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新宿のネコ  作者: Shellie May
30/32

再び貰う

翌日、ネコを誘って街に繰り出した。

この時期の街は、クリスマスと正月のディスプレイが混在し、人出も多く賑かな事この上無い。

普段は全く化粧等しないネコが、今日はうっすらと化粧をしている…聞けば、顔の傷を上手くカバー出来る方法を椿に習ったらしく、試してみたくなったらしい。

カフェで珈琲を運んで来ると、席に着いていたネコに数人の男達が話し掛けていた。

俺に気付いたネコがニッコリ笑って手を振ると、男達は引攣った顔を見せスゴスゴと退散する。

「何だったんだ?」

席に着いた俺が暖かい珈琲を前に置くと、エヘヘと嬉しそうにミルクを入れながらネコは笑った。

「…ナンパされちゃった。」

「え?」

「だからぁ、今から一緒に遊びに行かないかって、ナンパされたの!」

ブラック珈琲を啜りながら、俺は黙って目の前のネコを見詰めた。

俺の回りに居る女達…椿は別格としても、京子や真はキリリとしたキャリアウーマンで、いい女の部類に入るだろう。

沙夜も男の庇護欲をそそる容姿だという事は、いい女という事だ。

ネコを容姿云々で見た事は…正直言って無い…最近娘らしくなったとはいえ、小柄でアンバランスで…可愛らしいと思っていたのは、正直惚れた欲目だと思っていた。

「彼氏と来てるんだって言っても、なかなか信用して貰えなくてさぁ…柴さんが睨んでくれて、助かったよ。」

「睨んでたか?」

「うん…眉寄せて凄い顔してたよ?」

アハハと笑いながら珈琲を飲むネコを見て、マズイと思った…コイツを可愛いと思うのは、俺だけでは無いのだ。

今から大人に成るに従って、あの色香が隠せ様も無くなった時…どれだけの男達がネコに群がるのか…まるで発情期の雌猫に群がる雄猫の如く…。

「どうかした?柴さん?」

「…いや。」

訝しげに覗き込むネコに、俺は違う話題を振った。

「連城さんの家は、決まったのか?」

「まだだよ…場所が良くても家が気に入らなかったり…警備するのに不向きだったりって…連城さんと堀川さんがワァワァやってる。」

「椿さんは?」

「お姉さんは…笑って見てるよ。自分はどこでもいいんだって…連城さんの気に入った所でいいって…連城さんねぇ、お姉さんの洋服迄選ぶんだって!」

自分がネコに執着するのも度が過ぎると思うが、連城に比べたらまだまだ可愛いいものだと思う。

「ナオ…春頃に、引越そうと思う。」

「…どこに?」

「まだ決めてない。」

「仕事は?事務所と遠くなったら、不便にならない?」

「あそこの仕事も、手を引く事にした。」

「…何かあった?」

不安そうに眉を寄せるネコに、俺は笑い掛けた。

「何も無い…連城さんも了解してくれた。引き続き、連城さんの依頼には応える積りだしな。」

「そう…新宿に戻るの?」

「どうするかな…お前は、どこがいい?」

「私?」

「あそこから離れるのは嫌か?」

「そうじゃないけど…引越すなら、前みたいに新宿にアパート借りようかなって思って…。」

「…俺と離れたいのか…新宿に戻りたいのか…どっちだ?」

俺の冷たい視線と声に驚いたネコは、ブンブンと頭を振った。

「言葉…間違えた?えっとね…説明するから…えっとね…。」

そう言いながら、ネコは涙ぐみ慌てて言葉を紡ぐ。

「昨日ね、パーティーで…真さんからアルバイトに誘われて…出版の仕事のアシスタントやらないかって。前も掃除しながら見てたし、会社忙しいけど…中の人達いい人ばっかだし…だから、柴さんの仕事や住む場所が新宿の近くじゃ無いならさ…前みたくアパート借りようかなって…思って…。」

