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新宿のネコ  作者: Shellie May
28/32

施術する

鷹栖総合病院の精神科カウンセリングルームでは、3人の男達が頭を寄せ合っていた。

「僕としては…やはり、きちんと証明されない物を信じるっていうのは…だからこそ、データを残したいって思うんですよ。音戸さんの施術前と後のデータをきちんと見て、その上で判断したいですね。」

「どうかなぁ…七海先生の気持ちもわかるけどね…連城と椿ちゃんの主治医だしね。」

「それって、ナオを信用して無いって事ですか?」

「ん…僕も医者の端くれだからね。武蔵先生の精神科ってのは、心の問題も有るから、目に見えない物でも受け入れられるかもしれないけどね…僕は内科医だから、データ優先主義なんだ。」

「もしさぁ…その連城のデータで結果が出なければ、七海先生はどうしたいのかな?」

「僕としては、椿さんの施術は反対するでしょうね…。」

「それで連城が納得すると思う?」

「怒る…なんて物じゃ無いでしょうね。クローネは、椿さんの事になると…。」

「狂うからな、アイツは…。」

ネコが椿の施術を了解するに当り、先に連城を施術したいと言ったが、これに七海が反発したのだ。

七海にしてみれば、主治医としてネコに領海侵犯を許してはプライドも許さないのだろうが、怪しい施術を主に受けさせる訳に行かないのだろう。

ネコはその遣り取りを聞いて、自分は遣らなくても別に構わないがと七海に気遣いを見せた。

途端に機嫌が悪くなる連城を見かねて、山崎が武蔵に相談してはどうかと助け船を出したのだ。

病院に着いた途端に頭を寄せ合って相談する男達を尻目に、ネコはさっさと自らリラクゼーションチェアに潜り込み、風の音を聞いている。

「データで結果が出たとしても…それはそれで問題なんだよね。」

「どういう事です?」

「だって…医者の必要性無くなるでしょ?手術も薬も必要無いって…これ、医者にとっては脅威だよ?もし、データが流出でもすれば、世間も黙って無いしね。」

「正に神の御業ですね…。」

「冗談じゃ無い!!やっと平穏な日々が送れる様になったんですよ!?そんな事なら…。」

「そうならない様に、細心の注意を図らないといけないって事だね?」

「彼女は…音戸さんは、どう考えているんでしょうか?」

「あ…言わない方がいいよ?」

「そうですね…面倒な事からは、極力逃げたがりますから、ナオは…。」

そう武蔵と俺が笑った時、背後から声が掛かった。

「私が…何?」

「いや、何でも無い。」

「…感じ悪ぅ〜い!!武蔵先生、このCDって他にもシリーズ有るの?」

「有るよ。見てみるかい?」

うんと答えて、ネコは武蔵と共に資料棚を漁っている。

「柴さんは、正直どう思われます?」

「実際に俺は、ナオに施術をされている人間ですから…調べた訳ではありませんが、躰が楽になったのは事実です。それに、西嶋画伯の件もありますし…。」

「あぁ…白内障を治したっていう?」

「武蔵先生に聞いて気になったので、西嶋画伯の通院していた眼科に確認を取りました。かなり進行した白内障だった様で、とても遺作の様な絵が描ける状態では無かったと…殆ど見えない状態であったのは事実の様です。」

「よく、その医者が話したね?」

「そこは…昔のツテが有りますから…。」

「成る程ね…。」

腕を組み難しい顔をした七海の前に再びネコが姿を見せると、心配そうに尋ねた。

「まだ、難しい話…してるの?」

「…音戸さん、ちょっと聞いてもいいかな?」

「なぁに?」

「君…どこまで病を治せるのかな?」

パチクリと目を見開くと、ネコはクスクスと笑いだした。

「七海先生、私…何でもかんでも治せる訳じゃ無いよ?」

「出来る事、出来ない事…わかってるのかい?」

「少しならね。生まれた時から悪い所は無理なんだよ。あと、心の病気も無理。それから…癌みたいに、躰に巣食ってしまった物も無理だった。おじいさんで試したんだけどね…駄目だったよ。」

