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新宿のネコ  作者: Shellie May
13/32

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救出されたネコは、脱水症状や検査等で3日程入院した。

「脱水は大した事は無いんですよ…ただ精神的ストレスが酷くてね。暗闇を怖がる、夜も寝れないじゃ、体力も奪われるばかりだし…反応もしてくれないしね…。」

精神科の医師は、そう言って柔らかな笑みを見せた。

「彼女の母親は、心臓を患って余り芳しく無い…負担を掛けれない状態だし、誰に相談しようかと思案していたら、弟が貴方の名前を出したものだから…。」

「弟?」

「あぁ…先日お会いしたと…鷹栖小次郎、覚えていらっしゃいますか?」

「はい。ご兄弟なんですか?」

「えぇ、鷹栖武蔵です。宜しくお願いしますね、柴健司さん。」

「宜しくお願いします。」

「で…彼女とは、どういうご関係になるのかな?」

「え?」

「本来は病状等も含めて、ご家族の方にしかお話し出来ないんだけど…柴さん、ご親戚では無いんでしょう?」

「違います…私はナオの身元引受人です。」

「ふぅん…それだけ?」

「それだけって…。」

「彼女の反応見てるからね…で、彼女に何があったか、話して貰えるかな?」

「それは…。」

いったいどこから話せばいいか、全てを話すには憚られる事が多過ぎて、俺は逡巡した。

「…面倒だね、全く…ちょっと待ってて。」

溜め息を吐きながら、武蔵は受話器を持ち上げてどこかに連絡を入れた…15分、20分も待たされただろうか、ようやく受話器を置いた時、武蔵は再び溜め息を吐いた。

「はい、だいたいは把握出来た…大変だったんだね、乃良ちゃん。」

「あの…どこに?」

「え?あぁ…連城だよ、連城仁。ここに運ばれて来た時、一緒だったって医局の人間が言ってたから。事件絡みだなって…。」

「お知り合いですか?」

「昔からのね…高校の後輩なんだよ。それよりも…。」

武蔵は俺に向き直り、俺を睨み付け激しい剣幕で捲し立てた。

「連城の知り合いらしいし遠慮無く言わせてもらうけどね!俺達医師は患者の事しか考えて無いんだよ…背後に何があったか、どんな目にあったかを聞くのは、全て患者の為にやってる事なんだ!特に精神科っていうのは、心のケアが仕事なんだから…患者の為を思って、本当に治してやりたいなら、全てを話してもらわなきゃ治療出来ない!わかったか!?」

「…はい。」

「…宜しい。当然守秘義務があるから、患者の秘密は漏らさないから安心しなさい。で、恋人で一緒に暮らしてるって?」

コロリと態度を豹変させて、武蔵は再び柔らかな笑みを見せた。

「…はぁ。」

「いいなぁ、あんな若い子と…最近は、歳の差カップル流行りなのか?何歳差?」

「あ…倍です。16歳。」

「そっかぁ…いいねぇ。可愛いでしょ?」

「あの…。」

「あぁ…慣れてるんだよ。連城の所に嫁に行く子ね、俺の親友の妹なんだけど14歳差でね。」

「そうなんですか…。」

「独り身としては、寂しい限りさ。所で治療の話…看護師や医師は勿論、母親にも反応を示さないのに、君にだけ反応する理由は理解出来た。で、結論的には、退院させて君の手元に置くのが最良の策だろうね。」

