表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新宿のネコ  作者: Shellie May
11/32

謀る

「再三の面会申し込みにも、病気を理由に蹴りやがる…全くあの強突く爺ぃ!?下手に出てやりゃあいい気になりやがって!!」

「困りましたね…『榊の女』っていうのはタブーらしくて…上の方でも存在は知っていても、おいそれと手を出してはならない物らしくて…。」

「政治家なんかが絡む話だからな…今迄奴等がやって来た事をバラされてみろ…世の中ひっくり返っちまう。」

兄貴と京子が眉を寄せ合うのを見て、俺は堪らず声を上げた。

「じゃあ、どうしろってんだ!?」

「…潰すしかねぇだろうな。」

「潰すって…榊をか!?新宿の街の中で、抗争するっていうのか!?」

「じゃあどうする!沙夜に迄申し込んどいて、仔猫ちゃん諦めるっていうのか?」

「待って下さい!警察としても、抗争は困ります!!」

「…何か…手は?」

「今…知り合いを通して…上に掛け合って貰っています。」

「署長か?」

「うぅん…もっと上に…。」

「誰だ?」

京子は気まずそうに、俺に耳打ちした。

「何だと!?」

「ちょっと…信頼出来る先輩のツテがあってね。」

「…誰だ?」

「アンタも知ってる人…アノ時の…私のバディ。」

「…あぁ。」

恋人が殉職した時、刑事課の刑事だった京子は、連続婦女暴行殺人事件を追っていた。

その時の彼女のバディ…キャリアで躰の大きなギョロ目の先輩は、恐らく事情を察してくれていたのだろう…捜査でも、道場でも、京子が何も考えずに済む位、ヘロヘロになる迄彼女を扱き使った。

その後海外に研修に行き、本店の組対に入り…俺が辞める頃、どこかの署長に納まった筈だ。

「まだ付き合いがあったのか?」

「まぁね…キャリアで気が合うのは、あの人位だもの。」

「で…上手く行きそうなのか?」

「春にあの人が捜査本部長になった事件…新宿署の手柄にしてもらってるけど…裏があってね。署長は大きな借りが有るのよ。」

「春の事件…ヤク絡みのか?」

突然兄貴が話に割り込み、京子は驚いて頷いた。

「確か、ロシアと上海が絡んだ事件だったな…堂本の所が被害にあった…。」

「堂本が?」

「何だ、お前…知らなかったのか?新宿が激震した事件だったんだぞ?確か、堂本の組から逮捕者も出た…ヤク絡みで付き合いのあった会社の社長も逮捕されたろ?」

「あぁ…何か…あったみたいだな。」

「あの頃、アンタ…自分の事で目一杯だったから…。松田の妹の話で出てきた情夫…その時の堂本から逮捕された奴よ。」

「…そうか。」

「…ちょっと待て…そうか…堂本か!?」

兄貴は思い付いた様にニヤニヤと不気味に笑い出した。

「サーペントの…その時の事件に深く関わった人物…面識あるか?」

「誰ですか?」

「Panther…裏の世界でも表の世界でも、ちょっとした有名人な筈なんだが…確か…連城…。」

「連城検事ですか?連城仁?」

「そうそう…堅気だが裏事情にも詳しく、絶対に敵に回したく無い人間だ。」

「昔、担当検事としてお会いした事はありますが…多分あちらは覚えていらっしゃらないと思います。先輩は…知り合いだと思いますが…余り充てにはなりません。当時もかなり険悪でしたから…。」

「そうか…やっぱり堂本に噛ませて引っ張り出すしか無いかな?」

「どういう人物だ?」

「元検事で弁護士で、企業や有名店のオーナーだが…色んな2つ名を持ってる。通り名はPanther…俺もパーティーでチラッと拝んだだけだが…確かに黒豹だな、あれは。」

「検事としても、弁護士としても一流でね…一度も負けた事が無いのよ。」

「一度も?」

「そう…それだけの調査や取り調べをしての結果なんだけど…私達も、何度も納得する迄再調査依頼されて…でも、法廷では必ず勝ってくれる…大変だったけど遣り甲斐の有る仕事だったわ。」

「健司…お前は不満かも知れないが、堂本に協力を願い出るぞ!」

「兄貴!?」

「他人の女房になった昔の女と仔猫ちゃん…どっちが大事だ!?」



通学途中の電車で見掛けるお嬢様校の制服…男子高校生垂涎の高嶺の華…時任しずかと付き合い初めたのは、電車の中の痴漢を撃退した事がきっかけだった。

何の取り柄も無い普通の男子高校生と、光輝く純潔の白百合…名前の通り静かで大人しく、フワリと笑う笑顔が天使の様で…手を触れる事もおこがましく、大事に…本当に大事にしてきたのに…。

