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新宿のネコ  作者: Shellie May
10/32

見舞う

夕方、京子から連絡が入った…署の方に、ネコが訪ねて来たらしい。

「事件のあらましが、わかったわ…松田の妹が所属していたグループも、そこに薬を流してる奴等も…あの子、全て洗い出して来たのよ。」

「…そうか。昨日ネコを襲ったのも、其奴等なのか?」

「多分ね…うっかり昔の事話したって、後悔してたわよ。」

「…廻されたのか?」

「それでも、渋谷の時よりマシだって、以前笑ってたわ。」

「…。」

「それより、松田の妹が家を出たのって…母親のせいじゃ無かったそうなのよ。」

「どういう事だ?」

「母親の店で、筋物に薬を打たれて犯られたって…バラしたら店を潰すって脅されて…母親にも松田にも、相談出来なかったって。」

「何だと!?」

「仲間に打ち明けてたのよ…店のホステスの情夫でね、松田に連れ戻された時も、そのホステスがまだ店に居る事を知って、怖くて帰れなかったそうよ。」

「松田は、知らないんだな?」

「えぇ…内容が内容なだけに、私から松田に話してくれって言われたわ。あの子、相手のヤクザの名前迄調べて来たのよ…流石に驚いたわ。」

「どこの組だ?」

「佐久間じゃ無いわ…堂本よ。」

「堂本!?」

「ただし…当のご本人は、塀の中。薬の密売やら殺人教唆やらで、当分は出て来れそうに無い…組からも放り出されて、行き場も無いらしいわ。」

こんな所で、堂本の名前が出て来るとは…現在組長である堂本清和…奴の細面で色白の、整った顔が脳裏に浮かんだ。

「これから松田の所に行くって…少し緊張してたわ。アンタも行くの?」

「いや…此処で待ってやろうと思う。」

「そう…結果がわかったら知らせて。」

「わかった。」

京子との電話を切って、射し込む夕陽に目を細めた。

昨日の雪は全て溶け、春が…直ぐそこまで近付いて来ていると…あの時は思ったのだ。



2度目に京子からの電話を受けた時、俺の中でブリザードが吹き荒れた。

「柴っ!?直ぐに松田の診療所迄来てっ!!」

「どうした!?」

「ネコちゃん…拐われたわ!!」

どこをどうやって走ったのかも、覚えていない…ただ歌舞伎町にある松田の診療所に入った途端、俺は松田の首を締め上げた。

「どういう事だっ!?松田っ!?」

「止めて、柴っ!!松田は…騙されたのよ…。」

俺が手を離すと、松田は力無く荒らされた診療所の床に座り込み、俺に済まないと謝った。

「榊が、先回りして…こっちに網張ってたのよ。」

「何!?」

「1週間程前…弁護士を名乗る男が来たんだ。あの子の祖父が、心配して行方を探している。見付けたら一報欲しいと…。」

「で、ネコちゃんが来院して直ぐに、弁護士に連絡を入れたら…やって来たのは祖父と名乗る爺さんと、黒服の厳つい男達だったそうよ。」

「何故…何故弁護士が来た時点で、俺に知らせなかった!?」

「仕方無いだろう!?あの子の身内が探してると言われたんだ!未成年の…家出娘だ…身内に知らせるのが筋だろう!?」

俺は、力任せに診療室の壁を殴った。

「ネコは…あの家に帰ると座敷牢に入れられて…無理矢理客を取らされる。ネコの母親が、自分と同じ目に合うのを案じて、敢えて奴等から逃げ回る生活をさせていたんだぞ!?」

「…そんな。」

「柴…松田には話して無かったもの。常識的に考えれば致し方無いわ。それより、今後の事を考えるべきよ!」

俺は、その場で兄貴に連絡を入れ、事の顛末を話した。

「柴…あの子は、自分で時間を稼いだ…。」

「どういう事だ?」

「あの子は、自分で祖父だと名乗る男と渡り合った。自分が今日此処に来たのは、HIV検査を受ける為だと言ったんだ。」

「!?」

「路上生活で、男と散々遊んで来た…今になってキャリアかも知れないと怖くなって、HIV検査の予約を入れていたと…俺に採血をさせて、2週間後に又来ますと言って男達と出て行った。」

