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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
2. ヒーロー候補と幽霊戦隊バケレンジャー
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2.2 Case File パソコン部の幽霊事情

 今度ばかりは野々宮より俺の方がショックが大きいらしい。

 一度、俺に正体を見破られた野々宮はすぐに青柳部長は何者か、という思考に至っていた。


「青柳さんはヒーローを知っているんですね」

「同類みたいなもの、って言ったら信じる? 信じるか、他人事じゃないものね」


 とりあえず中で話そうよ、と青柳部長が部屋へと招く。

 青柳部長がキャスター付きの安っぽいオフィスチェアを引っ張り寄せる。

 勧められるままに座り、俺は静かに言葉を待った。


「僕は戦隊ヒーローのブルーなんだ。でもさ、それ以前にパソコン部部長なんだ」


 俺はその言葉の意味を不可侵協定と捉える。


「……お互いにノータッチでいこう、ってことですか?」

「別にそこまでじゃないけど、できれば部活にいる間は部活をしてほしいな。何かあれば言い訳なしで飛び出していいから」

「保健室やトイレの奴ですね」

「あぁ、新藤君は覚えがあるのか……きついよね」


 同意を求める問いに俺は大きく頷いた。

 授業中にヒーローを強いられることが最も困り、それだけに記憶に焼き付いている。

 教室を抜け出す方法は様々だが、俺はヒーロー補正を最大限に発揮するため、言わなければならない。

 『先生、頭が痛いので保健室に行ってきます!』と。

 元気満々で何を言ってやがる、という反応になるのは当然である。

 だからこそ、万が一の事態に備えて、平時は優等生になるべきだと悟った。信用度が増す。

 それこそ、ヒーローは学校生活を疎かにしてはいけない、という教訓の肝だ。


「じゃあ、普通に部活動しましょうか?」

「そうだなぁ……野々宮は魔法少女、いいのか?」

「確か、活動日が月水金でしたよね。大丈夫だと思いますよ」


 青柳部長を見ていると、真面目に部活動をしてみようという気になる。

 野々宮と相談し、可能な範囲で部活動に参加すると決めた。

 何より部長に理解があるのだから、サボるのは申し訳ない。

 ただ、野々宮は意外と部活動に興味があるらしく、意気込みたっぷりに訊ねる。


「それで、この部活って何をするんですかっ?」

「タイピングの練習、とか」

「どの程度を目標とすれば? タイピングの検定とか受けるんでしょうか」

「少人数だと学校側が認めてくれないから、個人的に受けることになるよ。それを部活動に含めていいのかは疑問なんだよね」


 野々宮は差し出した手をすっぽかされたような顔をしている。

 青柳部長もやる気がないという顔ではない。やる気の話はもう十分だし。

 どちらかというと、既に色々なことを諦めている顔だ。

 助け船のつもりでレベルの低い提案をしてみる。


「俺、ブラインドタッチもできませんよ」

「新藤さん、タッチタイピングって言うんですよ」


 初耳だ。


「何だそれ、ブラインドタッチの方が必殺技っぽくて格好いいだろ。闇の手って感じで」

「知りませんよ。最近はそう言うんです。ズボンとパンツみたいなものですよ」

「それもわからん。あとさ、ジャンパーでいいよな、ブルゾンって何だ。牛か」

「えっ、どうして牛が出てくるんですか?」

「響きだ。バッファローも響きが牛っぽいだろ?」

「そりゃ、バッファローは牛ですもん」

「……くくっ」


 笑いを堪え切れないといった様子で、口元を腕で覆った青柳部長が肩を震わせている。

 俺たちの日常会話はそこまで笑われるほどの会話だろうか。

 青柳部長は俺と野々宮が会話を止めたのを見て、ごめんと笑いながら謝る。


「ブラインドタッチは和製英語で、タッチタイピングの方が自然な表現なんだ。あと、差別的表現に取られる可能性があるから、タッチタイピングで指導しているところも多いらしいよ」

