パーティーする
週末のクリスマスイブに自宅でパーティーをしようと連城が言い出し、ネコと椿は連日準備に走り回っている。
京子や真、鉄也達と集まる予定だったとネコが話すと、佐伯も参加するからまとめて皆でやろうと、連城はサラリと言って退けた。
今日はクリスマスツリーを買って飾り付けをした、明日はケーキを注文しに行くと、毎日愉しそうに報告するネコを見ていて、やっと人並みの楽しみを味あわせる事が出来ているのかとホッとしていた。
そんな穏やかな日常が過ぎる中、事務所に一本の電話が入った。
「よぅ、柴。元気でやってるってなぁ?」
「堂本か!?お前、何で此所の番号!?」
「そんな事より、訃報だ。榊の組長…亡くなったぞ。」
「!?」
「ウチの組で引き取ってたんだがな、昨夜心筋梗塞で亡くなった。畳の上で死ねたんだ、大往生だったんじゃねぇか?」
「葬儀は?」
「ウチで取り仕切る。さっき佐久間組長と、それから連城とも話したんだがな…お前、来るなよ。」
「何故だ?ナオにとっては祖父だぞ!?」
「だから…相談したんだよ、あの2人に!!公に組長の娘として知られてるのは、沙夜さんだけだからな。その沙夜さんは佐久間に入って、懐妊したってな?まぁ、そうなると誰も手は出せねぇし、葬儀も欠席させるとよ。んで、お前の所に居る娘…乃良だったか?」
「ナオが、どうした!?」
「存在は知られてても、顔はバレてねぇからな。そこへノコノコ、孫だと名乗って葬儀になんぞ出席させてみろ!?『榊の女』の跡継ぎの顔を、世間に公表する様なもんだろうが?」
「確かに…。」
「まだなぁ…諦めて無い馬鹿な野郎が居ないとは限らねぇだろ?まぁ、爺さんには好い感情持ってねぇだろうし、時期を見て知らせてやりゃあいいんじゃねぇか?」
了解した旨を話すと、堂本は今度こそ会わせろと笑って電話を切った。
「凄い家だわね…って、住んでるのがあの2人じゃ納得って感じだけど…。」
「まぁな…だが、あの2人も多分近い内に引っ越すぞ?」
連城宅の驚く程広いリビングには、ネコの話していた大きなクリスマスツリーが、窓辺にはキャンドル等が飾られている。
テーブルには椿とネコが作ったカナッペやオードブル、佐伯が買って来たフライドチキン等が所狭しと並んでいた。
俺の隣でシャンパンを飲んでいる京子が、愉しそうに椿や佐伯を慕うネコを見て、安心した様に笑う。
「ネコちゃんも、すっかり馴染んだみたいなのに…勿体無いんじゃ無いの?」
「いや…金持ちの相手は、俺の性に合わない…それに今の部屋は、ナオの躰に良く無いのはわかってるからな…。」
「それ、高収入蹴る程の理由?」
「金持ちが、連城さんみたいな人ばかりじゃ無いのは、お前だってわかってるだろう?あの人の持って来る依頼は、今迄通り受けるつもりだが…後は、庶民の依頼で充分なんだよ。」
「どこで事務所探すの?新宿に戻るの?」
「そうだな…土地勘は有るが…まぁ、焦らず探すさ。」
チャイムの音が鳴り、外出していたホストの連城が帰って来ると、一同は改めて乾杯をした。
「柴、ちょっといいか?」
隣に来た連城に誘われ、書斎に入りドアを閉める。
「この間の話…決心は変わらないか?」
「申し訳ありませんが、やはり事務所は辞めさせて頂きます。しかし、今の事務所に残りたい人間も沢山居りますので、事務所自体の存続には問題無いと思いますが?」
「俺はお前を信用して事務所設立の援助も、仕事も頼んで来たんだぞ?残った人間に援助するつもりは無いが…。」
「事務所も軌道に乗って来ましたし、折角着いたクライアントを逃すのは得策ではありません…金持ち相手に、上手く立ち回れる人間も沢山居ります。誰か良い人物を、所長に据えて存続して下さい。」
「…そんなに嫌だったか?」
「俺の性に合って無かっただけの話です…正直、クライアントを殴らなかったのが不思議な位ですよ。」
そう言って、俺は苦笑を漏らす連城に笑って見せた。
「先日話した様に、クローネからの依頼は受けますが、他は庶民相手の…自分の納得行く仕事を選ぶつもりです。それに…。」
