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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第9章

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■ 第88話「花の意味」

 トーラに来ていた。


 カイン、シア、レナ、ルティア。四人。ソルスは王都で道の設計を続けている。


 鉱山の視察だった。九対一の配合石の量産が軌道に乗ったが、もっと純度の高い鉱石があれば、さらに性能が上がるかもしれない。


―――――


 坑道の奥に入った。


 前回見た新しい鉱脈。火紅石が岩肌に筋のように走っている。息吹の灯りが等間隔に並んでいるが、奥に行くほど暗い。


「ここから先は灯りが届いていません」ルティアが言った。「鉱脈はさらに奥に続いているが、暗くて作業ができない」


「灯火を置こう」


「命の灯火を? 坑道の中に?」


「坑道の奥に命の灯火を置いたら、息吹が鉱石に直接浸透する。もっと純度の高い、変性した鉱石ができるかもしれない」


 シアが目を光らせた。


「それは——理にかなっている。命の灯火を鉱脈の近くに設置すれば、鉱石の結晶構造が変わる可能性がある」


「やってみよう」


 命の灯火を一つ、坑道の奥に設置した。白と紫の光が暗い坑道の奥を照らした。


 息吹が鉱脈に染み込んでいく。火紅石の赤い筋が、少しだけ明るくなった気がした。


「効果が出るまで時間がかかる」シアが言った。「一ヶ月後に採掘して比較する」


「よし。楽しみだな」


―――――


 坑道を出た。


 トーラの町を歩いた。午後の陽射しが山の斜面を照らしていた。


 レナが鍛冶場を見に行った。バルドから来た鍛冶師たちが働いている。シアは町の中央に置いてある灯火の調整に向かった。出力のバランスを確認するらしい。


 俺とルティアが二人になった。


 町の外れを歩いていた。山の斜面に沿った小道。岩場と草地の境目。


 足元に——花が落ちていた。


 ピンクの花。チューリップに似ているが、花びらの枚数が多い。十枚以上。重なり合って、丸みを帯びた形をしている。茎が折れて地面に落ちていた。


 拾い上げた。


 綺麗だった。濃いピンク。花びらの先端が少し白くなっている。見たことのない花だった。


 ルティアに聞こうと思った。トーラの花だろう。名前を知りたかった。


「ルティア、この花——」


 花を差し出した。


 ルティアが——固まった。


 深紅の瞳が見開かれていた。花を見ていた。俺の手にある花を。俺の手から差し出されている花を。


「……え」


 ルティアの顔が赤くなった。一瞬で。耳まで。首まで。


 花を——受け取った。両手で。大事そうに。


 そして——走った。


 振り返らずに。全力で。建物の角を曲がって、石造りの家の壁に背中をつけて、花を胸に抱きしめたまま、こちらを覗いていた。


 深紅の瞳が潤んでいた。


 そして——建物の中に入っていった。


 俺は立っていた。


 何が起きたのかわからなかった。


 花の名前を聞きたかっただけなのに。


―――――


 【ルティア】


 心臓が壊れるかと思った。


 あの花は——ティレーナ。


 トーラにしか咲かない花。山の斜面の、日当たりのいい岩場にだけ咲く。


 男が女に渡す。それは——婚姻を申し出るとき。もしくは、子を成すことを申し出るとき。トーラの古い文化。子どもの頃から教わること。男がティレーナを摘んで、女に渡す。それが全ての始まり。