「わかりました。」

「住環境は?」

「え…事務所兼自宅ですが?」

「じゃあ、人の出入りが激しいよね…ん〜。」

「静かな環境の方がいいですか?」

「しばらくはね…手も掛かると思いますよ。まずは、安心させてやらないといけない。」

武蔵の忠告を素直に聞き入れ、兄貴の家の離れに生活して3日、ネコは昼も夜も俺の懐から離れない。

暗闇を極端に嫌がり、瞼を閉じる事すら恐怖を感じる。

ただ俺の温もりだけを頼りに、虚ろな生活を続けていた。

ようやく懐から啜り泣きが漏れたのは、4日目が終わろうとする頃だった。

「ネコ?」

「…ごめんね…柴さん。」

「何謝ってる?」

「色々…いっぱい…。」

俺は、懐から顔を上げたネコを抱き締めると、こめかみにキスを落としながら尋ねた。

「怖かったか?」

「…うん…でも、柴さん助けてくれるって思ってた…だけど、あの地下に閉じ込められて…骸骨いっぱい…暗くて…息が…。」

「もういい、もういいんだ…もう大丈夫だから。」

「柴さん…お母さんは?」

「あぁ…病院に居る。心配無いから。」

「…良かった。」

数日後沙夜の病室で、親子の涙の対面が実現した。

しかし、それは感動から来るものではなく、互いの謝罪の会見だった。

「何故でしょうか?沙夜さんが、ナオに対して済まないと思う気持ちはわかるんですが…何故ナオ迄母親に対して、そんな感情を表すのか…?」

「本人に聞いてみた?」

「何も言いません。済まないと泣くばかりで…。」

そうかと言いながら、カウンセリングルームで武蔵は俺に珈琲の入ったカップを差し出した。

「自分のせいだと…思ってるんだろうね。」

「何がです?」

「母親が凌辱されて入院する羽目になったのも、父親が死んだのも…今回、祖父が組を潰す事になったのも、自分の責任だと思ってるんだろうね。」

「そんな事は…。」

「あるだろ?」

「…。」

武蔵は俺の肩を叩きながら、二の句を告げなくなった俺に視線を投げ掛けた。

「当時は幼くて、逃げるのに必死で考えられなかったのかもしれないが、逃亡生活の中でずっと思っていたんじゃないかな?今後は、君がフォローしていってあげなきゃね。」

久々に帰った事務所の有り様に、俺とネコは驚きを隠し得なかった。

「鉄、どういう事だ!?」

「申し訳ありません、総長!いらっしゃらない間に、手が足りなくて…その、色々と手伝いを頼んでおりました。」

留守を預かっていた河田鉄也は、申し訳無さそうに頭を下げる。

事務所には自警団の連中ばかりで無く、数人の派手な女達が寝室に迄入り込んでたむろしていた。

「新しい依頼も入っています。しばらくは、人手が必要になりますので…。」

俺はネコを見下ろして、眉を寄せながら窺った。

「…佐久間に戻るか?」

ネコはフルフルと首を振って、ニッコリと笑った。

確かにネコが拐われてからこちら、俺自身の仕事も自警団の仕事も、鉄也を初め仲間達に頼り切っていた。

それからのしばらくの間、俺は慌ただしい生活に追われ、ネコは出入りする人間に揉まれ所在無さげに病院の沙夜と事務所を往復していた。

「柴さん、お願いがあるの。」

沙夜がようやく心臓の手術を承諾したと兄貴から連絡があった翌日、ネコは真剣な面持ちで風呂上がりの俺に言った。

「私、アルバイトしたいの。」

「事務所で働いてるだろう?」

「人手足りてるし…駄目?」

「…何かあったか?」

最近の少し寂し気な様子が気になっていた俺は、ネコの隣に座ると頬を撫でた。

「うぅん…違うの。お金稼ごうと思ってね…。」

「金?お前、まさか…母親の手術代か?そんな事、気にする必要は…。」

「気にするよ。私のお母さんだもん。」

「兄貴が、言ってたろう?」

「うん…お兄さん、入院費も手術代も出してくれるって言ってた。でも、少しずつでも返したいし、それに…退院した後の生活もあるし…お金稼ぎたいの。」

「…ネコ…出て行くつもりか!?」

「お兄さんがね、もう誰も追っかけて来ないって言ってくれたの。だからね…お母さん退院したら、一緒に暮らせるでしょ?お母さん手術しても働けないだろうから、私が頑張って仕事して…。」

