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ヴェルデ・碧の力 —パーティー全員に嵌められ魔族領に捨てられた俺、封印術が覚醒してなぜか魔族に救世主と崇められる—  作者: はやんえでぃ
第1章

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■ 第8話「奇跡の壁」

 壁を押し広げられるかもしれない、と気づいたのは偶然だった。


 朝の訓練中、シアが壁の紋様を観察しながら言った。


「この術式、構造上は拡張できるはずだ」


「拡張?」


「壁の端に新しい紋様を継ぎ足せば、横に広げられる。息吹が定着する性質を使えば、理論上は境界線を押し出せる」


 俺はしばらく考えた。


「つまり、魔族領を広げられるってことか」


「試したことがないから確証はない。でも術式の構造上はできるはずだ」


 シアは俺を見た。銀色の瞳が、珍しく真剣な光を帯びていた。


「やってみるか」


―――――


 グラザードに話したら、しばらく黙っていた。


 長い沈黙だった。


「……どれくらい広げられる」


「やってみないとわかりません。どれくらい広げる必要がありますか」


 グラザードは地図を広げた。指が境界線をなぞった。


「100メートル先に、湧き水がある」


「湧き水?」


「岩の間から大量の水が湧き出る場所だ。百年前はそこから川ができていた。集落の飲み水も、畑の水も、全部あの湧き水の川から引いていた。人間に奪われてから、集落は地下水をかろうじて汲み上げて凌いでいる。量が足りない。畑を作る水もない」