「へぇ……」

「まぁ、今でもブラインドタッチって言う人が多いけどね。僕もだけど」


 先程の大笑いでずれた眼鏡を直しながら、解説をしてくれた。

 こうしてすらすらと説明されると、パソコン部部長という肩書きが頼もしく見える。


「あと、ブルは雄牛で、バイソンはウシ科バイソン属の総称だから、牛っぽいんじゃない?」


 笑い混じりでこちらも解説してくれた。それは余計なお世話である。

 バッファローについても一言あるようだったが、流石にパソコンに関係ないので遮った。

 横で野々宮がバッファローは会社ですよ、と言っている。牛を売ってるのだろうか。


「とにかく、パソコン部でやることってそれだけですか」


 青柳部長はひとしきり笑った影響か、寂しげな顔色が失せていた。

 それは結構なことだが、やはり楽しい話題ではないため、声のトーンは低い。


「パソコン部に入る理由で一番多いのは、パソコンが得意だから、なんだよね」

「俺はパソコンが使えるようになりたいから、って志望理由書きましたけど」

「それは二番目。それに得意と言ってる人も、家でインターネットしてるくらいの経験者なんだよね」


 ちらりと野々宮を見る。

 予想通り、肩を縮こまらせていた。別に野々宮は得意とは言ってないのに。

 しかし、意外と強情な一面もある野々宮は負けじと胸を張る。


「ホームページの作成とかはどうでしょう!」

「あー、僕が入ったときは作ってる人いたなぁ。最近はブログがあるから、意外とタグ打てない人いるよね」

「では、それを活動内容とすれば……」

「好き勝手に個人で作ってもなぁ。技術的だとか、広告的なものだと勉強になると思うんだけど。そもそも、ホームページって言い方もあれだよね、コンピュータ部じゃなくてパソコン部って時点であれだけどさ」