真っ赤な顔をして俯くネコの頭に手を置くと、俺は溜め息を吐いた。

「なら…何故新宿がいいって言わない?新宿に住みたいって言えばいいだろう?」

「だって…柴さんは仕事…。」

「まだ、どこで事務所を立ち上げるかも何も決めて無い…我儘言っていいんだ、甘えろっつったろ?」

「…。」

「それに…俺は、もうお前と離れて暮らす気はねぇぞ!?危なっかしくて、放っとけねぇからな!」

「…酷い。」

「…堪えられ無い…我慢出来無い…って、言ったろ?」

「…ん。」

「新宿で、事務所と住む場所を探す…それでいいな?」

「…うん。」

俯いたまま頷いて、グスンと鼻を鳴らずネコの髪をグシャグシャとかき混ぜて、幾分声を和らげて尋ねる。

「クリスマスプレゼント、何がいい?」

「え…何も無いよ?この間、音楽プレイヤー貰ったし…。」

「あれは、誕生日プレゼントだろう?」

謙虚と言うより、この物欲の無さは…時折こちらを寂しくさせる。

結局、コイツは甘え方を知らないのだ。

ネコにとって甘えとは、精神的な物だけだと思っている節がある…だが、それさえも俺の立場や仕事を理由に、殆ど自分の腹に飲み込んでしまう事の方が多い。

一緒に街を歩いていても、手を繋ぐ事は疎か隣に並んで歩く事さへ躊躇する…顔に傷を負ってからは、それは余計顕著に表れた。

食事等を取る時に同席する以外は、人気の無いのを確認してしか近くに寄って来ない。

昔飼ってた猫に似た様な奴が居た…いつも少し離れた所からじっとこちらを窺っている。

他の猫が寄って来る時には絶対に側に来ないが、誰も居ない時には俺の背中の後ろで丸まっていた…自分からは絶対に膝にも乗らないし、他の猫が来ると飛んで逃げるが、抱いてやるとグルグルと喉を鳴らして顔を擦り寄せる…ネコはアイツにそっくりだ。

