表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第9章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/102

■ 第93話「約束の果実」

 五日目の朝。


 果樹園が変わっていた。


 青かった実が——色づき始めていた。赤、橙、黄色、紫。あちこちの木で。一斉に。


 メアが果樹園の真ん中に立っていた。


「全部——色づいてる」


 ゴルドが果樹園に入ってきた。足が止まった。


「……嘘だろう」


 木を見上げた。赤い実。橙の実。紫の実。星実柿まで光っていた。


 ゴルドが膝をついた。


「……戻った。果樹園が——戻った」


「ゴルドさんが木を守り続けたからです」


「俺は何もしてない——」


「三年間、毎朝水をやった。実がならなくても。花が咲かなくても。——それが守るってことだ」


 住民総出で収穫が始まった。老人たちが笑っていた。籠に果物が山盛りになっていく。


―――――


 出発の準備をしていた。


 ゴルドが果物を山のように積んだ荷車を用意していた。


「第一便です。最高の果物を王都に届けます」


 俺はゴルドを見た。大きな男。農夫の手。三年間の土が爪の間に残っている。


 ——この男に、伝えなければならないことがある。


「ゴルドさん」


「はい」


「俺は——壁で守れたと思っていた。でも違った」


 ゴルドが顔を上げた。


「壁の中で、まだ苦しんでいる人がいた。メアが三年間寝たきりだった。ゴルドさんが毎朝木に水をやり続けた。果樹園が実をつけなかった。——その三年間を、俺は知らなかった」


「カイン様——」


「壁で囲んだだけで終わりだと思っていた。でも壁は盾だ。灯火は命だ。盾だけ渡して命を届けなかったら、何のための魔王だ」


 ゴルドが黙っていた。住民たちが足を止めていた。


「知らなかったことはせいじゃないかもしれない。でも知った今、何もしないのは俺のせいだ。——これは俺が魔王になった日から決めたことだ。俺のたった一つの決まりごとだ」


 俺はゴルドを見た。


「灯火を届ける。全部の集落に。一つ残らず。壁で囲んだだけで終わりじゃない。中に息吹を満たして、初めて守ったことになる」


「……」


「灯火が一つ遅れるたびに、誰かがもう一日苦しむ。メアみたいに。ゴルドさんみたいに。——だから急がなきゃいけない」


 ゴルドの目から涙が流れた。


「カイン様——」


「約束します。全部の集落に灯火を届ける。ここと同じように。一つずつ。丁寧に。でも急いで」


 ゴルドが頭を下げた。深く。


「……魔王様。あなたは——本物の王だ」


「王なんて大層なもんじゃない。遅れた分を取り返しに行くだけだ」


 住民が全員、頭を下げていた。


―――――


 メアが門の前に立っていた。


 薄いピンクの髪が風に揺れていた。息吹石のペンダントが胸元で光っていた。靴を履いていた。ゴルドが買ってきた靴。


「カイン様」


「ん」


「……行っちゃうんですね」


「ああ。でもまた来る」


「約束ですか」


「約束だ」


 メアが少し黙った。


「カイン様」


「ん」


「……好きです」


 静かに言った。甘えん坊の声じゃなかった。


「死にかけて、生き返って。目を開けて最初に見たのがカイン様だった。声を聞いて最初に聞こえたのがカイン様の声だった。——最初から全部、カイン様だった」


「メア——」


「返事はいらないです。勝手に好きなだけです。でも言いたかった。ちゃんと」


 メアの淡いピンクの瞳が潤んでいた。


「生きたいと思わせてくれた人を好きになるのは、当たり前だと思います」


「……」


「だから——また来てください。果物を持って王都に行きます。そのときにまた会えますか?」


「会える」


「やった」


 メアが俺の前に立った。小さかった。見上げていた。


「……ぎゅっとしていいですか」


 返事を待たなかった。抱きついた。


 温かかった。五日前に氷みたいに冷たかった身体が。


「……あったかい。カイン様が持ってきてくれた温かさです。忘れません」


 メアが離れた。泣いていなかった。笑っていた。


「行ってらっしゃい、カイン様」


「行ってくる」


―――――


 馬に乗った。振り返った。


 メアが手を振っていた。ゴルドが手を振っていた。母親が手を振っていた。住民が全員手を振っていた。


 フルーテが遠くなっていく。果樹園の色とりどりの実が、陽光に輝いていた。


 シアが隣を走っていた。


「カイン」


「ん」


「さっきの言葉。ゴルドに言ったやつ」


「ん」


「……いい言葉だった」


「……ありがとう」


「礼はいい。——次の集落に急ぐぞ」


「ああ」


 王都に帰ろう。果物と一緒に。


 そしてすぐに、次の集落へ。灯火を、一つでも多く。一日でも早く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