 しゅんとする野々宮に、青柳部長が慌てて頭を下げる。


「ごめん、愚痴っぽくなったね。野々宮さんは経験あるの?」

「中学生の頃にお悩みを受け付けるサイトを立ち上げたことがあるんです。メールフォームを設置して」

「へぇ、意外としっかりしてるなぁ。まだ、残ってるなら見てみようか」


 青柳部長が電源をつけたままのパソコンに向かい、カタカタとキーボードを鳴らした。

 操作しているコンピュータは意外とでかい。モニタ部分が箱型ということは、液晶ではなくブラウン管。

 流石に俺の知識でも古いような気がする。


「何か、でっかいパソコンですね」

「部のパソコンはブラウン管のデスクトップで、OSが2000とMeだよ。そりゃ、皆、家に帰るよ。家のパソコンの方がスペック高いだろうし」


 俺の適当な質問に、作業しながら律義な回答をくれる辺り、人格者である。

 青柳部長は準備が終わったのか、大きなモニタから顔を出し、野々宮に声をかける。


「サイトの名前は?」

「……えっと」

「忘れたのか、野々宮?」


 青柳部長の純粋な興味と、俺の少しだけ予想がついた邪な興味に挟まれ、野々宮は口を割った。



「魔法少女ウィッチ★ノノッチのお悩みプロポーズ……です……」



 キーボードを叩く音がしない。

 俺は予想以上の答えに笑うどころか、呆然としてしまい、やがて頬を流れる涙に気付いた。

 野々宮は顔を伏せ、表情をうかがうことはできない。

 青柳部長が静かにモニタの電源を切った。眼鏡の奥の目がよく見えない。


「やめとこうか」


 俺はこれまでで一番優しい青柳部長の声を聞いた。


   + + +


 場が落ち着きを取り戻し、青柳部長が仕切り直す。


「それでは二人とも入部ってことでいいね?」

「はい!」

「はい」


 野々宮は元気である。黒歴史を乗り越えた者は強い。

 俺はそこまでパソコンに興味があるわけではなかったが、青柳部長の人柄で入部を決めた。

 とりあえず、今日は時間があるので、仮入部という形で部室に残ることになった。


「……しかし、まぁ」


 暇だ。

 先程まであれほどパソコン部の現状を憂いていた青柳部長ですら、読書をしている。

 時折、パソコンをいじる音がする。

 訊ねると、海外のミステリを読んでおり、わからない英文を調べながら読んでいるそうだ。ある意味、尊敬する。

 俺はこの空気感も嫌いではなく、帰宅部で家に一人よりは有意義かと思っていた。

 しかし、野々宮は違ったらしい。


「あの、本当にやることないんですか……?」


 野々宮の嘆きに俺が投げやりに答える。


「自由時間なんだから、好きにすればいいさ」

「方向性のない自由は私にすれば束縛ですよ」

「わけのわからんことを……じゃ、パソコン部なんだし、パソコン作れば?」

「そんな簡単に……」

「あぁ、そういうのやりたいの?」


 俺の戯言に実現性が放り込まれる。

 青柳部長は本から顔を上げ、嬉しそうにこちらを見ている。


「安物と中古で良ければ、動くものなら作れるんじゃないかな」

「そうなんですか?」


 野々宮が具体的な活動内容を得て、活気に溢れる。

 何でも真面目に取り組みたいんだろうなぁ、と俺は素っ気ない態度のままでいた。


「作ると言っても部品を組むだけで、プラモデルみたいなものだよ。むしろ、動いた後の初期設定や環境設定の方が面倒くさいと思う」

「へぇー!」


 野々宮がやる気あるなら、それでいいかと思っていた俺の肩が叩かれる。


「新藤さん!」

「……えー」

「えー、じゃないですよ。部員でしょう」

「頑張れよ、見てるからさ」


 ぐだぐだと話していると、青柳部長がするっと間に入り込む。


「新藤君に見てもらうといいよ。一人でやると、駄目だったときに何が駄目なのか気付けないから」

「そうですね、そうですよ!」


 青柳部長に頷き、俺にも頷く野々宮。顔が近い。恥ずかしい。

 思わず頷いてしまい、それを同意と取られた。


「やったぁ!」

「それじゃ、それを一学期の目標にしようか。二人で動くコンピュータを作る。忙しければ、ずれ込んでもいいからね」


 ゆるい目標設定をしてくれる青柳部長。

 さらりと見ているだけと言ったはずの俺が、一緒に作るポジションに昇格している。何故。


《――ふふっ》


 誰かの笑い声が聞こえた気がして振り向くが、誰もいない。

 気のせいか、と思っていると。


《――はっはっは、こいつら笑えて仕方がねぇ!》


 気のせいで済ますには、はっきりとしすぎた侮辱が耳を貫いた。

 野々宮も気付いたらしく、目をぱちくりさせて誰もいないパソコン室後方を見ている。

 青柳部長はこの数時間で何度も見た諦め顔で、溜息をついていた。


「……まぁ、紹介しないわけにもいかないか」


 その言葉を待っていたとばかりに、目の前ですーっと現れる。それはこの世の者とは思えない。

 片方は真っ赤なシャツと黒いジーパン、凶悪な面構えで表現される微笑みは威嚇しているようにしか見えない男。

 もう片方は変装のつもりか、高校の制服を着ているが、背中から天使らしい白い羽根が飛び出ている女。

 男の方があくどい笑みを浮かべたまま、乱暴な口調で言った。


「まずはこっちの挨拶からだ――地獄の狂犬、バケレッド!」


 やれ、と指図するように青柳部長を睨む。

 俺たちの先輩をそんな目で見るんじゃないと抗議したいが、その前に青柳部長が口を開いた。


「……バケブルー」

「バケイエローよっ!」

「俺たち三人が幽霊戦隊バケレンジャーだ、覚えとけっ」


 連携が取れてなさそうな戦隊だなぁ。

 それが幽霊戦隊バケレンジャーに対する、俺の第一印象であった。

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