「俺に、面倒見させてくれねぇのか?」

「え?」

「お前と…母親と…俺に面倒見させろって言ってんだよ!!」

じっと見上げるネコの瞳が、不安気に揺らめく。

「惚れてるって、言ったろう?」

「…柴…さん。」

「全部寄越せって…俺の物にするって言ったろう?」

「…。」

「結婚しよう、ナオ…俺の嫁に来い。俺が全部…。」

「…駄目だよ、柴さん。」

「ナオ?」

「…駄目。」

「何故だ、ナオ!?」

寂しさを滲ませた笑みを浮かべて、ネコは俺の躰を押しやった。

「俺の事嫌いになっちまったのか?それとも、俺とは…考えられないって事か!?」

「違う…違うよ、柴さん。柴さんの事、大好きだし…すっごい嬉しい!」

俺の胸に抱き付きながら、頬を擦り寄せてネコは言った。

「だけどね、今一番しなきゃいけない事…違うと思う。」

「…ナオ。」

「私ね、自分の力でお母さんの事、幸せにしたいんだぁ。」

「俺と一緒にじゃ…駄目なのか?」

俺はネコを胸に抱き込んで、静かに尋ねた。

「…ごめん、柴さん。」

「待てばいいか?1年か?2年か?」

「…。」

「わかった…お前の気の済む様にすればいい。それ迄、俺は待つから。」

「…柴さん、あの…。」

「お前は若い…結婚なんて考えられる年齢じゃねぇのはわかってる。だから気にするな。」

「でも…。」

「今迄通りに、俺の手元に置いて待ちたいと思うのは、俺のエゴだ。だが出来れば、俺の目の届く範囲に居てくれ。」

ネコは何も言わずに俯いて、俺の胸から身を離した。

「お前、俺が居なきゃ働く場所も、住む場所借りるのも出来ねぇだろうが?」

黙って頷くネコの顎に手を添えて持ち上げると、ネコは泣き出しそうな寂しい笑顔を見せた。

「お前…いつからそんな笑い方しか出来なくなっちまったんだ?」

「え?」

「もう追われる事もねぇ、母親との再会も出来て、母親の手術も決まって…本来なら、幸せ一杯の筈だろうが?」

顎に添えた手を真っ直ぐに下ろし、心臓の上を指で軽く突く。

「ここに…何溜め込んでる?」

「何も…何も無いよ。嬉しい事しか無いもん。」

「じゃあ、何で泣いてんだ?」

ポタリポタリと落ちる涙に気付き、慌てて拭いながらネコは笑う。

「柴さんが泣かせたんじゃん…優しい事ばっかり言ってさ。」

「…ナオ…愛してる…。」

ネコの口唇を奪う様に唇を落としながら押し倒し、パジャマのボタンに手をかけると、ネコは嫌だと言って胸元を掻き合わせて恥じらった。

「今更だろう?佐久間の家で、着替えも風呂に入れたのも俺だろうが?覚えてねぇのか?」

「…覚えてるよ。」

「じゃあ…。」

「…柴さん…アレは無理だよ…。」

「何がだ?」

「だからさぁ…。」

ネコは起き上がって布団に正座をすると、赤くなりながら俺の股間を見詰めた。

「…無理だって。」

何を言わんとしているか理解して、俺は笑いながらネコの正面に胡座をかいた。

「風呂に入った時に見たのか?」

「…いや…あのさ…。」

「初めて見たのか?」

「…そうじゃないけど…無理矢理見せる奴もいたし…。」

「本番は、あんなモノじゃ無いんだがな?」

ゲッと言う様な顔をして俺を窺うネコを見て、俺は久々に大爆笑した。

「あのなぁ、大丈夫なんだ。女の躰は、大丈夫な様に作られてるんだって!」

「だぁって…。」

「お前、子供がどうやって産まれるか知ってるか?」

「…柴さん、馬鹿にしてるでしょう?」

膨れるネコの頭に手を置くと、俺は笑いながら続けた。

「じゃあ、どこから産まれるかもわかるな?」

「…うん。」

「子供の頭が出て来る場所なんだぞ?俺のナニのサイズが幾らデカくても、子供の頭の大きさには敵わねぇだろ?」

「……そっか…そうだね。」

「しかし…女抱くのに性教育するとは、流石に思わなかったな。」

「…ごめん。」

赤くなって俯くネコの頭をポンポンと叩きながら、腰に手を回して引き寄せた。

「で…説明が終わった所で、実習するか?」

「えっ!?…いや…それは…。」

「つれねぇなぁ…大丈夫、無理強いしねぇって言ったろう?今日も添い寝だけ…。」

「…ごめんね。」

「気にするな。その内、お前の方から欲しくて堪らなくしてやるから。」

「…そういうもの?」

「あぁ…そういうもんだ。」

腕枕をしてやり、ネコの躰を抱き寄せて撫で擦りながら、実際にネコがそうなった時の事を想像する。

躰をくねらせながら欲しがるネコの前にしたら…理性も何も吹っ飛んでしまうに違いない。

「…柴さん…足に…。」

「…気にするな。」

こういう時は、理性の利く年齢と前職の戒めが有難いと思いながら、ネコの躰を抱き込んだ。



俺の紹介で、昼の掻き入れ時に近所の蕎麦屋のバイトを始めたネコは、慣れて来ると常連客達のツテを頼りに空いた時間帯に違うバイトを入れていった。

母親の見舞いとバイトの生活を続け、沙夜の手術が無事成功し退院時期を検討する頃には、小さな部屋を借りれる位の蓄えが出来ていた。



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