⑧星に願いを!
なんだよ、気にしてたのか、と的場君は白い歯を見せて笑った。ルイは、ほおを膨らませている。
「大丈夫だよ、アイツは強いから」言いながら、的場君はルイの肩に両手を置いた。
「きっとすぐに戻ってくるって」
「でも、ハムスターだよ? 帰巣本能ないよ? ちっちゃいんだよ?」
カラスにでも食べられたらどうしよう……涙声で続けるルイのコトバにぎょっとする。
「カラスはネズミなんか食べないよ」
「食べるよ! ってか、ネズミじゃないし。ハムスターだし。かわいいし。この辺、ネコ多いし」
植え込みの影から首を伸ばし、辺りを警戒する。今のオヅマにすれば、ネコは巨大なモンスターだ。遠い車道から、ヒステリックな車のクラクションが聞こえてくる。つむじ風が花壇の草を揺らした。
世界のすべての音が、ネコの鳴き声に聞こえてくる。ネズミの足音に聞こえてくる。背後になんらかの気配を感じたように、思う。
身震いした拍子に、花壇を区切るブロックにはだしの小指を打ちつけた。いたた、と咄嗟にでたコトバをのみ込みながら、オヅマは的場君が「気にするな」と何度も振り向きながら再び走り去るのを見送った。
ルイの顔を見上げると、なぜか涙のあとが消えている。不思議に思ったオヅマは、眉間にシワを寄せながら目を細めた。
「……よかった」ぷっくりとしたルイの唇から、ため息が漏れる。何がだろう、と首を傾げたオヅマは、次の瞬間、飛び上がった。
急に視界が暗転する。空が落ちてきたのだろうか。恐れおののいたまま、両手を上げて頭をかばうと、すぐにその場にしゃがみ込んだ。地面が揺れる。高く浮いている感覚がある。視界が左右に大きく振られた。
「なんだ? なんで?」
硬く硬く身を縮ませると、傾斜した地面につられて空間の隅に追いやられてしまった。息を止め、目を凝らす。すると、なにやら白っぽい物体がオヅマ目がけて滑り落ちてきた。
「うわぁ、ぶつか……」
る、とオヅマが発音するより前に、白い何かが体当たりしてきた。ぐふぅ、と情けない声を発したのはオヅマだったのか、相手だったのか、それともその両方だったのか分からない。
「痛いナ。何者だ、おまえ」
不遜な態度でオヅマの背中を蹴り飛ばしてくる相手の、脚は……ふかふかしている。
「ななな、なんだよ。痛いじゃないか」オヅマも負けじと声を張り上げた。
ふぅ、と深いため息をオヅマに向かって吐きつけて、相手は「おまえのせいダ」と繰り返した。銀にかがやく星が三つ、首の辺りで揺れている。
「おまえは……」しだいになれ始めた視界に、ぼんやりと白い輪郭が浮かび上がってきた。