⑥落ちるかも!
夜中に何度も目が覚めたのは、座った体勢で眠るのに慣れていないからだ。少なくとも、オヅマはそう思った。世界有数の山を目指して岩肌で夜を明かす人の気持ちが、今ではよく分かる。
明け方近くまで時間を費やし登った先の新聞受けは、幅2センチもない。そこに手足を突っ張って座り込み、スニーカーから取り出したクツ紐を安全のために巻きつけた。
新聞受けの構造は、単純明快。細長く切り出されたふたが、スプリングで閉まるようになっている。想定外だったのは、そのふたが重過ぎて今のオヅマには持ち上げられないことだ。
「もうすぐ新聞がくる。スプリングが持ち上がった隙に、体を滑り込ませれば……」
思考の渦に沈み込みながら、オヅマはガラス戸山の中腹で、眠った。
わずかな物音が鼓膜を揺らし、オヅマはゆったりとまぶたを持ち上げた。体じゅうが、鉛で覆われたように重たい。
じゃり、じゃりり。間を置かずに再び、じゃりり、じゃりり、と続く。だれかが、玄関先の玉砂利を踏んでいる。やけに音が近いなと頭をもたげ、驚いた。絶壁の新聞受けに手足を突っ張った状態で、危うく転げ落ちそうになる。
「……あぁ、うん。うん」
何度もうなずいて頭を鮮明にさせると、オヅマはぽきぽきと両腕を伸ばした。新聞配達の若者は、乱暴に朝刊を突っ込むはずだから、勢いあまって石のタイルに落っこちないとも限らない。息を整え、タイミングを計る。
オヅマの準備が整うよりも、玉砂利の音が近づくほうがわずかに早い。じゃりり、じゃりりと軽快に歩を進め、新聞受けのふたがオヅマの側に持ち上がった。焦ったオヅマは呼吸を止めて前傾に重心を据えると、一気に身を乗り出した。
「うぐっ」
胸を押し返され、むせ返る。タイミングが遅すぎたのか、紙片に突き飛ばされた。腕を伸ばし、なんとか喰らいつく。足場を失ったオヅマの頼りない上腕筋が、ぷるぷる震えた。
「マズいな」
オヅマは恨めしいまでに紙片をにらみ据え、気づいた。オヅマを押し出した紙片は、新聞ではなく、桃色の薄い封筒なのだ。角に貼られた巨大なキャラクターもののシールは、わざわざ縁をぎざぎざにして切手の体裁を整えてある。
ルイだ、と直感した。落ちないように細心の注意を払いながら、桃色の封筒をたどる。体重をかけても落ちないのは、もう一片をいまだルイが掴んでいるからだろう。新聞受けに足をかけ、紙片の作ったわずかな隙間から外界をのぞき込んだ。
封筒に手をかけたままぼんやり空を仰いでいるルイの横顔が、泣いているようにくぐもって見え、オヅマは思わず声を上げた。ルイの目が、ぐるりと玄関先に向けられる。スプリングをくぐり抜け、結んであったスニーカーの紐を伝おうとしていたオヅマの手が、止まる。ルイのひとみが、きらりと光った。