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新宿のネコ  作者: Shellie May
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監禁する

ナギと暮らし始めて、どの位経っただろうか?

ある日山菜を取りに山に入ったナギが、病に苦しむ男が倒れているのを見付けた。

聞けば、東国から流れて来た猟師だと言う。

俺と長く時を過ごし神気を浴びたナギは、躰に巣食う病魔を取り除き、気を与える術を得ていた。

病を癒して貰った猟師は、美しい娘に成長したナギを見初めたらしい。

「こんな山奥に、娘の一人暮らしは忍びない。一緒に山を下りようナギ!」

「私は主様と共に有る。行く訳にはいかぬ。」

「何を言う?あの岩室で、お前は一人で暮らしておるでは無いか?」

「貴方には、主様が見えぬのか?」

猟師には、俺の姿は見え無いらしい。

「お前のその力、人の為に役に立てたいとは思わぬのか?」

「わからぬ…この様な力、有ることも私は知らなんだ。」

「病で苦しむ者を救いたいと思わぬか?癒された者は、皆お前に感謝するだろう。」

「感謝?私が…有難がられるのか?私の力が喜ばれる?」

「そうだ、ナギ…皆がお前の力を喜ぶ。」

山で起こる事は、どんなに小さな事でも俺の耳に届く…それが、どんなに小さな会話でも…。

「主様、猟師が私と共に山を下りようと言うて来た。」

「ナギ…お前の力は人外の物。人間は、お前を恐れるやもしれぬ。」

「猟師は、私の力が人を救い、人に感謝されると言うた。」

「お前は、どうしたいのか?」

「わからぬ…私は主様と一緒に居たい。だが、疎まれ続けて来た私に、人が感謝するという事等、本当に有るのだろうか?」

「ナギ…お前は、人里が恋しいのか?人間は、お前を捨てたのだぞ!?」

「主様…私はどうすればよい?」

ナギは泣き出しそうな声を上げ、俺の腹に縋った。

ナギを手元に置きたい…いつまでも、永遠に…。

だが、俺では人としての幸せは与えてやれ無い…人として夫婦になり子を作る、当たり前の生活は与えてやれ無いのだ。

「…お前の…好きにすればよい。」

「主様!?」

「人としての幸せを追うのも、良いかもしれぬでな。」

「主様は良いのか?私が御山を下りても、何とも思わぬのか?」

「儂は元々一人で暮らしておった故…又元の気楽な生活に戻る迄よ…。」

三日三晩ナギは住処の隅で泣き続け、翌朝早くに猟師と共に山を下りた。

それから何年の月日が流れただろう?

ふらりと訪れた東国の神が、酒の肴に人里の噂を話して聞かせた。

東国の社に、人外の力を持つ巫女が居た…神託を行い、病を癒し力を与えるその巫女は、榊の生い茂る社の奥深く、逃げ出さない様に座敷牢に囚われていたという。

社の神主は、巫女の御業で大金を儲けていたが、先日巫女は力尽きて亡くなった。

巫女の力は娘が引き継ぎ、新しい巫女になったその娘も又、座敷牢に囚われていると…。

「馬鹿な娘よ…どこぞで神気を浴びたのだろうが…いいように弄ばれ利用された挙げ句、我子に迄禍根を残すとはのぅ…。」

猟師が見初めたのはナギでは無く、ナギの力だったという事か!?

俺は傍らに置いてあった酒樽を、思い切り壁に叩き付けた。



じっとりとした寝汗を掻き、痙攣して目覚める。

何だ…今の夢は!?

あれは…『榊の巫女』の話だったのか!?

