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新宿のネコ  作者: Shellie May
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俺は、ネコの事をどうしたいのか…京子に言われ、仕事中もずっとその事を考えていた。

浮草の様な生活では無く、定住させて仕事をさせ…落ち着く迄は、此処で一緒に暮らせば良い。

仕事は此処の事務でも良いし、俺の口利きが有ればアルバイト位は幾らでも探せるだろう。

その先は、と京子は問う…鋭いな…正直何も考えていなかった。

昔から、お前は考え無しだと松田に怒鳴られ通しだ。

刑事を辞めたのも、俺の実家の事であらぬ疑いを掛けられ、同僚や上司と揉めた事が原因だった。

全くの事実無根である事を自分で調べ上げて証明し、上司に辞表を叩き付けた。

好きな仕事だっただけに、その後の落ち込みは相当なもので…事務所を立ち上げ、最近やっと浮上して来た所だったのだ。

ネコと出会って懐に抱いて…癒し感はあった。

それだけで、探し出して面倒を見よう等と思うだろうか?

『嘘つき』とネコに言われた事がショックだった。

『此処がいい…柴さんの所がいい!』と素直に抱き付いて来たネコを可愛いと思った。

『…捨てるなら…優しい言葉なんて掛けるな!餌やったり、構ったりするなよっ!!』と叫んだネコの言葉に、胸がえぐられる思いがして…。

俺はネコをどうしたい?

そして…ネコはどうしたいと思っているのだろうか?



4日後、京子からネコが見付かったと連絡が入った。

指定された西新宿6丁目にある東京医科大学病院のロビーで、京子は俺を待っていた。

「様子は、どうなんだ?」

「かなり危険だったみたい…渋谷じゃ無くて、新宿駅西口地下広場で発見されたのよ。」

「新宿に居たのか。」

「2日前にね…ホームレスだか行き倒れだか見分けがつかずに、通報が遅れたらしいんだけど…運ばれた時は虫の息だったらしいわ。年齢が若くて、身元を示す物が何も無いって事で、ウチに照会が来たって訳。」

