⑨ヤサグレとちっこいモンキー。
「どうやら、我らハ捕まったらしいゾ」
けっ、とやさぐれたつぶやきを取り落とし、相手はオヅマを背もたれ代わりに寄りかかってくる。
「捕まったって、どういう……あっ、ちょっと。もう少し向こうに、行ってくれよ」
「は? 無理ダ。こうも床が傾いていてはナ」
もふもふした毛皮でも着ているのか、相手はやけに柔らかい。いや待てよ、と両手を突っ張って懸命に押しのけながら、オヅマはなおも目を凝らす。今の自分の置かれた状況。体長10センチほどの体。ルイの逃がした……アレ。
「ネズミ!」
「失礼だナ。ハムスター、ダ」間髪いれずに、もふもふした物体はオヅマに反撃を加える。
「それに、痛いゾ。おまえのその、青い……」
尻ポケットに入れたままの壊れたケイタイ電話からぶら下がる、トンボ玉のストラップが、ハムスターの毛皮に食い込んでいるらしい。
「あっ、すみません」
狭くて暗い闇の中で、ハムスターに頭を下げている状況がおかしくて、オヅマは肩を震わせた。くっ、くっ、くっ、とこみ上げてくる笑いをかみ殺していると、ハムスターは不思議そうにオヅマの顔をのぞき込んできた。
暗闇に慣れてきたオヅマのひとみに、ハムスターのふっくらとした輪郭が映る。首輪代わりに巻かれたのだろう髪ゴムには、きゃしゃな星のチャームが揺れていた。まちがいない、ルイの逃がしたという的場君の飼いハムスターだろう。
逃がした、とオヅマは口の中で繰り返す。ならばルイはハムスターを返すために、捕まえたということになるのだろう。
「おれは?」
偶然、いっしょに箱に入ってしまったのか。それとも珍しい小人の姿を見て、手に入れたくなったのか。
「おい、ちっこいモンキー。聞こえないのカ」
「……えっ、何が」
これだからモンキーはな、とやさぐれた口調のハムスターは続ける。
「モンキーとは、こんなに小さい種もいたのだナ。知らなんダ」
「いや」慌てて半身を起こす。「違う。おれは、モンキーじゃない。人間だ。小津 真という名前もある。子供たちは、オヅマと呼んで……あぁ、いや。そうじゃなくって、今の状況。……何ひとつ、分からない。どうしてこうなったのか、分からないんだ」
ふひゅ、ふひゅ、ふひゅ。空気の抜けるような音を立てて、ハムスターはひとしきり笑い上げた。「オヅマ? なんだ、それハ」
「そんなに笑うことか? おまえこそ」一息つく。「トゥウィンクル・トゥウィンクルなんていう、似合わない可愛らしい名前を……」
「やメろ、言うな。それだけは言わないでくレ」