■ 第78話「災害級」
翌朝、軍議を開いた。
グラザード。ムルトゥス。ベルク。将たち。シア。レナ。
ノアとリーナは参加しなかった。まだ知らせていない。軍事的な判断が先だ。
「魔王様。緊急の議題とは」グラザードが言った。
「シアから報告がある」
シアが予言書を広げた。
「予言の一節です。『山が襲い来る。大地を砕き、光を喰らう者。息吹に引かれし獣、百年の眠りより目覚めん』」
将たちがざわめいた。
「これは古代の災害級魔獣ベルグリムに関する記述です」
シアが古い書を開いた。
「ベルグリム。山のように巨大な魔獣。かつて魔族領を蹂躙し、前の魔王が倒せなかった。仕方なく、魔族領の外——人間の国の平原に追いやって封印した」
「人間の国の……領内に?」グラザードの顔が変わった。
「はい。人間の国の平原に封印された状態で眠っています。魔族領の外です」
空気が凍った。
ムルトゥスが目を閉じた。
「……儂は知っておった。ベルグリムの封印のことは。前の魔王から直接聞いた。だが——百年間、一度も封印が揺らいだことはなかった」
「それが変わる可能性があります」シアが続けた。「予言は『百年の眠りより目覚めん』と書いています。そして枢機卿が追い詰められている今——封印を外から解く手段があるとしたら」
「枢機卿が封印を解くと?」グラザードが言った。
「仮説です。しかし偵察の頻度が上がっている。壁の完成を見ていた。人間の兵では壁を越えられない。なら壁を越えるものを送り込む。壁より巨大なものを」
ベルクが地図を広げた。
「壁の高さは約二十メートルです。ベルグリムの記録では——」
「背が雲に届く、と書かれています」シアが言った。
「壁を踏み越えてくるということか」
「はい」
「さらに問題があります」シアが続けた。「ベルグリムは息吹の濃い方向に進む性質がある。息吹を喰らう。魔族領で最も息吹が濃い場所は——」
「王都だ」グラザードが言った。
「はい。命の灯火がある。息吹石の生産拠点がある。ベルグリムが目覚めたら、王都に一直線に向かってくる」
長い沈黙があった。
将の一人が言った。
「……避難か」
「王都を捨てるのか」別の将が声を上げた。
「捨てるとは言っていない。だが民を守ることが最優先だ」
「避難して、どこに行く。王都が一番安全なはずだった。壁も灯火もある」
「その壁を踏み越えてくる相手だ」
議論が紛糾し始めた。
「静かにしろ」
グラザードの声が響いた。
「魔王様。どうする」
全員が俺を見た。
「……封印は人間の国の領内にある。こちらから確認しに行くのは難しい。だから——封印が解かれたときに備える」
「備えるとは」
「ベルグリムが来たとき、迎え撃つ準備をする。封印する術式を用意する。前の魔王が倒せなかったなら、俺も倒せないかもしれない。だが封印し直すことはできるはずだ」
「一人でか」
「やるしかない」
俺は全員を見渡した。
「倒す方法を探す。前の魔王にできなかったことを、俺がやる」
大きなことを言った。できるかわからない。前の魔王でも倒せなかった災害級の魔獣。
でも——
「この王都を守る。ここに暮らしている民を守る。灯火も。酒場も。パン屋も。子どもたちの遊び場も。——全部守る」
グラザードが俺を見た。
「……わかった。防衛計画を立てる。ベルグリムが来る前提で」
「ムルトゥス様。前の魔王が使った封印術式の記録はありますか」
「……ある。古い書庫に。引っ張り出そう」
「お願いします。シアと一緒に解析します」
―――――
軍議が終わった。
廊下を歩いた。シアが横にいた。
「カイン」
「ん」
「倒す方法を探す、と言ったな」
「言った」
「前の魔王にできなかったことを」
「ああ」
「……根拠は」
「ない」
「……また、か」
「でもやる」
シアが少し黙った。
「……お前はいつもそうだ」
「何が」
「根拠がないのに、やると言う。そして本当にやる」
「やれなかったこともある」
「……あったか?」
「……今のところはない」
「だったら今回もやれ」
シアの銀色の瞳が、俺を見ていた。怖さも不安もあった。でもそれ以上に——信頼があった。
「……やる」
「当然だ」
来るかもしれない。来ないかもしれない。だが来たときに備える。
日常を守るために。