「後は?」

「ん〜…取るのは得意だけど、躰に飲み込むから苦しくて、上げるのは苦手だけど、疲れるだけって事?一番楽なのは、乱れてるのを治す事かな?」

「どういう事?」

「……わかんない。」

俺が鬼の形相で睨み付けるのを見て、ネコは小さく肩を竦めると後退りする。

「待てっ!?どういう事だっ!?」

逃げ出そうとするネコの腕を掴むと、怯えた様に嫌だよと振り切ろうとする。

「躰に…飲み込むって!?どういう事だ、ナオっ!?」

「わかんないもん!!痛いよ、柴さん!!」

「わからない訳があるかっ!?お前の施術とは…病を自分に移して癒す事なのか!?そんな事をすればっ!?」

「平気だもん!!平気なんだもん!!ちゃんと…消えて…無くなるもん…。」

半泣きになりながら訴えるネコの様子を離れて見ていた武蔵が、七海の肩を叩いて部屋を出る。

部屋のドアが閉まる音と同時に、俺はネコの躰を抱き込んだ。

「止めよう、ナオ…そんな事迄する必要は無いんだ。」

「大丈夫なんだって、柴さん…本当に消える…浄化されるんだよ。」

「お前が…施術をする度に苦しむのを見てるんだぞ!?苦しいんだろうが…消えて無くなる迄は、その身で…病を受け止めるんだろう?そんな事…させられる訳がねぇじゃねぇか!?」

俺の身が震えるのをネコは優しく労ると、小首を傾げて見上げた。

「…嫌なの、柴さん?」

「あぁ、嫌だ!!絶対させたくねぇ!!」

「困ったね…もう連城さんと約束したし…私、あのお姉さん助けてあげたいよ?それに、病気じゃ無いかもしれないでしょ?」

「…嫌だ。」

「わかった…今度で終わりにする。今度だけ…ね?今度だけ、力貸して下さい。」

「…本当だな!?」

「うん。」

「約束だからな!?」

ネコは俺に抱き付いて、何度も頷いて見せた。

溜め息を吐いて、ドアの外の2人を招き入れて事の次第を説明すると、驚いた七海がネコに質問をぶつけた。

「じゃあ、本当に病を吸い取るっていうのかい!?」

「ん…例えばね、熱中症の人が居たとして…私が出来るのは、躰に溜まってる熱や痛みを取り去って飲み込んで上げるのと、乱れた『気』を治して、足りない『気』を与えて上げる事だけなんだよ。水は与えて上げられないの。ちゃんと水を飲んで貰わないと、助からないんだぁ。他の病気もそう…私には『気』しか与えてあげられないから、躰が足りない物は、薬や食べ物で取り入れないと無理なんだよ。」

「その『気』を与えたり、治したりすると…どうなるんだい?」

「躰が、自分で治してくれるよ?元々自分で持ってる力を少しだけ手助けしてあげるんだって、お母さんが教えてくれた。おばあちゃんの本に、書いてあったんだって。…自然…ち…。」

「自然治癒力だね?」

「そうそう、それ…。お医者さんの薬を飲んで、よく効く様に手助けしてあげたりね。昔は、薬なんかも作って飲ませたらしいよ?『榊の巫女』って、お医者さんもしてたんだってさ。」