「…何だ?」
「前にナオの話していた事が気になったので…。」
「え?」
「椿さんの施術を決めた時、ナオは此所が高過ぎて地の『気』が届かないから良く無いと言いました。それは…椿さんばかりで無く、ナオの為にも良く無いと思いましたので…。」
「そうか…いつ頃を考えている?」
「まだ事務所も、住む場所も決めていません。春頃にはと、漠然と考えていますが…。今の事務所からは、河田鉄也を連れて行きます。ご了承下さい。」
「わかった。…榊大善の話、聞いたか?」
「先日、堂本から電話が有りました。葬儀は…。」
「無事に済んだ。榊の自宅で執り行われた。」
「まだ、残ってたんですか!?」
俺が驚いて尋ねると、連城はニヤリと笑って答えた。
「というか…手が付けられなかったと言うべきだな。歴代の『榊の女』の墓…あれが有る限り、あそこを無闇に掘り返せなかったんだ。一番新しい遺体が沙夜さんの母親だが…あれだけの遺体が出てくれば、警察のみならずマスコミも大騒ぎだろうからな…。」
「…そうですね…。」
「沙夜さんは、前のご主人が戸籍を復活させ、書類上は遺棄児童として記載されている。だから、戸籍上榊の家は絶えた事になる。堂本の若頭である森田が、榊大善が亡くなる迄あの土地に手を着けなかったのは、山程出て来る遺体を知らぬ存ぜぬで突き通す為だ。」
「成る程…。」
「マスコミが騒げば、乃良の耳にも入る…対処してやれ。」
「わかりました。」
「榊の土蔵だけは、取り壊したそうだ。あの座敷牢は、人の目に触れさせない様にしてくれた。中に有った『榊の巫女』に関する膨大な資料は…全て佐久間組長が引取った。」
「…そうですか。」
兄貴と沙夜さんがその資料を引取ったのは…沙夜さんに生まれて来る子供の為だけじゃ無い…ネコの為だろう。
「柴…今日、西嶋敏文氏と松原弁護士に会って来た。」
「え?」
「相続の件、正式に断って来たぞ。」
「…ありがとうございます。」
「まぁ、あっちは喜んでいた…相当金に困っていたらしいからな。」
「ナオも…そんな事を言っていました。画伯の生前から、親子で揉めていたそうです。」
「…此所から先は…俺の独り言だ…。」
「え?」
胸元から赤い箱を取り出し、中の煙草に火を点けると、連城は紫煙を吐き出した。
「画伯の遺作に関して、モデルの女性より肖像権の侵害を訴えるにはどうすればいいか、相談を受けている。画伯はモデルの承諾無しに絵を描いてるし、画伯の絵が写真並みに潔癖な写実主義なのは周知の事実だ。しかも、そのモデルに遺作を相続させるという遺言状が公開された後で、モデルの承諾無しに遺作展を行っている。この精神的な辛さは筆舌に尽くし難い…どうすればいいかと相談に来られている…。」
「クローネ…。」
「先ずは、肖像権の侵害を訴える手続きをし、今後その絵を世間の目に触れさせない様にすれば如何かと、私は進言した。そうすれば、展示は勿論、販売する事も出来無くなる…私には、それを勝訴に持って行くだけの自信が有る…。」
「…。」
「結果、敏文氏は…何とか穏便に事を収めて欲しいと懇願して来た。」
「しかし…。」
「柴…遺作は…全て、俺が買い取った。」
「クローネっ!?」
「俺の手元に有る限り、あの絵が世間の目に触れる事は無いからな。」
「…一体、幾らで…。」
「それは、お前が知る必要は無い。まぁ、脅しが利いて思ったより安く手に入った。俺にしてみれば、いい財産が手に入ったってだけの話だ。」
「しかし…。」
「乃良には言うなよ?少なくとも10年は寝かせる積りだ。その頃、乃良の気持ちが癒えていたら、どこかに展示するかもしれんがな。それ迄は内緒にしておけ…又物凄い勢いで怒り出すからな。」
アハハと連城は笑うと、席を立ち俺の肩を叩いた。
「…ありがとうございます、クローネ…。」
「条件が有るが…いいか?」
「…何でしょう?」
「施術が終わって、互いに引っ越した後も…乃良と椿が付き合いを続ける事を許して欲しい。」
「それは…『気』を与え続ける為でしょうか?」
