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新宿のネコ  作者: Shellie May
7/32

告る

穏やかに眠るネコの柔らかい唇に、啄む様にしてキスをする…ふっくらとしたその下唇を優しくくわえた時、ネコはうっすらと目を開けて少し眉を寄せた。

「起きたか?」

「…おはよう。」

「違うぞ、今日は…おめでとうだ。」

「…明けましておめでとう、柴さん。」

「あぁ、おめでとう。」

「で…何してるの?」

「お前に、キスしてた。」

ネコが、少し悲し気な表情で俺を見上げるのを見て、俺は苦笑を漏らした。

「正月から、そんな悲しい顔するな。この1年が悲しい年になっちまうぞ?」

「…夕べ言ったよ?」

「だから?」

「前にも…クリスマスの時にも言った…こういう事しちゃうの…駄目だよ…。」

「お前は、嫌じゃ無いんだろう?」

「柴さん…そんなの嫌だよ…。」

「ん?」

「私の為なら…要らないって言ったよ?」

真剣な瞳で詰め寄るネコが可愛くて、つい焦らす様な受け答えをしてしまう…可愛い物を弄ぶ癖は俺にも有るのかもしれない。

「ネコ…俺は、自分のしたい様にしか行動しないと言わなかったか?」

「…言ったけど。」

「お前、俺がキスするのは、お前の為だけだと思ってたのか?」

ネコは再び眉を寄せ、不安な表情を見せる。

「俺がお前を抱き締めるのも、お前を撫でて甘やかすのも、お前にキスをするのも…俺がお前を愛しいと思っているからだとは思わなかったのか?」

「…柴さん…からかってるなら…。」

「ネコは、こんな親父は嫌か?」

「…。」

「俺は、そっちの方が心配だ…お前は、どう思ってる?」

「……好きって…言った…でもっ!」

「でも、何だ?」

話している途中から、ネコの顔中にキスを降らせると、ネコは真っ赤になって反論を試みる。

「柴さん大人だし、モテるしっ!?」

「…お前がいい。」

「乳のデカイ女が好みって…。」

「…言ったか?そんな事?」

「私が聞いたの…そしたら、そうだなって言った…。」

「そんな事…大丈夫だ、今からデカくしてやるから…。」

ネコはワタワタと慌てながら、俺の胸に手を当てて押しやる。

「変な親父に追い掛けられてるんだよ!?」

「…守ってやると言ったろう?」

「…私…犯られちゃった事有るって…。」

「お前が悪い訳じゃ無いって言ったろ!?…それに、俺だって、初めてって訳じゃねぇしな…。」

「…それ、普通だし…。」

「ネーコ、出し切ったか?」

少し笑ったネコに俺が尋ねると、ちょっと真剣な目差しで見詰められた。

「柴さん…私の…どこが好きなの?」

額にキスをして、ネコの視線から逃れる。

「お前はな…いちいち可愛くて仕方無ぇんだ…。」

「え?」

「…やる事なす事…その声も仕草も…すっぽり腕に収まっちまう躰も…その目も…。」

少し躰を離してネコを見下ろすと、口を歪めて笑った。

「可愛い癖に妙に色っぽい…逃げ出した時、俺が何故探し回ったと思ってるんだ、お前は?」

「えぇっ!?」

「…大体…俺の所がいいとか言って抱き付いて来て、先に俺を煽ったのはお前だろうが……あぁっ、もう、畜生っ!!全部寄越しやがれっ!!」

ネコの口唇を奪う様に舌を絡めて貪り、腰を抱いて密着させ、浴衣の上からネコの乳房を手で覆う。

「んんっ!?」

途端にネコの躰が硬直して瞼をきつく結び…唇を離すと、震えて浅い息を繰り返す。

「やっぱりそうか…お前、男に抱かれるのが怖いんだな?」

髪を撫でながら優しい声音で話し掛けると、きつく結ばれた瞼がゆっくりと開いた。

「怖がらせて悪かった…お前の嫌がる事はしないから…。」

「…本当?」

まだ震えながら、潤んだ瞳で見上げるネコの頬と顎を撫でてやる。

「あぁ…諦める気は無いが、少しずつ慣らして…怖く無い様にしてやるから…。」

少し笑うと、ネコは俺の手に顔を擦り寄せた。

「キスは、平気なんだな?」

「うん…でもね…柴さんにキスされると、ドキドキしてフワフワになって…眠くなる。」

「眠くなる?」

「うん…ホワァーっとして眠くなるの…。」

