Ⅰ
―誰かが来る
ふと、気配を感じて顔を上げる。窓の外に視線を向けるが、そこには誰もいない。
「どうかしましたか?」
その様子に気づいたのか、『 』も外へと視線を向けつつ『 』に尋ねる。
誰もいないのをかくにんすると、ああと納得の声をあげる。
「誰かが来るのですね。随分と久しぶりだ」
『 』は、『 』に一礼するとお茶の準備をしてきます、と退出した。
窓を見ながら『 』はくすり、と笑った。
1人の女性が、歩いている。まだ早朝ともいえる時間帯、他に人影はない。
歩いて歩いて、足を止めたのは町外れの洋館。彼女は、その建物を憎悪を込めた眼で睨み付けると、門へと手をかけた。
「ようこそ、いらっしゃいました。私、使用人の『エイリ』と申します」
邸のドアを開けた途端、そう言いながら綺麗なお辞儀をしたのは、二十代前半の黒いスーツを着た青年。
「どうぞ、こちらへ」
エイリと名乗った青年は、彼女を奥へと誘う。そうして通されたのは、全てが硝子の壁に囲まれている部屋。
入って正面の壁、その向こうには春の花々が。右の壁には夏の木々が、左の壁には秋の山々が。天井には抜けるような青空、床には草原が。そして、何気なく振り返ったそこには冬の雪原があった。
「さて、御用件を伺いましょうか」
中央に置いてある一人用のテーブルセット。その椅子に座らせ、ティーポットからお茶を注ぎながら尋ねる。
「わたしの子供はどこ?わたしの大切な子、ここにいるんでしょ?」
青年の雰囲気に飲まれていた女性は、ハッとしたように問いかける。
「子供?何の事でしょう」
「惚けないで!ここにいるんでしょう!!」
どん、とテーブルを叩き興奮したように立ち上がるが、青年の態度は変わらない。
「失礼ですが、何方かと勘違いしていませんか?」
「そんなはずないわ!確かにここにいたの、見たのよ。この眼ではっきりと」
なおも言い募る彼女に、レイリは少し考え込むとひとつの提案をする。
「なら、あなたの気がすむまでこの邸を捜してはどうでしょう」
「邸内なら、自由に行動していただいて結構です。ですが、二つだけ約束していただきたいのです」
彼の出した条件は二つ。一つは、日が落ちる前には必ず最初の部屋に戻ること。二つ目は、絶対に主人の部屋に行かないこと。
女性は、その条件に頷き部屋を出ていく。