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新宿のネコ  作者: Shellie May
25/32

歩み寄る

「マジでさぁ…アンタが、こんなに馬鹿だとは思わなかったわよ!」

電話の向こうで、京子が呆れた声を上げる。

「アンタ…私に、拉致監禁で引っ張られたい訳じゃ無いでしょうね?」

「そんな訳があるか!」

「まぁ、私に自由に連絡取らせてる位だから、大丈夫だとは思ってるけど…。」

「俺は、ナオの安全の為にしてるだけだ!」

「嘘だわね!アンタ、ネコちゃんが自分から離れそうで、怖かったんでしょ!?」

「五月蝿い!!」

「柴…ネコちゃんより、アンタがカウンセリング受けた方がいいんじゃないの!?仲良くなったんでしょ、武蔵先生と…。話、聞いて貰ったら?」

「…必要無い。」

「意固地は、お互い様って事なんだ…とっとと襲って、仕込んじゃえば良かったのよ!」

「お前がそれを言うか!?ナオは、まだ17で…トラウマだってあるんだぞ!?」

「アンタのは単に、及び腰!!」

ガチャンと切られた電話口を呆然と眺める…京子の奴、署内から掛けて来たんじゃ有るまいな…。

全く…警察官で少年係りの刑事が、17歳の少女を押し倒して孕ませろとは、何という言い草だ!?

とはいえ、自分のやっている事が誇れる事では無い事は、百も承知しているのだ。

ネコはあれ以来、家で大人しく過ごしている。

昼間はインターネット等をして、時間を過ごしているらしい。

寝室を別にしたいという希望は、言語道断と却下した…相変わらず添い寝の日々だが、毎晩絡み付く様にして眠る。

しかし、以前の様な充足感は得られない…苛立ちが募り、少し悲し気なネコをいたぶり、その罪悪感に又落ち込む日々が続いていた。

ある日、仕事中に珍しくネコの携帯から電話が入った。

「…どうした、ナオ?何かあったか?」

「柴…俺がわかるか?」

ネコの携帯から男の声が聞こえて来た事に、俺はたじろいだ。

「誰だ、お前っ!?」

「俺だよ…佐伯だ。以前、新宿署で一緒だった佐伯啓吾だ。」

「佐伯…警視正…でありますか?」

「お…知ってたのか?そうそう、その佐伯だ。久し振りだな。」

躰の大きなギョロ目の先輩が目に浮かんだ…が、何故ネコの携帯で話しているのか!?

