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新宿のネコ  作者: Shellie May
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貰う

腕の中でネコが抱き付いて穏やかな寝息を立てる…俺はその背中と腰を抱き寄せた。

素直に人恋しいと感情を溢れさせるネコに、戸惑いながらも受け入れた俺は、その腕の温もりにそれ以上の想いが沸き出しそうになるのを抑え込もうとしていた。

それにしても、この抱き心地は堪らない。

しっとりとした肌の柔らかさ、腕に添う躰の軟らかさ、腕の中に収まる大きさといい、若い躰から立ち上る芳香といい…。

頭の中で警鐘が鳴る…ネコは16歳の未成年で、そんなつもりで抱かれている訳では無いのだ。

ヤバイな…そう思った時には、もう遅かった。

布団の中で寒いと懐に抱き付いて来る様に、寝室の暖房をわざと切る大人の小狡さを企てている自分がいる。

微睡むその頬を撫でると、手を追って顔を擦り寄せて来るその仕草に口許を綻ばせた。

「…おはよう、柴さん…もう起きてたの?」

「あぁ…寒くなかったか?」

「暖かかったよ…柴さん、体温高いの?」

胸に顔を擦り寄せられゾクリと背筋に走る感覚に慌て、気付かれまいとネコの鼻を摘まんで答えた。

「さぁな。」

酷いと笑いながら腕をすり抜け、寝室を出て洗面所に向かうネコを見送り、溜め息を吐いた。

俺は…いつ迄耐えられるだろう?