「成る程…ね。如何にも原始的かつ合理的な方法だが…一番人の躰には…。」

「何?どういう意味?」

「いや…凄い事だけど、やはり秘密にした方がいいな…リスクが大き過ぎる。」

「今回限りです…二度とさせません!!」

「その方がいいな…うん。」

七海が頷いて、武蔵と顔を見合せ苦笑いするのを、ネコは理解出来ずに不思議そうに見上げていた。



連城の施術では、高血圧気味な結果しか出なかった様で、相変わらず『気』が濃くて噴火しているとはしゃいでいたネコも、椿の躰を診た途端に眉を寄せた。

「…どうなんだ?」

「薄いというか…何でこんなに少ないかな?それに…。」

ネコは微妙な顔をして、椿の耳元に何かを囁いた。

「…あぁ…大丈夫よ。ジンも七海先生も知ってるから。でも、よくわかったわね?」

「何だ!?」

焦る表情を見せる連城に、椿が笑いながら答えた。

「避妊手術の事よ…内緒にしているかもしれないって、気遣かってくれたの。」

「影響が有るのか!?」

「女の人の…力の源だからね。自分で作るには、限界が有るのかも…。」

「椿、やはり…。」

「駄目よ、ジン…これだけは、譲れないわ。乃良ちゃん、何か別の方法が有る?」

そう言って椿が微笑むと、ネコは真っ赤になりながら答えた。

「連城さんから『気』を貰えばいいんだけど…お姉さんね…下手なんだよ。」

「下手?何が?」

「自分の『気』は、連城さんに与えてるのに…他の人や…自然からも、『気』を取り入れるの、物凄く下手なんだよ。それに…ね…。」

顔を茹で蛸の様に真っ赤にして俯くと、ネコは消え入りそうな声で小さく囁いた。

「…本当はさ……エッチするのが、一番ね……効果が有るらしいんだけどさ……お姉さん、手術してるから…なかなか…ねぇ?」

「他に方法は!?」

「…スキンシップ、してる?」

「あぁ…。」

「…どこに…一番してる?…あ、キス以外で…。」

そこまで言うと、ネコは真っ赤になった顔を手で覆い、床に座り込んだ。

「もぅ……超恥ずかしい!!なんでこんな、他人のエッチな事迄、リアルに聞かなきゃなんないのっ!?信じらんないっっ!!」

居合わせた大人達は、唖然としてネコを見下ろし…やがてクスクスと笑い出した。

「…柴……お前、一緒に暮らしてて…乃良とまだ…。」

「…ご想像にお任せします。」

「あれ?そんな事言っていいんですか、クローネ?柴さんも、貴方程じゃ無いと思いますよ?」

「七海!?」

そうよねと、隣で椿もコロコロと笑った。

「で、一番スキンシップする場所は…何処なんです、クローネ?」

椿と顔を見合せた連城も、眉を寄せる。

「どこかしら…特にって考えた事無いから…。」

しゃがみ込んでいたネコは、ようやく立ち上がり椿の手を握った。

「遣り方覚えたら、きっと…自分で出来るから。全身で…取り込める…から…。」

手を握っていたネコの眉が、苦し気に寄る…俺は慌てて、背後からネコの躰を抱き締めた。

「柴さん…そのまま抱いててね…。」

ネコの顔は益々の歪み、息を荒くする。

最初は平気そうだった椿も、やがて顔を赤く上気させ、

「…手が…熱いわ…。」

と、恍惚の表情を見せ出した。

「ナオ…そろそろ…。」

「…もう少し…もう少しだけ…。」

様子を見ていた連城が、そっとネコの頭に手を置き、頭を揉む様に撫でた。

「…乃良、無理するな。一気に治す必要は無い…徐々にでいいんだ。」

ネコは頷いて、ようやく椿の手を離すと、俺の腕の中に崩れ落ちた。

それから日を空けずに、ネコは連城宅を訪れて施術を行った。

数日すると、朝からいそいそと荷造りを始め、俺が出社すると同時に30階に訪ねる迄になった。

「俺が夜に行く迄、絶対に施術始めるんじゃねぇぞ?」

「やらないよ。柴さんの仕事中に倒れて、呼び出したら困るでしょ?」

フフンと鼻を鳴らし、腕の中でネコは大威張りで答えた。

「何して過ごしてるんだ?」

「家に居る時は、お料理教えて貰ったり、お喋りしたり…連城さんが一緒の時は、出掛けたりもするよ?今度、家を見に行くの付き合ってって言われた。」

「外出…平気になったか?」

「うん。あの2人と出掛けると目立っちゃって…嫌でも視線に曝されるから、大分慣れたよ。この分なら、近い内にバイトも出来そうだなって思ってるんだぁ。」

「それは、まだ先…椿さんの施術が終わってからだな。お前の体力が持たねぇだろ?」

施術の後はグッタリするネコを、毎日抱いて帰り『気』を送り込む日が続いているのだ。

「それにしてもさぁ…連城さんって…子供だよね?」

「はぁ!?」

「お姉さんと仲良くしてたらさぁ…焼きもち妬いて、意地悪するんだよ!?」

「意地悪?」

「美味しい物ご馳走してくれるのはいいんだけど…デザートのケーキに付いてるチョコとか、フルーツとか…後で食べようと思って避けてたら、わざと横からかっ掠うんだよ!」

「…連城さんが…か?」

「アイスキャンディー食べてたら、私の腕掴まえてかじるしっ!!」

連城は…余程ネコを気に入って、からかっているのだろうと、頬が緩む。

「施術の方の調子は?」

「『気』を取り込む事にも、大分慣れたみたい。連城さんの『気』を受け入れる練習も順調だしね。」

「…いつ頃迄かかる?」

「え?…そうだなぁ…2月位?3月には、もう自分達で循環出来ると思うよ?」

そうかと答えて、俺はネコを抱き締めた。


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