俺は笑いを噛み殺しながら、ネコの躰を懐に抱いた…そうか、まだまだ開発する楽しみが有る様だ。

「…ナオ…俺は、お前に惚れてる…覚えとけよ?」

ネコは俺の胸に縋り付いて、コクンと頷いた。



夕方から行う新年会に参加する様にという兄貴の伝言を受けて、俺はネコを説得して宴会場に向かっていた。

「健司さん。」

突然呼び掛けられて振り返ると、2人の浴衣の男性がにこやかに立っていた。

「いらしてたんですね?気付きませんでした。」

「離れに籠っていたからな…。」

俺と背の高い方の男が話していると、互いの背後で掛け合う声がした。

「リンさんっ!?」

「ネコちゃん!どうしたの、こんな所で!?」

駆け寄り抱擁し合う2人を見て驚いている残された男達を無視し、2人の矢継ぎ早な会話が始まった。

「リンさんっ、リンさんっ、どうしたの?ここの組長さんに捕まったのっ!?酷い事されたり、苛められて無い!?」

「ネコちゃんこそ、どうしてこんな所に居るの!?…あの人に、捕まったの?」

「違うよ…私は、柴さんに拾って貰ったの。リンさん…お店は?」

「あぁ、年末年始で休みなだけ。其より…大丈夫なの!?酷い事はされてない?幸村刑事は知ってるの?」

「大丈夫だよ…柴さんは、京子さんの友達で元々は刑事さんだし…。」

「幸村刑事の友人で、柴さんって…関東連合のファングなんじゃ無いだろうね!?」

「ファング?知らないけど…伝説の総長って言ってたよ?」

「ネコちゃん…君偉い人に拾われて…本当に大丈夫なの!?」

「大丈夫だよ?柴さん優しいしね…病気も治してくれて、住む所も仕事もくれたの。それに、私…柴さんの事、好きだし…。」

「ネコちゃん!?」

「鈴、大丈夫だよ。」

ネコと抱き合う華奢な青年に、俺の隣に立つ学者肌の男が声を掛けた。

「健司さんは、僕の叔父なんだ。大丈夫、心配無いよ。それより…君が、父の言ってた仔猫ちゃんかな?」

「父って…柴さんのお兄さん?」

ネコが、鈴と呼ばれた青年の腕に抱かれたまま、訝しげに窺った。

「そうだよ…君の怪我の原因を作ったね。酷い事されたりしなかった?」

「…あの人…怖い。苛めるんだもん…。」

「そうかぁ…苛めるかぁ…。」

そう笑う男の隣で、俺はネコを呼び寄せた。

「ネコ、此奴は佐久間聡だ。」

ネコがピョコンと頭を下げると、聡の後ろから華奢な青年が挨拶をした。

「先程は失礼しました。僕は新宿で小さなバーを経営してる、伊庭鈴と申します。」

「柴健司だ。ネコと知り合いなのか?」

「そうだよ…リンさんには、いっぱいお世話になったの!!」

「いえ…僕は、逃げ込む場所を提供していただけですよ。」

「そうか…世話になった。」

そう頭を下げると、鈴は目を剥いて頭を振った。

揃って宴会場に行く道々、聡の済まなそうな瞳が寄せられた。

「苛められてるんですね?」

「あぁ…兄貴は可愛い物を見ると、弄くり倒して泣かせるからな。」

「…今日も、覚悟してもらわないといけないかもしれません…。」

「何か有るのか?」

「少しね…父の意に染まない事がありまして…若干フラストレーションが貯まってます。」

聡は後ろの2人を窺い見て、そう言った。

「こっちも…厄介事が発生してる。…ネコには、少し耐えて貰う事になるかもな…。」

既に宴会が始まっている会場に入った途端、上座に座っていた兄貴が立ち上がり、俺達を押し退けてネコを肩に担ぎ上げた。

唖然とする下座の面々を尻目に、嫌だと叫ぶネコをさっさと上座の自分の胡座の中に抱き込んで、こちらに向かって手招きをする。

「止めて下さい、お父さん!嫌がってるじゃないですか!?」

「…俺は、こういう可愛いのが好みだ…。」

「その子は貴方の物じゃ無いでしょう!?」

「こういう、可愛い娘が欲しかったんだ!!」

暴れていたネコが、会話を聞いて幾分落ち着いたのを見て、兄貴の隣に座った俺は苦笑いしながらネコの頭を撫でてやった。

「…鈴だって、十分可愛いと思いますが?」

「俺は、男のケツなんぞ膝に乗せたくねぇぞ!?」

「例え僕に普通の嫁が来ても、貴方の膝なんかには乗せたくありませんよ。それに僕の嫁は、鈴以外に考えられません。」