師走の慌ただしい空気は、商店街から少し離れたこのビル迄風に乗ってやって来る。

クリスマスイブの土曜日、事務所の応接セットでのんびりとネコと共に遅めの朝食を取っていると、突然入口のドアが開いて黒服の男達がドヤドヤと入って来た。

どう見ても堅気に見えないその一団に、ネコは飛び上がって事務所の窓を開け放ち、空中にダイブした。

「ネコっ!?」

慌てて窓に駆け寄ると、下に停めてあった黒のセダンのボンネットに跳ねたネコは、転がる様に逃げようともがいていた。

「何だ?何があった?」

黒服の1人が、同じ様に窓から身を乗り出し下を覗き込んだ。

「クソッ!!飛び降りたんだ!!」

「飛び降りたって…此処は2階だろうよ?あーぁ、ボンネット凹ませやがって…。」

俺が入口を飛び出し階段を駆け降りると、セダンの横で黒服の男達に羽交い締めにされたネコが大暴れしていた。

毛を逆立てた猫の様に正面から捕まえ様とする男を蹴り上げ、後ろから羽交い締めにした男の腕に噛み付いている。

「待て、待てっ!!離してやってくれ!!」

男達が腕を弛めた途端、後ろの男の喉を引っ掻き、身を翻して逃げようとするネコを抱き締める。

「ネコっ、ネコ…落ち着けって!此奴等、お前を捕まえに来た奴等じゃ無い!大丈夫、大丈夫だから…。」

フーフーと息を荒げるネコを何とか落ち着かせ事務所に上がると、背後に黒服の男達をズラリと従えた男がドッカリとソファーにふんぞり返っていた。

「やっと帰って来たか。」

「…来るなら、一報寄越してからにしてくれ。」

ビクビクと震えるネコを見詰めてニヤリと笑った男は、ヒョイヒョイと手招きをする。

「来いよ、仔猫ちゃん。」

「…おぃ。」

「良いじゃねぇか…コッチは、車をお釈迦にされたんだ。」

そう睨み付けると、もう一度ネコを呼んだ。

「来るんだ、仔猫ちゃん!」

ネコは俺の顔と目の前に座る男の顔を見比べ、不安そうに男の前に立った。

「車をお釈迦にしたお仕置きをしないとなぁ?」

男はそう言って自分の膝を叩き、ネコにそこに座る様に指示した。

恐る恐る膝に座りながらも目だけは男を睨み付け、男に顎を引き上げられ親指で唇に触れられると、ネコは思い切りその指に噛み付いた。

「オイッ!?」

黒服達が熱り立つのを制した男は、ネコと目を合わせて思いきり大きな笑い声を上げた。

「いいなぁ、健司!!この気の強さ、気に入った!!」

「…いい加減にしろよ、兄貴…。」

俺の言葉を聞いた途端、ネコは噛み付いていた指を離して振り向いた。

「ネコ、それは俺の兄貴だ。」

みるみるネコの大きな瞳が涙で潤み、兄貴の膝の上で大粒の涙を流しながら声を上げて泣き出した。

「いい加減、可愛い物を見たら泣かす迄弄くる癖、治せよ。」

「いやぁ、堪らんだろうよ!?こんなに可愛くちゃ尚更なぁ?」

そう言って泣きじゃくるネコの髪をグシャグシャにして撫でると、キュウッと抱き締める。

慌てて奪い返して同じ様に膝に乗せると、ネコは俺の首に腕を回して顔を埋めて泣き続けた。

「抱き心地も良いじゃねぇか。」

「うるせぇよ…で、何の様だ?」

「いや、今度の正月はコッチに来ないかと思ってな。」

「行かねぇよ…わかってんだろうが?」

「まぁな…じゃあ、温泉旅行なんてどうだ?」

「断る。自分達だけで行ってくればいいだろう?」

「つれねぇなぁ…。」

兄貴はニヤニヤと俺達の様子を見ると、

「一緒に暮らしてるのか?」

と聞いた。

「あぁ…。」

「じゃあ、2人で行って来い。予約はしておいてやる。」

「…。」

「その子を泣かした詫びだ。どうだ、仔猫ちゃん?」

何も言わずに怯えるネコの代わりに少し考えさせろと兄貴に伝えると、明日返事を寄越せと大挙して押し掛けた一団は帰って行った。

勿論、帰りがけにネコの髪をグシャグシャにする事は忘れない…。

「怖い思いさせて悪かったな。」

泣き止んだネコは、膝に乗ったまま微かに震え続けながらも首を振った。

「柴さんのお兄さんって…ヤクザ?」

「そうだ。あれでも組長でな。」

「だから、ツテが有るんだ。」

「そう…俺とは腹違いの兄貴なんだが、何だかんだと可愛がってくれてる。」

「実家が、お金持ちって…。」

「兄貴の事だ。」

「そうなんだ…。」

「嫌か?」

ふるふると首を振りながら、ネコは少し強張った笑顔を見せた。

「車も、あの人達も…平気?」

「あぁ、気にするな。それより、お前躰平気なのか!?」

「…多分。」

上着をめくり上げて躰と腕とを確認する。

骨は折れては居ないようだが、肩や腕、腰が赤くなって腫れていた。

「もう二度と窓から飛び降りたりするなよっ!!たまたま下に車が有ったから良かったが、地面に激突してたら死んじまう所だったんだぞ!?」

「…うん。」

「全く…肝が冷えたぞ…絶対だからなっ!?」

「…わかった…ごめんなさい。」

ネコの躰に湿布を貼ってやりながら、俺は優しく尋ねた。

「温泉どうする?」

「2人で?」

「何だ、不満か?」

「怖い人達、来ない?」

「多分な…。」

「来るかもしれない?」

「ん…。」

「来るんなら…ヤダ。」

余程怖かったのか、ブルリと震える。

「そうだ、京子さん達も誘う?」

俺が眉を寄せるのを見て、ネコは不味い事を言ったのだろうかと不安な表情を見せた。

「別に構わないが…基本ヤクザと刑事が同席するのは不味いからな。」

「じゃあ、族の皆さんは?」

「…馬鹿騒ぎしたいのか?」

「うぅん…怖いだけ。」

「ネコ…大丈夫だから…兄貴の組の奴等は、お前を守ってくれる。」

「本当?」