「ナオは!?何かあったのですか!?」

「落ち着け、柴…彼女なら隣に居る。何も心配無い…変わろうか?」

「いえ…何故、ナオと一緒にいらっしゃるのか、お聞きしてもいいですか?」

「あぁ、彼女とは廊下友達でな。お前の部屋の隣、俺の隠れ家なんだよ。ここ数日、廊下デートを楽しんでたんだが…。」

「はぁ!?」

「最初は、かなり怖がられたんだが…お前とも幸村とも知り合いだと話したら、一気に仲良くなってな。それで、さっき幸村に電話して…事情を聞いたんだ。」

「…はぁ。」

「今から彼女をデートに誘いたいんだが…駄目か?」

「…佐伯さん?」

「どこか行きたい所が有るかと聞いたらな…公園に行きたいと言ってな。連れて行ってやりたいんだが…不味いか?彼女、お前の許可が無いと駄目の一点張りでなぁ…。」

見掛けに寄らず世話焼きで誠実なこの先輩の性質は、昇進して手が届かぬ存在になっても変わらないらしい。

俺は溜め息を吐いて、受話器の向こうの佐伯に頭を下げた。

「宜しくお願いします、佐伯さん。申し訳ありませんが、夜迄付き合ってやって頂けますか?今日は、仕事で遅くなりそうなんで…。」

「じゃあ、夕食を共にしてもいいんだな?」

「お願いします。」

「お前、何時頃上がれる?」

「10時には、何とか…。」

「じゃあ、その後俺に付き合え。いいな?彼女はそれまでに、キチンと送り届けるから。」

「…わかりました。ナオに代わって頂けますか?」

携帯の向こう側で話声が聞こえ、ネコの少し不安そうな声が聞こえる。

「…もしもし、柴さん?」

「ナオ…出掛けて来ていいから…夕食も、佐伯さんと食べて来い。」

「え…いいよ、夕食は柴さんと一緒に食べる。」

「いや…今日は遅くなる。佐伯さんに、旨い物食わせて貰え。その人、金持ちだから。」

俺が笑うと、ネコは安心した様にわかったと言った。

「一つだけ、約束…。」

「何?」

「…ちゃんと、戻って来い…。」

「大丈夫だよ、柴さん…ちゃんと帰って来るよ。私の帰る場所、柴さんの所だけだから。」

少し安心して、楽しんで来る様に言うと、ネコは行って来ますと言って電話を切った。



10階に有るジャズ&シガーバーに入店すると、既に来ていた佐伯がカウンターで杯を上げて笑った。

「お待たせ致しました。」

「いやいや…お疲れさん。どうだ、此所での仕事は?」

「基本的には今迄と変わらないんですが、クライアントや調査する対象が大物揃いで…。」

「だろうな…連城絡みだと、仕方が無い。」

アハハと笑いながら、佐伯は俺のオーダーか来たのを期に再び杯を上げた。

「可愛いな、乃良ちゃん。17だって?」

「もうじき18になります。」

「公園で森林浴して…次にどこに行きたいか聞いたら、悩んじまって…ショッピングも必要な物は何も無いって言うし、カラオケも行った事が無いって…そもそも、音楽を聴く機会が余り無いって言うんだ。…ちょっと、今時の若者とは違う雰囲気の子だな?」

「ナオは…少し前迄、有る事情で路上で生活していました。それ以前も、ずっと逃亡生活を余儀無くされていたので、生活を楽しむという感覚が無いというか…。」

「…えらくハードだな?とりあえず、ボーリングに連れて行ったんだが、初めてだってはしゃいでなぁ…可愛かったぞ?」

「そうですか。楽しめたなら、良かった…。」

「食べたい物は?って聞いたら、ハンバーガーとかラーメンって言うんだ。それは柴に食わせて貰えって言ったら、又悩むんで…バイキングに連れて行った。驚いてたぞ?あんなに沢山の食べ物、初めて見たって…っていうか…お前、どんなデートに連れて行ってるんだ?」

「殆ど…そんな余裕はありませんでした。そういう生活を教えてやろうとした矢先に…拉致監禁されたり、事件に巻き込まれたり…。」

「話してみろよ…愚痴も含めて…。」

問われるままに、佐伯にネコとの出逢いからの事を話すと、グラスを傾けながらフムフムと聞き入り、時折質問された。

「お前といい、連城といい…何でそんなハードな経験してるパートナーを選ぶかな?」

「椿さんもなんですか?」

「聞いてないか?彼女も…かなりハードな経験を積んで来てる。」

「そういえば、連城さんとは…やはり検事時代からのお知り合いなんですか?」

「いや…奴とは、大学が同期で…学生時代は、ずっと連んでた。検事時代は事件絡みでの付き合いしか無かったし、その後も連絡を絶ってたんだがな…去年、ある事件がきっかけで再会したんだ。」

「新宿のヤク絡みの事件ですか?」

「知ってたか?連城というより、椿ちゃんが巻き込まれてな…まぁ無事に解決して、2人もめでたくゴールインしたんだ。」

「椿さんとも、知り合いなんですか?」

「あぁ…彼女の兄貴が、俺達の先輩に当たる人で…連城は、彼女をずっと育ててたんだ。」

「育ててって…あぁ…確か14歳差だと病院で聞きました。大学の頃っていうと…。」

「椿ちゃんが5歳。可愛かったなぁ…今も別嬪だけどな。去年のクリスマスイブに、連城がこの店でプロポーズしたんだ。あの2人も紆余曲折あったから…信頼しあっている癖に、素直になれなくて大変だった。」

「…連城さんに…何か頼まれたんですか?」

「まぁな…。」

カランと氷を鳴らし、佐伯は新しい酒を注文した。

「あそこも、連城が椿ちゃんにベタ惚れだから…椿ちゃんの事となると、奴は暴走するんだ。」

「度々…ナオと2人で自宅に来る様に誘われています。」

「断ってるんだろ?」

「…来る様に、説得しろとでも言われましたか?」

「いや…ただ、どういう事なのか知りたがってる。結婚後、椿ちゃんの体力が落ちてるのは、奴の悩みの種だ。病院で検査をしても、何も出ない。それが先日、乃良ちゃんと接触した途端に調子が良くなった…まぁ、3日程で戻ったらしいがな。」

「…。」

「乃良ちゃんの言った言葉にも拘ってる…なぁ、説明だけでもしてやってくれないか?」

「お断りします!」

「俺は構わないが…連城は多分諦め無いと思うぞ?」

「俺じゃ説明出来ません。だが、ナオを連れて行くと…アイツは又椿さんに施術して…命を危険に曝す。…ナオは…それで自分が死んでもいいと思っています。そんな事はさせられません…絶対に…。」