 グラザードの指が湧き水の位置を叩いた。


「あの湧き水は、息吹が地下の霊脈から水を押し上げることで湧いていた。息吹が枯れて、水も止まった。壁が届いて息吹が戻れば、また湧く。川が戻る」


「100メートルか」


「無理に急ぐ必要はない。数日かけていい。だが、あの水源に届かなければ、集落の暮らしは変わらない」


「届けます」


 グラザードは短く頷いた。


―――――


 一日目。


 午後、集落の者たちが境界線に集まってきた。


 俺は壁の端に立った。シアが横に来た。


「ここから始めろ。封印術の紋様を横に伸ばして、同時に息吹を引き込む。焦るな、ゆっくりでいい」


 俺は深く息を吸った。


 湧き水まで届かせる。


 術式を展開する。紋様を横に伸ばしていく。


 壁が、じわじわと動いた。


 白銀の髪が光に染まった。白と紫の光が、横にゆっくりと広がっていく。


「止まるな」シアが静かに言った。「息吹の流れが安定している。このまま続けろ」


 一日目の終わりに、30メートル広がった。


 俺は地面に座り込んだ。汗だくだった。


「30メートルか」


「初日としては上出来だ」シアが言った。


 テオが走ってきた。


「カイン! 壁動いた! すごい!」


「明日もやるよ」


「明日も見に来る!」


 壁の向こう側に、少しだけ息吹が満ちていた。枯れた草の根元が、微かに緑がかっているのが見えた。


―――――


 二日目。


 さらに30メートル。合計60メートル。


 身体が慣れてきた。息吹との同期が前日よりスムーズだ。


 ガラが薬草茶を持ってきた。


「飲め。魔力の回復を早める」


「ありがとうございます」


「無理するなよ。お前さんが倒れたら元も子もない」


「はい」


 テオが毎日来た。壁が動くのを最前列で見ていた。


「カイン、あと何日?」


「あと二日か三日」


「もうすぐだ!」


 テオの目がきらきらしていた。


―――――


 三日目。


 さらに30メートル。合計90メートル。


 ペースが落ちた。壁が重くなっていた。


「シア、何だこの重さ」


「人間側の残留魔力だ。百年間踏み荒らされた土地に、人間の魔力が染みついている。湧き水に近づくほど濃い。水源を奪った人間が、特に強い術式で封じていたんだろう」


 意図的に封じていた。湧き水を魔族に使わせないために。


「今日はここまでにしよう」シアが言った。「明日、残りの10メートルを行く」


「10メートルか。なんとかなるだろ」


 シアの目が少しだけ曇った。残留魔力が想定以上に濃いのだろう。


―――――


 その夜、レナが報告を持ってきた。


「カイン。壁の向こう側、動きがあった」


「動き?」


「人間の偵察兵。二人。壁が動いてるのを見て、慌てて走り去った。王国側に報告に行ったと思う」


 グラザードが腕を組んだ。


「気づかれたか」


「壁が三日連続で動いてれば、気づくだろうな」


「明日、妨害が来る可能性がある」


 俺はグラザードを見た。


「あと10メートルです。湧き水まで」


「わかっている」グラザードは頷いた。「明日は兵を出す。壁の外側を守る。お前は壁を押すことだけに集中しろ」


「はい」


「ただし——」グラザードの目が鋭くなった。「人間側が本格的な部隊を送ってきたら、撤退の判断をする。お前の命と引き換えにする水はない」


「……はい」


―――――


 四日目の朝。


 集落の全員が境界線に集まっていた。


 兵士たちが壁の外側に展開していた。グラザードが陣頭指揮を取っている。レナが最前列に立っていた。


 テオがいた。前列に。


「テオ、今日は危ないかもしれない。下がってろ」


「やだ。見てる」


「テオ——」


「カインが頑張るなら、俺は見てる」


 テオの目がまっすぐだった。


 ……わかった。


 俺は壁の端に立った。シアが横にいた。


「残り10メートル。残留魔力が一番濃い区間だ。昨日までとは別物だと思え」


「わかってる」


「焦るな。ゆっくりでいい」


「ああ」


 術式を展開した。


 壁を押す。


 ——重い。昨日の比じゃない。粘り気のある泥の中を進んでいるみたいだ。たった10メートルが、果てしなく遠い。


 そのときだった。


―――――


 壁の向こうから、光が見えた。


 紫色の——いや、黒に近い紫の光。壁の先の地面に叩きつけられていた。


「何だ!?」


「息吹を枯らす魔法だ!」シアが叫んだ。「壁の先の土地に残留魔力を叩き込んでる! 壁が進む先の地面を汚染してる!」


 壁の向こう側が見えた。


 人間の部隊が来ていた。二十人ほど。その中に魔術師が三人。黒い杖を掲げて、壁の前方の地面に枯死の魔法を撃ち込んでいた。


 壁自体は無事だ。人間は壁に触れられない。でも壁の先の土地が黒く染まっていく。息吹を拒絶する汚染が、俺が進もうとしている地面を塞いでいる。