「その必要は無い…乃良がそう言ってくれた。施術が済み、椿が俺の『気』を受け取れる様になれば、通常の生活を送れるそうだ。」
「…そうですか。」
「俺が乃良に求めるのは、椿の友人としてあり続ける事…乃良の姉貴分として、今後も付き合う事を許して欲しい。」
「…それは、本人達が決める事でしょう?」
「だが、お前が反対すれば、乃良は…。」
少し不安気な表情を見せて、立ったままの連城が俺を窺った。
俺は溜め息を吐いて立ち上がり、連城の前に手を差し出した。
「こちらこそ、宜しくお願い致します。」
「ありがとう、柴…。」
連城が、俺の手を力強く握った。
「酷いよ、連城さん!?又私のチョコ食べた!!」
「コレが、一番旨いんだ。」
連城がネコの手に持ったチョコレートを半分かじり、ニヤリと笑って見せた。
「全く子供みたいな奴だ…だが、乃良ちゃんを苛めたくなる気持ちは、少しわかるな?」
佐伯が笑いながら、俺のグラスに酒を注いだ。
「そうですか?」
「お前は、そんな事無いか?」
「どうでしょう…俺の兄貴も、ナオと出会った当初はよく苛めて泣かせてましたが…。」
「そうだろう…少し苛めて、膨れっ面をさせてみたくなる…そんなキャラだな、乃良ちゃんは…。」
アハハと豪快に笑った後、少し優しい目をして2人を見詰め、佐伯は続ける。
「あの年頃の椿ちゃんと…ああやって過ごしたかったんだろうな、アイツは…。」
「え?」
「高校1年迄は、長い休みになる毎にああやって過ごしてたんだ…その後、結婚する迄は…擦れ違いや、事情が許さない事もあって、あんな風なやり取りを出来なかったから…連城も椿ちゃんも、乃良ちゃんを介して思いを繋げてるんだろうよ。勿論、充分に楽しんでる顔だがな、ありゃ…。」
そう話す佐伯の視線を追うと、ずっと移動して目の前の影に止まる。
「…どうして助けてくれないかな、柴さんは!?」
ネコがプゥと膨れ面を見せると、隣で佐伯が爆笑した。
「どうしてって…助けなくても、お前強いだろう?」
「そういう事じゃ無いもん!」
「何を怒ってる?」
「そりゃ、怒るわよ。」
京子と真が、グラスを持ってネコに加勢する。
「わかって無いですね、柴さん…。」
「そうよ、朴念仁!!」
「あ、それは俺も思います、総長!!」
「お前迄加勢するのか、鉄!?」
「いぇ…総長が、時々…もどかしい位に…その…。」
「ハッキリ言ってやりなさい、鉄!?アンタの総長様は、肝心な所でニブチンなんだからっ!!」
「わかる〜!!柴さんって、そんな感じ!!」
京子と真の大虎コンビに溜め息を吐き、俺は鉄也に声を掛けた。
「鉄!!お前、この2人ちゃんと送って行けよ!?」
「えっ!?自分がですか!?」
「当たり前だ!天宮さんは兎も角、お京は曲がりなりにも刑事だぞ?帰りに何か仕出かしたらどうする!?」
「そうだ!!忘れてた…幸村は放って置くと、交差点の真ん中で泳ぐ様な奴だった!!」
佐伯がギョッとした顔で、既に目が据わってニタリと笑っている京子を見詰めた。
「お京…お前、佐伯さんにも迷惑掛けてたのか!?」
「あれは、初めて佐伯さんから一本取った時です!!一本取れたら…浴びる程飲んでいいと…。」
「本当に…浴びたんだ、幸村は…。」
ワァワァと言い出した京子に呆れ、鉄也に耳打ちする。
「お京は…何かあったのか?」
「さぁ…ですが、昨日は完徹だと言ってました。」
「馬鹿野郎っ!!直ぐに連れて帰れ!!」
鉄也が京子と真を引き摺って帰ると、俺は連城と椿に頭を下げた。
「申し訳ありません…お騒がせ致しまして。」
「いいえ…賑かで楽しかったわ!ねぇ、ジン?」
「そうだな。」
「本当に五月蝿いばかりで…。」
「私ね、柴さん…クリスマス祝うのって、これが2回目なの。去年は、ジンと啓吾君と3人で食事したんだけど…。」
「…食事だけじゃ無いだろう?」
連城が、椿に優しく微笑む。
「でも、大勢でクリスマス会なんて初めてだったから…凄く楽しかったわ!!ありがとう、柴さん!!」
椿は、嬉しそうに微笑んだ。