「今日の検査の結果は!?」

「それは、伝えてある。」

「どうだったんだっ!?」

「…陰性だ。」

京子と俺の口から、深い溜め息が吐かれた。

「結果表は?ネコちゃんに渡してたら…。」

「それは、此処に有る。」

「なら、2週間は大丈夫って事ね…。」

「今、ネコの躰は痣だらけだからな…それが治るのも、2週間程掛かるだろう…。それまで、無事で居てくれたらいいが…。」

「まずは、作戦会議よ!佐久間さんも交えて、今後の事相談しましょう!!」

「…柴…俺に出来る事があれば…言ってくれ。」

「あぁ…。」

「…済まない。」

「それは、直接ネコに言ってくれ。」

診療所を出た俺と京子は、事務所に向かった。



「どういう知り合いか、聞いていいか?」

俺は、目の前を歩く髪の長い、恐ろしく綺麗な男に声を掛けた。

「学生の頃に…ナンパされたんですよ。」

「お京にか!?」

「えぇ…ただし、あの人の入っていたグループに入らないかって誘いだったんですがね…。」

「それって…。」

「そう…女に間違われたんです、俺。」

振り向いて笑った顔が、見惚れる程美しい…今でこれなら、学生時代はさぞや美少女に間違われただろう…。

「俺、結構気が短くて…それにその頃、色々あって鬱積してたからキレちまって。連れが止めてくれたから良かったんですが、お互いに少し怪我をして…ウチで治療したのがキッカケかな?」