「グラザード!」


「見えている!」グラザードが剣を抜いた。「兵を出す! レナ、行け!」


 レナが壁をすり抜けた。兵士たちが続いた。壁の外で戦闘が始まった。


 でも魔術師は後方にいた。前衛を突破しようとしているが、人間の兵士が壁を作って魔術師を守っていた。


 枯死の魔法が止まらない。壁の先の地面がどんどん黒く染まっていく。


「カイン!」シアが叫んだ。「進めなくなる! 地面が汚染されてる! このままじゃ壁が押し出せない!」


 見えてる。わかってる。


 残り10メートル。でも枯死の魔法で汚染された地面が壁を拒絶している。押しても進まない。壁が止まった。


 三日間かけて90メートルまで来たのに。あと10メートルなのに。


 汚染された地面を、息吹の力でねじ伏せながら押す。進まない。汚染が濃すぎる。


 腕が震えた。歯を食いしばった。


 汚染を浄化しながら押すたびに、身体に激痛が走った。壁と同期しているから、浄化の負荷が俺の魔力回路を直接焼く。


 膝が落ちた。片膝をついた。


 視界がぼやけた。痛い。全身が痛い。涙が出た。痛みで。身体が勝手に泣いている。


 民たちが叫んでいた。


「救世主様!」「やめてくれ!」「もういい!」


「カイン!」テオの声が聞こえた。「カイン、もういいよ!」


 テオが泣いていた。泣かないと決めた子どもが、泣いていた。


―――――


 ——やめない。


 やめられるわけがない。


 ここで引いたら、三日間が無駄になる。湧き水に届かない。この人たちの暮らしが変わらない。


 ——でも。それだけじゃない。もっと前からだ。


 小さい頃から夢があった。


 誰かのヒーローになりたかった。困っている人を助ける、強い人になりたかった。物語に出てくるみたいな、みんなを笑顔にする人になりたかった。


 だから勇者パーティーに入った。夢だった。やっと手が届いたと思った。


 でも現実は違った。


 「足手まとい」。三年間、ずっとそう呼ばれた。雑用を押し付けられた。荷物持ちと見張り番。お前の封印術は役に立たない。お前はいらない。お前の力じゃ何も変えられない。


 夢が、ぐちゃぐちゃに踏み潰された。


 最後は糞尿をかぶせられて、追放された。ヒーローになりたかった男の末路がそれだった。


 ——でも。


 ここに来た。


 この集落に来て、壁を作った。息吹を広げた。テオが笑った。ガラが薬草茶を持ってきた。グラザードが「やれ」と言ってくれた。ルナリアが泣いた。


 そしてシアが——「あなたならできる」と言った。


 誰も信じてくれなかった力を、この人たちは信じてくれた。


 この人たちが、俺を「救世主」と呼んだ。


 ——救世主。


 そんな大げさなものじゃない。俺はただの封印術師だ。追放された、足手まといの。


 でも。


 この人たちが信じてくれるなら。この人たちの「救世主」でいたいと思うなら。


 ——ここで止まるわけにはいかない。


 俺はテオの頭に手を置いた。涙が頬を伝った。痛みの涙だ。でも構わない。


「テオ」


「……カイン……」


「——見てろ。お前が信じてくれた力を、見せてやる」


 立ち上がった。


 膝が震えていた。指先の感覚がない。視界の端が暗くなってきている。全身が痛い。回路が焼けている。涙が止まらない。


 でも立った。


 後ろを見た。


 民が全員いた。テオがいた。ガラがいた。ルナリアがいた。ムルトゥスがいた。グラザードの代わりに残った兵士たちがいた。


 全員が俺を見ていた。


 泣いている者がいた。手を合わせている者がいた。拳を握っている者がいた。


 ——この人たちのために。


 俺は前を向いた。汚染された黒い地面。その向こうに岩が見える。湧き水の岩が。


 術式を叩きつけた。全力で。


「信じてくれるなら——」


 白と紫の光が、叫びに応えるように膨れ上がった。今まで見たことのない強さで。壁が震えた。光が脈打った。


「——救世主にだってなってやる!!」


 壁が、動いた! 汚染を突破して進んだ!


 痛い! 魔力回路が焼けている! でも止まらない!


 汚染された地面を、白と紫の光がねじ伏せていく。枯死の魔法で黒く染まった地面が、息吹の光に塗り替えられていく。


「——お前たちが信じてくれたから、俺はここに立てた!!」


 叫んだ。涙と汗が飛んだ。


「——だったら応えなくてどうする!!」


 壁が進む! 汚染を踏み越えて! 痛みを踏み越えて!


 枯死の魔法がまた飛んできた。地面に直撃した。黒い光が広がった。


 関係ない。


 俺は走った。壁に手を当てたまま、走った。身体が壊れてもいい。


 岩が近づく。湧き水の岩。あと少し。


「——みんなの救世主なら、これくらいやれなきゃ嘘だろぉぉぉおおおお!!」


 壁が、岩を包み込んだ!


