表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第8章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/102

■ 第80話「目覚め」

 予言書に、三行目が浮かんだ。


「『獣は立つ。大地が割れ、山が歩む。息吹の光を求めて』」


 シアの声が低かった。


「動き始めた」


―――――


 避難が始まった。


 壁が赤く染まった。カインが仕込んだ術式。ベルグリムが動き出した合図。


 住民たちが顔を上げた。白と紫だったはずの壁が、赤い。


「避難訓練の合図だ! 建物の中に入れ!」


 グラザードの声が王都に響いた。将たちが各所で誘導を始めた。


 住民の中には気づいた者もいただろう。グラザードの顔が訓練の顔じゃなかったから。


―――――


 王都の地下。掘り進めた大きな地下室。ソルスが設計した。


 天井は石で補強されている。食料。水。救急の薬草。息吹石がたくさん埋め込まれていて、空気が温かい。一人一人のスペースは何とかある。


 王都の住民だけじゃない。近隣の集落からも人が集まっていた。壁が赤くなったのは全域で見えた。


 子どもたちが泣いていた。テオが小さい子たちを集めて「大丈夫だ、すぐ終わる」と言っていた。テオの手も震えていた。


 ガラが薬草茶を配っていた。いつもと同じ顔で。でも手が少しだけ震えていた。


 ノアが両親と一緒にいた。父親がノアの肩を掴んでいた。母親がノアの手を握っていた。ノアが俺を見た。深い青の瞳。


「……カイン」


「大丈夫だ。すぐ終わらせる」


「……足、震えてるよ」


 見えていた。


 ノアが俺の手を掴んだ。ぎゅっと。


「……帰ってきて」


「帰る」


 リーナが地下室の入り口に立っていた。治療の準備をしていた。金色の髪を結んで、袖を捲って。


「ここは私が守ります。だから——外は、お願いします」


「ああ」


「……おかえりなさいって言いたいので、帰ってきてくださいね」


「帰る」


 レナが剣を握っていた。


「あたしも行く」


「だめだ。レナはここの護衛だ」


「カイン——」


「頼む。ここの人たちを守ってくれ」


 レナが唇を噛んだ。


「……死んだら許さない」


「死なない」


 グラザードが来た。


「魔王様。——武運を」


「ありがとうございます」


 ムルトゥスが杖をつきながら来た。


「カイン殿。前の魔王にできなかったことを、お前はやると言った」


「言いました」


「……頼んだぞ」


―――――


 シアが最後に来た。


 地上への階段の前で。二人きりだった。


「装備を確認する」


「ああ」


「封印術式の石板」


「ある」


「九対一の増幅杖」


「ある。魔力を二倍に増幅する」


「……これを持っていけ」


 シアが何かを差し出した。


 碧い石。細い銀の鎖に通されたペンダント。留め具が少し歪んでいる。シアが自分で作ったのだ。


「あの一対一の石か。使い物にならないって——」


「お守りだ。実用性は要らない」


「シア——」


「カインの瞳と同じ色だから持っていけ」


 シアの耳が赤かった。でも目は真剣だった。銀色の瞳が揺れていた。


「帰ってきたら返せ。それまで預ける」


 俺はペンダントを受け取った。首にかけた。碧い石が胸元に落ちた。


 温かかった。魔力は通さない。ただの綺麗な石。でも温かかった。


「……ありがとう」


「礼はいい。帰ってこい。絶対に」


 シアの声が震えていた。


「帰る。約束する」


「……行け」


 階段を上がった。振り返った。


 シアが立っていた。小さかった。真白のショートボブが地下の灯りに照らされていた。銀色の瞳が、俺を見ていた。


 泣きそうな顔だった。でも泣いていなかった。


 俺は前を向いた。階段を上がった。


―――――


 地上に出た。


 一人だった。


 広場に誰もいなかった。街灯が光っている。酒場の扉が開いたまま。パン屋のカウンターにパンが置いたまま。子どもたちの遊び場にブランコが風で揺れている。


 さっきまで笑い声が溢れていた町が、静まり返っていた。


 ——怖い。


 足が震えていた。止まらなかった。


―――――


 地面が揺れた。


 最初は小さく。次に大きく。


 街灯が揺れた。建物が軋んだ。地面にひびが入った。


 南西の方角。壁の向こう。


 何かが——立ち上がった。


 壁の向こうに影が現れた。壁は二十メートル。その壁の上に——肩が見えた。頭はもっと上。ずっと上。


 雲に届いていた。


 ベルグリム。


 山だった。動く山。四本の足。岩のような皮膚。赤黒い体表。目が二つ、赤く光っていた。


 一歩踏み出すたびに地面が割れた。轟音。


 壁を踏み越えた。左前足が壁を踏んだ。二十メートルの壁が、踏み石みたいに潰れた。


 破片が降ってきた。風圧が叩きつけた。白銀の髪がなぎ倒された。


 ——でかすぎる。


 やるしかない。


 石板を地面に叩きつけた。シアの封印術式。白と紫の紋様が展開した。広場全体を覆う巨大な封印陣。


 増幅杖を握った。九対一の鉱石が先端で光った。魔力が二倍に増幅される感覚。身体中の魔力が杖に集まっていく。


「——来い、ヴェルデ」


 碧い力を呼んだ。身体の奥底から。


 ヴェルデが応えた。碧い光が角から溢れた。瞳が碧に染まった。杖を通して碧い光が石板に流れ込んでいく。封印陣が碧に染まっていく。


「——いけ!! ヴェルデ!!」


 碧い光が石板から空に向かって撃ち上がった。ベルグリムを包み込むように。封印の紋様が空中に展開して——


 ——吸われた。


 碧い光が、ベルグリムに吸い込まれていった。


 封印陣に流れるはずの魔力が、全部ベルグリムの体内に流れていく。


「……は?」


 ベルグリムの体表が光った。赤黒い岩肌が、碧い光を帯びた。


 喰っている。ヴェルデの魔力を喰っている。


 ベルグリムは息吹を喰らう魔獣。ヴェルデは碧の力だが——息吹を含んでいる。魔族の力の根源は息吹だ。ヴェルデも息吹の延長線上にある。


 ベルグリムにとって、ヴェルデは大好物だった。


 封印陣に魔力が届かない。全部吸い取られている。紋様が薄くなっていく。消えていく。


 杖を握り直した。もっと魔力を流した。ヴェルデを全開にした。


 全部吸われた。


 流せば流すほどベルグリムが力を得る。体表の碧い光が強くなる。動きが速くなる。


 ——逆効果だ。俺が力を使えば使うほど、敵が強くなる。


 杖を下ろした。ヴェルデを止めた。


 封印陣が完全に消えた。石板の紋様が暗くなった。


 ベルグリムが一歩踏み出した。王都に向かって。さっきより力強く。俺が流したヴェルデを糧にして。


「……無理だ」


 声が漏れた。


 ヴェルデが効かない。


 九対一の増幅杖も意味がない。増幅した魔力をベルグリムが全部喰うだけだ。増幅すればするほど敵を強くする。


 封印術はヴェルデでしか発動できない。通常の魔力じゃ規模が足りない。でもヴェルデを使えばベルグリムの餌になる。


 ——最悪の相性だ。


 膝が震えていた。手が震えていた。


 ベルグリムが歩いてくる。あと三歩で王都の中心だ。あと三歩で地下室の上だ。


 あと三歩で——全員が潰される。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