「…柴…さん?」

俺が痙攣した事で目覚めたのか、ネコは早鐘を打つ様な俺の心臓の音に眉を寄せて見上げた。

「どう…したの?…苦しい?…大…丈夫?」

「その言葉、そのまま返す。大丈夫なのか、お前!?」

「…へぇ…き。」

「平気じゃねぇだろ!?そんな苦しそうな息遣いしやがって…だいたい、今日退院した所なんだぞ!?無茶な事しやがって…。」

「ごめん…ごめんね……又…迷惑…。」

「そんな事は、どうでもいい…もう少し休め。」

言いたい事、聞きたい事は山の様にあった。

だが先ずは『気』を満たし、体力を回復してやらないと…俺はネコの躰を再び抱き寄せた。

翌日、元気になったネコに近所を案内する為、2人で外出した。

地下2階のエントランスでは、相変わらず怯えた素振りを見せる。

「あそこ、どうしても通らなきゃ駄目なの?」

ビルを出た途端に、ネコは俺を見上げて尋ねた。

「そうだな…プライベートスペースに上るエレベーターは、あの1基だけだからな。」

「…そうなんだ。」

「怖いか?慣れて貰うしか無いが…。」

ムゥと口を尖らせるネコの鼻を摘まむと、痛いよと言って笑った。

広尾駅の周辺を案内して昼食を取り、明治屋で買い物をし帰路に着くと、ネコは突然俺の腕に縋り公園を指差した。

「柴さん、あそこに行きたい!!」

広大な敷地を誇る有栖川宮記念公園は、元々陸奥盛岡藩下屋敷の跡地を明治になって宮家の敷地とし、後に公園として東京都に寄贈したものらしい。

多くの木々が茂り四季の移ろいを味わえ、湧水が渓流となって西南側の池に注いでおり、園内には図書館も配されている。

「気持ちいいね…木も水も…。」

「お前は、本当に公園が好きだな。」

「前はさぁ、あんまりわからなかったんだけどね…木や水や土が有る所って、やっぱり『気』が満ちてるからなんだよね…。」

「…そうか。」

風が揺らす木の音を、ネコは空を見上げ気持ち良さそうに聞いている。

「ナオ…お前、絵の事…本当にいいのか?」

「ん?いいよ、もぅ…どうでもいい。」

「お前…。」

「あぁ、そういう意味じゃ無くて…嫌いだし、燃やしたいとは思うよ?でも、あの絵見ても、誰もこんな汚い奴がモデルだなんて思わないでしょ?」

「いや…悪いが、それはどうかな?実際、あの遺作展のチラシを見て、お前を見付けたんだから。」

「そう…でも、払えないもん。しょうがないじゃん?」

「何なら、相続税の代金も分割払いにするって手も有るんだぞ?」

「誰かに借りるって事?お兄さんか…連城さん?」

「あぁ…頼むとしたら、どちらかだろうな。」

「嫌だよ、どっちも。お兄さんに借りるかもしれないって思ったから、お母さん諦める様に言ったんだと思うし…連城さんには、もっと借りたく無いかな。」

「何故だ?」

「何故って…仕事絡みの付き合いなんでしょ?やりにくいじゃん!」

ネコはハハハと笑いながら、

「それにねぇ…払わなきゃいけない物を払えないって事は、分不相応って事だよ。」

そう言って、遠い目をして水面を見詰めた。

「弁護料や手続きの金も、自分で払うつもりか?」

「そぅ、少しずつだけど…ちゃんと働いて返すよ。」

「何故、俺を頼らない?」

「何言ってるの?頼ってばっかじゃん!?」

「金の話だ!!」

すこし声を荒げると、ネコは口端を上げて気だるそうな視線を投げる。

「何怒ってるの、柴さん?」

「水臭いって言ってるんだ!」

「親しいのと、お金の問題って…別だよ、柴さん。」

「ただ親しいってのと違うだろうが!?」

「結婚の事?」

ストレートに質問され、俺は言葉を飲み込んだ。

「…拘るね、柴さん。」

「…嫌…なのか?」

「そうじゃ無い…でも私は…お母さんみたいには、拘って無いかな。柴さんは…。」

「俺は拘る。俺の母親は妾だったから…俺は…お袋の苦労も見て来たし、自分が婚外子としてしか戸籍に記載されない悔しさも知ってるからな。」

「コンガイシ?」

「そう。結婚して子供が生まれると、その夫婦の『長男』とか『長女』と記載されるが、結婚せずに生まれた子供の戸籍には、ただの『子』としてしか記載され無い。」

「…悔しかったの?」

「まぁな…子供の時も『極道の子』『妾の子』と呼ばれて悔しい思いをしたが、大人になっても味わうとは正直思わなかった。」

「私も前はね…自分の出生届の事、嬉しかったんだぁ。私の出生届の為に、お父さんとお母さん婚姻届出してくれたのも知ってたから。『榊の女』には、戸籍無いからね…。」

「じゃあ…。」

「でもね…その役所に提出した書類の為にずっと逃げ回って、挙げ句お父さん殺されちゃったんだよ?…たかが、紙切れの為に…。」

「…ナオ。」

池の畔に有るベンチに腰掛けると、ネコは俺を見上げて隣に座る様に促した。

「路上で生活してた時もね…色んなホームレスの人と知り合ったの。中には、結婚して子供も居るのに、家族と別れてホームレスしてる人沢山居た。…帰りたい人、帰りたく無い人…家で待ってる人…紙切れに翻弄されてる人、沢山見たんだぁ。」