 白と紫の光が爆発した。大地を包んだ。空気が震えた。


 術式が定着した。


 壁が、そこに立った。


 魔術師たちが壁に弾き出された。壁の内側に入れない。人間は通れない。壁の内側に、息吹が満ちていった。


―――――


 静寂だった。


 誰も声を出さなかった。


 壁は、100メートル先に立っていた。


 新しく壁に包まれた土地に、息吹が満ちていた。霧が地面を這うように広がって、枯れた草の根元に触れていく。


 そのとき。


 新しく壁に包まれた土地で、何かが動いた。


 枯れた草の隙間から、小さな緑が顔を出していた。


 一本じゃない。二本、三本——あちこちから、芽が出てきていた。息吹が戻った土地に、草木が応えるように芽吹いていた。


 そして——音がした。壁の内側で。


 水の音だった。


 岩の間から、水が湧き出していた。百年間止まっていた湧き水が、息吹が戻った瞬間に、噴き出すように流れ始めた。


 細い流れじゃなかった。


 岩の割れ目から白い水柱が上がった。水しぶきが飛んだ。地面を叩く水の音が、どんどん大きくなっていく。湧き出した水が地面を流れて、筋になって、合わさって——


 川ができていた。


 百年前にあった川が、目の前で蘇っていた。水が岩肌を滑り、草の間を縫って、集落の方に向かって流れていく。息吹を含んだ水が、薄い紫の光を帯びていた。


 100メートルの壁の、ちょうど内側で。


 届いた。


 最初に声を出したのは、テオだった。


「……生えてる」


 小さな声だった。


「草が……生えてる。水が……流れてる。カイン、川だ。川ができてるよ」


 テオが俺を見上げた。涙でぐちゃぐちゃの顔で、笑っていた。


 その声が、引き金になった。


 歓声が爆発した。


 泣いている者がいた。抱き合っている者がいた。老人が空を見上げて、唇を動かしていた。兵士たちが壁の向こうで剣を掲げて叫んでいた。レナが「勝ったーー!」と叫んでいた。


