。
「もしかして、シオさんも……?」
「あっ、いえ。私はメンバーではありません」
先読みが思いっきり外れたうえに、シオさんを不要に傷つけてしまったような気がする。
俺はやってしまったと不用意な発言を悔やみ、慌てて謝った。
「すみません、あの……」
「いいんですよ」
憑き物が落ちたように微笑むシオさんは、前とはまた違った淡々とした口調で話す。
「事件の首謀者でありながらお咎めなしなのですから、これ以上の処遇を望む資格はありません」
あっさりと話してはいるが、悔しい気持ちはゼロじゃないはずだ。
事実、シオさんはヒーロー補正と悪意の関連性を報告して、悪意を引き寄せる原因である俺を止めただけだ。
「……シオさんは事実を報告して、正当な権利を行使しただけじゃないですか」
自分でも何を言ってるのかと思うほど、お人よしすぎる言い訳だった。
シオさんも唖然としつつ、苦笑をこぼして俺にたずねる。
「あなたが言う筋合いじゃないですね?」
半笑いのシオさんにそう言われて、俺は恥ずかしさでうつむいて抗議した。
「俺は、その……ヒーローみんなに幸せになってほしいだけなんです」
「……ヒーロー補正がかかりそうな台詞ですね」
暗に恥ずかしい台詞だと指摘されたようで、恥の上塗りである。
なんだこれは、ヒーローになったと思ったのに、全然カッコよくない。
黙り込んだままでいると、シオさんが満足そうな溜息をついた。
「ふぅ……新藤くん、私はですね?」
その言葉に俺は顔を上げる。
「また先輩と離れることになりますが、前よりももっと近づけた気がするんですよ」
シオさんは心からの笑顔で、真正面からそう言ってくれていた。
「あなたのおかげです。ある意味」
「……一言、余計じゃないですか?」
素直な人じゃないことは承知だが、あえて追及してみる。
シオさんは余裕を崩さない微笑みのまま、さらっと言ってのけた。
「まぁ……それは、私のささやかな悪意だとお受け取りください」
用事があるので、と出て行ったシオさんを見送ると、サトーと二人きりになった。
改めてお別れを言う雰囲気にもなれなかったので、のんびりと思い出話をした。
どうしてもここ一年が濃すぎて、最近のことばかりになってしまうのは仕方ない。
話も尽きた頃、サトーが感傷をカケラも感じさせない口調で断言した。
「さて、明日には出ることにした。だから、今ここでお別れだ」
「なんだよ、ちゃんと見送りくらいさせてくれよ?」
「あまり律儀にお別れをすると、また会うときに気恥ずかしくなるだろう?」
自分が照れるのが嫌なだけなくせに、と堂々とした立ち姿の裏側のサトーの心情を思う。
これまでも立派なヒーローとしての道筋を、大事なところではしっかりと示してくれた。
付き合いの長さからいい加減な扱いをすることもあるが、言われたことは大体聞いてきたつもりだ。
「……サトーには、随分と助けられたよ」
「こちらこそ、世話になったな」
短いお別れの言葉を交わしたが、どうもしっくりとこない。
首を捻っていると、サトーがくくっと笑い声を漏らした。
「いいさ、今ここで俺に向かって決め台詞を言う必要はない」
「……お言葉に甘えることにする」
「ああ、そうしてくれ。
ヒーローになった昌宏にもう補正は無用だ。
カッコよさは補正されなくとも、全身から滲み出ているからな!」
「なんかいやだな」
「はっはっは! 失敬だな、ヒーローだぞ?」
「意味わかんねーよ」
慣れ親しんだやり取りは、神妙な別れの言葉よりしっくりきた。
こんなことでいいんだな、とおかしくなって笑みがこぼれる。
「サトー、またいつか」
スッと言葉が出てきた。
サトーも詰まることなく、即座に答える。
「ああ、次に会うときは、お互いに元ヒーローだ」
「それって……ああ、そっか」
俺もサトーもヒーローを辞める理由は大体同じだった。
がっしりと固い握手を交わし、俺はサトーに言ってやった。
「カッコつけんな。サトーが困ったら、すぐ助けに行ってやる」
「……まいったな、用意していた台詞が台無しだ」
サトーは困ったように笑いながら、握手する手に再び力を込めた。
「立派になったな」
+ + +
二人の未来人が帰ってからというもの、世界はまるで平和そのものだった。
平和といってもテレビの向こうでは事件が頻発しているし、世間を騒がせるニュースには事欠かないのだが。
俺の周りで不可思議な現象が起こることはないし、困っているヒーローに出くわすこともない。
そのような状況のまま時間は過ぎて、寒がりの野々宮の服装が少しだけ緩んだことで春の訪れに気付いた。