そんな彼女に、兄貴の組と対を張る堂本組の息子、堂本清和が目を付けた。

「俺の女になれ!!」

彼女の学校の校門や自宅前、俺と一緒に居る時にも堂々と口説く堂本に、初めしずかは怯えていた。

それが段々と態度が変わって来たのだ。

「思った程、怖い方では無いのかもしれない。」

「私の嫌がる事は、絶対にしない方だから…。」

それを聞いて、迂闊にも少し安心したのだ。

気付いた時、しずかの心は堂本に傾いていた…それは、坂から転がり落ちる様に…止め様が無かった。

何故と問う俺に、しずかはハラハラと涙を溢した。

「私は…誰かに、私の殻を破って欲しかったのかもしれません。」

そして、許して欲しいと何度も何度も詫びた。

堂本とタイマンも張ったが、同じ極道の息子でも跡取りとして育て上げられた堂本と、普通の学生として過ごして来た俺とでは、歴然とした差が有り過ぎた。

「俺は、詫びる気は欠片も無い!!しずかが、俺を選んだ…それだけの話だ!」

悔しくて情けなくて、男としての矜持を取り戻す為に組の連中に喧嘩を教わり、族に入ってがむしゃらに突き進んだ結果、総長に上り詰めてファング等と呼ばれる様になった。

あれから15年以上経つのに、目の前でニヤける優男の顔を見るとムカっ腹が立つ。

神楽坂の料亭の一室…憮然とした俺の隣で、兄貴が堂本と若頭の森田という男に話を進めていた。

「一枚噛む気は無いか、堂本の?」

「ウチに何をさせたいんです、佐久間さん?」

「榊の土地家屋…アンタんとこの抵当に入ってるんだってな?」

「えぇ…正確には、森田の抵当に入ってます。」

「ウチに譲ってはくれねぇか?」

「何の為に?」

「ちょっとな…あの家をぶっ壊して、探したいモノがあってな…。」

「佐久間さん…ウチとの境界線、いや…森田の所が持つ抵当物件って事は、ウチの島ですよね。そんな所で、宝探しでもおっ始めるんですか?」

「それは、Pantherが来てから話そう。」

「もしかして…『榊の女』に絡む話ですか?」

堂本の隣で、森田が静かに尋ねた。

「何か聞いてるか?」

「『榊の女』が帰って来たという噂を、榊は広めている様です。あそこの収入源は、昔から『榊の女』に頼っていますから…ウチの組長にも、榊組長直々に連絡が入ったそうです。」