 ガラがすり鉢を持ったまま泣いていた。いつの間に持ってきたんだ。


 グラザードが腕を組んだまま壁を見ていた。目が赤かった。


 ルナリアが両手で口を覆って、肩を震わせていた。


 そして——シアが俺の横に立っていた。


 真白の髪が、壁の光に照らされていた。無表情だった。いつも通りの無表情。


 でも、手が震えていた。装束の裾を、白くなるまで握りしめていた。


「……シア」


「何」


「やったな」


 シアは少し黙った。


「……ああ」


 その一言が、震えていた。


―――――


 レナが壁の向こうから戻ってきた。剣に血がついていた。


「人間の部隊は撤退した。魔術師も逃げた。壁の外、安全だよ」


 グラザードが壁の向こうから戻ってきた。鎧に傷がついていた。戦ったのだ。


「周囲を確認した。敵の残存はない」


 その言葉を聞いて、魔族の兵士の一人が、新しく広がった土地に向かって歩き出した。壁を越えて、取り戻した土地に出て、膝をついた。


 両手で土を握った。


 肩が震えていた。


「……土が、温かい」


 掠れた声だった。


 テオが走り出した。


「俺も行く!」


 壁に飛び込んだ。すり抜けた。向こう側に転がり出て、勢い余って草の上に倒れた。


 起き上がって、振り返った。


「通れたーー!!」


 テオの叫び声が広場に響いた。


 どよめきが、笑いに変わった。


―――――


 老婆が、おそるおそる壁に手を伸ばした。指先が壁に触れて、すり抜けた。


「……本当に通れる」


 取り戻した土地に出て、見回した。


「ここは、昔うちの畑があった場所だ」


 その一言で、また泣く者が増えた。


 グラザードが俺の横に来た。


「カイン」


「はい」


「この壁に、民が名前をつけた」


「名前?」


「奇跡の壁、と呼んでいる」


 奇跡の壁。


「……大げさだな」


「そうは思わん」グラザードは静かに言った。「百年間、奪われ続けた。それが今日、初めて戻った。人間が妨害に来ても、跳ね返した。民にとってはそれ以外の言葉がない」


 ……何て返せばいいんだ、こういうとき。


「今日お前がやったことの意味は、距離じゃない」


「……?」


「人間が妨害に来た。それを跳ね返した。魔族が初めて、人間に押し返した。百年間で初めてだ」


 グラザードの目が、俺を見た。


「急がなくていい。お前が来てから、初めて前に進んでいる気がする」


 俺は頷こうとした。首が動かなかった。身体中が痛い。


「……俺、救世主になれますかね」


 グラザードは少し黙った。


「もうなっている」


―――――


 【シア】


 シアは動けなかった。


 壁の端に立ったまま、カインを見ていた。


 三日間、隣で術式を見ていた。毎日少しずつ壁を広げて、汗だくになって、それでも笑って「明日もやるよ」と言っていた。


 四日目。人間が来た。


 シアは「止めろ」と言おうとした。魔力が危険域に入っていた。このまま続けたら回路が焼ける。二度と術式が使えなくなるかもしれない。


 言えなかった。


 カインが叫んだからだ。


 「信じてくれるなら——救世主にだってなってやる」と。


 「みんなの救世主なら、これくらいやれなきゃ嘘だろ」と。


 涙と汗が顔を濡らしていた。膝をついて、立ち上がって、走った。


 人間の魔術師が地面を汚染した。カインの身体が悲鳴を上げていた。見ればわかる。回路が焼けている。身体が壊れかけている。


 それでも走った。壁に手を当てたまま、走った。


 一人で。


 誰の助けもなく。叫びながら、泣きながら、最後の10メートルを押し切った。


 白銀の髪の男が、壁の光の中に立っていた。


 碧い瞳に涙があった。痛みの涙だ。でもあの目は折れていなかった。


 ——この人は、何なんだろう。


 追放されて、捨てられて、殺されかけた。それでも誰かのために叫べる人がいる。身体が壊れかけても、立ち上がれる人がいる。


 シアにはそれが理解できなかった。


 理解できないのに、目が離せなかった。


 カインがこちらを振り返った。目が合った。


 カインが小さく手を振った。


 あの男は、身体が壊れかけた直後に、笑って手を振れる人間だ。


 シアは——一瞬だけ迷って——小さく頷いた。


 それだけだった。


 でも胸の落ち着かない感じが、また来ていた。


 シアはそっと、装束の裾を指先で握った。


 今日だけは、この落ち着かなさを、嫌だと思わなかった。


―――――


 夜、俺は境界線の壁を見ていた。


 身体中が痛い。魔力回路がまだ悲鳴を上げている。ガラに「三日は術式を使うな」と怒られた。


 でも、壁はそこにあった。白と紫に光っている。


 100メートル。四日かけて届いた100メートル。湧き水まで。


 最後の10メートルは、人間の妨害を受けながらだった。汚染を浄化しながら、叫んで、走って、押し切った。


 水が湧いている。百年ぶりに。川が流れている。あの水があれば畑が作れる。家畜が飼える。暮らしが変わる。


 ——奇跡の壁、か。


 奇跡なんて大げさだ。俺が叫んで走っただけだ。


 でも——テオが泣いていた。民が叫んでいた。シアの手が震えていた。あの人たちが見てくれていたから、最後の10メートルを走れた。


 ——「信じてくれるなら、救世主にだってなってやる」。


 自分で叫んだ言葉が、まだ胸の中で響いている。


 恥ずかしい台詞だ。でも嘘じゃなかった。本気だった。


 俺にできることは、まだある。


 壁をもっと広げること。魔族領をもっと取り戻すこと。


 そしていつか——この人たちが、本当に安心して生きられる場所を作ること。


 人間が妨害に来ることもわかった。次はもっと来るだろう。でも、今日跳ね返した。跳ね返せるとわかった。


 救世主、なんて言葉はまだ似合わない。


 でも。


 ——なってやる。この人たちの、救世主に。

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