カフェを出ていきなり手を繋ぐと、驚いた様に振りほどかれた。

「自分で彼氏って、言ったんだろ?」

「え…そうだけど…。」

「じゃあ、恋人気分味あわせろよ?」

「でもさ…人、沢山居るし…。」

「だからだろ?誰も他人の事なんて気にして無いし、こう人が多くちゃ逸れて迷子になっちまう。」

再び強引に手を繋ぐと、最初こそ恥じらっていたが、直ぐに嬉しそうに擦り寄って来た。

携帯ショップに足を踏み入れると、不思議そうに見上げ眉を寄せる。

「ボタンの調子が悪くてな…修理に出すんだ。」

店員との話の流れで、修理より機種変更の方が得だと説明されると、隣に座って聞いていたネコの顔色が曇った。

「お前のも、一緒に機種変更するか?」

「でも…私のどこも壊れて無いよ?」

「…一緒のがいいんだろ?」

「…。」

「クリスマスプレゼント…コレにするか?」

「…うん。」

恥ずかしそうに頷いて、ネコは自分の携帯を出した。

2人で機種を選び、食事に行き…ハタと思い付いて立ち止まる。

「どうしたの?」

「…ナオ、ストラップ…。」

「…。」

「嫌か?お前、あれ以来…携帯に何も付けてねぇだろ?」

「…柴さんのも、一緒に変えていい?」

「あぁ。」

「今度は、柴さんが選んで!!」

苦手なんだが…と呟きながら、以前鉄也が彼女にプレゼントするとシルバーアクセサリーを買っていた店があったのを思い出した。

確か…ストラップもあった様な…。

携帯を受け取り、アクセサリーショップに入ると、ネコは驚いた様に目を丸くして店内を見回した。

「どうした?」

「いや…柴さんのイメージと合わないからさ…ちょっと驚いただけ。」

どういう意味だとネコを睨みながら、奥のショーケースに誘う。

「いらっしゃいませ。」

「ストラップが欲しいんだが?」

「当店のストラップは、お客様の好みに合わせてお作りする事が出来ます…先ずはベースとなるベルトかチェーンをお選び下さい。」

「どっちがいい?」

「柴さんに任す!!」

俺が、携帯に合わせた赤と黒の皮ベルトをチョイスすると、店員はトレーの上にそれを並べて言った。

「このタイプですと、最大3個迄チャームを付ける事が出来ます。ベルトの端には、名前のアルファベットのチャームをチョイスする方が多いですね。」

俺は素直にKとNのチャームをチョイスし、ネコには迷わず目にラインストーンを埋め込んだ猫の顔のチャームをチョイスした。

楽しそうに横から覗き込むネコが、クスクスと笑いながら呟く。

「流石に、あの犬じゃ可愛らし過ぎるねぇ?」

「選んでくれよ。」

えーっと言いながら、ネコは牙の根元にラインストーンが配されたチャームを選び、黒のベルトの横に置いた。

「何か…あんまり、お揃いっぽく無いね?」

「そうか?」

俺は猫と牙のチャームをもう一組取ると、それぞれのストラップの上に置いた。

「3個付けれるんだろ?」

嬉しそうに眺めていたネコはそっと手を出して、赤いストラップの下にKのチャームを置いた。

「…こっちがいいな。」

店員がニッコリと笑いながらセッティングしている間、俺達は店内を物色した。

「柴さんって、アクセサリー着ける人?」

「いや、着けねぇぞ?」

「…前に、誰かのプレゼント選ぶのに、来た事があるの?」

少し口を尖らせるネコを見下ろし、可愛らしい焼きもちに笑みを溢す。

「鉄がな…前に彼女のプレゼント選ぶってんで、付き合わされたんだ。」

「鉄さん、そんな人居たんだぁ!」

「言うなよ…その後、こっぴどく振られたんだからな…。」

出来ましたと店員に声を掛けられ、支払いを済ませると、店員がニッコリと笑って言った。

「オマケに、赤いストラップに鈴付けて置きました。」

「え?」

「彼女さん…あまりに可愛かったんで…。」

どうもと苦笑いし、俺達は店を出た。



ベッドの上でパジャマに着替えたネコが、無心になってストラップを付ける姿を見て、思わずデジャヴュかと目を見張った。

そう…2年前のクリスマス…プレゼントの携帯に同じ様にストラップを付けて…。

「又私から何にもプレゼント無いよ…いっつも柴さんに貰ってばっかりだね…。」

そう…前にも同じ様な事を言って…。

「来年は、ちゃんと用意するね…まぁ、大した物上げれないんだけど…。」

やっぱり…同じ…。

ギシリとベッドを軋ませて躙り寄ると、ネコは驚いた表情を見せた。

「…柴…さん?」

「…ナオ。」

「どうしたの?…溢れて…滝みたいだよ?」

「…ナオ…貰うぞ…。」

そのまま押し倒し、唇を重ねる…驚いたまま固まっていたネコは、慌てて携帯をサイドテーブルに上げようと、腕を伸ばして逃れようとした。

「…柴さん…携帯…。」

「…いいから。」

「……いゃぁん…。」

ネコの小さな甘い悲鳴を聞いた途端、俺の中の何かがプツリと音を立てて切れた。

ふっくらとした下唇を甘噛みしながらねぶり、小さな歯を分け入って上顎を擽ると、ネコはピクリと痙攣して息を飲んだ。

怖がらせ無い様に優しくその肌を辿りながら、舌を絡めて吸い上げる。

甘い呻き声と吐息を飲み込んで大人の愛撫を繰り返し、そっと身にまとっているものを剥がすと、薄く敏感な肌は桜色に色付いていた。

唇を落とすとその肌に赤い花弁が散る…ネコは躰をくねらせて、甘い息を上げ膝を擦り合わせる。

「…ナオ。」

見下ろすと少し咎める様な視線で見上げられ、思わず口端が上がる…まだ抵抗するか…。

「…まだだ…もっと乱れて見せろ…。」

再び与え続けられる愛撫に、ネコは身を震わせて躰全体を仰け反らせた。

焦らす様に優しく躰中に舌を這わせ、ギリギリ迄追い詰めては引く…もう決して逃げる事の叶わぬ様に、光る銀糸の蜘蛛の糸で絡めとる…。

甘く蕩ける様な嬌声を上げ、快楽だけを追う事しか出来無くなる迄追い詰めると、ネコは腕を伸ばし潤んだ瞳で見上げた。

「どうした、ナオ?」

「…柴…さ…ん。」

「どうして欲しい?」

ネコの眦から、涙がこぼれ落ちる。

「…柴…さんっ…何とか…してぇっ!!」

ネコの躰を抱え上げ、じわりじわりと己が身を沈めると、嬌声を上げ弓反りになり震えた。

「…いい子だ、ナオ。」

「駄目っ!!駄目ぇ…。」

「大丈夫だって教えたろ?」

「駄目よぅ…おっきい…。」

「…大丈夫だ…怖くない。力…抜いてろ…。」

抱き締めても喉を仰け反らせるネコを首に抱き付かせて、その喉を甘噛みしてやりながら囁く。

「…大丈夫だ…俺は、お前に…快楽しか与えない。」

甘い吐息と声が混じり合う…互いの腕と視線が交差する…。

躰の中に流れ込む…押し流され突き上げられる様な奔流。

欲情とは別の、その激しい光の渦。

…そうか…これが…。

躰の下で啜り泣く、小さな声が訴える。

「躰の中…柴さんで一杯で…溺れちゃうよぅ…。」

全く…この娘は…。


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