上目遣いで話を聞いていたネコが、前屈みになって聡の向こう側に座る鈴に声を掛けた。

「リンさん、結婚するのぉ?」

鈴は照れた様に笑い、聡は満面の笑みでネコに話し掛けた。

「そうだよ…鈴と僕は、結婚するんだ。」

下座がどよめき、兄貴の顔が歪む。

ネコは、ふぅんと言って不思議そうに聡に尋ねる。

「男の人同士って、結婚出来るの?」

「普通の婚姻は、無理だね。日本の法律では、まだ許されていないんだ。」

「そうだ!結婚は出来ない!!」

頭の上から吼える兄貴に、ネコは眉を寄せる。

「だから同性同士の結婚は、年長者の籍に養子縁組をして行うんだ。」

「へぇ…そうなんだ…おめでとう、リンさん!!」

「…ありがとう。」

無邪気に喜ぶネコに、兄貴が憮然として言った。

「だが、子供はどうするよ!?女じゃないと、子は産めねぇだろ…。」

「何で?」

不思議そうにネコが兄貴を見上げた。

「何でって…女しか子供は産めねぇだろうよ、仔猫ちゃん?」

「お孫さんが、欲しいの?」

「あぁ欲しい!物凄く欲しいぞ!?」

…ネコが何を言うか…俺は予想が付いて、手で口を覆った。

案の定、ネコは満面の笑みで、無邪気に兄貴に言った。

「じゃあ、良かったじゃない!」

「え?」

「だって、息子さんが養子縁組するって事は、柴さんのお兄さんにお孫さん出来るって事でしょう!?おめでとう、良かったね!!」

一瞬静まり返った次の瞬間、宴会場は爆笑の渦に包まれた。

呆気にとられた兄貴と、何が可笑しいのか理解出来無いネコに、下座の1人が声を掛けた。

「組長…完璧に一本取られましたな。」

「…うるせぇ…あぁ、もうっ!!お前は、可愛いなぁ!?」

そう言ってネコを抱き締めると、今迄大人しくしていたネコが又暴れ出した。

「そろそろ返せ、兄貴…俺の女だ。」

そう言うと、再び座がどよめく。

兄貴からネコの躰を奪い返し、自分の胡座の中に抱き込んでやると、ネコは嬉しそうに収まった。

「チキショー、おいっ、さっきのアレ持って来い!」

兄貴が叫ぶと、手下の1人が紙袋を持って来る。

「聡の結婚、許してやってもいい…。」

「本当ですか!?」

「ただし、仔猫ちゃんが俺の言う事をきいてくれたら…だがな?」

「…何?」

ネコが、俺の袖口を掴んで小さく尋ねると、兄貴は紙袋から出した物をネコの頭に装着した。

「今日1日、仔猫ちゃんがソレを付けてくれるなら、許してやる!」

ネコは頭の上に手をやると、装着したものを触った。

「…猫耳?」

「そうだ、可愛いぞ仔猫ちゃん!!」

ネコは俺を見上げて、小首を傾げる。

黒のタイツに赤いギンガムチェックのホットパンツ、黒のモヘアのセーターを着たネコに、その黒い猫耳は似合い過ぎて…。

「似合う?可笑しく無い、柴さん?付けててもいい?」

口許を押さえたまま、俺は何度も頷いた。

「…いいよ、付けても。嫌いじゃ無いし。」

「決まりだな、今日1日だぞ?」

「寝る迄でいいんでしょ?でも、お風呂の時は外すよ?」

「あぁ…いいなぁ…ニャアって鳴いてみ?」

「…嫌だよ。」

「何だよ…健司には鳴くんだろうが?」

「柴さんが、鳴いてって言ったらね?」

「…ネコ…あっちで、2人に祝いを言って来たらどうだ?」

ウンと、嬉しそうにネコは聡と鈴の元に行った。

「ありゃあ、天然のタラシだな、健司?」

ニヤニヤと兄貴が俺の杯に酒を注ぐ。

「端から許してやるつもりで、ゴネて見せたのか?」

「決めちまったんだろ?彼奴は、俺が反対しても利く様な奴じゃ無い…だが、組にとっちゃあ大問題だ。跡取り息子に子供が出来ねぇってのはな…。」

「方法は…有るだろう?」

「それより、手っ取り早い手が有る。」

何を言うか予想して、俺は眉を寄せた。

「元々聡は、堅気の道を選んでる…やっぱり、お前が継ぐのが一番いいんだよ。」

「俺にその気は無い…知ってるだろうが?」

「仔猫ちゃんの為でも?」

「何だと?」

「榊も、佐久間の次期組長になら、仔猫ちゃんをすんなり渡すかもしれねぇ。」

確かにそうかもしれないが…俺はネコを見詰め、溜め息を吐いた。


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