⑦リトル・スター。
背中に強い視線を感じたまま、オヅマは息を止めた。
ひとつだけまたたきをする間があって、ルイは封筒を一気に引き抜いた。オヅマ宛の手紙を、出さないことにしたものらしい。まだ迷っているのか、新聞受けから垂れ下がるスニーカーの紐にも、そこに力いっぱいぶら下がるオヅマにもまるで気づかずに、ぼんやり封筒に視線を落としている。
助かった、と胸をなで下ろすが、今度は吹き付ける大風が断崖絶壁のオヅマを揺らす。振り子のように左右に揺られながら、スニーカーの紐になんとか喰らいついた。三半規管の反乱を受け、めまいが止まらない。ぐええ、と大口を開けてうめきながら、オヅマは風がやむのを待った。
「……先生ぇ。小津先生……」
大風を前に、ふいにルイが泣き声を上げた。飛び上がる。やはり、ルイはオヅマの姿に気づいていたのか。息を止めて唾を飲み込んだオヅマは、恐る恐る振り仰いだ。ところが、うつむいたルイは額にかかった前髪を払いもせずに、ぐすぐす鼻をすすっている。
「たす……けて……」
紐にぶら下がったまま、オヅマは唇をかんだ。下唇をかみ締めた。頼ってくれている児童がいるというのに、情けないことに今のオヅマは声をかけることさえできない。
どれほどの時間が、ルイとオヅマを包んだのだろう。家々をつなぐ細い側道を、真っ赤なジャージを着込んだ少年が通りかかった。ハーフパンツから伸びた筋肉質の脚で軽やかに灰色のコンクリートをけり上げ、星の散ったタオルで額をぬぐった。
「どうした、ルイ」
その優しげな口調には、親しみが込められている。彼が話に聞く幼なじみの的場君なのだと、すぐに分かった。三つ年上の彼は、このすぐ近くに住んでいるらしい。ルイの視線が彼に移ったのを感じ取り、オヅマはようやく地上に降り立った。ふたりが話をしている隙に、植え込みの影に走り込もうと様子を見るが、唇を硬く閉ざしたルイは、再びオヅマのいる玄関先にぐるりと体を向けた。
「ルイ?」
目と鼻の先に、ルイの脚がある。もし彼女が気まぐれに視線を落とせば、体長10センチとなった哀れなオヅマの姿を確認できるだろう。
「だめ」ルイは、弱々しく声を振り絞った。「あたし、的場君に会わせる顔がない」
そのままもじもじと指先で手紙を弄び、意を決したようにもう一度それを新聞受けの中に滑り込ませた。今度はつっかえる物がないからか、手紙は石畳までするすると落ち、かしゃり、と小さな音を立てた。
「なんで、かな」口調は穏やかだが、的場君のまゆは「への字」にゆがんでいる。
植え込みの影から首を伸ばし、オヅマは擦りガラスのアルミ戸を見やった。ルイが困っている原因が、あの手紙の中に書かれているのだろう。
「だって」かすれたルイの声が、小さく響く。「だって、あたし……的場君の大事なトゥウィンクル・トゥウィンクル……逃がしちゃった」