「はぁ。」

「何だかんだで、10年以上の付き合いです。」

肩の下で束ねられた髪には、藤色と茄子紺の組紐が結ばれ、真っ白な白衣のアクセントになっていた。

「さて…じゃあ行きますよ、柴先生?」

目指す病室に近付いた俺達は、姿勢を正した。

入口に居た警備の男達に会釈をし病室に入る…明るい個室の中に居た男が、すかさず立ち上がる。

「診察をしますので、外に出て頂けますか?」

「あの…貴方は?」

「私は、外科の鷹栖と言います。こちらの音戸さんの手術を担当しますので、その前に症状を把握しておきたくて…聞いてませんか?」

「…はぁ。」

「手術に関しては、そちらのご家族から再三申し入れがあると聞いていましたが…しかも、父と僕を指名していると…。」

「あの…先生のお名前をもう一度…。」

「鷹栖小次郎です。父は、此処の院長をしております。」

「失礼致しました!!どうぞ、宜しくお願い致します!」

「あの…クランケは、手術を承諾していないとお聞きしましたが?」

「はい…なかなか承知して頂けません。」

「それでは、その件も含めゆっくりと話をしたいので…部屋の外でお待ち下さい。」

「…わかりました。」

付き添いの男が部屋を出ると、カーテンに遮られたベッドから声が掛かった。

「先生…申し訳ありませんが…手術をする気はございません。」

意外な程ハッキリとした口調に対し、小次郎は失礼と言ってカーテンを開け放った。

ベッドに座っていた女性…確か年齢は40を少し越えている筈…だがそこに居た女性は、どう見ても30過ぎにしか見えなかった。

「音戸さん、先ずはお詫びしなくてはなりません…。」

「何でしょう?」

「今日お話しをさせて頂くのは、僕では無く彼なんです。」

小次郎に促され、俺は掛けていた伊達眼鏡とマスクを外して頭を下げた。

「柴健司と申します。音戸沙夜さんですね?」

「…はい。」

「音戸乃良さんの、お母様ですね?」

途端に沙夜の顔が引き攣った。

「私は…先日迄、乃良さんと生活を共にしておりました。」

「乃良は…乃良は、どうしています!?」

「乃良さんは…今、ご実家にいらっしゃいます。」

青白い顔が再び引き攣り、ネコと同じ…アーモンド型の黒目がちの瞳からパタパタと涙が零れ落ちた。

すかさず小次郎が脈を取り、俺に向かって頷いた。

「あの子は…貴方に、話しましたか?」

「はい。」

「全て?何もかも!?」

「はい…お聞きしました。そして、私はそれを知るべき立場にいました。」

「…どういう事でしょう?」

「私の兄は…佐久間憲一郎です。」

一瞬見開かれた大きな瞳から、柔らかな光が溢れた。

「あの方には、本当にご迷惑をお掛けしました…そう、歳の離れた弟さんがいらっしゃるとお聞きしていましたが…。佐久間さんは、お元気ですか?」

「元気過ぎて困ります。乃良さんの事も…可愛くてしょうがない様で、構い過ぎて嫌われないか心配です。」

俺が少し笑いながら話すと、表情を緩めて沙夜は少し笑った。

「あの子が、あれからどう過ごしていたか…貴方はご存知ですか?」

俺は、ネコが仙台から上京し、渋谷、新宿で生活していた事、俺と出会ってからの事をかいつまんで話した。

「柴さん、お窺いしたい事があります。」

「何でしょうか?」

「貴方は…乃良の様子を知らせに来て下さる為だけに、此処にいらしたのですか?」

「いえ…私は…。」

俺は沙夜の痛い程の視線を浴びて、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「私は…これから自分が起こす行動と、乃良さんの今後の事について、貴女に許しを得たくて此処に来ました。」

「乃良を…助けて下さるのですか?」

「貴女のご実家に、多大なご迷惑をお掛けするかもしれません。」

「構いません!あの子さへ無事でいてくれたら…。」

「貴女から、再びお嬢さんを奪う事になってもですか?」

「…それは、あの子の為ですか?」

「いえ…私の為でもあります。」

何も言わず窺う様に見詰める瞳に、俺は正面から向き合った。

「お嬢さんを…乃良さんを、私に頂けませんか?」

正直、もう少し驚くかと想像したが、沙夜は驚く程静かに言った。

「柴さん…それは、あの子が『榊の女』だから…という訳では無いのですね?」

「私には、正直乃良さんが何者でも関係ありません。」

「貴方、お幾つ?」

「32になります。乃良さんとは、倍も離れています。」

「あの子は、承知しましたか?」

「気持ちは確かめ合いました…が、結婚となると、まだ彼女は戸惑うかもしれません…。」

「まだ…申し込んでいらっしゃらないんですね?」

「…はい。」

「でも、柴さんのお気持ちは、決まっていらっしゃると?」

「はい。彼女は未成年です…先ずは、母親である貴女に窺うのが筋だろうと思いました。」

「私には、母親の資格はありません…乃良には本当に可哀想な事をしましたが…致し方無い親の思い…わかって頂けますか?」

「はい。」

「あの子の事を、想って下さっているのですね?」

「私は…乃良さんを、愛しています。」

「あの子は、貴方と一緒に居て、幸せでしたでしょうか?」

「どうでしょう…私は不器用な人間で、思い遣れて無い部分も多く、贅沢をさせてやる事も出来ません。周囲には、余り品の良く無い仲間も大勢居る…だが、乃良さんは私の所がいいと…私と一緒がいいと言ってくれました。私にはそれで十分です…その想いに応えたい。何より、私が彼女を手放したく無いのです。」

今の思いの丈を、自分でも驚く程素直に沙夜にぶつけると、彼女は嬉しそうに微笑んで、目を潤ませた。

「…ありがとうございます。あの子の事を…宜しくお願い致します。」

「一つ宜しいですか?」

「何でしょう?」

「堅気にしか…嫁に出したくは無いですか?」

「…佐久間さんの跡を継がれるのですか?」

「…わかりません。今の状況で乃良さんを助けるには、最善の策で有る事は確かなのですが…。」

「それは、貴方にお任せします。あの子と相談して、お決めになって下さい。」

「ありがとうございます。」

「私に協力出来る事は、何でも致します。」

「…宜しくお願いします。先ずは、彼女の住民票や戸籍謄本を取り寄せて頂けますか?」

「承知致しました…ですが…私は出歩けません。一体どうすれば…。」

「警察関係で、協力を仰げる所があるかもしれません。」

「警察?」

「申し遅れました…私は現在『オフィス柴』という、何でも屋を生業としていますが…前職は、警察官でした。」

「まぁ!佐久間さんも、大変な弟さんをお持ちなのですね!?」

そう言うと、沙夜は朗らかに笑った。

色々打合せて部屋を出ると、小次郎が俺を見上げてニヤリと笑った。

「世話になったな。」

「いえ…いいものを見せて頂きました。さて、京子さんに早速連絡しなくては…。」

「お、おいっ!?」

「言われてたんですよ…どんな風に音戸さんのお母さんに申し込むか、逐一報告しろとね!」

小次郎は愉しそうに笑い、おめでとうと言った。


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