「…。」

「どれが正しくて、どれが正しく無いのか…私にはまだ正直わかんないけどさ。今確実にわかるのは、私このままでも十分過ぎる程幸せだって事…。」

目線を上げて俺を覗き込むと、ネコはニィッと笑って見せる。

「そりゃもう、怖い位にね!」

「…子供は、どうする?」

「子供ぉ?」

「一緒に暮らしてたら、出来るだろうが!?」

「……欲しくない…特に女の子はね…。」

その声と瞳が、瞬間暗闇に飲まれたと思う程の冷たさを孕む。

「だからか?俺との事を拒むのは?」

「あ…違うよ!それは違う!!…違うと思います…柴さんと、そうなってもいいって…思ってます。」

急に赤くなって恥じらうネコの頭を、俺は優しく撫でてやった。

「ただ子供は…私と同じ様な事になったらさ、可哀想だよ。」

「もう誰も追って来ない…榊は潰れたからな。」

「でも、あの時みたいに乗り込んで来る男達だって居るし…力の方だって…消えて無くなった訳じゃ無い。」

「…お前、変な事考えてんじゃ無いだろうな?」

「変な事…って?自殺するとか?」

「ナオっ!?」

「考えてたよ、ずっと…消えて無くなりたいって…画家のおじいさんの家でも、ずっと考えてた。でも寂しくなって、直ぐに柴さんに電話して…ズルいんだよ、私…。」

「そんな事は無い!!」

「柴さん…幾つになった?」

「え?」

「34歳だっけ?本当は、そろそろ結婚した方がいいんだよね…柴さんも、結婚したいって思ってるし…。」

傾き始めた陽の光が、水面に反射して柔らかな光が揺らめいた。

「私…最初に柴さんと出会った時、まだ15だったんだぁ…もうすぐ18になるけど、まだまだガキでさぁ…。」

「…。」

「結婚しなよ、柴さん…誰かいい人見付けて、結婚して子供作って…私、それまでの繋ぎでいいからさぁ。」

「繋ぎ?」

「そぅ…結婚相手見付かる迄の繋ぎ…。」

「……仮に俺に結婚相手見付かったとして、その後お前は…どうするつもりだ?」

「何とかなるよ、きっと。18になるし…仕事出来る場所も増えるしね…。」

「…昨日みたいに、人の事助けて…倒れちまうだろうが!?」

「あぁ…人の役に立って死んじゃうなら、それはそれで価値が有る事だと思うけど…。」

俺を窺い、申し訳無い様な顔を見せたネコは、視線を空に向けると感情を押し殺した様な声音で言った。

「誰にも…迷惑掛けたく無いんだよ…。そうだなぁ、人の余り住んでない山奥で、静かに暮らすってのもいいかもね。スローライフっていうの?」

「…帰るぞ。」

ベンチから立ち上がると、無言でネコの手首を掴み、俺は自分達の家に強引に連れ帰った。

「…お前の考えてる事はわかった。」

玄関の鍵を掛けると、静かに俺は言った。

「だが、納得したなんて思うな…。」

「柴さん?」

ネコの躰を担ぎ上げ、ベッドの上に放り投げると、俺は鬼の様な形相で捲し立てた。

「ふざけやがって…何が繋ぎだっ!?誰と誰が結婚するってっ!?」

「…柴さん…。」

「お前は、俺が誰でもいいから結婚したいと思ってるとでもいうのか!?ふざけんなっ!!」

「…。」

「挙げ句、人の役に立って死にたいだとか、山奥で隠遁するだとか…いい加減にしろよ、ナオ!?」

怯えるネコを追い詰める様にベッドに上がり、小さな胸倉を掴む。

「俺を翻弄する為に吐いてる言葉なら…どんなにいいか!?だが、お前にそんな計算が無くて吐いてる言葉だとわかるだけに、始末が悪い…。」

「…柴…さん…。」

「…今日からお前を…この部屋に監禁する。」

「えっ!?」

「お前も知っての通り、このビルは出入りに幾つもの認証システムを通らなきゃいけない…幸いお前の登録は、まだされていないからな…エレベーターは動かない。因みに、非常階段での脱出も無理だぞ…途中鉄格子が填まってる。解除には、下の警備システムからの操作が必要だ。残念だったな…。」

悲しげに瞳を潤ませるネコを、俺は尚も追い詰める。

「逆らうな…この上お前を縛りたくは無い…。」

俺は、乱暴にネコの唇を奪った。


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