「柴…。」

「俺がナオを閉じ込めているのは、外に行かない様にする為だけじゃ無い…上の階に上がらせない為でも有るんです!」

「…なら、それも含めて説明してやってくれ。そんな事情なら連城だって、何が何でも治療してくれとは言わないだろうからな。」



家に帰りベッドルームに入ると、微睡んでいたネコが目を開けた。

「…お帰り、柴さん。」

「あぁ…起こしたか?」

スルリと右頬を撫でると、その手を追って顔を擦り寄せる。

「今日の…怒ってる?」

「いや…行って来ていいと言ったろ?楽しかったか?」

「うん。公園行って、ボーリングに連れて行って貰った。佐伯さん、上手だったよ!一気に全部倒しちゃうんだよ。」

「ストライクな…ナオは?上手く出来たか?」

「直ぐに、横の溝に填まっちゃうの…佐伯さんが、玉の持ち方や転がし方教えてくれんだけど、なかなか上手く行かなかったよ。」

「今度、連れて行ってやる。あちこち…一杯行こうな…。」

「…監禁は、おしまい?」

「…。」

ネコは俺の掌にスリスリと頬を寄せ、フワリと笑った。

「…いいよ、私…ずっと監禁されてても…。」

「…ナオ。」

「だって、柴さん…私の事抱き締めて、ずっと『悲しい、悲しい』『寂しい、寂しい』って思ってるでしょ?私…柴さんが、そういう風に思うの嫌だし…柴さんの事、抱き締めてあげたいって思うよ?」

「…怖くは…恐ろしくは無いのか?こんな、監禁する男の事を!?」

「そりゃ、最初は少し怖かったけど…柴さん、私の嫌がる事しないし、私の事大事で…凄く好きだから…だから…。」

「…ナオ。」

ネコに覆い被さり、赤い唇を熱い吐息ごと奪う。

「ナオ…愛してる…。」

「知ってるよ。沢山…沢山愛してもらってる。」

「もう…死のうとなんてするな…誰かの為にならいいなんて……絶対に思うな…。」

「…。」

「繋ぎでいいなんて、悲しい事言うな…俺が、お前意外に結婚等考えられないのは、わかってるだろう?」

「…柴さん…私…。」

「ナオ…もう少し歩み寄ろう。俺は、自分の思いばかりをお前に押し付けるし、お前は自己完結ばかりしてるだろう?」

「…うん。」

「互いに、もう少し歩み寄って…お前は、もっと…俺に甘える事を覚えろ。」

「…私だけぇ?」

プゥと膨れて、俺を見上げて睨んで見せるネコに笑いながら、額にキスをしてそのまま視線から逃げて言った。

「もっと俺に甘えて…頼って、我儘言えよ。迷惑なんかじゃ無いんだ…男は、惚れた女を甘えさせてやりたい、甘えて貰いたいんだ…わかるか?」

「…沢山、甘えてるのにぃ。」

ネコが胸に顔を埋めて抱き付くのを、全身でその小さな躰を絡める取る。

「もっとだ…もっと甘えろよ…。」

ネコの肩と腰に腕を回しグイッと引寄せると、ネコは甘い呻き声を上げた。

互いに驚き、顔を見合わせ…次の瞬間ネコは恥じらい、もがいて俺から逃げようとするのを再び絡め取る。

「…ナオ…ナオ…。」

…時が…満ちたか?

怖がらせ無い様に口付けを与えながら、緩やかに大人の愛撫を与えてやると、ネコは甘い息と共に鼻に掛かった喘ぎ声を上げる。

パジャマの裾から手を入れて、その素肌を辿ろうとした時、突然俺の携帯とネコの携帯、2台が同時に鳴った。

ビクリと互いに痙攣し、熱い視線を絡ませたのは、ほんの数秒だったのだろう。

互いにアタフタと携帯を掴み、上擦った声で電話に出る。

「…もしもし?」

「健司か!?乃良も出たな!?」

「兄貴!?一体どうしたんだ、こんな時間に?っていうか、3台同時に?」

「あぁ…沙夜と俺の携帯、2台で話してる。悪いが2人揃って、直ぐにこっちに来てくれ!」

少し焦った様な兄貴の物言いに、俺とネコは顔を見合わせた。

「どうした、何があった?」

「乃良、落ち着いて聞けよ?沙夜が、倒れた…妊娠したらしい。」


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