「そうか…。」

「柴…本当に引き取るのね?」

「あぁ。」

「今度捨てたら、児童虐待で引っ張るわよ!?」

「おっかねぇな。」

「冗談抜きで…。」

「大丈夫だ。」

「わかったわ、付いて来て。」

連れて行かれた病棟の個室で、ネコは酸素マスクや点滴、色々な機械に繋がれていた。

「治るのか?」

「少し時間が係るそうだけど、大丈夫よ。」

「そうか…。」

安堵する俺に、京子は書類を渡して言った。

「取り敢えず、柴の妹って事にしてあるわ。書類書いて出して置いてね。私は、必要な物揃えて来るわ…下の売店で買えるそうだから。」

「あぁ、宜しく頼む。」

京子が出て行くと、俺はベッドの横に有るパイプ椅子に座り、ネコの頬を指でそっと撫でた。

ピクリと反応したネコは、俺の方に向いて寝返りを打ち、うっすらと目を開けた。

「ネコ…大丈夫か?」

酸素マスクの下でくぐもった声は聞き取れず、俺が頭を撫でてやるとネコはそのまま目を閉じた。

それから毎日俺は病院通いを続け、ようやく今週末に退院しても良いと医者に告げられたのは、12月の中旬だった。

ベッドの上で医者を見送ったネコに、俺は今後の事を切り出した。

「ネコ、退院した後の生活だがな…。」

「柴さん…医療費…。」

「心配するなと言ったろう?」

「でもさ…保険入ってねぇし、個室だし、1ヶ月も入院してたし…凄いよ、きっと…。」

不安そうに窺うネコに俺は言った。

「俺は、案外金持ちなんだ。」

「やっぱり嘘つきだな、柴さん。金持ちなら、あんなボロビルに住んで無いって。」

「確かにな…でも、金持ちなのは本当の話だ。実家が、だがな…だから心配するな。それより、退院後の生活の話だ。」

「…躰も元気になったしさ、大丈夫だって。少しずつ、返すよ…仕事探してさ。」

「どうやって仕事を探す?」

「…。」

「住む場所も無い、保証人も居ない未成年を雇う所なんて、無いだろうが?」

「そりゃ、そうだけど…。」

「ウチに来い、ネコ。」

「でもさ…これ以上、迷惑掛けらんないよ。」

「今更だろうよ?金も、俺の所に来て躰で返せば良いだろう?」

「…躰で?」

訝しげな視線を送るネコに、俺は慌てて訂正した。

「馬鹿野郎!労働だ、労働!事務所で働けって事だ。」

「あぁ…ソッチね。」

クスリとネコは笑い、少し寂しげに肩を上げた。

「でもさ…身元もわかんねぇ奴雇って、アンタ平気なのかよ?」

「じゃあ、話してくれるのか?」

「…。」

途端にバツの悪そうな顔をして、ネコは俯いた。

「名前も駄目か?」

「…駄目だよ。」

「お前が頑なに自分の身元を隠すのと、お前が怪しい奴等に追われているのは、何か関係が有るのか?」

「何でそれを…あぁ、そうか…アンタ、元デカだったんだよな。」

「お京に聞いたのか?」

「オキョウ?」

「幸村刑事だ。」

「あぁ、そうそう…京子さんだもんな。」

「なぁ、ネコ…俺の仕事、ボディーガードもするって言ったろう?俺ならお前の事を、奴等から守ってやれるぞ?」

「…無理だよ…筋者だって、気付いてんだろ?」

「なら尚更だ。見付かった時、お前どうするつもりだ?」

「それは…。」

「ソッチ方面のコネも持ってるんだ。安心しろ。」

「本当に?」

「あぁ…表から裏迄顔が広くなきゃ、何でも屋なんか出来ねぇからな。」

「危なくねぇの?」

「お京から聞いて無いのか…自分で言うのも何だが、俺は結構強いんだぞ?」

大きな目を見開いた後、ネコはクシャリと顔に皺を寄せて笑った。

「なぁ、柴さん…何で…引き取ってくれんの?」

「それは、お前が…。」

「え?」

「…お前が言ったんだろう?」

「…何か…言ったっけ?」

「…あの日…俺の所がいいと…お前が言ったんだろう…。」

「っ!?柴さんっ!?」

俺の言葉に真っ赤になって俯くネコに、俺は尋ねた。

「俺の所がいいんだろ?」

しばらく考えあぐねて、コクンと頷くネコの頭を撫でてやる。

「宿無しじゃ無くなるんだ…もう、無理して男言葉使うんじゃねぇよ。」

「…やっぱり、無理があった?」

「まぁな。」

「そっか…。」

ネコはベッドの上で正座すると、手を付いて俺に頭を下げた。

「柴さん、お世話になります。」

「おぅよ。」

「何か、気が抜けちゃったよ。」

そう少女らしく笑うネコに、俺は再び尋ねた。

「お前、今年幾つになる?」

「言わなきゃ駄目?」

「其位なら良いだろう?」

「…16。」

「じゃあ、家を出たのは!?」

「…14。」

「名前…教えろ。」

「だから…。」

「下の名前…呼び方だけでいいから。」

「…絶対に秘密なの!!人前で呼ばないって、約束してくれる?」

「あぁ。」

「絶対だよ!?」

「わかった、約束する。」

「…『ナオ』っていうの…。」

「そうか…いい名だ。」

そう言って、ネコの頭を引き寄せ、背中に手を回して抱いてやる。

「長い間…辛かったな、ナオ。」

そう声を掛けると、

「その名前で呼ばれるの…2年振りだよ…。」

そう言って、ネコは俺の胸で泣いた。



退院の日、俺に荷物を預けると、京子とネコは2人で出掛けて行った。

夕方、ネコを探すのに骨を折った奴等への礼と、ネコの退院祝いを兼ねた食事会の席に現れた時、全員が呆けた顔をして2人を迎えた。