「もうすぐ二年生ですかー」
野々宮が平凡な学生のようなことを言いながら、イチゴサンデーを口に運んでいる。
放課後に立ち寄った喫茶店は何度か利用しているお馴染みの店で、緊張感はまるでない。
まったくおかしな光景ではないのだが、あまりにのほほんとした空気に拍子抜けする。
「先輩になるってどんな感じなんでしょうね?」
「べつにどうもならんと思うぞ」
「でも、ヒーローものの二年目って後輩ヒーローが登場しません? シオさんみたいな」
「俺、正確に言うと六年目になるから」
「うっ、それを言うなら私は七年……いやいや」
野々宮は年齢の重みを感じて首を振って否定している。
まだ思い詰めるには若すぎると思うが、そこは男女差があるのかもしれない。
「なるようになるさ、今までだってそうだろ」
「もー……人生にヒーロー補正はかかんないんですよ?」
「大丈夫だ、野々宮に助けてもらうから」
「まったくもう……」
呆れる声を出しながら、最後のイチゴを口にほおばり、幸せそうに微笑む。
「こういうときは言えるのに、肝心なときには言ってくれないですよね」
「何がだ?」
「助けて、って。シオさんの気持ち、少しだけわかります」
野々宮は空っぽになったグラスをスプーンで鳴らしていたが、唐突にスプーンをこちらに突きつけてきた。
俺はいきなりの苦言に面食らいつつ、自覚はあるので反論は控えざるを得なかった。
「新藤さん、初めて会った頃に同じようなこと言ってましたよ。
助けようとしている相手に助けられるのはカッコ悪いって」
「そ、そんなこと言ってたか?」
「ちょっと盛りましたけど」
「おいっ!」
すみません、と小さく笑う野々宮。
このままやられっぱなしでは後々に響くので、すかさず反撃をする。
「野々宮だって魔法界のときに助けられるの拒否したよなぁ」
「あ、あれは……」
「俺のこと突き飛ばしたし」
「そんなことしてませんよ! 確認してみますか!?」
「どうやってだよ」
あまりの慌てように面白くなり、俺はついつい余計なことまで突っ込んだ。
「そういえば、だいぶ身の回りも落ち着いたし、返事も聞きたいな」
「……返事?」
「告白の返事」
野々宮の顔がイチゴのように赤く染まる。
あれこれと言葉を探しているようだが見つからず、半分ほど残していた紅茶を一気に飲み干した。
微笑ましくて楽しいが、これ以上は野々宮からの更なる反撃が怖い。
「忘れたなら仕方ないなぁ」
「そ、そうですねっ、忘れちゃったかなーって!」
俺の助け舟にまんまと乗船した野々宮とともに、誤魔化し笑いをしあう。
あはは、と笑い声が乾いてくると、不穏な空気が流れ始めた。
なんだかまずい予感がして喉が渇いてきたが、俺のコップはすでに空っぽだった。ピンチだ。
人生にヒーロー補正はかからないと言われたばかりなのに、迂闊すぎるぞ、俺。
「えーっと、忘れちゃったので……」
言葉を溜める仕草は、もはや必殺技発動までのモーションである。
「その……もっかい言ってくれたら、言います」
――――ハッ。
あまりの威力に気を失いかけたが、野々宮がまだ返事を待っているところを見ると、さほど時間は経っていないらしい。
対応をどうするか、なんと言うべきか。
様々なカッコつけた台詞が脳内を巡る中で、ずっとカッコつけてきた俺が掴み取った台詞は――
「愛してる」
単純で陳腐なものだった。
野々宮は嬉しそうに微笑むと、観念したように口を開いた。
「私も、大好きです」
だが、すぐに言葉を続けた。
「でも前は『野々宮のこと好きだから』じゃなかったです?」
「覚えてるじゃねーか」
喫茶店を出ると、俺たちを待ち構えるように仁王立ちをしている少女がそこにいた。
思わず野々宮と顔を見合わせ、何かの予感に気を引き締める。
「あなたが新藤昌宏?」
開口一番、少女は俺の名前を言い当てた。
見覚えのない少女に名前を知られていることに定評のある俺だが、またしてもこのパターンである。
「――私は新藤千尋、二代目ヒーローだよ」
「新藤……?」
二代目。
それらから予想される彼女の正体は、と考えたところで切羽詰った訴えが耳に届く。
「助けてほしいの!」
俺と同じ苗字で、どことなく既視感を覚える少女は懸命に助けを求めていた。
野々宮はまだ少し困惑が解けずにいたが、俺はすでに心が決まった。
「大丈夫。俺はヒーローの味方だ」
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おかげで完結まで辿り着きました。
取り留めのないあとがきは活動報告で行ってますので、よろしければご覧下さい。