 カインが——あの花を私に渡した。


 魔王だ。魔王が婚姻を申し出ることはおそらくない。なら——子を成したいということか。


 私に。


 私に、思いを寄せてくれていたのか。


 嬉しかった。嬉しくて涙が出た。花を胸に抱きしめた。花びらが潰れそうなくらい強く。


 魔王からの申し出は、女にとって最高の名誉だ。魔族の文化として。魔王の血を受け継ぐ子を産むことは、種族への最大の貢献。


 でもそんなことより——カインだ。


 あのカインだ。


 ずっと前から思いを寄せていた。トーラに灯火を届けてくれたときから。鉱山を一緒に見たときから。屋上で酒を飲んだときから。肩に寄りかかったときから。


 「報告書がなくても来い」と言ってくれたときから。


 ずっと——ずっと好きだった。


 それを、私からじゃなく、あの人から。


 夢のようだった。


 涙が止まらなかった。建物の中で。一人で。花を胸に抱いて。


 ——落ち着け。落ち着いて、カインのところに戻ろう。ちゃんと返事をしよう。


 涙を拭いた。深呼吸した。花を大事に持った。


 建物の扉を開けた。


 外を見た。


 カインが立っていた。さっきと同じ場所に。


 ——その手に、もう一輪のティレーナがあった。


 地面に落ちていたのをもう一つ見つけたのだろう。


 シアが灯火の調整から戻ってきていた。カインの前に立っていた。


「カイン、その花は何だ」


「わからない。見たことない花だったから、ルティアに聞こうとしたんだけど逃げられた」


「……綺麗な花だな」


「シアもそう思うか。やる」


 カインがシアにティレーナを渡した。


 ルティアの足が止まった。


 ——ああ。


 そうだった。


 トーラの文化なんて、知っているわけがない。カインは人間として育った。魔族の文化もまだ全部は知らない。ましてトーラだけの古い風習など。


 ただの花だったんだ。綺麗だから拾った。名前を聞きたかった。それだけ。


 勝手に——勝手に喜んでしまった。


 舞い上がって、泣いて、夢のようだと思って。


 全部、勝手に。


 胸の花を見下ろした。ティレーナ。ピンクの花びらが少し潰れていた。強く抱きしめすぎた。


 馬鹿だ。私は馬鹿だ。


 でも——捨てられなかった。


 潰れた花を、そっと懐にしまった。


―――――


 【シア】


 花を受け取った。


 ピンクの花。見たことがない。トーラの花だろう。カインが拾ったらしい。


 それよりも——さっきの光景が頭から離れなかった。


 カインがルティアに花を渡した。ルティアが真っ赤になって走って逃げた。


 何だあの反応は。


 花を一つ渡されただけであの反応。おかしい。何かある。


 まず確認する必要がある。カインがトーラの文化を知って渡したのか、知らないで渡したのか。


「カイン」


「ん」


「この花。ルティアにも渡したのか」


「ああ。名前を聞こうと思って」


「名前を聞こうと思って渡した」


「うん」


「それだけか」


「それだけだけど」


 知らない。完全に知らない。この顔は知らない顔だ。


 安心した。


 ——安心した?


 安心しているのに、怒りが収まらない。


 知らないで渡したとしても。ルティアに先に渡した。私じゃなくルティアに。ルティアと二人きりのときに。


 筋違いだとわかっている。カインは何も悪くない。花の名前を聞きたかっただけだ。


 わかっている。


 わかっているのに——


「カイン」


「ん」


「その花をちぎって、私にもよこせ」


「え? もう一輪あるけど——」


「いいからよこせ」


 カインが花を渡してくれた。普通に。何の疑問もなく。


 ——ああ、知らないんだ。


 花を受け取った。ピンクの花びら。綺麗だった。


 安心した。


 でも怒りは収まらなかった。


 私に最初に渡していない。


 カインのバカ。


「……帰る」


「え、まだ——」


「帰る」


 シアは花を握りしめて歩き出した。


―――――


 【ルティア】


 建物の影から見ていた。


 シアがカインに「花をよこせ」と言っていた。カインが渡していた。


 シアが怒っていた。理由はわかる。自分が先じゃなかったから。


 ——同じだ。


 私もシアも。カインの前ではみんな同じになる。


 懐の花に触れた。潰れたティレーナ。


 意味なんてなかった。カインは知らなかった。ただの花だった。


 でも——もらった事実は消えない。


 カインの手から、私の手に渡された。それだけは本当だ。


 潰れていても。意味がなくても。


 ——捨てない。絶対に捨てない。


 ルティアは花を懐に押し込んで、深呼吸して、何事もなかったような顔を作って、カインの前に戻った。


「……さっきは悪かった。急用を思い出して」


「大丈夫か?」


「大丈夫だ」


「……顔赤いけど」


「山の風のせいだ」


「そうか」


 鈍い男だ。


 でも——その鈍さに、何度も救われている。

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