「総長…此方が…その、ネコさんですか?」

「…あぁ。」

「何よ、揃いも揃って!何か言う事無い訳!?」

京子が腰に手を当てて怒鳴ると、ネコはクスクスと笑い、

「皆さん、本当にお手数をお掛けして、申し訳ありませんでした。」

と、深々と頭を下げた。

「あ…イヤイヤ、俺達は何も…。」

「そうです、総長の命令は絶対なんで…。」

と口々に言うと、俺の隣の席にネコを誘った。

「どう、柴?ネコちゃん、可愛いでしょう?」

得意気な京子が、ニヤリと笑って俺を覗き込んだ。

ざんばらだった髪は綺麗にカットされ、Tシャツに黒のVセーター、赤いチェックのスカートにスパッツという出で立ちは、渋谷辺りの女子高生そのものだ。

「素材が良いから、何着せても似合うのよ…ついつい張り込んだわよ。必要な物は、一通り揃えといたから。」

そう言って、京子は俺が預けた現金封筒をそっと返した。

「済まなかったな。」

「良いわよ〜、いつでも言って!女同士の買い物って、楽しいから!ね、ネコちゃん?」

ハイと答えながら、俺を窺う様に見上げるネコに、

「良く似合う…良かったな、ネコ。」

と言って頭に手を置くと、嬉しそうに頷いた。

「アンタ達、ネコちゃんは私の妹分でもあるんだからね!手ぇ出したら、承知しないよっ!?」

「わかってますって、お京姐さん!!総長にも、散々言われてるんっすから!」

「総長?」

ネコが、不思議そうに首を傾げると、座に座った1人が語る。

「そうです。此の方は、関東連合の歴代総長の中でも飛び抜けた、伝説の総長なんですよ!!」

「関東連合って?」

「それはねぇ〜。」

酎ハイのジョッキを片手に、京子がズイっと顔を出す。

「関東最大の暴走族の名前よぉ〜。柴は、そこのヘッドやってたの。」

「柴さん、族してたんだぁ!」

目を見張るネコに、俺は苦笑いを漏らした。

「昔の話だ。」

「強かったのよ〜。喧嘩番長で、迎える相手を千切っては投げ、千切っては投げ…。」

「お前も一緒だろうが?レディースのヘッドしてたんだからな。」

「京子さんも!?」

「コイツは鎖振り回してたんだ…。」

「…よくそれで、刑事になれたね?」

「その腕を見込まれたって事かしら?」

「さぁな。」

フフンと笑う京子に、ネコは無邪気に問いかけた。

「京子さんと柴さんって、恋人同士なの?」

俺と京子は酒を吹き出し、他の奴等は水を打った様に静まり返る。

「じょっ、冗談じゃ無いわよ!こんな奴!?」

「ネコ…えらい誤解だ。」

「そうなの?」

「そうよ!コイツとは、中学の時からの腐れ縁で、元同僚だっただけの事よ!」

「ふぅん。」

ネコが意味深に笑うのを見て、俺はトイレに立った。

帰って来ると、座敷の入口で帰り支度の京子と鉢合わせた。

「どうした、もう帰るのか?」

「嫌な奴等が来たからね…アンタもネコちゃん連れて、とっとと帰んなさいよ!」

座敷の中には、派手な数人の女達が乱入し、俺が入るとすかさず両側から腕を絡めて席に誘う。

その様子を見て、ネコは何も言わずにそっと下座に移動した。

「柴さぁん、久し振りじゃない!どうしてたのぉ?」

「色々とな。」

「噂で聞いたわよ。あの子なんでしょ?探してた子って。」

「あぁ…。」

ネコは下座に座っている奴等と何やら談笑し、メニューを見ながら注文をしていた。

「可愛い子ねぇ…妬けちゃうわ。」

「あら、まだ尻の青いガキじゃない!柴さん、あんなの好みなのぉ?」

「マリちゃん、失礼よ。ごめんなさいね、柴さん。マリちゃん近頃柴さんが来て下さらないから、お冠なのよ。」

「だぁって、柴さんはみんなの物なのにぃ!」

「ネコちゃんと仰るのね。さっきご丁寧にご挨拶頂いたのよ?」

「そうか。」

「でさぁ、柴さん…あの子、事務所で飼うのぉ?」

下座で一心不乱に銀杏の皮を剥いていたネコの手がピクリと止まり、一緒に居た奴等が女を睨み付ける。

俺は何も言わずに立ち上がると、買い物袋をかき集めて言った。

「ネコ、帰るぞ!!」

ネコは黙って立ち上がり、一同に頭を下げて大股で部屋を出る俺の後を慌てて追い掛けて来た。

「柴さん…柴さん、どうしたの?」

「…何でも無い!」

「みんなまだ飲んでたのに、置いて来て良かったの?」

「あぁ、大丈夫だ。」

「何か…怒ってる?」

小走りで付いて来るネコが小さく咳き込むのを聞いて、俺は慌てて歩を止めた。

「大丈夫か!?」

「…平気だよ。」

「悪かった、今日退院したばかりなのに、無理させたな。」

「何謝ってるの?変なの、柴さん。」

「だがな…。」

「今日は、楽しい事ばっかりだったよ?ありがとう、柴さん!」

「…そうか。」

事務所兼自宅に帰り着くと、荷物を下ろして寝室のドアを開けた。

「さて、これからどうするか…。」

「何が?」

「お前の部屋を確保しないとな。隣の部屋も借りるかな…。」

「何で?私、此処でいいよ?」

「そういう訳にも行かないだろ?」

ネコは、いきなり俺の腰に手を回し、真剣な表情で見上げた。

「…此処がいい。」

ネコの瞳から涙が溢れた。

「…ネコ。」

「柴さんの所がいい!」



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