「成程…差し出して、抵当をチャラにして欲しいってか?」

「何考えてるんだか…出戻りに、そんな価値ありゃしませんよ。」

カラカラと笑う堂本の隣で、森田が眉を寄せた。

「しかし、入院中だと聞いていましたが…確か心臓が悪く『榊の女』としての務めが出来ないという話で…全快したんでしょうか?」

「いや…彼女じゃ無い。」

「は?」

「沙夜じゃねぇ…新しい『榊の女』は、沙夜の娘だ。」

その時、廊下に続く障子がスパンと開け放たれた。

「…その話、詳しく窺おう。」

高級なブリティッシュスーツを着こなした長身の男が、俺達を見下ろしていた。

堂本は片手を上げてヨゥと声を掛け、森田はわざわざ向き直り深々と頭を下げた。

「ご無沙汰致しております、連城さん。この度は、ご婚約おめでとうございます。」

「ありがとう…所で森田さん、お宅の組長に気安く声を掛けるなと伝えてくれないか?」

「申し訳ありません。」

「来月も、呼びもしないのに一家揃って出席すると連絡があった様だが?」

「当たり前だ!黄龍が上海から招待されるのに、何故慎の所に招待状が来ない?漏れている様だから、わざわざこちらから連絡を入れてやっただけだ。」

「…じゃあ、息子だけ寄越せ。」

「馬鹿野郎、4歳の息子だけを結婚式に出席させる親がどこにいる?当然俺達も出席する!」

「…好きにしろ。」

用意された席に座ると、連城は兄貴に名刺を差し出した。

「失礼致しました…弁護士の連城です。」

「佐久間組の佐久間です。こちらは、私の弟で柴健司です。」

そう紹介され黙って頭を下げる俺に、意外な挨拶が返って来た。

「久し振りだな…柴刑事。」

「は?」

「何だ…覚えて無いか?一度挨拶を受けた…佐伯の所の女刑事と、よく連んでただろう?」

「…幸村を、覚えていると?」

「当たり前だ。共に事件を追った仲間を、忘れる筈無いだろう…それにお前達は、異色で結構有名だったからな。」

「異色で有名なのは、お前だろうPanther?俺の友人の中でも、3本の指に入る。」

「黙れ、堂本…お前に友人呼ばわりされる覚えは無い。」

「じゃあ、何でお前この場に来たんだよ?」

苦笑する森田の隣で、口を尖らせて子供の様に拗ねる堂本に、連城はサラリと言った。

「佐伯から連絡があったからに決まっているだろう?だから、弁護士としてやって来たんだ。」

「話の内容は?」

「佐伯から、概ねは…『榊の女』の救出と、榊組の壊滅が望みだと?」

「そうなのか!?佐久間さん、潰すのか?榊を?」

「その積りだと言ったら、どうする…堂本の?」

「佐久間組長、そうなると島の取り合いで互いの上が出て来ます。今の均衡が崩れる恐れが有る…それでも、榊を潰すんですか?」

森田が、思案顔で尋ねて来る。

「互いの上が文句を付けない様に、折半するって事でどうだ?」

「…佐久間さん…ウチはいい。黙って座っていて島が増えるんだからな。だが、それでお宅に何のメリットが有る…『榊の女』か?」

兄貴はニヤリと笑うと、堂本に身を乗り出して声を潜めた。

「沙夜は元々、俺の女房になる筈だった女だからな…娘共々返して貰おうってだけの話だ。」

じっと兄貴を見詰めていた堂本が、ゆっくり俺に視線を向けた。

「柴…お前…何故この場に居る?佐久間組に入った訳じゃねぇだろう?」

「あぁ…俺は、堅気だ。」

「じゃあ何故だ?お前には、関係の無い話だろうが?」

「関係は有る…ナオは…俺の女だ。」

「ナオ?女?誰の事だ?」

「今、榊に囚われている女だ。音戸乃良…俺の女だ。」

「『榊の女』がか!?その為の画策か!?」

「それがどうした?お前達極道の手慰み者や、悪徳政治家の邪な思いの為に利用されていい様な女じゃ無い。あれは…俺の女だ。」

ハッキリと言い切った俺にその場は静まり返り…連城が静かに俺に尋ねる。

「柴刑事…いや、刑事は廃業したんだったな。柴…その娘、歳は幾つだ?」

「…16です。」

「…この話、引き受けよう。佐久間さん、何を計画していますか?」

「堂本の許可があれば…榊の屋敷を解体して、座敷牢から奪還する積りだったんだが…。」

「あーー、好きにしてくれ。俺達は、高みの見物とさせてもらう。」

堂本は立ち上がると、ニヤリと笑った。

「佐久間さん、島の件…後日ゆっくり話し合いましょう。それから、柴…。」

「何だ?」

「手に入れたら会わせろ…しずかとどっちがいい女か、とくと見分してやる!」

「大きなお世話だ!」

馬鹿笑いする堂本と、一礼する森田が退室すると、俺達はその後の計画について話し合った。

「柴…お前、乃良さんを取り戻してどうするつもりだ?」

兄貴を先に帰らせると、差し向かいで杯を上げながら連城が聞いた。

「結婚するつもりです…ナオさへ承知してくれたらですが。」

「組は?跡を継ぐのか?」

「…思案中です。」

「お前には、無理だな。」

「何故ですか?」

「組を束ねるには、もっと狡猾でなければ無理だ。それに、理不尽な上の命令に、お前は耐えられんだろう?」

「…。」

「警察も、指定広域暴力団も…検察の様な組織も…全て伏魔殿だからな。お前には無理だ。」

「そうでしょうか?」

「真っ直ぐ過ぎて傷付きやすい…そんな男には、精々族のヘッドか社長が関の山だ。」

「…。」

「それよりは、惚れた女を守ってやれ…若くして苦労しているなら尚の事だ。己の選択を間違えて、惚れた女を傷付ける様な事はするな。」

「経験者ですか?」

連城は、寂し気に笑って言った。

「あぁ…本当に長く苦労を掛けたが…ようやく贖罪を経て手に入れる。」

杯を見詰める瞳が、優しく瞬いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