「あぁ…その内に事情を話すから…打ち身に良く効く温泉を頼もう。」

ウンと頷いたネコは、その前に話さなきゃね…と、小さく呟いた。



クリスマスプレゼントにと携帯ショップに連れて行き、ネコに機種を選ばせる間に、俺は自分の機種変更の手続きを取っていた。

「どれにするの、柴さん?」

「さて、どうするかな?」

「一緒のがいいな…。」

「一緒の?」

「ウン…駄目?」

同機種の色違いを2台手続きしている間に食事をし、帰り道にある雑貨屋で歩を止めた時、ネコは不思議そうに俺を見上げた。

「…ストラップ、選んで来い。」

「良いの!?」

「ただし、2本だ。」

「2本?」

「…一緒のが良いんだろ?」

ネコは嬉しそうに頷くと、店の中に走って行った。

家に帰り、初めて携帯を持つネコにあれこれと教えると、流石に若者だけあって直ぐに操作を飲み込んだ。

「柴さんから貰うばっかりで、私から何にもプレゼント無いよ…。」

俺の携帯にストラップを付けながら、パジャマ姿のネコが申し訳無さそうに俺を窺う。

「…そんな事は、無いんだがな…。」

ベッドの上に座った俺が呟くと、ネコは俺の所に這って来て再び窺う。

「私、何にも上げてないよ?」

「飯作ったり掃除したり…事務所の事も手伝い始めたろう?」

「クリスマスプレゼントの話だよ!」

「何か、贈りたいのか?」

「って言っても、たいした物は上げれないけどね…。」

そう言うネコに、俺は這ったままの躰を起こさせ、布団の上に座らせた。

「目、閉じてろよ。」

「何?」

「良いから…。」

正座をして目を閉じたネコをやんわりと抱くと、俺は顎を引き上げてその唇に軽くキスをした。

「…しぅわはん…。」

唇を重ねたまま、ネコが話を始めたので、俺は仕方無く唇を離す。

「…何だ?」

「…柴さんってさぁ…恋人居ないの?」

俺は顎を上げたまま目を閉じたネコの顔を見詰め、ハァと溜め息を吐いた。

「お前…この状況で、このタイミングで、それを聞くかぁ?」

薄目を上げたネコは、目を開けても良いと判断したのか、真剣な眼差しで俺を見上げて言った。

「だって…大切な事だよ?」

「…萎えた。」

「だって…。」

赤くなりながら、ネコは力説しだす。

「お付き合いしてる人居たら、その人に申し訳無いし…こういう事って…恋人同士しかしちゃ駄目なんだよ…。」

「…居ねぇよ、恋人なんて。見てたら、わかんだろうが…。」

「だって…柴さん格好良いし…モテるだろうしさ。この前だって…。」

「この前?」

「綺麗なお姉さん達が…言ってたし…。」

「…気にしてたのか?」

「柴さん、私が来てから夜飲みにも行って無いし…何か…悪いなって。」

赤くなって下を向き、モジモジと恥じらうネコの頭に手を乗せて、俺は言った。

「俺は、自分がしたい様にしか行動しない男だ。お前が、そんな事で気に病む必要は無い。それよりも…だ。」

「何?」

「嫌じゃ無かったか…さっきの?」

再び真っ赤になったネコは、しどろもどろで答えた。

「ぃ、嫌じゃ…無いょ…し、柴さんの事…好き…だし……でもさぁ…。」

「なら、今度こそ目を閉じてろ。」

「…ぇ…。」

「クリスマスプレゼント貰うんだからな?」

「…あ…うん。」

「…喋んなよ。」

大人の狡さを駆使して、俺はもう一度目を閉じたネコの唇を奪う。

軽く啄む様なキスをして、頑なに歯を食い縛るネコの鼻を摘まんだ。

息苦しさに口を開けた途端、舌を侵入させて貪る。

「…ンンッ。」

迎え入れた舌に逃げ惑うネコの舌と躰を、しっかりと抱き締めて絡ませる。

空気を求めて喘ぐ口を覆い尽くし、再び鼻を摘まんでやると、ようやく鼻で呼吸を始めた。

強張っていたネコの躰が、ふにゃりと力を抜き俺の腕に添う。

舌を絡めピチャリという水音に僅かに震えるネコの躰と、上気した顔の眦に涙の雫が溜まった時、口唇を味わい尽くした俺はゆっくりとネコを解放した。

「…柴さぁん…。」

トロンとした瞳で見上げるネコを布団に入れてやり何時もの様に抱き寄せると、やがてネコは穏やかな寝息を立て始めた。

大人って奴は…全く…。



翌日、ドラッグストアで湿布を買った俺が家に戻ると、京子がベッドの枕元に座りネコの頭を撫でていた。

「来てたのか?」

「ネコちゃんに、クリスマスプレゼント渡しに来たのよ。それより…ちょっとコッチに来なさいよ。」

京子は俺を事務所に引き摺ると、襟元を締め上げた。

「しぃ〜ばぁ〜っ!?」

「何だ!?あのアザか?あれは昨日、ネコが窓から飛び降りて…。」

「それは聞いたわよっ!!」

「じゃあ何だ!?」

「アンタ…クリスマスプレゼントって、ネコちゃんの唇奪ったって!?」

「あ…。」

「あ、じゃ無いでしょ!?全く…。」

「喋ったのか?」

「喋ったわよ!!」

「全部?」

「全部…って、アンタその先も遣っちまったなんて事!?」

「それは無い。」

「アンタねぇ…。」

京子は襟元を離すと、疲れた様にソファーに座り込んだ。

「仮にも、この間迄警察官だったんでしょう?」

「…もう違う。」

「マジなの!?」

驚いた様に俺を見詰めた京子は、ハァと溜め息を吐いて言った。

「無茶な事するんじゃ無いわよ!?ネコちゃんには、嫌な事されたら金蹴りして、私に直ぐ連絡する様に言っといたわ。」

「そうか。」

「そんなつもりで引き取ったとは…私もまだまだ読みが浅いわね。」

そう言って、京子は苦笑した。


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